天国と地獄の愛を繋いだ銀の指輪1
タイトル
「天国と地獄の愛を繋いだ銀の指輪?」
「アーン」
「もう、勝ったら甘えてばかりで、はい、アーン!おいしい?」
「うん、おいちい!」
堂本勝と武田留美は二人でピクニックに来ていた。勝と留美はドライブしながら東京近郊にある高原に来ていた。車を止めてから湖を見て周ったりとのんびりと過ごして、留美の手作りのお弁当を二人で食べていた。
勝は留美に甘えて「食べさせて!」と赤ん坊の様に甘えて、留美に食べさせてもらうのが好きだった。
さすがに皆の前では、そんな恥ずかしいことなど出来ないが、周りには誰もいない。こんな誰もいない場所で、のんびりといちゃつけることもあり、二人はよくピクニックに来ていた。
もちろん、デートはカラオケにも飲みにも映画にも、六本木ヒルズに一日を過ごしたりと言うデートもしていたが、ピクニックというのは誰の目も気にすることなく、いちゃつけるのが魅力なのだ。
こんな、ラブラブに見える勝と留美だが、付き合いだしたのは、割と短く三ヶ月程前のことである。
「よう、ねえちゃん、いいじゃねえか?ちょっと俺らと付き合ってくれたって!」一人の男が留美に向かって下卑た声を掛けた。
留美は路地を歩いている時に三人の男達にナンパされた。留美は相手にもナンパにも興味なかったので素っ気無く「急いでますので!」と相手にせずにそのまま歩き去ろうとした。
そんな留美の態度が男達の癇に障った様だった。三人の内の一人の男が留美の腕を引っ張り、嫌がる留美をぐいぐいと一目がつきにくい行き止まりへと引っ張り込んだ。通りから見えるものの、誰も狭く暗いビルの合間の路地裏など見る人などいない。
「ちょっと来いよ!」
「何するんです!止めてください!」
留美は男の腕を振り払おうとしたが、もう二人の男達が留美の腕を両側から抑えた。
「よう、お高く止まってんじゃねぇぞ!優しくしてりゃ、つけあがりやがって!こっちはよ、お前を無理矢理頂いちまっても構わねぇんだぞ!」
男の声が一オクターブ低くなり、目が留美を睨んだ。
留美は立ち竦んだ。正直言って怖かった。相手は三人だ。留美の腕を押さえつける男の力は抗うことが出来ない程強く、留美の柔らかい腕に食い込んでいた。
それでも留美は「止めてください!警察呼びますよ!」震える声を男達に判らない様に抑えて言った。
男達の目つきが一段と険しくなり言葉に凄みが入っていた。
「呼んでみろよ!警察呼べるもんなら呼んでみろよ!出来るもんならよ!」と男が大きな声を出した。
通りを歩く人がちょっと顔をこちらに向けた。だが、その人はそのまま顔を戻して通りを足早に去って行った。何か気になっていても助けてくれる人はいない。
留美の体は硬直して声が震え出した。強がっていたものの、男達に対する怖さが全身を縛ってしまった様に、留美は身動き出来ずにいた。膝がカクカクと振るえるのが自分でも分かる。
「止めてください!お金ならあげます!」
留美は、ハンドバッグから財布を取り出そうとハンドバッグを開けた。
「金なんて要らねぇんだよ!」
「そ……それじゃ、何が望みなの?」
「俺らが欲しいのはあんたの体だよ!」と一人の男が言ってゆっくりと舌なめずりした。男の紅い舌を見て留美は気色悪さにぞっと寒気がした。残りの二人の男達もニタッと気色悪げに笑った。
男達が自分の体を想像していることに、留美はぞっとして背筋に汗が流れて落ちるのを感じた。
「お願いですから止めてください!」留美の言葉は最初の時の強さを失って、男達に哀願する響きになっていた。
「まあ、そう怯えるなよ!俺たちはあんたと気持ち良いことしたいだけなんだからさ!あんたも気持ちいいことしたいだろう!」
男は先程の怖い顔を幾分綻ばせて言った。二人の男達もにやついた顔で頷いた。
三人の男達は、顔が脂ぎった欲望を剥き出しにしており、男達の視線は留美の体を上から下までじっくりと舐める様に何度も品定めをする様に見ていた。獲物をじっくりといたぶる蛇の様な視線に、留美の体はビリビリと痛い様な感覚を感じた。正に蛇に睨まれた蛙の様に自分の意志とは別に体が震えた。
留美は今まで体験したこともない様な、言い知れようもない恐怖に、体ががんじがらめに縛られて動けなかった。
「助けてぇ!」
大声で叫び出したかったが、恐怖が留美の声帯を縛っていたため、声は小さなかすれ声しか出なかった。
だが、その声は男達には当然のごとく聞こえた。男達は抵抗しようとしている留美を見てまた睨んできた。
「大人しくしろ!って教えたよな!分からないなら無理矢理大人しくさせてやる!」
先ほどから留美に話している男が、留美のブラウスに手を掛けて無理矢理両側に引き千切った。ボタンが弾きとんでブラウスの下からライトブルーのブラジャーが覗いて、留美はハッとして手で抑えた。両側にいた二人の男達がまた腕を捕まえて開かせた。露になったブラジャーに男達の好奇な目が注がれた。
「ひゅー、たまんねえぜ!」
「もう止めて!お願いだから!」
留美は既に眼に涙を溜めていた。恐怖に留美の精神は崩壊して失神してしまいそうだった。泣く事でなんとか恐怖を抑えようとしていた。
そんな時のことだった。
「やぁ、伊藤さん、ごめん、待った?」と通りの方から、緊迫した場にそぐわない声がした。男達がまず声のする方向を振り向いて、次に、強張って固まっていた留美も声のする方向を振り向いた。
そこには留美よりも小さな男が一人立っていた。その男は場違いな笑顔を顔に張り付かせて、こちらに話し掛けていた。留美にとっては全く見覚えない男で、自分のことを言っているのか分からずに呆然とした面持ちでその男を見ていた。
「いやぁ、待ち合わせの時間にちょっと遅れちゃってさ、待ち合わせ場所に行っても誰もいなくてさぁ、伊藤さん、先に帰っちゃったと思ったよ。でもこんな所にいたんだね。会えて良かったよ!」
「なんだ、てめぇは!」
ようやく事態を飲み込んだ男達の目が、その小さい男を睨みつけた。だが、その小さな男は笑顔を崩さずに答えた。
「君達こそ誰だい?そこにいる伊藤さんと、今日デートの約束をしているのは僕なんだけど……そうだろう、伊藤さん!」とその男は留美の方に向かって言った。留美は頷くことも答えることも出来ずに、その男を黙って見ていた。
「なんだとぉ!この野郎!」
三人の男達は留美から、その小さな男の方へと肩をいからせて歩いて行った。
留美は、喧嘩になればこの男がやられてしまうだろうと思った。体格が三人の男達より、いや、留美よりも一段と小さかった。
どう見ても、喧嘩が強そうながっしりした体格ではなく、むしろ痩せ気味でひ弱なイメージすら感じた。
喧嘩になったら不利な状況にも関わらず、その小さな男は依然として笑顔を浮かべていた。正気の男ではないのかもしれないと留美は思った。
留美は警察を呼んで来ようと思った。今なら、走れば通りまで抜けられるかも知れない。男達の関心は小さい男に注がれている。警察を呼ばないと、この小さな男が倒されて、次は自分である。
ところが足が動かなかった。男達に掴まれていた腕は既に自由になっていた。だが、恐怖は依然として留美を縛っていた。留美はその場にヘナヘナと座り込んでしまって、立ち上がることすら出来なかった。
「てめぇ、女の前でカッコつけたことを、一生後悔させてやるぜ!」男の言葉を合図に三人が一斉にその小さな男に殴りかかった。
留美はその小さな男が殴られるのを見ていられなくて目を閉じた。
「バキ、ベキ、うぎゃぁ、うげっ」
鈍い音と声が留美の耳に響いてきた。その度に留美は閉じていた目をビクッとしながら強く眼を閉じた。
その音と声も一瞬のことであり、その後には沈黙が訪れ、そして通りを歩く人の雑踏が留美の耳に再び聞こえてきた。留美は恐る恐る目を開けた。
三人の男達と小さな男の喧嘩は既に決着がついていた。倒れていたのはその小さな男ではなく三人の男達の方だった。
路地裏にのされてしまった三人の男達に比べて、その小さな男はまるで衣服が乱れた様子もなく、息も乱れておらず、汗もかいていない、先程と同じ姿をして立っていた。
留美はポカンとしたまま、その状況を受け止められなかった。どう見てもひ弱に見えた男が、三人の男達と戦ってのしてしまった。しかも、以前と変わらぬ笑みを浮かべている。どんな魔法を使ったらそんなことが可能なのか、留美は何が起きたのか飲み込めずにその場で呆然としていた。
その男は留美の方に近付いて来て、留美の前に手を差し伸べた。
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
留美は放心状態のまま、自分の右手を自分の前に差し出された男の前に載せた。
「僕は堂本勝と言います。勝手に伊藤さんとお呼びしましたが、お嬢さん、何と言うお名前ですか?」
留美をお嬢さんと呼ぶ割に、その男は若く、留美と大して違わない様に見えた。
「あ、あたし、留美、武田留美です」
「それでは留美さん、どこまで行かれますか?もうこんな嫌な思いはすることないと思いますが、念のためにお送りしますよ」と勝は微笑んだ。
路上に倒されて寝ている三人組の男達とはちがって、堂本勝と名乗る男の笑顔は爽やかな風の様だった。
「あ、い、いえ!もう大丈夫ですから」
留美は差し出された勝の手を掴みながら立ち上がった。自分の手が見知らぬ男と触れていることに気付いて慌てて手を解いた。留美は顔が火照って熱くなるのを感じた。
「まぁ、ここは私に送らせてください。このまま帰って、後で留美さんに何かあったら、僕も寝覚めが悪くなりますから、安全な所までお送りさせて頂くだけでいいんです。それで僕も安心出来ますから」
「あ……ありがとうございます。それではすぐそこまで……」
「これをお使いください!」
勝は上着のジャケットを脱ぐと、留美の方に差し出した。
「あ、いえ、とんでもない。結構です」
「ブラウスのボタンが弾けてしまっています。安物ですので汚れても構いません。使ってやってください」
勝は留美を見ない様に気を遣って、あっちの方角を見たまま、ジャケットを差し出した。
そして、留美は勝にエスコートされ、路地裏でのびている三人の男達の横を抜けて、通りに出て二人で暫く歩くことになった。勝も留美もほとんど話すこともなく、そうして近くのデパートに入った。
留美は新しい服を買って、着衣室で着替えて、さらに化粧室に入って衣服の乱れ、化粧の崩れなどを直した。三人の男達に囲まれて涙で化粧も崩れていたし衣服も乱れてしまっていた。化粧を直して出てきた留美はやっと落ち着きを取り戻すことが出来た。
「堂本さん、どうもありがとうございました。おかげで助かりました。あ、このジャケットはクリーニングに出して返します」
「いや、いいんですよ!そんなもの、どうせ安物ですから」
勝は留美の手から自分のジャケットを受け取った。
「勝と呼んでください。僕も留美さんとお呼びさせて頂いてますから」
「ま、勝さん」留美は恥かしくなった。
「それで結構ですよ。その方がお互いに気楽でしょう!」と勝は輝く笑顔を見せた。
留美は勝の顔をよく見ると、先程は薄暗い路地裏で分からなかったが、日焼けした顔に白い歯がキラリと光る笑顔が、とても対照的な色合いを出していた。勝は留美が勝を見つめていることを気にも止めない様だった。
「さぁ、これだけの人ごみの中では、もう襲われる心配もないでしょう!それではそろそろ僕は行きますよ!」と勝は言って立ち去ろうとした。
留美は慌てて「あ、あのォ!」と勝を呼び止めて、勝の袖を掴んだ。勝が「はい?」と振り向くと、留美は恥かしくなって顔を紅くして下を向いてしまった。
「あのォ、もしお時間が許す様でしたら、お礼に食事など、ご一緒にいかがですか?もちろん奢らせて頂きます。お礼をさせてください」
留美は、恥ずかしくて消え入りそうな声で勝を食事に誘った。
留美は自分のいつもとは違う大胆さに顔から火が噴き出してきそうだった。自分の紅くなった顔を見られるのが恥かしく下を向いたまま、恥かしさに穴があったら入りたい気持で体をもじもじさせていた。
留美にとっては、勝の返事を待つのがとても長い時間に感じられた。
「ああ、それはいいですね。ちょっとディナーには早いですが、ゆっくりと時間を掛けて食べるのもいいでしょう。でも奢って頂かなくていいですよ!割り勘で行きましょうよ。そんなに気を遣わずに!」と勝は再び笑顔を見せて言った。