大切な人
13、14、15話を加筆修正しました。
父達を見送り、俺とサシャは幾星霜に散りばめられた星星の下を談笑などせず、黙々と歩いていた。
俺は不意にサシャに質問を投じてみた。
「サシャだよな?」
すると、彼女はいつも通りの無機質な声音で答えた。
「あぁ」
「さっきのが"誰かに操られているような状態"なのか?」
彼女は先程と同じように端的に答えるだけだった。
「何度も経験してきているとは思うが、その大丈夫なのか?」
その答えは、父から聞いていた分かり切ったものだ。
だが、俺は今この状況で、それ以外の適切な質問を思いつかず、ただ、サシャの大事を確認するしかなかった。
そして、サシャはまるで全ての諸質問に定型的な返答を持ち合わせているかのように平時の反応で返した。
「問題ない」と、
本音を言うと、俺はサシャの気持ちが全くわからない。
決まり切った反応、無機質な態度、たまに表情を変えると思えば、それは料理の話をする時だけ。
その特徴さえ掴めば、十分だと思う人もいると思うが、俺は父の口から打ち明けてくれるまで、父のあの混沌とした心境を全く気づかなかった不器用な人間だ。
そんな不器用な人間に感情のディスプレイを全く示さない異性の気持ちを汲み取ることが出来るだろうか。
(いや、これは甘えだな)
彼女の深層に存在する複雑な心境を読み取る事に無意識に忌避していたのだ。
とりあえず、相槌や返答はしてくれるからと、(例えそれが一切感情の篭ってないものだとしても)俺は適当に理由をつけては、それで妥協をしてきた。
結局は何やかんや言いくるめて、彼女との関係から逃げてきたのだ。
その最多る例がソニアとの談笑だろう。
別にソニアとの談笑が悪いというわけではない。
あれは必然的な約束でもあった。
だが、サシャを忘れて、俺はソニアとあの短時間で親しい関係を築いてしまった。
(ソニアさんとの関係とサシャと親しくなりたいという願望が独りよがりなら、そこまでなのだが……)
もしそうでなかった場合、俺はとんだ不義理を犯してしまった事になる。
知らない異世界に1人連れてこられた俺を丁寧に導いてくれ、そこのあるゆる常識を教えてくれた。
それならば、その恩人を軽視して、あまりかかわらずに関係を終えるというのは間違いではないか。
厚かましく、自己満足でしかないが俺は彼女と心から接していこうと思った。
そして、夜空には一筋の流星が落ちていった。
洋一郎と京介が日本に戻る前、ノランを除いた村方の三人衆は村長ソニアと会合を開いていた。
「担当直入に言わせて貰います。
ソニア様、マスディオ山をカランらに開発させるとは本当ですか?」
村方の最年長者であり、リーダー格でもあるコバが他の2人を代弁して尋ねた。
「あぁ、本当だ。
次期、村の者には同意を得るつもりだっだが、
その事をノランから聞いてはおらんのか?」
彼らは気まずそうな表情を浮かべ、まさに今回の問題について正鵠を射ていたソニアの言葉に触れた。
「それが……
今回の件についてソニア様の同意を得ての事だと、ノランからは一切合切を聞いていないのです。」
その事実に一番驚いていたのは、後ろで控えていたラパンだった。
「そんな、私はちゃんとノラン様に報告しましたぞ」
ソニアは静かにその緊張した空気を窺っていた。
すると、彼女はゆっくり口を開いた。
「ノランがどうして、このような事をしたか分かるか?」
しかし、その質問に首肯するものは誰1人としていなかった。
「そうか……」
その刹那、広間の入口から張りのある低い声が聞こえた。
「ソニア様、それは私自らが説明させていただきます。」
現れたのは、今まさに話題に上げられた張本人ノランだった。
「ノラン様、一体これはどういう事ですか?」
ラパンはやや動揺気味に訪ねた。
「あぁラパンには悪いが、話はこちらで勝手に進めてもらった。」
ラパンは驚愕としていた。
それゆえか、彼はかなり冷静さを欠いていた。
「な、なぜですか?」
すると、ノランの後ろから武装した村の若い連中が現れた。
彼らの中には男子も入れば、女子もいた。
そして、各々が手に握っている鉄剣の剣先をソニア達に向けた。
「やはり、この一件は全て私個人に任せていただきたい。
だから、他の村方面々及び、ソニア様には不干渉を維持して頂くため、私の計画が完遂するまではしばらく大人しくして頂きたい。
独自に動く上で障害となるのでな。
なに、心配しなくても、もちろん手厚く扱わせて頂くさ
カランもな……」
すると、彼の横暴に耐えきれず、ノランは激語を飛ばした。
「乱心したか、ノラン!!
やはり、お前だけは早くに叩いて置くべきだった!」
一方のノランは彼の罵詈を歯牙にもかけなかった。
「ノラン、本当かい?
本当に私達や民を見捨てて開発を進めてしまうのかい?」
コバの沈痛な口調にノランは淡々と答えた。
「コバ、あんたには今まで世話になったな。
だが、それとこれとは話は別だ。
私は私のやり方でやらせてもらう。
それゆえに、あんたには邪魔をして欲しくないな」
コバは不安に襲われた表情で、ノランに賛同した少年少女達に尋ねた。
「お前達も引く気は無いのかい?」
すると、彼ら若い衆の中を1人かき分けて現れた人物がいた。
「アンタはヨキなのかい?
どうして、こんな事を……」
ヨキは感情のこもった声音で扇情的に答えた。
「俺達は縛りだらけのこんな狭い村にうんざりしてるんだ!
村に出て独り立ちする事すらも許されない凝り固まった親達の観念に縛り付けられる言われはもうないんだよ!」
それは先日、慇懃な態度を彼らに示していた時とは打って変わったものだった。
若さゆえに、親からの桎梏を嫌い、独立したいという願望から彼らは蜂起したのだ。
そんな彼らの気迫に大人達は唖然とするしかなかった。
こんな事は前代未聞であったからだ。
自分達の主義、主張を押し通すために大人達を恫喝して従わせる。
それはかつて、彼ら村方やラパン達が出来ず、しなかった事であり、村長の職務を全うするために大人達によって子供時代を奪われたソニアにも概して言えることだった。
事件後、コバは腐心していた。
どうして一番の年長者であり、村方の代表である私が彼らの不満に気づくことが出来なかったのだろうか。
彼らの態度は肉薄としたものだった。
だが、私が子供の頃は親には従い、敬えと訓戒されてきた。
それは今日にも言えたことで、村の子供たちは親の指示やその訓戒にもしっかりと従っているように思われた。
だが、それは違った。
今、こうして私達は不満を爆発させた子供たちに軟禁されている。
ノランのことと言い、私は多くをこの目で俯瞰してきたため、ある程度は理解しているつもりだった。
否、本質的には理解出来ていなかったのだ。
昔からの習わしや掟を妄信的に遵守するばかりで、時代と共に変わり行く、彼らの思想や感情に付いていけなくなっていたのだ。
過去に囚われず、もっと今の世代の子達に目を向けていればこのような事は起きなかっただろう。
しかし、そんな仮定の話をしても意味は無いだろう。
無責任だが、今はこうして静観するしかなかった。
私は自分の不甲斐なさを呪った。
そんな事があったとは微塵にも思っておらず、俺は心地よい朝の目覚めを迎えた。
俺の傍らには可愛い女の子が寝ていて……
という展開にはもちろんなってない。
俺は父や京介さんがいないからと言って、その隙を狙った破廉恥な行為はしていない。
俺はこの地に来てからずっと借りているサシャの父親の民族衣装に着替えた。
なぜ、服を借りているかって?
それは転移後、無能な父が私服ではなく、寝巻きに使っている甚兵衛や着物しか持ってこなかったからだ。
そんな格好でこの地を往来した時には、かなり不審な目で見られてしまう。
ならばと、サシャが生前に着ていた服を貸してくれたのだ。
この村の服装は女子はかなりの露出度の高い大胆なものだが、男の方はマフラーのようなものやポンチョを着こなしたかなり厚手のものだ。
流石に、この猛暑の中これを着ていくのは生死に関わるものだと考えたが、着てみると不思議と暑くはなく、むしろこれを着ている方が涼しく感じるぐらいだった。
非常に機能性に優れた服だったが、一つ難点を上げるとすれば、俺にはどうやら全く似合わなかったことだろう。
その不格好さから、父には腹を抱えて笑われてしまった。
そして、部屋を出ると俺とサシャは朝食を食べることにした。
湯奈さんはというと、俺より先に食事を終わらせて部屋に戻ってしまったみたいだ。
(明らかに嫌われてるな俺……)
清々しい朝から一転、俺は早々に落ち込んでしまった。
しかし、昨日サシャとの関係を築くと俺は決心したので、何時までもくよくよしては入られず、気持ちを切り替えることにした。
「サシャ、今日のご飯も格別にうまいな!
一体何を入れたら、こんなに旨くなるんだ?」
すると、サシャはいつもの様に淡白な声音で説明してくれた。
そんなサシャを俺は相槌を打ちながらじっくりと聞いていた。
サシャは両親を亡くし、昔は付き合いのあったソニアとも会えず、今日まで天涯孤独に生きてきた。
しかし、ある日からサシャの家には1人また1人と住人が増えっていった。
最初は自分と同い年ぐらいの少女だった。
会った時、彼女は不機嫌な顔をしていたが、話してみると意外と人好きのする娘で、分からないことや困った事があれば頻繁にサシャに頼み事をしていた。
二人目はその少女の姉を名乗る人だった。
その人はかなり社交的な人だった。
彼女は度々、サシャの表情や仕草を窺っていることから対人関係に関するスキルはかなり備わっているように思えた。
その後は彼女達の父親やその親友を名乗る人が現れては、サシャの閑散とした生活に騒々しさを生み出していった。
そして、今日では1人の変な男がサシャの家に居座っている。
そいつはサシャに初めて出会うや否や、裸で抱きつき、襲おうとしたのだ。
だから、最初はどうしようもない変態だと思った。
蔑称の意味を込めてサシャはそいつに「お前」と名付けた。
しかし、奴はそんな名前を付けられてどこか嬉しそうな顔をしていた。
サシャには理解できない反応だった。
やがて、奴がこの家に泊まり始めるとますます、騒々しくなった。
彼女の静かな暮らしは完全に崩壊を告げたのだ。
それも全てあの変態男のせいである。
奴が来た途端、大人しかった京介や洋一郎が突然喧嘩を始めたり、怒号がこの家を蹂躙したり。
それならまだ良いのだが、奴は私にしつこく関わってくるのだ。
やれ今日は目覚めが良いだとか、調子はどうだとか、時には失礼な事も聞いてきた。
(年がら年中、裸の部族の話を引き合いに出したとか死んでも言えないが……)
それに、奴はよく表情を変える男だった。
楽しい時は本当に楽しそうに笑い、悲しい時は心底落ち込み、怒った時はしかめっ面をする。
忙しいぐらい喜怒哀楽の激しい奴だった。
だが、そんなうざい男だったが、不思議と本気で邪魔に感じたことはなかった。
次第に奴がいることが普通だと思うようになった。
父親を亡くして、サシャは孤独に生きてきたが、いつしか、彼女の周りには沢山の愉快な連中が集うようになった。
サシャはそんな事を思い出しながら、今日もうざい男の話に付き合っている。
そんな彼女の口元にはほくそ笑みが浮かんでい
た。
すると、彼女達の空間に突然怒号が響き渡った。
「ここにカランがいると聞いている。
大人しく私達の元に来てもらおう」
俺はその怒号の先まで向かった。
話を途中で切られてしまったサシャは何処か淋しげな表情をしていた。
俺はそんな彼女に気づくことなく、その怒号の主を誰何した。
「私達は村方ノラン様の使いの者である。
ノラン様から貴女をお連れするよう仰せ使っている。」
俺は何か一大事が起きたと察知したため、彼らに従うことにした。
「分かった。
付いていこう。」
しかし、彼らはそれで満足しなかった。
「サシャ、お前にも随伴するよう御達しが来ている。」
俺は空いた口が塞がらないほど驚いた。
(どうして、サシャが?)
その答えはあの巨大岩で語られることになる。