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異世界温泉道中紀〜ゼロから始める温泉旅館の開業方法〜  作者: なつみかん
第一章 温泉英雄の誕生
19/35

迷い

今日は他に新作を投稿させて頂くので、通読していただければ幸いです。

俺が学校という現実に打ちひしがれていた時、サシャ達は顔色一つ変えることなく、閑閑たる態度で構えていた。



「ノラン様、ソニア様が仰っていた事は本当ですか?」


彼女は従容たる声色でノランさんに問うた。




果たして、彼は臆することなく澄ました顔で答えた。



「あぁ、そうとも。

私はお前達をこの地に死ぬまで縛り付け、お前らが齎した物も全て私の利益として独占するつもりだ。

一体、それの何が悪い?」


彼の発言はあまりにも清々しく、むしろそこには普遍の正当性が存在するのではないかと思い込むほどであった。



「ノラン、アンタ本当にそんな事を思っているのかい?」



彼の詭弁に突然横槍を入れたのはラパンさんの隣にじっと座っていた老年の女性だった。



「コバ殿、それはどういう意味だ?」



ノランはコバという女性のいきなりの干渉にしかめっ面をした。



コバさんは何かを悟っとように彼をじっと見つめると、静かに息を吐いた。


「アンタ、端から利益を独り占めにしようとは思って無かったんじゃないのかい?」


その言葉に静かまり帰っていた一同が騒然とした。


そして、コバさんの指摘に一番動揺していたのはノランさんだった。


「は?

コバ、お前は何を言っているんだ?」



すると、コバさんは辛そうな顔を浮かべてやおらに左胸へ右手を当てた。


俺は彼女が何をしているのか理解出来なかった。



しかし、彼女の次の一言でそれが意味のあったことであったと気づく。


「ごめんなさいね。

ノランの本当の気持ちを理解してやれないで」


彼女の珍妙な行動。

それは謝罪の表れであった。



以前、俺が謝罪のためにサシャへ土下座した時、彼女はその意味を理解出来ず、珍しい物でも見ているかのような顔をしていた。



それはこの地域の謝罪に対する態度の表れというのが、土下座やお辞儀ではなく心臓のある左胸に右手を当てるという所作であるからだ。


後に聞いたところ、利き手を心臓に当てることで服従と反省を示すらしい。


サシャからこの地域の事を色々と聞いていたが、それでもやはり知識不足は否めなかった。





やがて、ノランは口角を引き攣らせてぎこちなくコバに詰問した。



「コバ、結局お前は何が言いたいんだ!?」



すると、コバさんは温和な表情で彼に伝えた。


「アンタ、本当は村の為を思って行動してくれているんだろ?」


「そんなはずはない!


コバ殿、奴はソニア様の意思を伝えること無く我々を捨てて、今回の開発を進めようとしたのですぞ!」


コバさんの言葉に怒鳴り声を上げて否定したのは恐らく、村方の1人であろう男性だった。



取り乱す彼とは対照的にコバさんは落ち着いた態度で話した。


「カイン、アンタも不思議に思わなかったのかい?

ノランが自身の利己だけを反映させて、今回の行動を考えたなら私達にそれを報告する必要はないと思わないかい?」


だが、彼は反論を止めなかった。


「しかし、現に奴はこのような蛮行を我々に行使しているではないですか?


これが利己から産まれた悪だと言う以外に何があるんですか?」


俺は彼らの口論を静かに聞いていた。


だが、もちろん今回の件に関しては俺達にも発言権はある。


何せ、俺とサシャは無差別に巻き込まれた被害者という憂慮すべき立ち場なのだから。


もし、その権利が侵害されるようであったならばそれは理不尽や不義理以外の何物でもない。


しかし、俺はその理不尽を甘受しようと思った。


正直、初対面の人間の思惑だとかバックボーンなんてどうでもいい。


ただ、サシャとソニアそして俺の安全と故郷への帰宅の保証さえしてくれれば、言うことは何も無いのだ。


けれども、その保証はノランという自己中心的な男のお陰で目下、危うい状態にある。



だからこそ、その保証を確保するために説得をしているとも思える彼らの論争を俺は不干渉でじっと構えていたのだが……



彼らは本当に俺達に降り掛かっている問題について話してくれているのか?


何だか話が別の方向に向かっている気がする。


俺はそんな不安を抱きながら、彼らの行く末を見つめていた。



その瞬刻、ノランが誰よりも声を張り上げて、その怒声をここに居る全ての人に響くように浴びせた。


「カインの言う通りだ!!


私は自身の利益の為ならばいくらでも非道なことをする男だ。

だからコバ、お前の推測はとんだ的外れだ!!」


彼はいつからか理性を忘れてコバさんに敬称を付けて呼ばなくなっていた。


また、いきなりのその口の悪さからかなり動揺している事が見て取れる。


そんな彼は右手で握り拳を作り、微妙に震えさせていた。


そして、突然の彼の怒号に俺達だけではなく、コバさん達を取り囲んでいた少年少女たちもパニックになっていた。


だが、コバさんだけは静謐たる面持ちで構えていた。


そして、彼女は1つ溜息を付くとゆっくりと喋り始めた。


「昔ね、アンタのお母さんがまだ生きていた時に彼女から言われたんだよ。


"あの子は賢こくて優しい子だから、周りの人々が困ったらその知恵で助けてくれるんです"って

でも、賢すぎるから自分や周りに歯を向けた人には偏執的に恨みを持ってしまうともお前のお母さんは言っていたよ。」


「だからね。

アンタがソニア様の意思表明を伝えずに私達へ協力を申し出たのも……


シャマ国における私達の立場を考えての事だったんだろ?」




後にソニアから聞いたところ、それは俺たちの祖先の"カラン"が持ち出した道具等に関係するらしい。


このバブリア村は他村からこのように言われているらしい。




それが"搾取村"である。

取る側ではなく、取られる側。




かつて、俺たちの先祖が齎した物はシャマ国成立と共に他の村へと無償で分配されてしまった。




それからである。


この村が"取られる側"に回ってしまったのは……




この地にカランが道具や技術を持ち出す度に他の村へ奪われていく。



そして、その代価が戸籍令で作成を義務化された木札と不利な貿易であった。


また、バブリア村はシャマ国内でもかなりの僻地に位置するため、益々その劣性が顕在化してしまった。




しかし、バブリア村の人々はそれを甘んじて受け入れているのが現実である。



1人はみんなのためにみんなは1人のために



これがバブリア村の人々の人柄を掲げた言葉だという。



実に高尚なスローガンである。

まさに、小学校の学級目標にも掲げられそうな言葉だ。


果たして、それが彼らと諸村との優越を透明化させた原因であるとは、牧歌的に生きるバブリア民にとっては知る由もなかった。





それを知る以前の俺はただ、コバさんの言葉を頭の隅に留めておく事しか出来なかった。


そして、いつの間にか大人しくなっていたカインと呼ばれる男が惚けた顔でノランに問いただしていた。


「ノラン、それは本当なのか?」


しかし、彼はカインの言葉に聞き入ろうとはせず、顔を下に向けて放心状態になっていた。










私が村のために行動しているだと?


笑わせるな!


むしろ、私はお前らを食物にしてやるつもりだ!


村方になってお前らを助けてやってたのも恩ではなく、計画への過程にしか過ぎない。


それをお前らの恣意で解釈しやがって


なーにが、村の為だ!


なーにが、村の立場だ!


なーにが……


そんな子供のだだにも思える否定がやがて、彼の中で虚しいものに変わってしまった。


それはコバが母の話を持ち出した時。


私が優しい?


彼はふと、思い出した。


それはかつての国に迫害された頃の記憶


俺は権力と富を持つ物だけが絶対者だと教わり、それを世界の真理として生きてきた。


だが、その真理はこの村では通用しなかった。


そして、その時点で真理は仮説になってしまった。


ただの仮説が広く一般で適応されるはずはなく、拠り所を失った彼は絶望してしまった。



だが、そんな彼にバブリア村の人々は希望を与えた。


酷く困窮していた彼とその母に村の人々は差別することなく援助を施し、その限りを尽くした。


当時の私はそれを理解不能な行動として捉えていた。


つまり、彼らがそのように動く根拠がわからなかったのだ。


何か分からないものは脅威である。


それゆえに私は彼らの行動の裏にある思惑に敏感になっていた。



そして、村方になった私はこの国におけるバブリア村の現状を知った。


それは諸村から彼らが長年に渡って搾取されているという事。


哀れだな。


それもこれも、お前らが無差別に自分の利益を分け与えたからだ。


身から出た錆。

私はその事実を児戯にも等しいものと考えていた。



そして、彼らは日課のように母が死んでもなお、

私に際限のない優しさを振り撒いた。


本当に度し難い奴らだった。


我が身が置かれている不利的状況にも無知であり、ただ牧歌的に過ごす。


この村はお終いだ。




ならば、私が独占しても構わないだろう。


丁度カランが現れたのだ。

これを契機に計画を練らせてもらおう。


ラパンの言伝によると村長がオンセンを開発すると言っていた。


上位者というのはいつだって利益に目敏い。

ならば、排斥するのが得策だろう。


計画は重畳だ。

それを嗅ぎつけてか、村の若い連中が俺の計画に加わりたいと申し出てきた。

また、それは自分たちを村に縛り付ける親から逃れたいという動機からのものであった。


私はそれを餌に彼らを組み入れた。



その後、私はヨキという少年を介して計画へ加わるよう他の村方に勧めた。


理由はわからない。


ただ何となく、彼らに協力を仰いだのだ。


そして、今日彼らは計画参入への承諾を示さなかった。


所詮、こいつらもお人好しの人間でしか無かったのだ。


それなのに何故、私は彼らへ協力を申し出たのだろうか。


理由は判然としない。


彼らの支援が無いとはいえ、計画は滞りなく進行できたので、村長の役所へと私達は乗り込んだ。


すると、そこには村長だけではなく、承諾を示さなかった他の村方までいた。



仕方なかったので、私は彼らをまとめて軟禁することにした。



だが、それは間違いであったと私は後々気づくことになった。



果たして、それはコバのあの一言だった。


計画を実行するために正常に処理されていた脳内が一気に動転し始めた。


カインが何か私に問いかけているが、今の私の処理能力ではそれに答える余地すらない。



私は何も考えることが出来ず、ただ惚けている事しか出来なかった。

















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