開発準備の一幕
24話の「1700年前」を「1600年前」にそして、民衆の「向こうとここでは途轍もない時間のズレがあるんじゃないのか?」を削除させていただきました。
「能力が働かない!?
ということは、リュウ達は向こうの世界に帰れないということか!!」
ソニアは驚きのあまり、尋常ではない程の激しい声を上げた。
四隅の大部屋に彼女の激語が反響する。
それは綱領施行が決まった後の宴の場での事。
俺を含めた3人は例のアレを伝えるために無理を言ってソニア達に集まってもらった。
そして、俺達が伝えたい事とは他ならぬサシャの転移・転送能力が使用出来なくなったということだ。
それを聞いた彼女は案の定、こうして取り乱してしまったのである。
「この機会にそんな話を聞かされることになるとは」
「ごめんなさい。」
ここに来るまでずっと浮かない表情をしていた彼女が負い目から更に落ち込んでしまった。
正直、これについてサシャは昨日で完全に吹っ切れていたと思っていたのだが、それは俺の自己判断でしか無かった。
俺が思っていた以上に彼女はセンチメンタルになりやすかったのだ。
また、ソニア曰く彼女のそのような内面が現れ出したのは本当にごく最近との事。
だからであろうか、サシャのディスプレイにソニアはまごつかない様子だった。
「ご、ごめん。
サシャ、そういう意味で言ったんじゃないからな。
別にサシャは何も悪くないんだよ」
デジャヴだ。
その不器用な様子が昨日の俺と一致している。
昼の彼女の雄弁な演説から忘れていたが、彼女は本音を伝えることに関してはかなり不器用だ。
普段は気丈に振る舞う彼女だからこそ、本心で相手と向き合うという事に不慣れなのかもしれない。
だから、彼女達は今まですれ違いを繰り返してきたのだ。
とはいえ、決して仲が悪いという訳ではない。
ならば、そう難しくなく彼女達の関係は再生されるかもしれない。
こんな自分に何が出来るか分からない。
だけど、俺は彼女達を全力でサポートしていきたい。
好きな人の為に……
ぎこちない彼女達のやり取りを横目に俺はそう決心したのだった。
そして、俺はサシャの耳元に囁きかけた。
「サシャ、俺達の誰もサシャが悪いとは思っていないから。
それなのに、そんな暗い顔をされたらソニアも不安になるだろ?」
彼女は俺の言葉に少し戸惑っていた様子だったが、俺達の顔を一瞥すると、その表情にもう迷いは残っていなかった。
だが、少し気になることがある。
俺の顔を見た時の彼女はどこか可笑しそうに笑っていたのだ。
「真面目な顔をした時と、笑った時のお前の顔ウケる。」
とよく友達に言われた事があるが、そんなに酷いだろうか?
まあ、何はともあれ彼女も吹っ切れたようだし、そんな事は今はどうでもいい事だ。
すると、サシャが改まった表情で話し出した。
「ソニア様、お気遣いありがとうございます。
ですが、リュウとユナが向こうに帰れなくなったのは事実ですので、私にもその責任があります。」
「しかし…」
居た堪れない空気が漂う。
彼女達の会話では埒が明きそうに無かったので俺は本題へと話題を転換した。
「それでソニア。
今日は何よりも重大な話しをしなければならない」
ソニアは俺に向き直ると、ゴクリと固唾を飲んだ。
「転移が出来なくなったことで、俺の親父と京一郎さんがこちらに来れなくなった。」
ソニアは落ち込んだ姿を見せまいと取り繕っていたが、その眼差しが次第に曇っていくのが分かった。
「それで、親父達がいなくなったことにより温泉の開発が滞りそうになっている。」
「リュウ殿、滞りそうとは一体どういう事かな?
地下を掘るだけなら、我々だけでも何とかなるのでは?」
事件後、ノランさんは再び村方の役目を果たしている。
あんな事があったとはいえ、俺は彼に対するヘイトは抱いていない。
だから、彼とこうして特に問題なく話すことが出来ている。
「確かに掘るだけなら簡単です。
それに京一郎さんが事前に説明したと思いますが、火山付近ならば比較的浅い所でも温泉を掘り当てることは可能です。」
かなり曖昧な言い方だと思う。
それもそうだ。
何故なら、綱領施行前に既に京一郎さんが地質調査目的で神山に侵入してしまったのだから。
あの人の事はまだ良く分からないが、父によると目的のためならあらゆる手段を行使する人らしい。
だからといって、平気で他地域の掟を破るとは流石にどうかと思うが……
「ですが、私達だけで開発するとなるとなると、かなりの時間がかかることになるでしょう。」
「はて?それはどういう事だ?」
未だに謎めいた表情をするノランさんを他所に何処からとも無く現れたナターシャさんに俺は目を向けた。
「ナターシャさん、あれを持ってきてくれますか?」
彼女は静かに首肯すると、表へ何かを取りに出て行った。
暫くすると、ナターシャさんは何かが入った皮袋を手に戻って来た。
俺はその皮袋を受け取り目的の物を取り出した。
「これは"ケラ"だな」
俺が取り出した物。
それは、たたら製鉄と呼ばれる製鉄方法で取れる鋼の素になる塊の事だ。
「はい。ご覧の通り、これは刃物の素材となる砂鉄を還元して得られた物です」
日本古代史では製鉄技術の変遷については謎が多い。
弥生時代中期に朝鮮から九州・中国地方に伝播された鉄は鋳鉄状態、要するに鉄剣や鍬などの製品になった状態の物であり、鋳造は愚か製鉄技術に関しては当時日本では確立されることは無かった。
それ故に日本での製鉄技術の確立はヤマト政権時代の5世紀または、大仏造立が盛んであった6世紀~7世紀と言われている。
だが、よく考えてほしい。
この地に俺達の先祖が鋳造技術を齎したのは400年前だと言っていた。
そして、この世界では2日だが向こうでは約1週間の大きな時差があり、また暦言い換えれば1年の日数が俺たちの世界とは極端に異なる。
前述していなかったが、一ヶ月が40日それを10ヵ月超すと一年となるという事らしい。
まぁ、太陽系の惑星では無いのだからそれも有り得るだろう。
これらを総じて表にしてみた。
異世界 現世界
2日 1週間
40日 140日
108日 約365日
約400年 約1500年
表の通りだと、日本の5世紀に既に製鉄技術は確立。
そして、あろう事か鋳造技術まで発達してしまっている事になる。
製鉄技術に関しては諸説あるが、5世紀にあったとしてもあまり不思議ではない。
現に5世紀半ばには広島県庄原市の大成遺跡で大規模な鍛冶集団が成立していた事が分かっているからだ。
むしろ、おかしいのは鋳造技術の事である。
鋳造とは溶かした鉄を鋳型に流し込んで釜等を作る事なのだが、鉄の融点は金属の中でもかなり高い方で、1500度以上でなければ溶ける事はない。
しかし、1500度もの超高熱を出すほどの高度な技術は製鉄法が導入されたばかりの日本には会得不可能な代物だ。
だからこそ、日本は日本刀等の鍛造技術(鉄を一定の温度で熱してハンマー等で叩いて鍛錬や形状を変える事)が発達したのだが……
ともかく、あの時代の俺達の先祖がこの世界に導入出来るほど鋳造技術に精通していたとは思えないのだ。
先に述べておくが、ここからは俺の憶測でしかない。
当時、日本は鋳造技術が発達しなかった。
それなのに、かつての日本人はこの村に鋳造技術を齎した。
()前提として彼は製鉄技術を熟知している。)
ということは、転移した日本人がバブリア村に製鉄技術を伝える前に他地域にその方法を教え、それが独自に進化して鋳造まで発展した。
そして、それを知った彼は改めてバブリア村に鋳造方法を伝えて現在まで行き着いたのではないかと。
1.カランが鋳造技術を齎したと言われている。
要するに、バブリア村の人が技術を確立した訳では無いということ。
2.巫女はこの地に定住していたと言うが、カランに関しては他地域に移動していないとは言えない。
3.ここはファンタジーだから、技術を革新させる者がいてもおかしくはない。
(女性が超人的身体能力を備える世界なのだから)
3は論理的判断の要素には欠けるが1、2は間違いはないだろう。
これが憶測ではなく事実だとしたら、バブリア村のそれよりも進化した鋳造技術を獲得した人々がいるかもしれない。
「ケラは刃物の素材になるだけではなく、優れた掘削工具の製造にも使用できます。
ですから、温泉の採掘に大きく貢献出来ると思ったのですが……」
「掘削工具か?それはカランの民が言っていた鉄鍬の事だろうか?
しかし、鍬の製造方法は私達も不明な所が多く、不完全な製品にしか仕上がらないのだ。」
そう、それだ。
この村には農業という言葉が無い。
というか、雨もほとんど降らないこんな不毛な地でかつての朝鮮等の農業など出来るはずが無いのだ。
それにあれは、農業に適した気候あってのものだ。
狩猟採取の原始的な営みを送るこの村に、耕作を行うための鍬や鋤を作る必要は無く、当然耕作を行わないのならそれらの道具を鉄に応用させることも無い。
これ即ち、少なくとも数百メートルは掘らなければいけない温泉採掘においてかなり致命的だ。
だから、農耕具と言うよりも、ツルハシや剣スコのような掘削、土の蒐集道具を作れるいや、量産出来る程の実用的技術を擁した地域の力が無ければ温泉開発はむつかしい。
「無理を承知で言いますが、鉄鍬のような掘削工具を作るとしたら、今どれくらい作れることができますか?」
ノランさんは頭を悩ませながら逡巡している。
「そうだな。
不完全なもので良いならば、多くても日に2、3個が限界だ。
しかし、それは飽くまでも不完全な物。
実際に使用したら、直ぐに使い物にならなくなるだろう。」
転移が使えたら現代の文明の域を用いて、開発など直ぐに終わらせることが出来ただろうに。
しかし、それは無い物ねだり。
そんな事を思ってもしょうがないだろう。
俺は心の中で深いため息を吐いた。
「他地域にもっと優れた鋳造技術者は居ないのでしょうか?」
「リュウ、すまない。
これも私達の力不足故の事だ。」
失言だった。
ソニアがこれ以上無いほど悔いた表情を浮かべている。
「いや、別にソニア達村人のせいって訳では……」
お約束のように訪れる静寂の時間が始まった。
とうとう、問題は難航し、行き詰まるかに思われた。
「あっ!」
サシャの何かを思いついたような気になる声が静まり返った空間によく響いた。
「サシャ、どうしたの?」
湯奈さんが心配して、優しく尋ねる。
しかし、サシャは何処か躊躇ったように何も答えようとしない。
不思議と顔を赤らめている気がするが……
「サシャ、何かいい案を思いついたなら言ってくれないか?」
もはや、この窮地に頼れるのは彼女しかいなかった。
それはソニアとノランさん敷いては他の村方の人達も一緒のようで、彼らは右胸に手を当てながら迫るようにして彼女に意見を仰ごうとしている。
かなり異様な光景だ。
村の重役達が揃いも揃って、1人の少女にその知恵を借りようとしているのだから。
すると、サシャの林檎のように朱く熟れた表情がじわじわと浮き出てきた。
口をもごもごとさせている。
理由は分からないが、言いたいがとてもじゃないが言い出すことは出来ないそんな感じだ。
だが、そんな柵も一瞬にして解放されてしまった。
「……を見たことがある。」
「はい?」
あまりにもか細い声であった為、聞き取ることが出来なかった。
しかしながら、その様は一方的に少女を虐める悪辣な野郎のそれであった。
今思えば、本当に済まないことをしたと思っている。
「イェ族のアレに付いている鉄を見たことがある……」
耳を澄まさなければ、聞き取りが不可能な彼女の消え入りそうな声が俺の耳にしっかりと録音された。
しかし、アレとは何だろうか?
「そうだ!
ラミャ族の優れた鋳造技術があれば、掘削用の優れた鉄道具を量産する事が出来るかもしれない!」
俺の整理が着かない内に話が進んでしまう。
ラミャ族。
それはサシャが頑なに話そうとはしなかった民族の事である。
また、彼らの事を話題に持ち出そうとする度、彼女は頬を赤らめて俺に怒り出す。
だから、彼らの話をする事はタブーだったのだが、まさか彼女自身の口からその禁忌を発せられる事になるとは……
俺は彼女にかなり無理をさせていると思い、それ以上はツッコまなかった。
「ノランさん、ラミャ族と呼ばれる人達はそんなに鋳造技術に長けているのでしょうか?」
彼は何故か自慢げに語り出した。
「あぁ、そうだ。
今、この場で詳しい事は言えないが、彼らの鋳造技術に必須とされる器用さと判断力には目を見張る物がある。」
ということは、ピッケル等の掘削道具を作ることも可能なのではないだろうか。
俺は思わず、喜色の笑を浮かべた。
「逸る気持ちも分かるが、その前に聞いてほしいことがある。」
「聞いてほしいことですか?」