7話 魔女②
見回りの強化が始まってから数日が経った。
何事もない日が続き、少し警戒が薄れた時だった。
僕は非番の日だったが、ある事件が起きた。
アリスがとうとう動き出したのだ。
籠城をしていくかと思われたアリスだが、自らが前線に立ち、見たこともない兵器を使用し、次々と打ち破っていく。
数の不利を物ともせず、次々と押し返していく様子を見て、逃げ出す兵も少なくないという。
やはりアリスは本物の魔女だと改めて、誰もが思った。
だが、世間の状況と違い、僕だけはどんどんアリスが本当に魔女なのか疑問が強まっていく。
何故そのような力を手に入れたか不思議になっていく。
日記は佳境を迎え、審問の様子が書かれていく。
初めの内は精神的な苦痛が強い、何を言っても否定される。自分が魔女であることを前提に話が進められていく。これは非常に辛い。
その後は単純な肉体的な苦痛が始まる。理不尽な痛み、苦痛との闘いが起こる。
1つの道具につき数時間と制限はあるものの、道具は次々と現れ、体を破壊していく。
徐々に綺麗だった文字は乱れていく、そして心はもっと荒んでいく。
自分自身が魔女だという自覚が徐々に生まれていくのが読み取れた。
目の前の相手を、国を、世界を恨んでいく様子が伺える。
初めは自分の事よりも家族を心配していた優しい女性だったのが、徐々に恨みのみを書き記し、世界の破滅を望む魔女になっていた。
確かに魔を望む女性を魔女というのならアリスは魔女だろう。
だが世間一般で考えられている魔術を操り、国を相手に戦える力を手にしているとは考えづらい。
他に何か要素はあるのだろう。
それは僕の為にもなるが、国の為にもなる事だ。対アリスを考えた時にその武力の底、源を探るというのは正しい事だろう。
これなら堂々と行動を移せると考えた。
翌日に早速上司に掛け合う前にソルテさんに相談を持ち掛ける。
自分の考えが正しければ、必ずアリスに魔女としての力、いや奇術や技術を授けた黒幕がいる。
それが魔法使いなのか、どんな人物で、どんな技術体系なのかは全く分からない。
だが必ず存在はする。不思議な事も奇跡もあるかもしれない。理不尽がこれほどあふれた世界なんだ、不思議ではない。
でも軌跡をたどれば必ず原因や起点となる物が存在はする。
ふと空から落ちてきた物であっても何かはある。
その正体が現在世界で恐れられている魔女そのものだと思う。
ソルテさんには日記の事は伏せ、魔術や奇術であろうが技術であろうが法則があるものの正体を調べたいという趣旨で話を持ち掛けてみた。
僕の想像通り食いついてきてはくれた。
同意見とはいかなかったものの、アプローチの方向性としては悪くないと意見を頂く事ができた。
そして、目の前で見るチャンスが訪れる事も伝えられた。
恐れていた事でもあるのだが、ようやく前線に出る時が来たのだ。
目の前でその魔術、奇術と呼ばれる力を見る事が出来れば分かるかもしれない。
そしてこれが最後のチャンスになるかもしれない。
アリス側は最後の抵抗になるだろう。
自身が最前線に出る事で均衡状態までは戻った。
だが、それはアリスさえ打ち取ってしまえばこの戦いが終わることを意味している。
国もそれが分かっているからこそ、戦力を集められるだけ集めて最終決戦に挑む事を決めたのだろう。
ここからの時代をつくるのが今まで通り人間が支配していく世界のまま続くのか、魔女が支配する世界になるのか決める時代の分岐点になる。
僕がその瞬間に末端とはいえ参加するとは夢にも思っていなかった。
何も変わらない人生を歩むつもりだったのだが、随分思い描いた世界とは違ってきてきてしまった。
それでも楽しいと思えてきたのが不思議だ。
自分で選んだからなのかもしれない。僕は今まで用意されたものを器用にこなす事は長けていた。
手作業だけは苦手だったが、それ以外の仕事は人並み以上にはこなすことができたが面白くなかった。
いや、面白い面白くないは別として作業だった。
それが原因なのかもしれないが、僕は人並みにはできたが、替えのきかない存在にはなれなかった。
よく知る人もそれを好む人には勝てない、好む人もそれを楽しむ人には勝てないという言葉があるが、それを実感出来た気がした。
不謹慎だが、目的の為に全力を尽くして工夫していく過程は面白かった。
今まで人の事を調査や観察する事はあったが、作業だった。
同じことをしていても自発的におこなうのと、作業でおこなうのでは、ここまで違いがあるとは思っていなかった。
それに気づけただけでも、この経験は大きな成果だろう。
だから自分を変えるきっかけを作ってくれたアリビオを助けたい。
流されやすくて言われた事、誘われた所にしか動けなかった僕が自発的に動けたのは間違いなくアリビオがきっかけだった。
準備期間はすぐに終わり、運命の日は近づいてきている。
僕ら魔女狩り部隊はあくまでも戦闘面では補助的な役割が与えられている。
最前線というよりは遊撃部隊という位置づけになっている。
名前だけなら主力に聞こえるが、今回は単純な攻城戦だ。
しかも城とは名ばかりの廃城だ。ほぼ平地戦と捉えられている。
基本的には正面衝突になるだろう。
アリスが前線に出てくる事は、ここ最近の傾向からは確実だろう。
また魔術を使い、進んでくる兵を地面からの爆発に巻き込んだり、魔女狩り部隊の前隊長であるトントもやられた正体不明の攻撃が飛んでくるかもしれない。
だが、それでも数に物を言わせ撤退させてきた。
今回も同じように数の力で追いこむ作戦だ。
その中で僕らが担当するのは撤退時に追い込む役割だ。
今までは正面からの突撃に全兵力を集めていたが、今回は正面から向かいながらも、徐々に兵を回らせ、城を囲んで逃げ場を無くすという作戦だ。
運がよければ一度も戦闘にはならない可能性もある。
アリスさえ来なければ敗戦兵だ、戦意はないだろう。
移動当日、僕はとにかく必死についていった。
以前の魔女狩りの際も苦労したが、今回はそれ以上だ。
重装備をしながらの歩行での移動、そしてこれだけの大人数だ。
歩くだけでも辛いのに歩調を合わせなければいけないというのは訓練されていないものには非常に厳しい。
それは僕だけでないようで、寄せ集めの集団である今回の軍勢は中々進みが悪い。
前日に近くで前泊するというのは、慣れない移動による疲労を考慮されての事だろう。
僕以外の仲間は平然としている。
正規の軍人であるビヤン隊長にフェデルタさん、傭兵としての経験が長いソルテさんにティランさんはまだしも、女性であるヴェーラが平然としているのは驚いた。
僕と何ら条件が変わらないのに、周りに平然とついていくものだから、悔しい。
周りの遅れを出している人達は直近で集められた人たちだ。
そして僕らは志願兵の第一期。
鍛える時間であったり、慣れる時間はあったのだから、僕も本来であれば平然としていないといけないのかもしれないと思ったら、自分の軟弱さに嫌気が差す。
それでも今あるスペックで戦わなければいけない、辛い表情やぎこちなさが出てしまってもしょうがない、せめて遅れがでないように必死に着いていく事だけが出来る事だ。
「あと少しで休憩地点だから、もう少し頑張れよ」
そんな姿がどう映ったのか分からないが、ビヤン隊長が声をかけてくれる。
「はい、大丈夫です」
「そうか、ならもうちょっと大丈夫そうにしろよ。お前は自分が思っているより分かりやすいぞ」
「確かにそうだな」
珍しくフェデルタさんも話に加わってくれる。
「そうですか?僕はポーカーフェイスのつもりなのですが」
「お前ほど分かりやすい奴もいないぞ、考え事している時なんかは口から洩れてきていたから、最初は注意しようと思ったけど、そうやって頭の中を整理しているのだなと思って黙っていたおいたけど常に煩いぞ」
「フェデルタさんとは僕あんまり行動していないのですけど・・・」
「その何回かで毎回そうだったんだよ」
無言で進んでいた他の人も耳を傾け同意して、笑われる。
「嘘をつけない奴だよな」
「思っている事が口から出てしまいますからね」
気づいたら隊長とフェデルタさんだけでなく、ソルテさんにヴェーラまで話に混じって笑っている。
「もう良いですよ、皆さんで酷いな」
僕は少し拗ねたふりをして顔を前に向ける。
「それはいいとして休憩地点に着いたら付近の見回り役は大丈夫なのか?」
「大丈夫です。体力だけは少しついてきたので、少数での行動なら問題ないです」
「それは良かった。お前は人の顔を覚えるという部分に関しては人より長けている。見慣れない人間がいたら気づく可能性が一番高い」
「そうですか?煽てられても何も出ないですよ隊長」
「いや客商売をしていただけあるなと思うよ。そして表情もよく見ている。そこは俺ら軍人や傭兵あがりの2人との違い、武器だ。それがあるからお前はここに居るんだ。自信は持っていいぞ」
「ありがとうございます」
褒められるのは大好きなので、やはり嬉しい。
そしてちょっと悔しい。僕は人の考えを分析したりするのが好きで得意だと思っていたが、それ以上に読まれているみたいだ。
まあ表面上は悪く思われていないだけ良しとしよう。
だが、雑談に見えるのか、僕らが話をしている様子を周りから冷めた表情で見られる。
僕らは比較的賑やかだ、そのせいか周りからはよく冷たい目で見られる。
だが、隊長であるビヤンさんの人柄が影響されているのか、移動中も雑談は多々ある。
別に仕事をこなしていない訳ではない、地味で光を浴びない仕事だが、必要悪の部分を受け持っている。
だからこそなのかもしれない。
感謝される事はない、人を疑わなければいけない、嫌われなければいけない、だからこそ気持ちを沈めさせない為に騒ぐようにしているのかもしれない。
この空気感が僕は好きになってきている。
本業では固く接するだけだったが、仲間にまで固く接し続ける必要はないのかもしれない。
もし、元の日常に戻れたのなら、仕事場の空気を変えれるように働きかけてみるのも悪くないかもしれない。
目的地の中間地点で予定通り休憩がおこなわれた。
僕は予定通り、見回りに出る。相方はソルテさんに依頼した。
いざという時の戦闘面で頼りになるのもそうだが、目的や人柄からも一番心が落ち着くというのも大きい。
周りが休んでいる間も動くのだ。体はともかく心くらいは疲労を軽減したい。
まずは基本的には見通しが良い場所な為、2人で外と内を見ながら周囲を見て回る。
特別怪しい様子はない。ここで仕掛けてくる可能性が高いと思っていたが、仕掛けてこないとなると、よほど余裕がないのかもしれない。
「大丈夫そうだね。ここで仕掛けないって事は思ったよりも早く終わるかもしれないね」
ソルテさんも同じ事を思っているようだ。
「そうですね。元々相手の人数は減り続けているみたいですし、小細工は完全に魔女頼りのようですね」
「そうだと良いのだけどね」
予定のルートを周り、休憩所に戻る、今度は仲間を見て回る。
僕らが見て回ると疑われているように感じるのか、嫌悪の目で見られる。
それが辛いが目を逸らす訳にはいかず、周り続ける。
僕らが予定のルートを周り終えると休憩が終わる。
休む間もなく移動が再開される。
僕はまた、全体の遅れをつくらないように必死で着いていった。
一歩一歩だが魔女に近づいていいる。
ほぼ同時刻に国で異変が起きる。
兵力の大半を外に出している状況だが、考えられる外敵は現在いないと思われていた。
だが、忘れていたのかもしれない。
魔女が収容されている事を、そしてアリス以外にも魔女が生まれる可能性がある事があるという事を。
収容所にいたある魔女候補が急変し、同じ魔女候補を壊して回るという事件が起きた。
犯人は僕らが連れてきた男性だった。
気がふれたかのように暴れまわったという。
抑えるのに何人かの兵士が怪我を負うという状況だった。
取り押さえた後は正気を完全に失い、超人的とまではいかないが、初めに計測したよりも強い力を発揮したという。
時間を置いても正気に戻る事がなかった為、処刑する事になったという。
その後も何人かが近い症状を発症する事があったという。
興奮状態が収まらない。
これは魔女だからなのか、それとも魔女の力によるものなのか、誰もが不安に思い、国全体が落ち込む。
アリスを倒しても終わらないのかもしれないと。
そしてそんな状況になっているとは僕は知る由もなかった。
アリスを倒せば少なくとも自己申告してきた魔女以外の候補は救われる予定だと聞いていたし、信じていたからだ。
だが、この事件をきっかけに状況は変わってくる事になる。
進歩しなくても書くのは楽しい。
思い描いた事を表現できないジレンマはあるけど、形になるのは楽しいです。
こんな駄文を読んで頂いた方には感謝の気持ちしかないです。