天国と地獄の愛を繋いだ銀の指輪6
タイトル
「天国と地獄の愛を繋いだ銀の指輪?」
門倉は留美の取り乱した声にうろたえることはなく淡々と話を進めた。
「これから言うことを落ち着いて聞いてくださいよ!堂本勝さんと見られる遺体が東京湾から上げられました。警察では殺しの線で操作を始めております。堂本さんの実家もアパートも連絡がつきませんでした。管理人にアパートの部屋の鍵を開けてもらって、電話に記憶されたそちらの電話番号を見つけて電話をした次第です。もしもし、もしもし、聞いておられますか?」
電話の受話器は留美の手から滑り落ちて、カコーンと床に無機質な音を立てた。留美は落ちた受話器を拾おうともしなかった。
留美の瞳は見開かれたまま、瞬きを忘れてしまった。暫くその状態が続いた後、留美は我に帰ると、ゆっくりとその場に崩れる様に倒れていた。
留美は気付くとソファーに寝かされていた。どれだけ寝ていたのだろう。門倉との話はその場に居合わせた勝の父が受け継いでいた。
勝の家族は警察に身元確認に来てくれと言われ、タクシーを呼んでいた。留美は皆が「遺体を見るのはショックも大きいから止めた方がいい」と言うのも訊かず、遺体の身元確認に一緒に付いて行った。
どうしても勝のことをこの目で確認しないといけない気がしていた。実際に遺体を見るまでは間違いであってくれ、別人であってくれと懸命に祈っていた。
電話を掛けてきた門倉が、遺体安置所に寝かされている遺体から白い布を取り去った時のショックは、留美の想像をはるかに越えたものだった。
留美は別人だと思いたかったが、見せられた顔はまさしく勝のものだった。勝の顔は別人の様に血の気を失って青白くなっていたが、間違え様もなく、その青白い顔は勝のものに違いなかった。留美が大好きだった勝の笑顔はまるでなく、お面の様に表情のない顔がそこにあった。
遺体に掛けられた白い布から勝の左手が見えた。そこには留美が上げた銀色の婚約指輪が、青白い指に似つかわしくなく光り輝いていた。
留美の視線に気付いた門倉が話し出した。
「ああ、この指輪をご存知なんですよね!犯人が金目の物として抜き去ろうとしても、この奴さん、左手を握り締めて取られない様にしてたみたいですよ!奴さんにとっては、死んでも離せないものだったんでしょうね!」
「うわぁぁ」
気丈に立っていた留美は、門倉の言葉を聞いた瞬間、涙を抑えることが出来ずに泣き崩れた。
「ご心中はお察し致します。しかし、私も仕事です。もう一つだけご質問させてください。このナイフが殺人現場に落ちていました。ガイシャの刺し傷と一致します。ガイシャを殺害した凶器と見て間違いありません。見覚えはございますか?」
門倉が白い布にくるんで見せた血塗られたナイフを見た留美は、頭を激しく殴られた様なショックを覚えた。
門倉が見せたそのナイフは、留美が勝の大学卒業祝いにプレゼントした、あのサバイバルナイフだった。
それからのことは、時間が早く流れて非常に慌しく動かざるおえなかった。お通夜を行い葬式が何事もなく行われた。黒い喪服を着た留美は何もしない内に時が過ぎて行った。
勝が殺された事件については、サバイバルナイフに付いた指紋や、目撃者がいて警察の捜査も進展して行った。目撃者の証言によりモンタージュ写真も作られた。
そのモンタージュ写真が公開されて逃げられないと思ったのか、容疑者は事件が報道されて数日後に、警察に自首してきた。勝よりも若い、高校には行っていない無色の十七歳の男の子だった。
彼の自白などから推察すると、勝は留美と別れてから、女性がチンピラに絡まれているシーンに出くわしたらしい。相手は三人の男達だった。その中の一番下っ端が自首してきた少年だった。
勝は正義感が強く、留美が襲われていた時と同様に助けに入った。
勝は最初に若い自首してきた少年を殴り倒して、彼を取っ組み合いに入らせない様にした。
それから、リーダー格と見られる年配とその下と見られる二人と取っ組み合いをしていたが、相手は素手ではなく、ナイフを出した。勝は相手のナイフを持った手を蹴り上げて、相手のナイフを落とした。
そこまでは良かったが、そうして二人と取っ組み合いをしている時、勝がいつもベルトに付けていたサバイバルナイフが地面に落ちた。
そのサバイバルナイフは勝に最初に殴られた少年の近くに転がった。既に勝に殴られて起き上がっていた少年は、その勝のナイフを拾った。
「何やってる!やれ!それで突き刺せ!こいつを刺して男になれや!」と少年が慕っている兄貴達が話す声が聞こえた。
少年はナイフを持った右手が震えていたが、左手を震える右手にそえて、そのナイフを持ったまま勝の背中に体ごとぶつかっていった。嫌な感触が手を伝わって来た後、手にヌルッとした血が付いた。
赤い血が少年の恐怖を最大限に引っ張り出した。背中を刺され少年の方を振り返った勝に、少年は二度三度とナイフを突き立てた。ナイフが勝の体に突き刺さり、抜かれる時に血しぶきが上がった。
いつもの勝なら、ナイフを持った相手が後ろから来ても勝てたかも知れない。ところが勝は連日の仕事と結婚式の準備で睡眠時間が少なく体はフラフラの状態だった。
逮捕されることを恐れた犯人は、勝に鉛の錘を付けて東京湾に沈めたということだった。犯行に使われた留美が勝に贈ったサバイバルナイフは勝の体の近くに転がっていた。
十七歳の少年には前科がなく、ナイフの指紋では割り出せなかった。しかも、遺体は東京湾に捨てられてしまったため、遺体発見が遅れたということだった。
そんな生々しい殺害の状況を刑事は淡々と全く感情を差し入れず話して説明した。あまりの惨状に留美は途中で耳を覆っていた。
犯人である少年が自白して数日後、刑事に手錠を付けられ連れられて来た少年が留美に謝りたいとやって来た。
「す……すみませんでした」と深深と頭を下げる男は明らかに少年の幼さを残していた。留美は初めて怒りが猛烈な勢いで湧いてきた。
「すみませんじゃないわよ!あんたのせいで、私達のせっかくの幸せが、幸せが……」
留美は力の限り、その少年を叩いて声を上げて泣いた。
その少年は黙って叩かれたまま、目に涙を浮かべていた。留美は初めてこの少年を見た。留美と大して違わないが、まだ子供と言える年齢だった。犯人があどけない少年の顔を残しているのを見た時、留美は叩くのを止めた。行き場の失った留美の手が宙を泳いだ。




