進展
大変勝手ながら平日の投稿を木曜日と金曜日に限定させていただきました。
ご迷惑をお掛けして申し出ございません。
一触即発の空気が広間を支配していた。
コバ達は軟禁されて、そのまま一夜を過ごした。
広間の窓枠から強い日差しが射し始めたので既に、朝日が登りきってしまったのだと分かる。
コバを含めた村方の3人とソニア、ラパン、ナターシャは大人達に反抗した村の若い衆に囲まれるようにして監視されていた。
ナターシャは彼らが捕まった後たまたま、通路を通っていたころを目撃されて新たに被害者の一員に加わってしまった。
コップに並々と満たされた水が何とか、両面張力で零れないでいるように彼らの表情とその視線は逼迫したものだった。
それゆえに、軟禁されてしまった彼らは排泄をする時だけは申し出るが、それ以外は一切を口を開かず、睡眠すらもとれずにいた。
気を落ち着けられる時と言えば、定期的に与えられるフルームの水を飲んでいる瞬間だ。
そして、そんな状態に陥れた張本人ノランが現れた。
彼は慎重な態度で構えるコバ達を一瞥すると、広間の外で控える者に呼声した。
「入ってくれ。」
彼の呼びかけに答えるようにして現れたのは1人の少女だった。
全てを見通す紺碧色の瞳。
後ろで綺麗に結われた金色に染め上げた絹のような髪。
しかし、少女の顔はそれらの宝具が色褪せるほど貴重で美しいものだった。
この世に存在しないような美を体現させたかのような少女だった。
だが、コバ達は彼女を知っていた。
なぜなら、彼女の祖先がこの村の救世主だからだ。
とは言っても、彼女に対するこの認識は村長と村長の側近、また各村方だけのものである。
彼らを除いたバブリア村の人々は彼女を単に、美しい少女と思うだけだろう。
また、彼らは彼女がここにいる本当の意味を理解出来ない。
その彼女"サシャ"が計り知れない発展を齎す異邦者の導き手であるとは……
一方、その頃俺は……
この世の贅を尽くしてたようなもてなしを受けていた。
両手には麗しい花(女性)。
目先には豪華に並べられた色とりどりの食事の数々。
まさにインドの王族のような贅沢で俺は饗されていた。
「カラン様、満足していただけましたでしょうか?」
そう恭しく尋ねたのは頬に蕎麦滓を生やした俺よりも年下に見える子だった。
「えっー、と確かヨキ君だっけ?
堅苦しい挨拶はいいから、もうちょっと砕けた感じで喋ってくれないかな?
それに俺の名はカランじゃなくてリュウって言うんだけど……」
しかし、ヨキは最後の俺の頼み以外を慇懃に拒んだ。
「失礼しました。
次回からは改めてリュウ様とお呼びさせて頂きます。
しかし、砕けた感じで喋ろという命令については応じることは出来ません。
村の発展の担い手である貴方様にそのような無礼を働くこと許されませんから。」
俺は彼の言葉に反論できず、心の中で嘆く事しか出来なかった。
そして、頭を冷やした俺は今置かれてる状況を改めて回想した。
なぜ、彼らは俺を予告無しに連行したのだろうか。
ここに連れてこられたという事はソニアが俺を呼んだと思うのだが、詳しいことは聞かされていない。
また、俺をここに連れてきたヨキはここで待つように促すだけ。
(どうにも怪しい……)
最初に訪れた時と打って変わったこの超高待遇。
そして、俺をここに案内したのもナターシャさんやラパンさんではなく、此処では見たことすらないヨキという男子。
それに、一番不審に思う事が俺と一緒にサシャを呼び出した点だろう。
以前ソニアは言っていた。
村人でも村方や彼女の側近、正式な客人ではない限り、ここへの進入の許可が下りないと、
それゆえに、突然ソニアがサシャをここに呼んだ理由が気になる。
俺は不安になった。
それは、ソニアとサシャの間に関与しがたい過去があると知っていたからである。
(ソニアに何が起きているのだろうか)
考えても仕方が無かったので、俺はヨキに彼女達の事を尋ることにした。
「ヨキ君。
サシャとソニアが今どうしているか知ってる?」
すると、彼は表情一つ変えることなく答えた。
「はい。
只今、ソニア様は村形様と会議をしてらっしゃいます。
サシャは別室でソニア様達の会議が終わるまで待機しています。」
「そうか」
今の俺はそんな気のない返事しか出せなかった。
コバ達の前に現れた少女はサシャだった。
そして、彼女を連れてきたノランは堂々した口ぶりでここにいる者達に彼の本当の目的を告げた。
「私はサシャをこの村の村長にする」
彼の表明に一番声を上げたのがカインだった。
「お前!!
ソレがどういう意味なのか分かっているのか!?」
ノランは比較的冷ややかな声音で答えた。
「あぁ、分かっているとも。
サシャがカランの巫女だと村人全員が認知したうえで、バブリア村の元首として彼らに仰いでもらうつもりだが?」
その事実を聞いたカインは額からは冷や汗を流し、慄然とした表情を浮かべた。
それは初代村長の時代まで遡る。
かつてのこの地は今よりも発展しておらず、住居どころか村民も手足で数えられる程度しかいなかった。
ある時、この誰も寄り付かない辺鄙な地に見知らぬ者が訪れる。
明らかに村のものでは無い。
その者は綺麗な金髪と紺碧色の目にやや黄色い肌をした女性だった。
また、その女性は腕に奇妙なブレスレットを付けていた。
彼女は自らを巫女と述べていた。
そして、巫女は当時の村長に会うや否や、こう言った。
「私をこの地に定住させてくれ。
また、私が死んだ後も、その子孫達に安寧の権利を与えてほしい。
もちろん、タダとは言わない。
そうだな、見返りはこの地に発展の糧を与えよう。」
そんな女の言葉を当時の村長は半信半疑で聞いていた。
しかし、困っている人を無碍に追い払うわけにも行かず、彼女の要求を許可した。
そして、彼女のが定住してから少しばかりが経った後、巫女と同じ黄色い肌をした袈裟衣を着た男が忽然とこの地に現れた。
そして、彼は同時に画期的な道具と技術をもたらした。
それが今も現存する甑や鉄、銅の鋳造技術等である。
今はもうこの国では一般的となってしまったが、彼が齎した物は当時の村を最大限開発するには十分だった。
しかし、村の発展に多大な貢献を果たしたその男は突然として消えてしまった。
否、消えたのではなく巫女によってカレの故郷へと帰らされたのだ。
つまり、発展の糧を与えると壮語を吐いた彼女が何かしらの方法でこの辺境の地に突然その男を招いたのだ。
そして、村が発展を遂げた後、その男を同じように故郷へと帰らせたのだ。
やがて、巫女はその事を村長だけに知らせた。
自身の目でしっかりと村に起きた奇跡を見てきた村長は巫女の言葉を信用し、この上なく感謝した。
やがて、この地に発展を齎したその黄色い肌の男を「黄色い」という意味から「カラン」と名付け、村長や村方等の極一部だけに巫女とカランの関係が語り継がれていったのだ。
そして、時代は流れ、その意志は子孫へと受け継がれていく。
「彼女が次代の村長となる者。
カランの巫女の子孫サシャだ。」
改めてそう言い直したノランの口元には笑みが零れていた。
一方、カインの話に勢いが流れていくこの空間でサシャはずっと口を塞いでいた。
何が起きているのか分からない。
サシャの頭は混乱していた。
突然、ソニア様の元へ連れてこられたと思ったら、村方のノラン様に村長になれと言われ、当のソニア様はいきり立つ村の若者によって、目立った身動きを取れな状況だった。
更には、私がカランの巫女の祖先だと吐かれた。
もちろん、私にそんな自覚があるはずがない。
だいたい、カランの巫女とは何なのだろうか。
私はバブリア村南地区にするただの村人だ。
そんな者は知らないし、なった覚えもない。
すると、彼女の脳内に鈍痛が走った。
(痛っ!)
彼女はこの痛みを覚えている。
それは、湯奈がこの地に転移した時に彼女が初めて感じた痛みだった。
あの日、今のように突然頭痛が走り、無意識に湯奈が現れた転移地に向かった。
意志と関係なく、そして本能的に動くように身体は動いていた。
まるで、何者かに操られているかのように……
すると、先程までの彼女の混乱がやがて鎮静化し始める。
あの時と同じように感情が強制的に改竄されていく。
「リュウ……」
無意識に発せられたその言葉を最後まで告げることは無かった。
そして、彼女は自我の無い傀儡と化してしまった。
それはノランの為の傀儡ではなく、先祖の意思によるもの。
右腕に付けていた彼女のブレスレットが怪しく光っていた。
目下、村の上位者が長年秘匿してきた事実が曝露される危機に陥っている。
その事実を口堅く守ってきた彼らのほとんどは愕然としていた。
しかし、コバとソニアだけは全く異なった反応をしていた。
ノランの利己的な振る舞いを目の当たりにした当初はやや混乱していたコバだったが、冷静になるにつれ、て今回の彼の行為が何かしらの含みを持ったものだと疑うようになった。
というのも、個人で勝手に開発を進めると言っていた彼がその前日、私達村方にその計画への参加を促すように要求していたからだ。
本当に自身の利益だけを考える者ならば、そのような愚行とも思えるような行為はしないだろう。
つまりは、ノランが行き過ぎた利己主義者では無いかもしれないという事だ。
それはまさに盲点だった。
(何でこんな事に気づけなかったんだろうねぇ)
かつて超眼と言われた彼女だったが、既にその能力は衰えてしまったようだ。
コバは不甲斐ない自分のために、心の中でノランへ謝るしかなかった。
(ごめんねぇ)
一方、ソニアは複雑な心境だった。
それは、かつての親友を助けたいという思いからくるもの。
初代の村長から伝わるカランの巫女との関係はサシャとソニアの両親にも受け継がれていた。
それゆえに、サシャとソニアにも幼い頃から互いに付き合いがあった。
初めは両親たちの関係から強要されていた付き合いだったが、度々会って話すにつれてお互いをよく知るようになった。
やがて、親しく触れ合うちに2人はお互いに掛け替えのない存在になっていた。
それは、古くからの慣例やしきたりとは関係のないものだった。
果たして、そんな表面的な関係という言葉が全く似合わないほどの親しい間柄が永遠に続くと思われた。
その時は突然起きた。
彼女達は両親を早々に亡くしてしまったのだ。
そして、その事が彼女達の毎日を劇的に変化させてしまった。
一方は両親の死から村の長という重荷を幼くに課され、またもう一方は悲しみに明け暮れる事すら許されず、ただ呆然と日々を生きるだけの生活を送っていた。
そして、そんな日々を重ねるうちに彼女達の間にはいつしか、距離が生まれてしまった。
届きそうで届かない距離。
それゆえに彼女達は幾度も空振りをしてきた。
失われた時間を取り戻そうと日々邁進していたはずが、いつしか時間と距離における空白を生み出してしまったのだ。
だが、今日でそのすれ違いは終わりを告げる。
そう考えられるのは、あれ程すれ違いを繰り返してきた相手がもう目の前にいるからだ。
今すぐにでも彼女に伝えたい。
「サシャ、ごめんね」と、
しかし、悔しいが今の私の声は彼女の耳には届かないと思う。
卑屈になっているからそのように思うのではない。
それは彼女の目が全てを見通すような紺碧色から闇だけしか見れない暗黒の色に変わってしまっているからだ。
ソニアはサシャの両親が亡くなってからというもの彼女のこの双眸を何度となく見てきた。
そして、これが彼女達の間に空白を生みだしていたのだ。
誰も視界へいれないような空虚で暗雲とした目。
まさに、凄惨な現実を直視しないようにその漆黒で染め上げたかのような。
ソニアは血が滲むぐらい強く歯噛みをした。
それは彼女を助けたいが、実際は何も出来ない自分の不甲斐なさ故のものだった。
ふと、ソニアはある男の顔を思い出した。
それは以来、孤独に生きてきたソニアと出会うや否や直ぐに打ち解けて、その嬉しさゆえに喜色の笑みを終始浮かべていた無垢な男。
ただのバカなのか、それとも偽善故の行為だったのか。
しかし、当時の彼女にはそんな余地など頭にはなかった。
眼前で強く語りかけてくれる彼が生前の父の姿を連想させたからだ。
彼女の父は見た目、臆病そうな人物であった。
父の背中は猫背ゆえに頼りなく、脆弱さを感じさせていた。
だが、村の事となると父はその丸い背中を綺麗に正して必死に献身するのである。
民を本気で憂い、村の発展に一身を捧げる。
その姿はどこまでも情熱的で、立派に思えるものだった。
当時、内気で人見知りだったソニアでもそんな父のことは誇りに思っていた。
時が経ち、彼女は異界から訪れたという彼にかつての父を重ねてしまった。
過去、ソニアは父のように真っ直ぐで情熱的な人間になろうと励んでいた。
しかし、それは果たされることは無かった。
その羨望と後悔があったがゆえに、ソニアは彼のどこまでも真っ直ぐな姿を父と重ねてしまったのだろう。
彼なら自分には出来なかったことが成し遂げられるかもしれない。
(リュウ、お前ならサシャを……)
彼女はそんな願いを抱きはじめていた。