天国と地獄の愛を繋いだ銀の指輪3
タイトル
「天国と地獄の愛を繋いだ銀の指輪?」
勝と体を重ねる様になってから、留美は決心して勝と結婚したいと親に切り出した。それが勝と留美が付き合い始めてから一年目のことであった。
いつまでも留美が子供だと思っていた両親、特に父親の留治は留美の「好きな人がいるの!結婚したいの!」という、あまりにも唐突な言葉に、暫く度肝を抜かれた様な顔をしていたが、やがて意味が判ると烈火のごとく怒り出した。
さすがに留治は手塩にかけた娘が、まだ勉強している大学生の身分でありながら、結婚なんて言葉を口にすること自体許せずに、到底認めることなど出来なかった。
「どこのどいつだ!お前の相手を連れて来い!人の大事な娘をたぶらかしやがって、ぶん殴ってやる!」と鼻息を荒げて言う留治に留美はしょげた。
だが、留美は諦めなかった。暫くしてからまた結婚の話を切り出した。何度も留治が駄目だと言っても引き下がらなかった。
「お父さんが早いと言おうが何と言おうが、私は勝と結婚します」
「何を!」
留治は立ち上がって留美を見下ろした。留治は食い下がって頼み込む娘の真剣な瞳を初めて見た。そして、留治はいつまでも少女だと思っていた娘が、いつの間にか大人になっていたことに気付かされた。
「分かった!お前がそこまで真剣なら、その男に会って話を聞いてやる!」
留治はとうとう娘のひたむきさに根負けした。
「彼を連れて来ても、感情的にならないって約束して!」
留美の言葉に、留治は渋々約束させられた。
勝を家に呼んだ日、留美の母の郁美は慌しくご馳走を作り、やる事のない留治は落ち着かない様子でその日の新聞を何度も読み返していた。実際は読んでも頭に入らず、読んでいる振りを何度もしていたに過ぎない。
ピンポーン
呼び鈴が小気味良く鳴ると留美が「来たわ!」と嬉しそうな顔をして玄関に勝を迎えに行った。
そんな、留美の嬉しそうな顔を見て、留治はちょっとだけ相手の男に嫉妬した。比較的、平常心を保っていた郁美もちょっとドキドキした顔をしていた。留治は緊張して、心臓の高鳴りを隠すかの様に、再び新聞を読み出した。
「失礼します」と留美に手を引かれ居間に入って来た男は髪をキチンとなぞらえて黒っぽいスーツを着ていた。緊張している様で動作がロボットの様にぎこちなかった。
「まぁ、そう緊張しないで!そこに掛けて!」
留治は笑顔で勝に椅子を勧めた。
留治は相手が緊張していることを見て取って、少しは自分の緊張を解けたが、留治の笑顔は自分でも判る程強張っていた。相手の男に自分の心の余裕を見せるために、無理に笑顔を作ったのだ。
留美と郁美も席に付いて、食事を各皿に盛り付けた。
「お父さん、お母さん、こちらが堂本勝さん」
「宜しくね」郁美が言った。留治はただ、ウムと頷いて見せた。
「勝、こちらが私のお父さんとお母さん」
「はじめまして!」
「いつも留美がお世話になっている様だね」
「いえ、そんなお世話なんて……」
話が止まってしまった。勝も留治も緊張して話が弾まないのだ。
「まぁまぁ、そんな話は後にして!そんな固くならずに、どうぞ、召し上がってくださいな!」
郁美が、場の緊張を解そうと助け舟を出した。
暫く当り障りのない軽い時世の話題に終始していたが、そんな軽い話題であってもなかなか勝と留治は固い笑いが抜けなかった。
そんな他愛もない話題から、勝と留治は話題で盛り上がることもなく、笑っていたのは郁美と留美だけだった。郁美と留美が話題を振りまいて、勝と留治は返事をしているだけの展開になっていた。そんなぎこちない時間が過ぎて、テーブルを囲む四人の料理の進むスピードが落ちてきた。
少しの間沈黙が続いた後、勝はいきなりテーブルに両手をついて頭を下げた。
「お嬢さんを、留美さんを、僕に下さい!きっと、いや必ず幸せにします」
勝は自分でも、あまりにも切り出すのが突然な気はしていた。留美の家に来てから、いや今日来る事が決まってから、何度もどう言うかシミュレーションをしていたはずだったが、留美のお父さんとお母さんを見た瞬間、今までのシミュレーションが綺麗さっぱり消え去ってしまった。
そんな訳で、勝としては来てからずっと話し出すきっかけを作れずにいた。だが、このために来たのだ。ここで帰ってしまう訳にはいかない。勝は留美の家に来てから、ずっと早く言い出さなきゃと焦りを感じていたのだ。
留治はとうとう来たと思った。覚悟はしていたものの、心の奥で実際に言われるのが怖い気がして、話題を遠ざけていた。実際に言われて、自分が手塩に育てた娘をくださいと言われていい気持はしなかった。
「君ねぇ、君も留美もまだ大学生だよ。結婚なんて早いんじゃないかな!」
留治は感情を押し殺して落ち着いた様子で言った。
「ええ、その件については留美と、いや留美さんと二人で話しました。僕も留美さんも大学は卒業したい。結婚と一口に言っても経済的に不可能かと思います。そこで、大学卒業後に結婚するということで、今は留美さんと婚約させてください。お願いします」
留治は自分の娘を、今日初めて会った男が、留美と呼び捨てにした時、眉毛が一ミリ上がったが、その後は眉毛も戻って、相手の男の話を最後まで冷静に聞いた。
「お父さん、お母さん、お願い!」
留美が勝の援護をした。
留治は腕組みをして、眉間に皺を寄せた難しい顔をして考えていた。
「ね、あなた、認めてあげましょうよ!二人とも真剣みたいだし……」
「そりゃ、そうだ!遊びでこんなこと言われても困る。ま、どうせ、私が駄目と言っても聞かんだろう!」
「それじゃ?」と留美が目を輝かせて訊いた。
「但し、学生時代は学業に専念するんだぞ。いかなる理由があろうと学生結婚は許さん、いいな!学生の内は結婚は許さんが、卒業してから結婚する婚約ということなら、許さざるおえないだろう」
「有り難う、お父さん」
留美は思わず父親に抱きついた。
留美の体がテーブルに当たりテーブルの上の食器がゆらゆら揺れて落ちそうになった
「有り難うございます、お父さん!」
「君にお父さんと呼ばれるのはまだ早い!」
「あ、はい、すみません、留美さんのお父さん!」
「まぁ、そんな長い名前で呼ばないといけないの?それじゃ、私は留美さんのお母さんって呼ばれるのかしら?」と言って郁美は笑った。
勝は緊張が解け、体に張っていた力が急に抜けた。
「グゥー」
「あ、すみません」勝は頭に手をやり恥ずかしそうに笑った。
「ま、緊張も解けて、やっとお腹の虫も主張できるようになったみたいね!」と郁美が言うと皆で笑った。
「どうぞ、もっと召し上がって!」
「すみません、頂きます」
勝は目の前の残っている食事にがっついて食べ始めた。
「堂本さん、そんなにがっつかなくても食事は逃げませんよ!」と郁美が言うと、やっと固さの取れた明るい笑いが起きて、柔らかい空気に場を変えた。
留美の両親に許しをもらって、大学の休みを利用して長野にいる勝の親にも留美を紹介しに行った。
勝の両親は両手を上げて喜んでくれた。勝の母親は「この馬鹿息子にとうとう……」と言って涙を流して喜んでくれた。
勝の父は豪快な人で勝が留美を連れてきた夜は一升瓶を開けて夜中まで飲んでいた。赤ら顔で笑いながら「でかした!」でかした」と言って、一緒に飲んでいる勝の背中をバンバンと叩いた。勝はその度に「ケホッ」とゲップをしていた。
勝と留美は二人で相談して、婚約と言っても大袈裟にしないでお互いに婚約指輪を交換するだけの質素な形にした。それだけで二人には十分だった。
婚約指輪に関しては親の力を借りずに自分達だけでアルバイトをして買うことを決めた。留美は家庭教師に、勝は日雇いの仕事をこなしながら二ヶ月分のアルバイト代を注ぎ込んで、勝と留美は一緒にお揃いの銀色の指輪を買った。
値段は一つ十六万円、指輪の中では決して値段の張る物ではないが、二人は自分達の力でやれる範囲で精一杯の無理をした。
その銀色の指輪は勝と留美の薬指にはまり、お互いの愛の証が出来たことで、より一層二人の愛を深めることになった。二人の左手の薬指にはめられた銀色の指輪は、二人の愛が深まる度に銀色の指輪は輝きを増す様だった。
勝と留美の二人は大学の試験休みを利用して南国に旅行した時もあった。海の近くのバンガローの様なホテルに泊まり海水浴やシュノーケリング、さらにダイビングなどと、二人は滞在中、海の色に染まった。
真夏の遠浅の海はエメラルドブルーに輝いて、太陽からの光をキラキラと乱反射させていた。
勝はビキニを着た留美の姿にドキドキしていた。何度もビキニの下にある体と体を重ねた間柄である。今更、ビキニなどと思うところであるが、留美についた水滴が太陽を反射させて留美の体はキラキラ光って見えた。太陽の光を小さな水滴が反射させ、太陽を背にした留美はオーラを放っているようだった。オーラの中心には留美の弾ける笑顔があり、日焼けした肌に白い歯が光っていた。
二人は思う存分、昼間は海を、夏を、太陽を、青い空を満喫した。夕暮れは昼間の暑気に火照った体を爽やかに冷やしてくれる風に身をゆだねていた。、そして南国の夜は満点の星空が二人の愛をロマンティックなものに演出し、二人は宇宙の壮大さと美しさを感じた。
リゾート地であったが、ちょっと離れると周りには誰もいない。砂浜で砂が付くのも気にせず二人で並んで星空を見上げた。
「すごい沢山の星。まさに満点の星空ね!」
「なかなか、普段は見れないよな!」
「普段、見れないからいいのかも知れないわね。普段見れないからこそ、満天の星空の良さが引き立つものなんじゃないかしら!」
「そういうもんかもね」
「あ、流れ星!」
勝は留美に言われて、留美が指差す方向を見た。一つの星が流れて消えるところだった。
「ねぇ、知ってる?流れ星が消え去る前に、三回願いを唱えるとその願いが叶うって!」
「そりゃ、知ってるさ。有名な話じゃないか。幾らそういった事に疎い僕だって、それくらいは知ってるよ!」
「ほら、またよ!」と言うなり、留美は急いで目を閉じてお願い事をしていた。
「もう、消えちゃったよ」
「ああ、なかなか三回は難しいわね。勝もお願いしようよ!」
「何を?」
「何だっていいじゃない!願い事なんて沢山あるでしょう、ほら、まただ!」
星に願いを込めて祈る留美の横顔を勝はじっと見つめていた。両手を握り締め目を閉じている留美を見て、勝は留美の唇にそっとキスをした。留美の唇は潮風の匂いの中、ほんのりと柔らかなリップスティックの香りがした。
「好きだよ!」目を開けた留美に勝が囁いた。
留美は勝のキスにびっくりした様に大きな瞳を見開いて、自分の目の前にいる勝の顔を見上げた。
「何よ!勝、ずるい!お願い事していなかったのね!」
留美は照れた自分を隠して勝を突き飛ばした。
「いてっ、何するんだよ!」
「勝なんて知らない!」と言って留美は走り出した。
「待て!こら」勝も留美の後を追った。
ホテルの部屋に帰った二人は激しく抱き合って愛を確かめた。窓にガラスなどはまっていない開かれた空間からは、心地よい潮風が二人に優しく囁いていた。
その時の二人はいつも、勝の部屋で行っている時よりも、ロマンチックな媚薬に頭が冒されていて、優しく激しく燃えた。そんな二人を満点の星空が静かに見守っていた。
二人が愛に溶けて一つになる行為の後、留美が勝の腕の中でぽつりと呟いた。
「私、とても幸せ。でもこんなに幸せでいいのかしら?幸せは砂の上のお城の様に、波が来たら、崩れ去って行くものじゃないかしら?儚く脆いものじゃないかしら?」
「そんなことないよ、どんなに幸せになったってバチは当たらないさ。いつまでだって幸せでいいんだよ」と勝は留美を優しく抱いた。
「そうよね、私の思い過ごしよね。今、幸せなのに、そんなこと考えるのおかしいよね」と言って、留美は顔を勝の胸に押し付けて勝の腕の中で体を丸くした。
勝の腕の中は留美にとって守られていることが実感出来て安心出来た。暖かい勝の胸で、勝の腕が、留美を包んで抱きしめていてくれる。
「さっきさ、流れ星に何をお願いしたの?」
自分の胸の中で丸まっている留美に向かって勝は訊いた。
留美は勝を見上げ「知りたい?」と悪戯っぽく訊いた。「そりゃ、訊きたいに決まってるさ!」と留美が見上げると勝は優しい目をしていた。
留美は「ナ・イ・ショ!」と言って、再び勝の胸に潜り込んで丸くなった。勝は「何だよ!ケチだなぁ!」と言っただけて、それ以上は訊いてこなかった。
留美は、勝と二人のこの一瞬のこの幸せが永遠に続いてくれることを願っていた。