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異世界温泉道中紀〜ゼロから始める温泉旅館の開業方法〜  作者: なつみかん
第一章 温泉英雄の誕生
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勇気

なぜ、会って間もない女子にあんな事を言ってしまったのだろうか。


振り返ってみても、その理由は判然としない。


いつから俺はこんなお節介で、熱い男になってしまったのだろうか。


彼女の境遇にセンチメタルになってしまったのだろうか。


(いや、もっと根源的なものだと想うんだけど……)


しばらく考えたが、その答えに行き着くことは出来なかった。


サシャの家までの路程がどこか遠く、全く異なった道を歩いているように感じた。





サシャの家に帰る頃には夕方になっていた。

本当にソニアと時間を忘れるまで語ってしまったらしい。


中に入ると、そこには父と京介さんが石椅子に座り、俺の帰りを待っていた。







龍が帰ってくる少し前……



「洋一郎、あの時の事を話さなくてもいいのかい?

いつまでも、黙っているわけにもいかないだろう?」


京介は神妙な面持ちで洋一郎に問いかけた。


普段は陽気な洋一郎だが、京介のその言葉に沈んだ様子で答えた。


「あぁ、分かっている。

分かっているが、話せないんだ。

あいつが精神的にも成長した今、俺に対してどんな反応するか不安なんだ。」


京介はそんな気の感じられない洋一郎にじわじわと表情を変え、響き渡る怒声で彼を一喝した。





「ふざげんじゃねぇ!

何時までもそうしているつもりか?

お前はもう妻と息子2人の父親なんだぞ!?

な〜にが、不安だ。

お前が思ってるより、お前の息子はそんなこと許容できるほど成長してるんだよ!」


鬼気迫る表情で京介は洋一郎を責め立てた。


その姿は普段のクールな彼を想像させないほどかけ離れたものだった。


しかし、洋一郎は彼の肉薄とした勢いに圧倒されることは無かった。

むしろ、その言動に牙を向けたのだ。



「そんな事だと?

俺が一体、この40年どれだけ苦悩したと思ってる?

所詮、温室育ちのお前には分からないことだろうけどな」


京介は洋一郎の挑発を聞き逃さなかった。



「あぁ?

お前がその温室でどれだけ世話になったと思ってるんだ?

息子に親不孝だと揶揄しておきながら、当の父親が義理を忘れてどうするんだよ!?」


彼らの言い分は拮抗していた。

どちらも譲ることなく、その不毛な口論は続くように思われた。


すると……



「うるさい!」


彼らの怒号を収めたのは湯奈の一喝だった。


やがて、彼女は自室に戻ると、2人残された彼らの空間には先程までの怒鳴り声は消え、静寂が訪れていた。


年の離れた少女に諌められた男2人は気まずい顔して、互いにそっぽを向いてしまった。





そして、互いが冷静さを取戻すことを見計らった後、洋一郎は閉ざした口を開けた。




「昔もこんなふうに頻繁に喧嘩してたな。」


突然振られた過去話に動揺する京介だったが、素直に反応を返した。



「あっ。あぁ、そうだったね

それで、いつも決着が使ないからと奈々子さんに度々、仲介役を任せていたね」


「大人ながらに恥ずかしい話だな。」


「本当だね」


洋一郎と京介は乾いた笑みをこぼした。



京介は一呼吸置くと、最初に聞けていなかった質問を再び投じた。



「それで、どうするんだい?」


父は逡巡した後、返答した。





「打ち明けてみようと思う。」



「そっか」


京介さんの微笑を最後に洋一郎との波乱の口論はその幕を閉じた。








家に帰ると父と京介さんが真剣な眼差しを向けて、俺を待っていた。


すると、父は京介さんに席を外すように促した。

どうやら、ただ事ではないらしい。


俺と父は向かい合うようにして座った。

父のその様子は一昨日サシャの裏事情を話した時と同じだった。




俺は父が話の口火を切るまでじっと待つことにした。




準備が出来たのか、父は一呼吸吐くと、重く沈んでいた口元をゆっくりと動かした。





「龍、お前は松田屋を継ぐ気はあるか?」




何を言われるかと思ったら、そんな事だった。

迷うことなく、その答えは


「当たり前だ」


父は曇のない俺の肯定にどこか後ろめたさを感じた表情をしていた。

そんな表れからか、父は暫く溜めた後、言葉を続けた。






「例え、それが犯罪者が経営していた旅館でもか?」




俺は衝撃的な父の言葉に内心、驚きを隠せないでいた。

しかし、我を忘れそうなほど驚きつつも、その後の父の言葉を一五一句反芻するように傾聴した。





「あれは俺がまだ7歳ぐらいのガキの頃、俺の親父が先祖から続く旅館を営んでいたんだ。


当時、不景気で全く繁盛こそしていなかったが、それでも、親父は2日に1人来るか来ないかの客を大事にもてなしていた。


そんな親父を俺とお袋はできる限り、サポートしていた。

学校から帰ったら、旅館の手伝い。

お袋はその合間にパートで稼いでくる。


貧しいながらも、その生活に充足感は感じていた。」





「だが、ある日、親父の元に借金の取り立てが来たんだ。


親父は俺達に隠して、闇金に手を出し始めていた。

俺達を心配させないように何とか気丈に振る舞い、隠していたつもりだったが、それとは裏腹に借金は山のように膨れ上がっていたんだ。


それを見限ったお袋は俺を残して蒸発してしまい、借金を返せなくなった親父は代々続いてきた旅館も何もかも。差し押さえられてしまった。」




「そして、自分の過ちから全てを無くしてしまった親父は失墜から自暴自棄になり、当時借りていた個人運営の闇金業者の社長を殺して、……捕まったんだ。」


そう話す父は忸怩たる表情を浮かべていた。




「その後、身寄りのなかった俺は昔、親父と昵懇の仲だった野中の家に引き取られて、大学卒業まで世話になったんだ。


そういう訳で、京介とは義理の兄弟ということになる。


ここまで話してみたが、どう思った?」



(どう?と言われてもなぁ)



正直、俺は表面的な事を理解出来ているだけで、もっと本質的な事を捉えていない気がする。



これでは、判断も思慮もつかないと思った。



それゆえに俺は暫く逡巡し、果たして父のその後の経過を聞くことにした。



その対応に父は暗い顔をしてしまった。



「いきなり、こんな事を話されても無理もないよな」



父の弱音を今の俺は聞く気になれず、話の続きを詳細に述べるよう催促した。



そして、俺の催促に父は少し気まずそうな態度を取っていた。


「す、すまん。話を切ってしまった。」



「それで、一昨日、京介が話した通り俺達は同じ大学に進学して同時期に卒業したんだ。

さっきは大学卒業まで野中の家に世話になったと言ったが、正確に言うと、卒業した後もそこで世話になったんだ。」



はぐらかしてしまった後ろめたさから、父の目が微妙に泳いでいた。



もちろん俺はその反応に気づいていたが、口を挟むようなことはしなかった。



その悪い面も含めて、今の父の心境をその一五一句と一挙手一投足から見極めたかったのだ。




「実をいうと、差し押さえられていたはずの親父の旅館が京介の親父さんが慌てて、買い抑えてくれたそうなんだ。


あの時の事は本当に感謝してるよ。」



父は今にも、消えそうな声でそう言った。



「そして、俺は19の頃に奈々子と結婚して、無理を言って野中の旅館で2人住み込みで働かせてもらった。


情けない話だが、奈々子がお前達を産んだ時も、俺は恩を返すために奈々子とお前達を見捨てて、野中の仕事に従事させてもらったんだ。


本当にダメな親父だよな」


父は自嘲気味にそういった。


「そして、俺は買い抑えた元親父の旅館を京介の援助を受けながら、何とか復活させてもらったんだ。


今も、俺は野中の親父さんと京介に借りてしまった金を返すために働かせてもらってるんだ。


察してると思うが、その旅館ってのが"松田屋"の事だ。


奈々子の祖父から受け継いだ旅館だ、という話もお前達を騙すためだった。


本当にすまなかった。」



また、父は婿養子であったため、旧名を奈々子の"松田"という姓に変えて、旅館にその名前を付けたそうだ。


要するに、俺は父から聞かされていた松田屋の歴史もないし、誕生やその名前でさえも、全て父がでっち上げた嘘だという話を父は打ち明けている。



「この17年間お前達を騙して本当にすまなかった。」



俺達だけの空間で、父の沈痛な謝罪と土下座が孤独に顕在化していた。




一方、俺は非情な父の境遇にもう十分だと感じた。



そんな重い話を聞かされて、うんざりとしている訳では無い。



父の長年の努力に賞賛しているのだ。




母は幼い頃に蒸発してしまい、父は殺人犯として捕えられ、その父が残した大きな負債を返すたに母と育児を捨てて、働き続けた。




「犯罪者の息子が!」

「父、夫としての自覚はないのか?」

と世間からは悉く糾弾されるような事だろう。



しかし、俺はそんな事を微塵にも思わなかった。


今までとんでもない隠し事をしてきたから見限れと?


違う。


本当に相手を見据えることが出来る人はもっと本質的な事を見定めるのだ。


その本質というのが、父が今日まで努力を惜しみなく、尽くしてきたという事だ



偉そうに思われるだろうが、「よく今まで頑張った。もう背負わなくてもいい、後は俺に任せてアンタは安楽に過ごしてくれ」とそれに近い感情を俺は抱いたのだ。



父はいつも以上に情けない姿をしていた。


覇気も威厳も何も感じられない中年のおっさん。



今の父は俺にそんなイメージを焼き付けた。




否、頼りなく、ネガティブな態度を取るのが本当の父の姿なのかもしれない。




今までは表面的に気丈に振舞っていただけで、ナーバスな事がある度に、こうして死んだような暗い態度を取っているのだろう。




父は俺が思っている以上にメンタルの弱い男だった。




例えマイナスの中にプラスがあったとしても、そのプラスを察知させる余地すら与えず、マイナスをただ咎めろと言うのだ。



本当に度し難い人間である。



なら、それを理解したい今、俺に何が出来るだろうか?



言葉で並べただけの安易な慰めか?




それは違うだろう。


今は父自身よりも、父がこの先の周りへの配慮を自覚することが最善だろう。




「今日は直ぐに帰って、明日は母さんたちと一緒に旅行にでも行ってくれ。


心配しなくても、松田屋建設計画はちゃんと進めておくから。


でも、ちゃんと戻ってきてくれよ。」





「だから、もっとシャキッとしてくれよ親父。」




ミスを犯した奴には再び、ある程度の責任を追わせることが大事だと俺の恩師が言っていた。



本当に責任感の強いやつなら直ぐに立ち直り、目下の目的を果たすために尽力するだろうと



それは、今の父にも言えたことである。


父はだらしない人だが、責任感や罪悪感を人1倍、感じる人だと思う。



「あぁ、任せてくれ」


父は意志のこもった口調でそう言った。




どうやら、俺の父に対する評価は間違っていなかったようだ。







夕食を済ませた後、俺は父達の帰りを見送るためサシャを先頭に、例の転移場所に向かった。



村を出ると、上空に満点の夜空が広がっていた。



余白一つない、そんな無駄のない空である。



幾星霜の星星、紅蓮に燃える惑星、碧色に輝く月




(ん?紅蓮に燃える惑星に碧色に輝く月だって?)




そんな天体が太陽系に存在していだろうか?



有り得ない。



宇宙は限りなく広い。

だからこそ、そのような未発見の天体があったとしても不思議ではない。



しかし、地球上から肉眼で簡単に観測できるあのような天体は存在しないだろ。



俺の目が節穴でないならば、ここは地球ではない場所だと確信できる。



だが、そんな確信も今更な事である。

俺は以前にも幾度となく、不可思議な事実を目の当たりにしてきた。



それにもかかわらず、その可能性を排除してきたのは俺が物質的な人間であるためだ。



SFやファンタジーといったものをフィクションで見るには大いに結構なことだが、それはやはりフィクションであるので、現実に置き換えるとなると、否定もしくは懐疑的になるだろう。



つまり、この世界の常識という物を俺は現実だと理解出来なかったのも、そういった事が原因なのである。



そんな非現実を受け入れなければならないと思うと、俺はひどく落胆してしまう。


(やはり、俺は異世界に来てしまったのだろうか)




「龍〜、早くしないと置いていくぞー!」



すっかり調子の戻った父の声の方に顔を向けると、父達はかなり先まで進んでいた事に気づく。




俺は夜風に揺られるフルームが点々と生える殺風景な荒野をふらつく足で歩き始めた。




しばらく歩を進めると、件のマスディオ山が見えてきた。



マスディオ山の頂上がここからではかなり小さく見えることから、麓までそれなりの距離があると感じられた。




すると、サシャは突然立ち止まると俺達に向き直りこう言った。




「ここはカランの地へ戻るための転移地だ。

彼の地に帰るもの以外は私の隣で待機していろ。」




それは普段の繊細な彼女の声音からは想像出来ない殺気のような重いトーンの篭った声だった。




これが、以前父が言っていた"誰かに操られているような状態"なのだろうか。



俺は彼女?に言われるがまま、隣で待機し、父達の行く末を傍観していた。



すると、父と京介さんが立っていた場所の周りから湯気のようなものが立ち込見始める。


視界が遮られ、俺はパニックに陥った。


動揺している俺に追い討ちを掛けるように、地下から大量の湯が噴出しだした。



やがて、湯気が消えて視界がクリアになり目を凝らすと……




その場所には既に父達はいなかった。




俺はその光景を呆然と眺めていた。



























































そろそろ、話が大きく変わると思います。

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