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異世界温泉道中紀〜ゼロから始める温泉旅館の開業方法〜  作者: なつみかん
第二章〜新たな出会い〜
29/35

一夏の思い出 3

全話の矛盾点を加筆訂正しました。

縁日の準備を終わらせると、家に帰る頃には空は夕焼け色に染まっていた。


俺は祖母の墓がある墓地へと向かった。


気づけば、蝉の鳴き声がひぐらしのそれに変わっていた。


変わらぬ村の風情に俺は懐かしさを感じていた。




デコボコのあぜ道を真っ直ぐ歩くと、遠くにお寺が見える。


村の変わらぬ風情とひっそりと佇むお寺が相まって、何処か侘しさを感じさせた。





境内に入ると、そこの住職さんと遭遇した。



俺は住職さんに挨拶をして、次いでに手桶と柄杓を借りた。



俺は本堂に一礼して、裏手にある墓地へとゆっくりとした足並みで向かった。


墓地の砂利を蹴る音と本堂から聞こえるお経が落ち着きを感じさせた。




祖母が眠る墓石の前に着く。

墓の周りは綺麗に掃除が施されていた。


どうやら、俺の前に既に誰かが来て、掃除をしてくれたようだ。


俺は柄杓で手桶から一杯水をすくうと、それを墓石にそっとかけてやった。


そして、俺はゆっくりとしゃがみこんで、持参した線香にライターで火をつける。


目を閉じて、合掌する。



「ばあちゃん、あれから7年ぶりだね。

覚えてる?

ばあちゃんが俺に会ったとき、俺が成人になるまでは死ねないよって言ったのを。

でも、ばあちゃんは俺の高校生姿を見る前に向こうへ行っちゃったね。」


俺は俯きながらそう悲しげに言った。



「ばあちゃんが生きている間に見せたかったよ。

3年後の俺のスーツ姿を……

本当に残念だよ。」


それは地中へ静かに消え入りそうな言葉だった。


「でも、ばあちゃんの事だから向こうから俺を見てるんでしょ?

それなら、俺は胸を張って生きていくよ。

今はお盆だから、俺が大人になる前にばあちゃんと会えたらいいなぁ」


下向きだった顔を上げて、俺は笑顔でそう言った。


生前の祖母のにこやかな表情に負けなぐらいの笑顔で……



そして、俺は立ち上がりその場から去ろうとする。


すると、ふとあることに気づく。


墓石の外柵の脇に茶色い何かが落ちていたのだ。


俺はそれを拾い上げる。



空蝉(うつせみ)ですね。」


「えっ?」


背後から誰かが俺に声を掛けてきた。


俺は徐に後ろを振り返る。


すると、そこには車椅子に乗った女性がいた。


その女性はとても綺麗な人だった。


シルクのような白い肌と夕焼けに映える黒髪が幻想的な美しさを醸成していた。


そんな奇異的状況に俺は疑問を抱く事を忘れて、恥ずかしながら、彼女の美しさに見蕩れていた。


「突然、すみません。

誰かの話し声が聞こえたもので、何となく気になって来たのですが……」


俺は急に恥ずかしくなった。


どうやら、先程の独り言に近い発言を聞かれてしまったようだ。


「あっ、そういうことでしたか。

察することが出来ず、恥をかかせてしまったようで、申し訳ごさいませんでした。」


俺の頬に浮き上がった赤色を見て、彼女はそう言った。


「だっ、大丈夫です。

気にしてませんから……」


と言いつも、俺のその言い方は少しぎこちなかった。


このままでは恥ずかしさでどうにか成りそうだったので、俺は話題を変えることにした。


「先の"空蝉"とはこれの脱け殻の事でしょうか?」


女性は微笑しながら答える。


「はい。

仰る通り、空蝉とは蝉の脱け殻の事です。

ですが、それ以外の意味もあります。」


「それ以外の意味ですか?」


俺はキョトンとした顔で聞いた。


「古来から空蝉とは儚く、空しい物の喩えとして和歌等で用いられてきたんです。

万葉集にもこんな歌が残っています。」


「"うつせみの 世は常なしと知るものを 秋風寒み

しのひつるかも"」


透徹した声で詩を歌う彼女の姿は平安の貴族社会で煌びやかに生きていた女性のようだった。


「この歌は歌人大伴家持が亡くなった妻を思って詠んだものです。


人は簡単に死んでしまう。

この世界はそんなにも儚く、空しい物だと分かっているが、それでも、一月程度では愛する妻の死を受け入れることは出来ない。

秋風の冷たさを感じれば、妻が隣にいた昨年の秋を思い出す。

そんな奥さんのいない孤独な夜を過ごすという悲しみに彼が嘆いた歌です。」


そう説明する彼女の眼差しは空蝉のように儚く、空虚な物だった。


「でも、改めて考えると、この子は空蝉ではないかもしれませんね。」


続けてそう述べた彼女の目はいつしか、情の篭った優しいものに移り変わっていた。


「一体、それはどういう事でしょうか?」


俺の問いに彼女は優しく答えてくれる。


「よく考えてみてください。

こんな場所で蝉のサナギが脱皮するなんて、おかしいと思いませんか?」


下を見ると、そこ一面は人工的に敷き詰められた砂利と白石だった。


そして当然そんな場所では、地中で10年以上も住み続ける蝉のサナギにとってはとてもじゃないが、生存地には適さない。


「恐らくですが、この子は安全な内側の世界から冒険を求めて、この過酷な外界に飛び出してきたのだと思います。」


そう言いながら、脱け殻を見つめる彼女の優しい眼差しは羨望や憧れに似た何かが混入していたように見えた。


「空蝉は空虚なものです。

でも、この脱け殻の中には脱皮前の壮大な物語が詰まっています。

きっと、今頃はこの子もあの大空を自由に羽ばたいているのでしょう。」



何も、それは彼がわざわざここまで来て、脱皮をしたとは限らない話だ。


ここに訪れた子供のいたずらかもしれない。

それは、先ず最初に誰でも思いつく事だ。




「自由に動けるこの子が本当に羨ましいです……」



最後にそう放った彼女の言葉が俺のそんな考えを吹き飛ばした。


俺は返答に窮した。


「そう言えば、お名前をお伺いしておりませんでしたね。」


躊躇する俺とは違い、彼女は迷いのない笑顔でそう訊ねた。


しかし、俺の心は未だに晴れなかった。


「野中京介です。」


「野中さんですか……

私は佐竹春香です。」


その時、俺は彼女の目をまじまじと見つめた。


「あの、何か私の顔に付いてますか?」


そんな俺に彼女は上目遣いで訊ねる。


「すみません。

その名前に聞き覚えがあったので……」


そう言いながら、俺は軽くお辞儀をした。


「そうですか。

でも、私は今日貴方のお名前を初めて伺いました。

恐らく、貴方がお聞ききした人は同姓同名の別のお方だと思われます。」


至極当然の返答に何故か俺は冷や汗をかいた。


「そうですよね。

すみませんが、今の話は無かったことにしてください」


俺は微笑しながら、そうはぐらかした。


「えぇ、構いませんよ。

人違いはよくある事ですから……」


彼女のその声が内奥に深く響いた。



すると、本尊の方から砂利を静かに蹴る音が聞こえてくる。


「どうやら、ここでお別れのようですね。」


夕暮れの空に消失してしまいそうな声を音のする方向に放つ彼女。


気づけば、その空は日没の兆しを人知れず見せていた。


そんな彼の機微を察していたのが、車椅子に座る和服姿の女性と俺。

そして、後から来た侍女服姿の女性だった。


「お嬢様、そろそろお時間が」


「はい。

それでは、行きましょうか。」


無機質な声音でそう呼び掛けた侍女に彼女は非常に冷静に応じた。


侍女が車椅子の持ち手を握り、それをゆっくりと押している。


車輪が動き始める時の鈍い音と共に彼女達は去っていく。


無意識に俺は日没の太陽へと吸い込まていく彼女を呼び止めてしまった。


理由はわからない。


「何でしょうか?」


そんな事とは知らず、彼女は快く反応してくれた。


呼び止めてしまったが、俺は彼女へ送る言葉を考えてはいなかった。


そして、焦りながら絞り出した言葉はこれだった。


「次はいつ会えますか……」


その言葉は逢魔ヶ刻の微風に飛ばされていく。


それは宛もなく彷徨う透明な紙飛行機のようだった。


「今はお盆です。

だから、私にはきっと、また会えますよ……」


そして、彼女は夕暮れと共に去ってしまった。


俺はそんな彼女の後ろ姿に何処か既視感を感じた。







「佐竹さんかい?」


俺は夕食の席で何となく彼女の事を聞いてみた。


「はい。

お墓参りの時に会って、知り合いになりまして」


啓治さんは微笑して答えた。


「昔、母さんから聞いたことがあるんだけど、佐竹さんの家はこの地域の地主だったらしいんだ。

今はその土地の殆どを売ってしまったけど、汚い話、それでもそこの主人はかなりの財産を得たらしいんだ。

後は一人娘がいると聞いているぐらいかな

僕が分かっていることはこれぐらいかな」


俺は平坦な声音で相槌を打った。


「ごめんね京介君。

あまり為にならない話だったね。」


俺は頭を振って、啓治さんにお礼を言う。


「いえ、それが聞けただけでも幸いです。

啓治さん、貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。」


啓治さんはハニカミ顔でコップに注がれたお茶を飲み干した。







結局、彼女の事は分からないまま、縁日当日の朝を迎えた。


外に出ると、源さんが白いバンに乗って俺の出発を待ち構えていた。


「源さん、おはようございます!」


「おぉ。

今日も元気だな!兄ちゃん。

直ぐに出発するから、乗ってくれや」


朗らかな表情で挨拶をした俺は言われるまま、助手席に乗り込んだ。


そして、車は祭り会場である神社へと風を切りながら走っていった。






下から眺めるだけでも憂鬱になりそうな階段を登ると、そこは大人達の活気溢れる祭り前の風景だった。


そこは法被を着た男達の怒号とそんな野蛮な者達へ食事を配膳しに奔走する女性の姿で忙しなかった。


すると、その中でも一番激を飛ばしていた大男が俺達を目にすると、蟹股でこちらに歩み寄ってきた。


「銀次、どうだ。

上手い具合に仕上がってるか?」


熊のような大柄の男に臆することなく、源さんは威勢よく声をかけた。


すると、その熊男は突然、畏まって話し始めた。


その姿は熊というより忠犬のようだった。


「へい。

人数は若干足りていませんが、物の準備は概ね全て揃っております。」


源さんはほくそ笑んだ。


「なに、人手が足りていないのは今日始まった事じゃねぇ。

何も問題ねぇ。

それに、今回はこの兄ちゃんが手伝ってくれるそうだしな。」


そう言って、源さんは俺の背中を痛いぐらいに叩く。


そして、前を向けば銀次さんという人が俺を品定めするようにじっと見つめてくる。


だが、俺からすればその目は犬が威嚇時に見せるぎらついたそれに見える。


すると、男は俺に興味を無くしたのか直ぐに踵を返してしまった。


「源さん。

俺はまだ諸々の確認がありますので、これで失礼させていただきます。」


そう言って、男は再び持ち場に戻ってしまった。


「兄ちゃん、すまねぇな。

あいつはちょっと訳ありでな。」


「はい、大丈夫です。

気にしてませんから。」


男の後ろ姿を源さんはその目を細めて見つめていた。






「おーい!」


後方からよく聞き覚えのある声が聞こえた。

直ぐに俺は後方へ振り返った。


「啓治さん、そんなに慌てて一体どうしたんです?」


啓治さんが額に多量の汗を流しながら、ビニール袋いっぱいの荷物を両手にこちらへ走って来た。


「おぉ、雑用を任せてすまねぇな。

助かったぜ、関根の東京っ子!」


陽気な声で源さんはそう呼んだ。


そんな彼に啓治さんは苦笑して返した。


「あれ?

今年は去年の祭りとちょっと違うね。

もしかして、狐の祝言かい?」


「あぁ、それで村の連中も今回は一層張り切ってる。」


俺は困惑したような目つきで彼らの会話を眺めていた。


「あっ、京介君ごめんね。

そっか、君はあれを知らなかったのか。」


啓治さんは穏やかな声音で説明してくれた。


「狐の祝言というのは結婚前の花嫁と花婿がこの村独自の式を挙げるという意味なんだ。


その式と言うのは雌の狐が嫁入り前の女性に化けて、その婿を誑かすという古い言い伝えから女性は結婚前までは魔除の仮面を付けて、真名が知られないように当事者以外には彼女の名前を伏せておくという変わった儀式の事だよ。

まあ、簡単に言えば昔の古い風習という事だよ。


でも、いつからかその風習も変わってしまってね。

魔除の仮面が狐の顔を模した物になったり、どういう訳か式を挙げる日が必ず、縁日と被るように定められてしまったりと、その様式も昔とはかなり変わってしまったらしいんだよね。」


そう言って、啓治さんは微苦笑をした。



「大事な祝言があろうが、兄ちゃんにやってもらう事は変わらねぇ。

だから、そう気張るなや」


いつの間にか俺の表情は硬くなっていたらしい。

それを察して、源さんは俺を励ましてくれた。


「分かったら、兄ちゃんは東京っ子と一緒に屋台の仕込みを始めてくれ。」


源さんはにかっと笑い、そう俺に告げた。


「あの、僕もやるんですか?

確か、周辺地域の見回りと聞いていたんですが……」


啓治さんは恐る恐る訊ねる。


「見回り?

誰だ。そんな事を言ったのは

こんなド田舎で犯罪や非行なんて起こらねぇよ。

起きても、せいぜい熊に襲われるぐらいだぞ?」


俺はその言葉に戦慄を覚えた。


その時、気のせいか背後から視線を感じたような気がした。


「ともかく、アンタには兄ちゃんと一緒に屋台で稼いでもらう。

文句は言わせねぇぜ」


そして、啓治さんは気のない返事で彼の強引な命令を受け入れた。


「それと、その利益は自治の方に回しておくからな。

俺は神主と話があるから先に移動させてもらうぞ。

まあせいぜい、頑張ってくれよ!」


そう言って、源さんは神社の本殿へと去っていった。





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