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異世界温泉道中紀〜ゼロから始める温泉旅館の開業方法〜  作者: なつみかん
第二章〜新たな出会い〜
26/35

影と光

大変重大なミスを犯していたことをお詫び申し上げます。


前話のイェ族という事でしたが、正しくはラミャ族です。


今回は本当に申し訳ございませんでした。

やや興奮気味の俺を村方の人達は少し暗い眼差しで見つめる。


「ラミャ族に何か問題があるのでしょうか?」


ノランさんは俺の疑問に困まり顔で答えた。


「うむ。

ラミャ族もそうだが、彼らの居住地域がかなり特殊でな」


「特殊と言うと?」


サシャが彼らの事を話したがらないぐらいだ。

相当な理由があるのだろう。


だとしたら、逸早く聞きたいところではある。

別に、サシャに嫌がらせをしようという訳では無い。


そう、これはこの世界の常識に関する見聞を深めるためだ。

だから、そこに邪な気持ちなど1ミリも介在していない。


「ノラン、その話は私がするよ。」


嗄れた声で代弁したのはコバさんだった。


「あれは、シャマ国が建国される前の事だよ。

私達が産まれるずっと前、だいたい200年前ぐらいかね」



「当時、私達以外の各村が次々に連立して小国を創り出していった。

また、小国はその国力を増強させたり、他国との貿易で富を築き上げていったんだよ。

その当時、1つの村として後退し続ける事を恐れたドコス村、ヨポト村、シナ村の3村は各村と同じように小国、当時は"三村連立国"と呼ばれる国を創り上げたんだよ。」


「つまりコバさん、それが現在のシャマ国ということでしょうか。」


彼女はやおらに首肯する。


「シャマというのは、あれだよ。

地上に光と熱を齎してくれる……」


彼女がそう思案している間に会話が詰まりそうになる。


「太陽ですか?」


一瞬で俺はその答えを出した。


「そちらの言葉ではタイヨウと言うのかい?」


「はい、恐らくは。」


「恐らく?」


俺は曖昧に答えた。

それが、自分の発言に対する自信の希薄さだ。


それ故に俺は何故、この時太陽と答えたのか不思議に感じる。

異世界という概念に思考が浸食されてしまっからか、それとも、ここが現世界の地球の何処かであって欲しいという表れであろうか。


「いや、何でもないです。」


俺は深く考える事を止めた。


「そうかい。」


コバさんは俺の目を見据えて、優しい顔でそう答えた。


「悪いね。話を戻すけど……

アンタの言う"タイヨウ"っていう意味でその後の連立国という呼び方は"シャマ"という名前をに変わったんだよ。」


「そして、その国名になる前。

つまりは、三村連立国の時に領地と権益を守るための争いが起ったんだよ。

争いと言っても、拡大した連立国と連立国に入っていない小村との狩る者と狩られる側の一方的な狩猟行為だったんだけどね」


「だが、連立国に加わら無かった私達の村はその"狩猟"の矢面に立出されることになった。

狩られる者としてね。

理由は私達が連立国の政治、権威に対する不服従、不介入を求めたからだよ。」


「結果は相互間での示談などでは当然収まることは無く、連立国側は開戦を取るか、無条件降伏を取るかの最後通牒を私達に突きつけたんだよ。

戦争をすれば民は死ぬ。

降伏をすれば犠牲者は出ないが、バブリア村としての未来は無い。

当時の私達にどちらを選ぶかは明白だった。」


「誰1人として死ぬ事は無い、搾取村としての未来を選んだんだよ。」



その選択を選んだのも、呪縛のように植え付けられてしまった彼らの境遇故の事だろう。


非常に度し難い。


眉を顰めた俺を彼女はじっと正視する。


「実を言うとね、当時の私達の鋳鉄技術ではなまくら1本を拵えるのが精一杯だった。

恥ずかしい話だけど、今日の鉄剣やナタは全てラト村から入ってきた物なんだよ。」


コバさんの声音は微かに震え、その表情は下向きだった。

見えないはずの地の底を深く、深く見つめるように。


鋳鉄、鋳造技術という文明の進歩の域を獲得した彼ら。


しかし、その素晴らしい技術的発展の実情はくず鉄を作れるだけの児戯にも等しいものだった。


そんな鉄屑で一村が一国と正面切って、戦うとは無謀だ。

多勢に無勢。

戦いになったとしたら、ジリ貧になった挙句、村は疲弊し最悪のシナリオへと突入する。


古くからの呪縛的教えや偽善にも思える程のボランティア気質等。

こういった要員以外にも、要するに損失の多い戦争を避けたいという判断から、当時の人々は搾取村としての在り方を選んだのだ。


「私達が連立国の要求を受け入れようとした丁度同じ頃に連立国に対する不服従、不干渉を掲げていたラト村のラミャ族が侵入を犯す連立国に決起したんだ。」


続けて彼女は強い語調でそう言った。


「平和的解決で収めた私達とは違って、ラト村は飽くまでも武力で彼らに抵抗した。

もはや、それは戦争ではなかった。

何ら変わらない。狩る者と狩られる者の一方的な狩猟さね。

当時は誰もがそう思っていたんだよ。」


彼女の失望と落胆が凝縮されたような胡乱な目つきがその絶望を如実に示してくれる。


「だが、事実は違った。

ラト村は勝利の狼煙を掲げ、その戦火を生き残ったんだ。」


俺は彼女の差し迫った物言いに息を飲んだ。

その機微を悟った彼女はさらに押しかけるように語気を強めた。


「そうだよ!

そのラト村はアタシ達が喉から手が出るほど欲しがっていた物を持っていたんだよ。

肉を容易に叩き切り、その鋭利は男の頑丈な筋肉を貫く一級の鉄器。

つまり、それは技術の発祥地である私達の作品を軽く凌駕する至高品だったのさ。」


「彼らはその至高を類希なる強靭な腕力で薙ぎ払い、圧勝を成し遂げた。

果たして、その勝利が齎した物はラト村に対する畏怖と恐怖だった。」


俺の頬に一滴だけ汗が流れるのを感じた。

底知れぬ圧力が俺の緊張を過剰に増長させていく。


「元々、ラト村は他村と全く交流の無かった孤立無援な小村だった。

ただ、地下に穴を作り、そこで僅かな火だけを頼りにして生活していると私達は風の噂で聞いていた。

だから、未開の地であるラト村が戦闘民族の住まう巣窟と言われるほど、そこまで恐れらるようになったのが不思議だった。」


そうだ。

結局はそこに至るのだ。

何故、ラト村がバブリア村をも凌ぐ鉄に関する技術を持っていたのか。

とどのつまり、それは俺の憶測が有用になるかもしれない。


「私達の先祖が、かつてのバブリア村と同じようにラト村にもその技術を齎したからでしょうか?」


素朴な疑問だった。

所詮、憶測が仮定になるかならいかの確認でしかない。

第一、バブリア村の技術をラト村が盗み得たという可能性もある。


「それはアンタの推測かそれとも憶測かい?」


温和だった表情から想像出来ない怪訝な眼差しで彼女は俺を睨みつけた。


俺は言葉に詰まった。


すると、彼女は再び優しい笑顔で俺に笑いかけた。


「悪いね。

ちょっとアンタを試しただけさ」


状況の整理が出来ず、ただ俺は惚けていた。


「民の前で公然と打ち明けた今では過去の禁忌史にどうこう言おうが、それは勝手だからね。

いや何、唯ちょっとアンタをからかっただけだからさ。」


心の中で気がストンと落ちていくのを感じた。

それは少しだけ寿命が縮まったような感じだ。


「まぁ、それでも。

アンタの説が正しいという確率が無いとはいえない。

ただし、確定的という訳では無い。

それはアンタだけでなく、私達も余地の隅に入れている所さ。」



「話を戻そうかね。

詳しい事はまだ色々とあるが、要するにラト村の者は私達では比べ物にならないぐらいの鋳鉄、鋳造技術を誇っている。

噂では、あの輸入物も彼らの作品の中では二流品にしか過ぎないらしい。

だから、彼らならアンタの望む物も作れるかもしれないよ。」


「それで、ここからが問題なんだけど……

先に述べた通り、彼らは地域との交流を持たない。

それはシャマ国に加わった今でもだ。」


虚をつかれた。

戦闘民族ラミャ族が勝利を経て、独立を果たしたにも関わらず、何故国に加わったのか。

シャマ国と言っていたが、それは国名を変えた最近の出来事なのだろうか。


錯綜する疑問にコバさんは出来る限り丁寧に答えてくれた。


「私達は彼らの目的が未だに良く分からない。

分かっている事は、その戦の数十年後に突然、彼らはシャマ国に加わることを表明したって言うことだよ。」



「搾取村である私達は国内の内政に関与する事は出来ない。

だから、分かっていることは少ない。

だけど、まことしやかに囁かれていることがあるんだよ。」


「国が実質的にラト村に領土を割譲することで、彼らを国に組み入れたんじゃないかって。」



「とはいえ、彼らはシャマ国に加わってはいるが、シャマ国民ではない。

内政不干渉、権威に対する不服従以外にも彼らは我らを含む諸村とのあるゆる交流、関係の一切合切を断絶している。

事実上、あそこは独立した地として機能しているというわけさ。」



「でも、それでは他が黙っていないのでは?」



「たぶん、それは彼らの交渉材料によるところが大きいね。

彼らの鉄の切れ味と頑丈さは石器を軽く上回る性能だからね。

それを獲得する為には国も黙らずにはいられなかったのさ。」




「ラミャ族の事はだいたい分かりました。

コバさん、ありがとうございます。」


「いいってことよ。

こんな年寄りの長話に付き合って貰っただけでも、私は嬉しいよ。」


そう言って、彼女は頭を振った。









そして、場所は変わり、神奈川県箱根町では……


(自然災害とはいえ、これはどうしても受け入れらない事実だな……)


以前は子供から大人まで楽しめる温泉レジャーランドとして活気を見せていたこの建物も、土砂崩れにより泥に埋もれた廃墟と化していた。


変わり果てたその姿を京介は虚ろな目で見つめていた。


洪水が沈静化し、幹線の復旧作業が開始されて早二日、彼はまだその現実を受け入れられずにいた。


すると、後ろから誰かが近づいくる足音が聞こえた。



「京介か。

もう、店の方はいいのか?」



「幸いにも、家は大丈夫だったからな。

暫くは避難者に宿を提供するつもりだ。」


京介は深くため息を吐いた。



「見ての通り、俺は自分の家を避難者に提供することも出来ない。

そればかりか、間欠泉があった場所も土砂に埋もれてしまった。

もう、俺には何も残ってない。

何も……」




その背中は虚ろだった。

彼岸を漂流する死人のように。


しかし、洋一郎はそんな彼に何も言葉を掛けてやることは出来なかった。



奪われた者と奪われなかった者


その背景の相違が彼らの関係に縺を生じさせる。




すると、京介は徐にポケットから煙草を取り出した。



「洋一郎、吸うか?」


「あぁ、貰うよ」


硝煙と静けさが辺りに漂う。


「京介、煙草は止めたんじゃ無かったのか?」


「今日は気まぐれだ。

それに、スモーカーを引退したのはお互い様だろう?」


「あぁ、そうだったな」


洋一郎の生返事が世紀末と化してしまった地に響き渡っていく。


「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ」


「おい、大丈夫か?」


「大丈夫だ。

久しぶりだったからな。

ちょっと噎せただけだよ。」


そして、彼らはタバコを捨て、靴裏で磨り潰すした。


「洋一郎、俺はこれから色々と用事があるから、先に帰らせてもらうよ。」


「あぁ、達者でな」


京介は去ってしまった。

革靴の土を蹴る音が何処かぎこちなかった。







避難者に提供された仮説診療所にて……


「京介さん。

気持ちは分かるが、これはもっと大きな病院で見てもらった方がいい。

新しく病院を紹介しておく、悪いが詳しくはそこで聞いてもらってくれ」


京介が大きな病院を利用しなかった理由。

それは罪悪感からだった。


この町には医院や診療所しかなく、大きな病院へ行く時は市井に向かわなければならない。


だが、それは平時の場合である。

破局的災害がこの町に起きた今、病院へ行くために遠出をする者は少なく、行方不明者の捜索や建物の修繕に割いている者の方が多い。


復興に尽力する彼らを他所に、京介は個人の病気の為にこの町から出て行くような事はしたくなかったのだ。


「昔からアンタは不器用で難儀な人だよ。

主要な事は娘さんに任せているんだろ?」


「あぁ」


「なら、アンタはその病気を逸早く見つけて、早急に治すべきだ。

娘さんのためにもな。」


京介は彼をよく知る医者から病院名が記載された用紙を受け取ると、その場を離れていった。


二日後、京介は泥で荒れてしまった道路を抜けて、車で2時間掛けて走ると、彼はとある大学病院に到着した。


診察番号を呼ばれると、彼は主治医のいる真っ白な部屋と入室する。


医者に促されるようにして、彼は一連の検査を受けた。


その日は検査だけを済ませて帰らされた。




そして、数週間後……






「野中さん、結果は陽性でした。

膵臓に悪性腫瘍が転移しています。

以前に治療はされているのですよね?」


「はい。

5年前に。」


それから、医者の説明は淡々と済まされていった。

癌という深刻な病気を宣告しているとは思えない言い方だった。

まるで、彼の命をヘリウムガスで膨らませた風船とでも見なしているかのような。



京介は診察室を後に、外へと続く自動ドアへ向かった。

今では何の変哲もない自動ドアの開閉が自分を死地へと導くゲートのように思えた。


地獄のゲートを抜けると、上空には満天の青空が広がっていた。

雲一つと無い快晴だった。


その澄み切った空は、今も自分の身体で蠢くドス黒い影と対照をなしていた。


ふと、彼はとある日の事を思い出していた。


それは30年も前の事……










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