終息
木曜日も投稿をしようと思ったのですが、難しそうだったので金曜日に投稿させて頂きました。
お待たせして申し訳ございません。
「ハッハッ」
ノランは乾いた声で笑った。
俺たちは彼のその姿を呆然と眺めていた。
「まさかこの俺がお前らの為に策を練り、労を費やすとはな……
利己の赴くまま動いてきた俺には俄に信じ難い事だが」
「幾ら隠しても、本性というものは何処かに表れるものなんだよ。」
厳かにそう言ったのは超然と座るコバさんだった。
「直上的な者は人の些細な挑発に激情的になってしまう。また、恩情の深い者は相手に思いやりと優しさの限りを尽くす。
要するにその人自身の本性に応じて、行動や思想が変わっていくっていう事だよ。
そしてノラン、その本性というのは単元的ではないんだよ。
今のアンタなら分かるだろ?」
すると、彼は俺達や他の各村方を一瞥するとゆっくりと溜息をついた。
「思えば、この村の奴は皆変わったやつだったな。
無際限に優しさを振りまく奴、親を失った女子に他人にも関わらず、その子に父親同然の愛情を注いだ奴、弄ばられ続けても平気な顔で他の村に尽くす馬鹿な村人達。
そんなお人好しも甚だしい行動と考え一つ一つが奴らの本性に由来するものだとコバは本当に信じているのか?」
「そうだよ。
でも、それはここの村人だけじゃない。
私はアンタも十分なお人好しだと思うがね」
コバさんのその姿は、歳を重ねてきた者だからこそ表すことの出来る滲み出た優しさで満たされていた。
「何度も言っているが、奴らのように哀れなお人好し集団と俺を一緒にしないでくれ。
俺は富や力を統べる者が絶対者であるという利己だけが渦巻く事実の中で育ち、それを真理と考えてきた人間だぞ……」
しかし、彼のその声音は明らかに自信を喪失してしまったような何とも貧弱そうなものだった。
その光景を横で見ていた俺はただ、彼が虚勢を張っているように思えた。
「そんなことがある訳がないんだ。
俺が奴らのように意味もなく憂い、尽くそうとしただなんて……」
やがて、彼はその場に経たり混んでしまった。
今まで何とか彼の足場を支えていたボロボロの土台が一気に崩れかけてしまったかのように、
「もう十分だよ。
アンタは村のために十分やってくれたよ」
そう優しい声色で彼に語りかけたのはコバさんだった。
いや、恐らく彼女以外にあれほど慈悲の満ちた声で彼に語りかける者はいないだろう。
それもそのはずだ。
この時まで一番彼を憂い、理解を示してきたのは彼女だったからだ。
俺に彼女と彼にどんな関係があり、今どんな心境が彼らに芽生えているのかなんてわからない。
だが、どうしてその考えを否定することができようか。
その弱々しい体で強く彼を抱き締める彼女といつの間にか、目元に大粒の涙を浮かべていた彼に……
「それに無意味何かじゃないんだよ。
アンタのやった事は私達の目を覚まし、1歩先に前進させようとしている。
今いる若い子達の悩みもそうだよ。
アンタ達に気付かされるまで、私は伝統としきたりに縛られた考えで判断してきた。
でも、それは間違いだった。
だから、これからは村方としてこの村と村人全員の未来を見据えて行動していくから」
すると、コバさんはノランから離れると周りにいる少年少女達に向かい右手を心臓に置きこう言った。
「ごめんなさい」
一方の彼らは突然のコバさんの謝罪に動揺していた。
自分達のリーダーはその威厳と立場を失い、男泣きをしている。
そんな状況に村方からである彼女からの突然の謝罪が来れば、彼らも動揺や混乱を隠せるはずが無い。
すると、入口の方から一人の少年がやって来た。
それはヨキだった。
恐らく、別室から勝手に抜け出した俺を探しに来たのだろう。
額に大量に流れる汗が彼のパニックを如実に示していた。
「あ、見つけました。
リュウ様、勝手に出られては困ります。
外に出向かれる時は私に一言仰ってくれなければ……」
そして、彼は目の前に起きている異様な光景に息を飲んだ。
「ヨキ、アンタ達の本当の気持ちを分かってやらないですまないね。
本当にごめんなさい」
「私も貴方達には申し訳ないことをしてしまった。
本当にすまなかった。」
コバさんに続くようにして彼らに謝罪を向けたのは30代位の女性だった。
村方の一人であろうか、かなり凛々しい姿をした仕事の出来そうな女性だった。
「私もすまなかった。」
そして、単調に謝罪を向けたのはその女性の隣に座るカインと呼ばれる男だった。
また、彼はやや不機嫌そうな表情を呈していた。
少し堅い人なのだろう。
とはいえ、次から次へと謝罪を向けられた彼らにとって、これはまさに信じられない光景として写っている事だろう。
その証拠に彼らは手に持ち構えていた剣を既に放棄していた。
目的を喪失してしまった彼らにヨキは混乱してしまい、周りをただ茫然と見つめているだけだった。
「ヨキ、計画は失敗だ。
私は責任を取るゆえ、ここに残ろうと思う。
お前達は各自宅に戻り、頭を冷やしてきてくれ」
ヨキはノランの命令に何か言いたそうな顔をして暫く逡巡していが、やがて仲間を引き連れて広間から去ってしまった。
そして、今回の事件はあっという間に幕を閉じてしまった。
ノランの思惑の中心的被害者である俺とサシャは何事も無かったかのように帰宅するようにサシャに促され、今こうして帰路についている。
辺りはすっかり日が傾き、夕日が淡く俺たちの頬を焼いていた。
ちなみに、ナターシャさんも随伴している。
というか、彼女もサシャの家に今日は一泊するようだ。
本来ならいつものようにサシャが断る所だったが、流石に今回の一件を見過ごす事は出来なかったのか、ソニアは無理を言ってサシャへ彼女を泊まらせるよう説得したらしい。
その時はサシャも断ることが出来なかったのか、素直に承諾していた。
そして、彼女達の気になる関係はというと、如何せん今回のような一大事が起きてしまったのでそれどころでは無かった。
俺たちは無言のまま家路に着くのだった。
翌日……
と、ここまでの一連がサシャが話してくれたことだ。
全てを台無しにするが、正直に言うと俺は彼らのやり取りを全く理解出来ていなかった。
なぜなら、彼らが話す言語が全く異界の物であるからだ。
そんな言葉のやり取りをネイティブではない俺に聞き取れというのもなかなか酷な話だと思う。
まぁ、一部の人は日本語を喋ってくれたのだが、それ以外の人たちはずっと異国語を喋っていた。
という訳で、俺は今日の朝に彼女から昨日の事件の全容を教えて貰った。
その場で言われたこと、言っていたことを理解出来ないというのはなかなか不便だと感じた。
やはり、ここの言語を学ぶ必要があるらしい。
だから俺は、彼女にこの国の言語教師を担当してもらうよう懇願してみたが、彼女は微笑し快く受けてくれた。
それにしても大変な1日だった。
色んな事実を打ち開けられ、知らず知らずのうちに他人の個人的な計画に組み込まれる。
それゆえ、昨日は夕飯も早々に泥のように眠ってしまった。
だが、一つだけこの上ない幸福があったのも事実だろう。
昨日の愛の告白からサシャとの距離が縮まったような気がするのだ。
その象徴に彼女はよく笑うようになった。
最初にあった時からは考えられない事だ。
いや、出会って数日でここまで進展するなんてかなり良好なのではないだろうか?
俺は彼女が微笑む度にそんな浮ついた気持ちを浮上させていた。
しかし、告白はしたものの、彼女からその返事を貰っていないのも事実である。
いつ返事は貰えるのだろうか?
このままなぁなぁと、関係は終わってしまうのではないだろうか?
考える度に、焦りと不安が俺の脳内を蹂躙した。
(いかん、いかん)
そういかんのである。
"告白した時は慎重に"というのが世の通念である。
女の子は何かとデリカシーである故男は悠然と返事を待てと何処かのサイトに載っていた気がする。
今は彼女の心の整理がつくまで気長に待つことにしよう。
そして、もし彼女が受け入れてくれたのなら
「フッフッ」
「おい、気持ち悪いから変な笑い声を出すな」
と、いつものサシャだった。
いや、今のは俺にも原因があるだろう。
あまりにも気持ち悪い笑い声が出てしまった。
そして、俺たちは暫くの間談笑を楽しむのであった。
しかし、その間にも新たな苦難が龍を襲うとはそれは神のみぞ知る。
やはり言語が分からないというのはどうしょうもないですよね。