天国と地獄の愛を繋いだ銀の指輪4
タイトル
「天国と地獄の愛を繋いだ銀の指輪?」
時は経ち、二人の大学生活も終わりを告げ卒業を迎えた。勝は留美より一学年上であるので、勝が卒業しても留美はもう一年大学生である。
勝の大学卒業のパーティーを二人だけでお祝いした。
留美はその日、自分でケーキを作って勝の部屋に持って行った。
電気を消して、キャンドルライトの揺らめく灯りの中、勝と留美は炎に揺らめき輪郭がぼやっとしている相手を見つめた。相手の顔がはっきりと見えない分、ロマンチックな光が柔らかく二人を包んだ。
留美は勝に卒業の祝いとしてサバイバルナイフをプレゼントした。勝は前々から欲しいと言っていたのだ。留美はそんな凶器になりうる物が欲しいとはムードが出ないと思ったが、勝が欲しいというものだから深くは考えなかった。
勝は大学を卒業してから、シンクタンク系のコンサルタントのアシスタントとして忙しく動き回っていた。
忙しく留美と会える機会が減って、「仕事が忙しいんだから仕方がない」と言ってみても割り切れず、留美もつい勝に当たってしまったりもした。
また、留美も就職活動に卒業論文にと忙しくなり、勝と留美はなかなか会えることがなくなっていた。
メールや電話で話すことのみが連絡方法になっていた。その電話も勝は夜遅くまで仕事していたので、メールだけとなり、メールも以前なら返事がすぐ返ってくるのに、遅れがちになっていった。
そうしてなかなかコミュニケーションがご無沙汰になって暫くが経ち、留美も外資系の会社の秘書通訳としての内定を頂き、留美の卒業まで二ヶ月を切った頃、勝と留美は結婚を意識しだした。
婚約をしているのだから誰に遠慮も要らない。留美の父の留治は、「何も大学を卒業したからと言って、すぐに結婚しなくても」
そう言って渋ってはいたものの、大学卒業してから結婚することを条件に婚約を許していたのだから何も反対することは出来なかった。留治は勝の給与と留美の給与で貧しいながらもやっていけるかどうか心配で仕方がなかったのだ。
結婚とはいいながらも貯蓄が少ない若い二人にとっては、結婚式や披露宴といった様に、何百万円のお金を負担することが出来ない。
そこで二人は街の小さな教会で結婚式を挙げて、仲間内の小さな披露宴を挙げる計画を立てていた。自分達で企画して、親や友達にアドバイスなどを受けても「自分達でやらせて!」と言うだけだった。
二人は教会の予約をして、ウェディングドレスやタキシードの寸法合わせを行い、結婚式の準備に追われた。
特に仕事で忙しく働き出したばかりの勝にとっては、仕事に結婚にとオーバーワーク気味で疲れていた。
留美が「疲れているんじゃない?大丈夫?」と訊くと、それでも勝は決まって笑顔を見せ「大丈夫!僕はこう見えてもタフだからね!」と力こぶを作って見せるのだが、大して力こぶが出ずに留美の笑いを誘ったりもしていた。
結婚式が近付くとマリッジブルーと呼ばれる不安を抱くものだが、勝と留美にとっては、不安よりもやっと二人で一緒に生活出来る喜びで一杯であり、大きな期待が不安をかき消していた。
結婚式の前日、勝と留美は結婚式の最終的な打ち合わせをした。
二人で予算を抑えることと、二人で両親や皆に感謝の意を伝えたい、そして自分達がしっかりやっていけることを示したいと、いろんな思いが交錯して、二人で結婚式の企画をしていながらも、何度も喧嘩とまで行かなくても意見の衝突があった。衝突する度に打ち合わせを終了して、帰り道に頭を冷やして、どちらからともなく電話して謝った。
そんな苦労を重ねながらも勝と留美は諦めることなく、計画が何度も頓挫してもやってきた。それも今日で終わりだ。明日は、勝と留美の二人が練ってきた計画をいよいよ実行する時だ。
両親に感謝の意を表しす作文や、友達のかくし芸やらピアノ演奏やら、既存の結婚式ではなく自分達で作り上げる結婚式である。
自分達で企画する結婚式は、予算は低く抑えられるが時間が多く取られる。勝は仕事で忙しくて参加出来ない時は、留美が一人で行ったので、勝も留美もここの所、かなり忙しく駆け回っていた。
特に勝は仕事が忙しかったので、仕事を家に持ち帰ってやっていた。留美の睡眠時間は五、六時間、勝に至っては睡眠時間は二、三時間という日が続いていた。
そんな忙しい思いも明日全てが花開く。明日のために、都内のホテルのラウンジで、最終打ち合わせを終えた二人はそこで別れてから寄り道をせずに、それぞれの帰途に着いた。
途中までは一緒の電車で行く。電車の席は一つしか空いてなかった。
「勝、疲れてるんだから、勝が座りなよ!」と留美が言うのを勝が制した。
「いや、さすがにか弱い……かどうかは疑問だけど女の子を立たせておく訳にはいかないよ。留美が座りなよ!」と言って、留美を席に向かって軽く押した。
「それじゃ、ありがとう。遠慮なく座らせてもらうわ!」と留美は言って、隣に座っている乗客に軽くお辞儀をして座った。
留美が座ってしまうとお互いの顔が遠くなったため会話が途切れた。留美はなるべく勝に話し掛けたが、二人とも疲れていて黙りこくってしまった。
ここのところの疲れもあり、留美は眠気を感じて、電車の中でこっくりこっくりと船を漕いだ。
留美が起きた時、勝も留美の前で吊革に掴まって寝ていた。膝がカクッと折れて起きるのだが、また数秒で眠ってしまう。留美はそんな勝を見て微笑ましく思った。相当、疲れているんだろう。このまま寝かせておいてあげようと留美は勝をそっとしておいた。電車がどこかの駅に到着した。留美が座っていた位置から駅のホームが見えた。
「あ、いけない。降りなくちゃ!」
留美はあやうく降りる駅を寝過ごしそうになって、勝の脇をすり抜け慌てて電車を降りた。電車のドアが閉じる瞬間にホームに降り立った。ぎりぎりセーフである。だが、電車を降りる時、バッグの肩紐が切れて中身がホームに散らばった。慌てて拾い集めて鞄に詰め込むと切れた肩紐を見た。
「結婚の準備でパンフレッドやら荷物をたくさん入れていたからね。このバッグも寿命かしらね!」と留美は一人で呟いた。
走り去る電車を見ると勝が起きたらしく、ホームの留美に笑顔で手を振っていた。勝は何か言っていた。電車はドアで密閉されていたから勝の声は聞こえなかったが、「いよいよ明日だね!」と言っている様だった。
留美も勝に手を振りながら「明日、遅れないでね!」と言った。電車が行ってしまうと、留美はバッグを前に抱えて家に帰った。
留美が電車の中でそんな出来事があった時、留美の父留治と母郁美は、昔のアルバムを引っ張り出して見ていた。
先ほどまで、明日の結婚式で留治が娘の結婚の祝福に言う台詞を郁美に聞いてもらい、笑われたり直されたりしていた。なかなか上手いこと書けない留治は、イライラしながらも、なんとか郁美に合格点をもらえる文章を書き上げて一息付いていた。
そこで郁美が昔のアルバムを引っ張り出してきたのだ。フッと息を吹くと埃が舞い散る程、暫く見ることがなく押し入れの奥に眠っていたアルバムであった。それを留治と郁美は仲良く座って見ていた。
そのアルバムは、留美が赤ちゃんの時から成長していった記録であった。ページを捲っていると、赤ちゃんの時の留美から赤い着物を着て七五三の写真になった。
「見て、お父さん!この時は、せっかく買った千歳飴を留美が落として泣いちゃって、あの子ったら、なかなか泣き止まなくて、また新たに、千歳飴を買わされるはめになったわよね!」
「そんなこともあったかな」
「そうよ、見て見て!小学校の時の運動会よ!留美、すらりと背が高かったから、足は速かったのにゴール直前で転んじゃって、泣く留美をなだめて撮った時の写真よ!」
「お前、よく覚えているものだな!」
「そりゃ、覚えていますとも!母親ですもの!ほら、この写真は留美が小学校の時、近くの小学校の上級生の男の子に初恋をして、バレンタインデーの時に初めてチョコレートを作った時のものよ!」
「留美の初恋って?よく知ってるものだな!私は知らなかったぞ!それで、その恋は実ったのか?」
「いいえ、留美は失恋して家で泣いていたじゃないのよ!お父さんが覚えてないの無理ないかも知れないわね!あなた、あの頃はお仕事が忙しくて、なかなか留美と話すことなかったものね!」
「まあな、それにしても、うちの留美を振っただと!許せん男だ!」
「何言ってるんですよ!留美もそうやって大人になってきたんですよ!」
留治と郁美が留美の写真で盛り上がっている時に、「ただいま!」と留美が帰ってきた。
「あら、留美ちゃん、お帰り!どう?明日の結婚式の準備はばっちりかしら?」
「まあね、勝もかなり疲れているみたいだけど文句も言わず手伝ってくれるしね!明日は大変だけど頑張らなくっちゃね!」と留美は笑って見せた。
「あれ、お父さんとお母さん、何見てるの?」
留治と郁美が二人一緒になって何か見ていることに、留美は居間に入ってみて気付いた。
「何って、お前の成長だよ」留治はアルバムの写真から目を離さずに答えた。
「ああ、これ、私のアルバムね。なんだか人にじろじろ見られるのは恥ずかしいわね!」
「いいじゃないか!お前の親なんだから。お前もいろんなことがあって、こんなに立派な女性に成長したんだなぁ!」
留治がアルバムを捲りながらしみじみと呟いた。
「いやだぁ、お父さんったら、そんなしみじみと……」
留美はそう言って、アルバムを見ている留治の顔を覗き込むと、眼鏡を掛けた留治の目が潤んでいた。
留美は留治の涙など見たことがなかっただけに胸がキュッと締め付けられた。留美は座卓の端に三つ指を付くと、自分を育ててくれた父と母の顔を交互に見て言った。
「お父さん、お母さん、長い間育ててくれてありがとうございました。そのアルバムに刻まれている思い出の中にはいろんなことがあったと思います。嬉しいことも、悲しいことも、辛いことも……。明日、私は結婚します。勝と新たな幸せな思い出を作ります!」と言って深く礼をした。
「まぁまぁ、この子ったら、そんなしおらしいこと言っちゃって……ねぇ、お父さん!」
郁美はハンカチで目頭を抑えた。郁美が留治を見ると、留治は眼鏡を外して指で目を抑えていた。
留治は涙を指で拭って眼鏡を掛け直し、留美の方を向いた。留治の目は眼鏡の上からでも判るくらい赤く充血していた。
「留美、幸せになるんだぞ!」
「やだわ、お父さんまで……」
郁美は泣いて、席を立って洗面所に行こうとした。郁美の背中で留美の声が聞こえた。
「はい!」留美は顔を上げて、確かな意思を持て言った。
留美の瞳も涙が溢れていたが留美は確かな強い意志を持って「幸せになろう!幸せになるんだ!」と自分に言い聞かせていた。
その夜は留治は眠りにつくことが出来なかった。自分に抱っこされていた小さな留美がいつのまにか大きくなったのか。
アルバムの写真を見ていたので、いろんな留美の思い出達が留治に話し掛けてきて、留治は一睡も出来ないまま、気付くと窓の外が白み始めて鳥が囀っていた。