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異世界温泉道中紀〜ゼロから始める温泉旅館の開業方法〜  作者: なつみかん
第一章 温泉英雄の誕生
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序章完結

「今日まで伝えられてきた封建的関係、子への束縛的な家庭従事、マスディオ山の神格化。

これらの古いしきたり等を改め、新しく"バブリア自由化推進綱領"をこの村の指標として掲げていきたい。」


ソニアのその宣言に村人達は再び騒然となった。


そして、この俺も驚きを隠せないでいた。





ほんの少し前……


彼女は村の実情をありのまま俺達に説明してくれた。


「この地に先祖が永住を許されてから400年余り、代々私達は等しく人々を尊び、横溢なる器を持って仁を尽くせと教わってきた。

だからこそ、偏狭や寡占、利己等は悪だと考えてきた。」




「しかし、正しいと思われてきたその教えが齎したのは衰退だった。」


それは沈痛な叫びだった。


既に件の事件後、俺も彼女からその事はありありと聞かせてくれた。


当時もこの時と同じように彼女の表情は暗鬱としいた。

今考えれば、それは暗澹とした現状への表れでもあったと思う。


「かつては今より広大な土地を有していたこの村もシャマ国への加盟により土地は隣村に接収され、残された唯一の遺物でさえ諸村に分配されることになってしまった。

皆も知っている事だろう。

それ故に、この村がなんと呼ばれているか。」


彼女の言葉に村人達は苦汁を飲んだような屈辱を滾らせた顔ではなく、悲哀に満ちた表情をしていた。


「一体、それは誰のせいなのか?

愚かに搾取され続けた私達のせいか?それとも、間違いを説いてきた先祖のせいか?」


「否!それは歴史のせいである。

歴史は流動的であり、常に人や様々な物を変える。

そこには思想、生活、文化そして規則も含まれる。

そして、それは大きな利点にもなりうる。

環境発展、思想的成長、利便性の向上等だ。」


「だが、一方で歴史は流動ではなく停滞という呪いも齎す。」


「蓄積された歴史が一部の人々を変革し、そこで生まれた新しい者達だけが国を創り、制度を作る。

そして、変わること無く取り残された人々は旧い習慣、常識に囚われたうえで、やがて彼らに取り込まれていく。

そこで、彼らに取り込まれた者達はどうなるか?」


「待っているのは停滞、その行先は衰退だ。

星の速さで流れていく歴史に私達は為す術もなくただ呆然と眺め、未来は朽ち果てていくのみ。

果たして、そんな将来に希望はあるだろうか?」


ソニアの一語一句がそれ自体、かなりの質量を持っているかのように感じられた。


一度、耳を傾ければ吸い込まれそうになる程の誘発力いや、煽動力と言った方がいいのだろうか。


それほどに彼女の言葉は強力なものだったのだ。


つまり、彼女は指導者としての才が備わっているということだ。


鳥肌が立つのを感じる。

それは俺だけではなく、ここにいる殆どの村人達も感じ取っているだろう。


その証拠に彼らは彼女の演説をかたづを飲んで聞き入っている。



「諸村から私達は飛んだお人好しと揶揄されているが、このまま黙って死ぬほど愚かではない。


今こそ打破するのだ!

そう、私達は今日をもってこの停滞的歴史の波から離脱する!」



その彼女の高らかな宣告の後に発表したのがあの"バブリア自由化推進綱領"である。


そして、改革の具体的な考案に他でもない彼ら村人達が先程までの沈黙を忘れ、一様に騒ぎ出した。


「村長さん、マスディオ山の神格化を改めるってどういう事だ?」


と、奥さんにどやされていた彼が不意に疑問をソニアへ投じた。


だが、俺もそれには思うところがある。


信仰の対象であるあの山を人間自身がその神性を改めるということは、神聖物に対する絶対不可侵を犯すということだ。


俗世介の権力者が森羅万象の神秘を統御する。

それは神の世俗化を意味し、つまりは信仰心の薄れにも繋がる。


そして、"信仰対象"言い換えれば、マスディオ山への信仰心の希薄化が俺達の温泉開発の進捗をスムーズにする。


それを意図して、彼女はあのような決断に踏み切ったのだろう。


俺達開発側にとって、それは非常に有益な事だが、同時に宗教への干渉はその信仰者からのレジストを買うことになる。



「俺達はずっとあの山を崇め奉ってきたんだ。

なのに、それを今更無かったことにしろと言うのか?」


おちゃらけた印象から一転、彼の高圧的な言い振りに一瞬だけ俺の口元が強張り始めた。


だが、彼の詰問にソニアは何も答えなかった。

いや、答えられなかったのだ。

その一瞬に、あの事件の時にもいた村方の老女が前触れもなく、介入したからだ。


「ハク、それは違うよ。

私達が意図していることはマスディオ山への信仰心を捨てろ、と言う事ではなく厳格な宗教的戒律の緩和なんだよ。」


「緩和?コバ婆それってどういう事だよ」



「それはバブリア村復興の第一歩として、マスディオ山の開発に着手したいからさ。

だけど、マスディオ神山の五戒にもある通り神山への接触乃至、御山の半径1000パルク(約1km)内の進入は大罪にあたるからね。

だから、開発進行の為に戒律を是正しようと考えたんだよ。」



「村長さんの言ってたマスディオ山神格化の見直しってのは分かった。

だけど、話があまりにも急すぎないか?」


コバさんはゆっくりとした息遣いで答えた。


「皆にはまだ伝えていなかったけど、この地に再び、巫女の子孫によってカランが召喚されたんだよ。」


"おい、嘘だろ?"


"あのカラン様がまた現れたわよ"


"ということはあれから約400年ぶりか?"


村人達の疑問や驚きがやがて、幾百人による喧騒になり始めた。


「嘘じゃないよ。

数日前に向こうの世界で、あれから1600年後のカランの民が訪れてきたんだよ。」


"1600年後だと?だいぶ先の未来からじゃないか"



朝会前の全校生徒達のように村人達は勝手に喋り始め、もはや収拾がつかなくなっていた。


「アンタ達、静かにしな!

コバさんからまだ大事な事を聞けていないじゃないか!」


すると、その男の奥さんの一声で村人達が一斉に静まり返ってしまった。


「コバさん、それでカランの再来と五戒律の是正に何か関係はあるのでしょうか?」


「"オンセン"を作るためさ」


「"オンセン"?

カランの言葉かなにかでしょうか?」


「そうさい、簡単に言うとオンセンって言うのは地中深くにある大量のお湯の事さ。

カランの民が言うには、そのお湯で身体を清めるらしいね」


だが、彼女の説明では物足らず、村人達は温泉という物の理解に苦しんでいた。


それもそうだろう。

この地域には水を使って身体を洗うという考え方がないのだから。


何故なら、万能洗滌土"タンブ"があるからだ。


そして、土の神秘的万能性が水を使って身体を洗わなければならないという必要性を削ぎ、そのアイデアさえも抑え込んでしまったのだ。


ならば、理解出来ないのも同然だ。


しかしながら、言っては悪いがコバさんの欠陥的説明ではそれらの本質的な事に無知である彼らの納得を得るのも難しいだろう。


やはり、カランである俺自らが動かなければ始まらないのだ。


善は急げ、俺は密集した群衆を裂く質のある1歩を踏み出した。

そして、また1歩と

人々の間を横切る度に人々の視線と驚きの声が俺の元に集まっていく。


緊張感を増長させるそれらを避けるようにして俺は急ぎ早にソニア達の前へ向かった。


すると、俺はすぐにソニアに目線を合わせた。


「リュ、リュウ、一体どうしたんだ?」


俺の奇行に彼女は意表をつかれたような顔をしていた。


「元は俺達が計画したことだ。

カランのことは俺達から人々に説明させてもらえないか?

コバさんもどうかお願いします。」


俺は無意識に頭を下げて彼女達に懇願した。


俺の行動に若干たじたじになっていたソニアだったが、彼女はこちらの事情をすぐさま配慮してくれ、彼女は微笑をしながら快く受け入れてくれた。


「お願いするのはむしろこちらの方だ。

言い訳にしかならいが、何分そちらの世界の事には疎くてな。

私達だけでは説明のしようがなかったんだ。

リュウ、ありがとう。」


俺は慌てて頭を上げて右手を胸に当てた。


そして、俺は壇上に上がると数百人を俯瞰した。


先以上の視線が俺の元へ集中する。


形容しがたい緊張が俺の冷静さを奪っていく。


脳天にまで上り詰めていく血を無理やり鎮静化させて、臆する自分を鼓舞する。


(よし。)



「皆さん、突然申し訳ございません。

私は皆さんの言うところのカランの民である松田龍です。

難しいようでしたら、リュウと呼んでください」


「さて、今回私はその温泉について話したいと思います。

温泉とは身体を清めるために使う湯だとコバさんはおっしゃていましたが、正確にはそれだけではないのです。」


「先ず温泉と言うことですが、正確には温泉とは鉱泉と呼ばれる源泉の延長にしか過ぎません。」


果たして、村人達にしっかりと伝わっているだうか、そんな不安が俺を苛ませる。


「おい、兄ちゃん。

その"コウセン"と"オンセン"の違いって何なんだ?」


かつての緊張を増長させる視線が俺に対する熱意と真剣さを籠らせているような、そんな感じに見えた。

なんてことは無い。

どうやら、彼らは俺の話に食いつてくれたようだ。


「いい質問です。

鉱泉とは地中から湧出する源泉のことです。

だから、温泉も鉱泉の一種類なのです。

そして、温泉とは鉱泉の中でもある一定の熱をもった湧泉の事です。」


「そして、ここからが大事な所です。

鉱泉には特殊な物質や気体等を含有しています。

内容や成分にもよりますが、それは腰痛等の神経的疾患や切り傷、或いは火傷にも良い効果を齎します。

平たく言うと、鉱泉に入ると体が健康になるという事です。」


すると、村人達がまたもや、ざわつき始めた。


腰痛が治ることに一喜一憂するものから、何処を解釈したのか風邪まで治ると言い始める人も居た。


「あくまでも個人差や年齢、体力等にも関係しますから一概に全てが治るとは言いません。

それと、風邪を引いた時に温泉には入らないでください。

悪化しますから。

他にも、健康状態を無視して鉱泉に浸かると、知らずに抱えていた持病等に悪く影響しますからくれぐれも、注意してください。」


「なるほどな。

要するに、そのコウセンをバブリア村の発展における主要資産にしたいという事だな。

でも、そのコウセンは御山の進止地域にあるから如何せん開発を進められない、という事で合ってるな。

コバ婆?」


コバさんはややぎこちなく首肯した。


すると、俺の後で悠然と構えていたソニアが俺よりも一歩前に出てきた。


「リュウ、ありがとう……」


(?)


通りすがりに彼女は清冽な声でそう言った。


お礼を言ってくれただけなのに俺は彼女のその姿に見惚れていた。

声だけではなく、表情、態度で全てが俺の目には雅やかな至高の金細工のようにに写った。


「皆最後に聞いてくれ、私達は憔悴しきったこの村を本気で変えたいのだ。

だが、改革したからといってその教えは忘れるな。

それは、かつての一方が損を被るような不平等な教えではなく、我々にも等しく利益を齎す事の出来る教えという意味だ。

さすれば、このバブリア村は華々しい栄光へと歩むことが出来るのだ。」


「その前進として、皆にもバブリア村自由化推進綱領の施行に同意して欲しい。

そして、これに異論のない者はこの場に残ってくれ。」


「兄ちゃん、本当にコウセンってのはマスディオ神山にあるのか?」


「断言は出来ませんが、可能性的にはあると思います。」


「そうか……」


彼らは皆同じようにして思い悩んでいた。


それもそのはずだ。

何故なら、自分達が住む村の未来がかかっているからだ。


何よりも賛成しようが、反対しまいがどのみちその影響はその子孫に伝わってしまう。


未来を選ぶか現在を選ぶかそれは決して簡単な決断ではない。


気づくと、辺りが重々しい雰囲気になっていた。


俺はすっかりその雰囲気に取り込まれてしまい、顔の強張りが抜けないまま、その様子をじっと静観していた。



どれくらいがたっただろうか、緊張を続けたせいでやけに時間が長く感じた。

そして、その緊張はソニアの一声で解かれることになる。


「皆満場一致ということで、本日より"バブリア民自由化推進綱領"の施行を決定する。

皆の真摯な判断と意見に心から感謝し、これからも村の益々の隆盛を願って我々一同はその身を捧げよう」



「バブリア村に栄光あれ!!」


その後、大歓声が雨あられのように飛び交い村人達は祝福し、三日三晩の豪遊を続けた。


しかし、俺たちにはまだ課題が山積みだ。


これは旅館開発の本の序章にしか過ぎないのだ……

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