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プロローグ~魔導の姫~

 一攫千金を狙おうと思ったのがそもそもの間違いだった。

 酒場で聞いた都合の話に耳を貸していなければ、こうして追われる身にもならなかっただろうに。我ながら馬鹿らしく思うが、今さら悔やんでももう遅い。


「あぁ、クソ! しつこい奴らだ」


 窓の外をチラリと見て、小さく毒づく。広大な庭にはそれに見合うだけの兵士たちが集合しており、辺り一帯をくまなく探している。夜の闇の中でも、彼らの纏う甲冑が煌く様はしっかりと見てとれた。

 俺はゆっくりと立ち上がり、ドアの鍵をしっかりと閉めてからバリケードを築きあげる。一際大きな机を持ち上げた際、衛士から斬りつけられた腕がひどく傷んだ。


「何が隠された財宝だよ……そんな物見あたりやしねえ」


 考えてみればすぐにわかることだった。王国の首都ならばいざ知らず、地方領主の家にそんなに都合のいいものがあるはずあるまいに。

 本当に、馬鹿らしい。そんなほら話に騙されて、ホイホイと忍び込んだはいいものの衛士に見つかってこの様だ。なまじ盗みの経験があって自分の腕を過信していたばかりに怒った悲劇だ。

 まぁ、いい機会だ。次に活かすとしよう。

 もっとも、その『次』が訪れればの話だが。


「おい、いたか!?」


「いや、こっちにはいないぞ」


「クソッ! どこに行きやがった、あの盗人め! 見つけねえと俺たちが領主さまに殺されちまう!」


 男たちの話し声が聞こえたかと思うと、またドタバタと激しい足音が聞こえてきた。俺は必死に気配を殺し、物陰に身を隠す。

 幸い、この部屋に突入してくることはなかった。どんどん遠ざかっていく足音に、たまらず安堵のため息を漏らす。


「さて、これからどうすべきか……」


 窓から逃げる? それは無理だ。

 ここは一階なので脱出は容易だが、庭にはまだ衛士たちが大勢いる。見つかればその時点で終わりだ。

 では、ここに籠城する? それも無理だ。

 いつかは見つかるだろうし、バリケードだって突破されるだろう。かと言って外に出れば見つかり、その時点で終わる。

 結果として、どうすることもできない。つまるところ、俺の人生はここで終えようとしているのだ。


「……どうせなら、もっと遊んどけばよかったな」


 タハハ、と笑いつつ、部屋を見渡す。咄嗟に入ったので気づかなかったが、どうやらここは領主の仕事部屋らしい。俺みたいな下民には到底理解できないような本がズラリと並んだ本棚や、いかにも高級そうな家具が置かれている。


「領主さまはいい御身分だな。俺とは大違いだ」


 苦笑しながら、とりあえず机などを漁る。ここの領主は裏では怪しいことをしていることで有名だ。案の定、机の引き出しを抜けば札束が転がり出てきた。

 ちゃっかりそれを回収し、勢いに任せて探索を続けていくと、戸棚の奥から一本のワイン瓶が出てきた。丁寧な包装がなされていて、実に高級そうだ。


「これももらっとこ。最期に飲むにはいい酒だ」


 愛用のナイフを取り出してコルクの栓を抜くと、ふわりと芳醇な香りが漂ってきた。口に含めば、重厚感のある味わいが口に広がっていく。酸味は控えめで、スッキリとした後味だ。


「うん、美味い。いい酒だ」


 椅子に腰かけ、ワイン瓶を煽る。美味い酒というのはもはや水のようだ、とは酒場のマスターが言ったことだったか。実にその通りだ。

 ワインはあっという間に俺の胃袋へと消えていく。空になったワイン瓶を適当に床に放り、そろそろ覚悟を決めよう立ち上がろうとした――その時だ。

 ふと、右足に違和感を覚えた直後、ゴゴゴゴゴ……という重厚な音を立てながら机が横にスライドした。その様に俺は思わず目を丸くする。


「隠し階段か」


 よく目を凝らしてみれば、床に微かな凹凸があった。どうやら、俺が踏んだ場所が偶然にも地下室に続く隠しスイッチだったらしい。


「おい! 何だ、今の音は!」


「この部屋から聞こえたぞ!」


「クソッ! 鍵が締まっていやがる! おい、応援を呼べ!」


 扉の向こうから怒号が聞こえてきて、バリケードがギシギシと軋む。このままでは破られるのは時間の問題だろう。


「えぇい、クソ! やぶれかぶれだ!」


 他に逃げ場もない。俺はすかさず地下室に続く階段に足をかけ、下へと降りていく。もちろん、その際に机をスライドしてカモフラージュしておくのも忘れない。これで、少しは時間が稼げるはずだ。


「しかし、まさかこんな場所があるとはな」


 マッチをつけて灯りを確保しつつ感嘆のため息を漏らす。お世辞にも大きいとは言えないこの屋敷にこのような仕掛けがあったとは驚きだ。

 地下室につながる階段はじめじめとしていて、正直不気味だ。狭苦しい空間だということもあってか、息が詰まりそうだ。

 長い長い廊下を下っていくと、しばらくして扉が見えてきた。頑丈そうな鉄の扉だ。


「ひょっとしてこの先にお宝が……いやいや」


 ブンブンと首を振って考えを打ち払う。もうこの際高望みはしない。命があってこその宝だ。今日は生き残ることができればそれでいい。


「さて、と」


 グッと扉を押してみると案の定鍵がかかっていた。だが、鍵穴は至ってシンプルな造りだ。扉の強度にばかり気が回ってこちらはおろそかになっていたらしい。何にせよ、好都合だ。

 ポケットから針金を二つ取りだし、鍵穴に差し込む。盗人稼業十年目は伊達じゃない。あっという間に鍵を開け、扉を開くとそこに広がっていたのは……見たこともない器材の立ち並ぶ、怪しい部屋だった。


「何だ、こりゃ?」


 地面には無数のチューブが這わされており、壁付近には奇妙な機械が立ち並んでいる。他にも棚には薬物の入った瓶などがいくつも置かれており、それだけここが重要な施設であることが伺えた。

 しかし、一番目を引くのは部屋の中央にある棺桶だ。よく見てみれば、地面にあるチューブはそれを起点に広がっている。

 俺は後ろ手に鉄の扉を閉め、棺桶の方に立ち寄った。

 この家の主は怪しげな人体実験でもしていたのだろうか? 叩けばいくらでも埃が出てくるような人物だ。何をやっていたと言われても別に怪しくはない。


「よ……っと」


 手に力を込め、棺桶の蓋を開けた次の瞬間――


「……何?」


 俺は思わず目を丸くした。

 棺桶の中に入っていたのは、ドレスを身に纏った少女だ。

 安らかな寝顔のまま、両手を組み合わせている。まるで人形のように端正な顔立ちをしており、死体特有の不気味さなどは欠片もない。


「綺麗だな……」


 少女の髪は鮮やかな緑髪だった。エメラルドを思わせるほどの煌きを有した髪は艶やかで、触ってみると絹のような手触りだった。

 肌も驚くほどに瑞々しく、少女特有の柔らかさを持っている。しかし、やはりと言うべきかその体は当然の如く氷のように冷たい。

 おそらく、この子は領主の娘か何かだったのだろう。若くして亡くなり、ここに安置されていたに違いない。

 だが、それにしては腑に落ちない部分がある。この部屋の異常なまでに整った設備だ。

 遺体安置所、と呼ぶにはいささか物々しい。

 ひょっとしたら、領主は『死者の蘇生』を行おうとしていたのかもしれない。大事な娘を亡くしたのだとしたら、その考えに至るのも仕方なしだろう。


「……安らかに眠ってくれ」


 俺よりも若いだろうに、可愛そうに。

 俺は黙礼し、再び棺桶の蓋を閉めようとした――その時だ。


「へ?」


 棺桶の中にいる少女が、こちらを見つめていたのだ。

 美しい金色の瞳にポカンと口を開けた俺の顔が映り込んでいる。実に間抜けな顔だ。

 いや、それは今どうでもいい。問題は、なぜ死んでいるはずの少女が目を開けたのかということだ。


「何だ!?」


 ぞわりとした悪寒を覚えた直後、ナイフを取り出して急いで距離を取った。その次の瞬間、少女が緩慢な動作で身を起こす。彼女はしばしボーっとした様子で周囲をきょろきょろと見渡すと、俺に視線を移してきた。

 身構える俺とは裏腹に、少女はうっすらと淡い笑みを浮かべる。


「クフフ……あぁ、いつぶりの目覚めであろうな。坊主。そう身構えるな。別に取って食ったりせぬ」


 その身に似合わぬ、尊大な口調だった。先ほどまで無垢な表情を浮かべていた彼女はどこか含みのある笑みのまま、クックッと楽しげに喉を鳴らす。


「して、ここはどこじゃ? お主、何か知らぬか?」


「地方領主の屋敷だよ。ていうか、お前何者だ? この家の娘じゃないのか?」


「カカッ! 違うな。我は地方領主の娘などでは断じてない。お主は……この家のものではないようじゃな」


 彼女は薄く目を細め、観察するような視線を向けてきた。俺の格好はお世辞にも綺麗とは言えないだろう。服だってボロボロだし、髪だって整えていないのだから。


「まぁよい。お主が我を目覚めさせたのじゃな。礼を言うぞ、坊主」


 彼女は大きな欠伸をしながら棺桶から出てきて、俺の元に歩み寄ってきた。同時、ふわりと花のような匂いが漂ってくる。

 並んでみると、彼女は思ったよりも小さかった。背伸びしても俺の身長には届かないだろう。ドレスの裾から伸びた手足はほっそりとしていて『華奢』という言葉がピッタリだ。

 しかし、その顔に浮かんでいるのは幼い外見に似つかわしくない妖艶な笑み。まるで、大人の女性が子どもの皮を被っているような、そんな感覚を覚えた。


「何をボケッとしておる? あぁ、なるほどな。我の美しさに見とれておったか」


「違う。そもそも、お前が誰なのかもまだ聞いてない」


「キッパリと言ったのう。そういうのは嫌いではないぞ、坊主」


「さっきから思っていたけど、坊主って言うな。俺にはトーヤって名前があるんだ」


「ほほぅ、トーヤか。我はミュゼ。生体型神器と言えばわかるじゃろ?」


「……じんぎ?」


「ちょっと待て、何じゃその反応は」


 彼女――ミュゼは途端に不機嫌そうな顔になって詰め寄ってきた。が、すぐにハッとした表情になって顎に手をやる。


「なぁ、トーヤよ。つかぬ事を聞くが、今は何年じゃ?」


「王国暦千五百年、六月十日だが?」


「なんと! それほどの時が経ったというのか……」


 彼女は愕然とした表情でよろめき、乾いた笑いを漏らす。


「クハハッ! なるほどのぅ……よし、トーヤよ。ひとまず、ここを出るぞ。街の様子が知りたい。案内せい!」


「いや、待て。ここを出ない方がいい」


「む? なぜじゃ?」


「それは……」


 と、そこまで言いかけた時だ。


「ここだ! おい、手伝え!」


「ッ!」


 扉の向こうから、そんな声が聞こえてきた。続けて、ガンガンと何かがぶつかってくるような音。


「強引に開けようとしてやがるのか……クソッ!」


 ナイフを構え、ミュゼを庇うように立ちはだかる。当の彼女は訳がわからない、と言った様子で鉄の扉を凝視している。

 そうこうしている間にも扉の向こうから聞こえてくる声は多くなり、とうとう頑丈な鉄の扉が開け放たれた。一拍置いて、大量の兵士たちが流れ込んでくる。彼らは一様に武器を携えており、それを俺に向けて構える。


「神器が! クソ、目覚めてしまったか!」


 兵士の誰かがそんなことを口走った。さっきから何を言っているのかわからないが、ひとまず絶体絶命だということだけは理解できた。


「ミュゼ……俺から離れるなよ」


「おぉ、護ってくれるのか? クフフ、案外頼もしい男じゃのう。気に入った! トーヤよ!」


 ギュッと手を握られる感覚。続けて、右手の甲に焼けるような痛みが走った。

 見れば、手の甲に奇怪な紋様が浮かんでいる。それは燃えさかる業火のようにも、無数に枝分かれした木のようにも見える。微かに赤く発光しており、見ていると吸い込まれそうな不思議な魅力があった。

 それに魅入っていると、不意にミュゼが俺の耳元に口を寄せてきた。彼女はニヤリと口角を吊り上げ、


「さて、トーヤよ。このままでは主は死ぬじゃろう。じゃが、一つだけ助かる方法がある」


「何だよ。もったいぶらずに言ってくれ」


「我と契約を結べ。死につながる『呪い』が貴様の身に降りかかるが、少なくともこの場を切り抜けることはできる。さて、どうするか?」


 訳がわからない質問だ。思えば、ここに来てからずっとこうだ。

 盗みは失敗し、衛士たちには追われ、出会ったのは得体のしれない女。

 今日の俺は最高にツいてない。

 だが……ッ!


「……生きるためなら何でもするさ。ミュゼ。頼む!」


「心得た!」


 刹那、手の甲にある紋様が強く発光した。と同時、焼けるような痛みが全身を貫く。


「ぐ、がぁ……ッ!」


 視界が明滅する。脳を直接手でかき混ぜられているような感覚にたたらを踏んだ。

 しかし、その体をミュゼが支えてくれる。彼女は恍惚の表情を浮かべながら、俺の頬にそっと手を触れた。俺の体を労わるような、優しい手つきだ。


「トーヤよ。これより、お主は我が主となった。さぁて……暴れるぞ!」


 ミュゼは叫びをあげながら、衛士たちに向かって両手を突き出した。手の甲には俺の物と似たような紋様が浮かび上がっており、それはどんどん広がっていってとうとう彼女の身体全体を支配した。


「《桜花》!」


 ミュゼの怒号が響き渡った次の瞬間、衛士たちの足元が爆発した。桜色の粉塵が巻き起こり、兵士たちの身体が壁に叩きつけられる。暴力的なまでの風に俺はグッと身を低くして堪えた。


「おのれ! 神器が覚醒したぞ! あの男を先に仕留めろ!」


 爆発を回避していたらしき衛士たちが俺の方に押し寄せてくる。だが、そこにミュゼが割って入った。


「《土竜》!」


 衛士たちの持つ槍の切っ先が彼女の腹部に刺さる寸前、地面が音を立てて隆起し彼女の体を守った。ミュゼはしたり顔で頷き、さらに右手を振るう。


「《尖刃》!」


 地面がボコリと泡立ったかと思うと、そこから巨大な刃が現れた。それは容赦なく兵士たちの体を吹き飛ばし、壁に釘付けにする。

 時間にして、数分にも満たないだろう。だが、そのわずかな時間の内に十はいた衛士たちは全滅していた。彼らは苦悶の声をあげながら、地面を這っている。


「ふぅ……久しぶりに疲れたわい。怪我はないか? トーヤ」


 ミュゼはケロリとした様子で俺の方に向きなおってきた。戦闘時に見せていた凛々しさはすでになく、無邪気な笑みを浮かべている。


「あぁ。大丈夫だ。でも、お前は……」


「我はこの通り、怪我一つないわ。クカカッ!」


「よし、じゃあすぐ逃げるぞ!」


「おわっ!? おぉ、お姫様抱っことは……クフフ、長生きはしてみるものじゃのう」


 ミュゼを抱きかかえたまま階段をのぼり、地下室を後にする。

 今日は本当にろくでもない一日だった。けれど、一つだけわかったことがある。

 俺の日常は終わりを告げたということだ。


気ままに書いていく予定です。一週間程度のスパンで更新すると思います。


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