6話 魔女
翌朝目を覚ますと、まず体中が痛かった。
戦闘行為をしたわけでもなく、体を動かした量であれば、普段の訓練や見回りの方が大きいだろうが、それ以上に体が緊張し力が入っていたのだろう。
それでもここ何週間かの訓練で鍛えられたおかげか、時間通りに準備をし、今日の仕事に向かった。
日記は家に置いてきた。
内容を全部見たわけではないが、中には国がおこなってきたであろう非人道的な審問内容も記載されていたからだ。
例えアリスの対策になるからと言って、あの日記を上に提出したら、存在を抹消されかねない。
カブロンさんもそれが分かっていたから、臨時に集められたであろう僕に託したのだろう。
今日の見回りは予定ではソルテさんとティランさんだったが、変更になりビヤン隊長と僕になった。
僕は何時も通り少し後ろを歩きながらも初日に教わった通り、襲撃されやすい場所であったり、注意すべき施設など見るべきポイントを抑えながら回った。
「昨日はお疲れ」
「何も貢献出来ずに、申し訳ございません」
「いや、何もするような事は無かったからな。それが一番だよ」
「そうですね」
「昨日の方な、あの人は夜にどこかに姿を消していて、それでいて農作業を手伝う頻度が減ってた事から通報を受けてたんだが、お前はどう思う?」
「正直に言っても良いですか?」
「ああ、いやむしろ客観的な意見を聞きたい」
「それだけですか?というのが正直な印象です」
「そう思うよな」
そういうと口を閉ざして、見回りに戻った。
見回りが終わろうかというタイミングで足を止める。
「そういえば知りたそうにしていたから教えるけど、あの人の娘が魔女なんだと、それで今回調査なしに回収の命令がきたんだ」
そういうと返事を待たずに戻っていってしまった。
疑わしきは罰せよという状況になっているようだ。
そして報告書で驚くべき内容が記載されていた。自覚はないが自分は魔女だと認めているのだ。
夜も初めは娘を思い出し、行動をなぞる為に始めたが、気づいたら習慣づいてしまい、最後の方では何をしていたか覚えていないと供述していた。
そして、こういった内容はここ最近では決して珍しくないのが実情だ。
しまいには自首のような形で自分は魔女かもしれないという連絡もあったようだ。
魔女は伝染されるものなのか?これでは魔女というよりも、吸血鬼だ。
彼女、彼らは吸血鬼に噛まれ眷属として仲間になっているようだ。
ただし誰も魔術や奇術を使っているのは見た事がない。
こうして劣化していくのも、吸血鬼のようだと思ってしまう原因だ。
喰種のように親に噛まれた劣化品が出回っているというのか?
そういえばアリビオも抵抗を全くせずに捕まったと聞いている。もしかしたらどこか自覚症状があったのだろうか。
初めての遠征任務から一か月が経った。
残務処理で慌ただしい日々が続いたが、ここ数日は以前までの日常が戻ってきた。
日記も改めて読み進めると、なおさらアリスが魔女なのか疑問が湧いてくる。
魔女になる前からの物は完全に平凡な日常しか書かれていない。
変わらない日々を愛し、その中でも子どもの小さな変化に喜ぶ。
異常気象による不幸にもめげない強い女性だと感じる。
もちろん隠蔽用のダミーの日記なのかもしれないが、少なくとも旦那が渡してきたという事はあの男性から見たアリスそのものなのだろう。
夫婦として一緒に生活していく中で完全に誤魔化しきる事は可能なのだろうか?
僕には想像できない、だが魔女ならそれすらも可能なのだろうか?
常識を超えた超常現象を起こす存在だ、人1人の記憶の操作くらい出来るのかもしれない。
だが、現在も解けていないのは何故なのだろうか?
アリスは自分自身で魔女を名乗り、国を相手に戦争を起こしている。
その状況で隠れ蓑にしていた家族の催眠を解かないのだろうか?
解くのが手間なだけなのか、機会がないのか、それとも何か機会を伺っているのか、考えても現時点の資料や情報では分からない。
考えれば考える程、答えから遠ざかっている気がしてくる。
それもそうだ。今までの常識が一切通用しないものとの戦いなのだから。
僕らが見回り、防衛任務に就いている間も魔女と国の戦いは各地で続いている。
一時期は数で劣っていたが為に押されていたが、現在は志願兵の存在もあり、いくつかの拠点を取り戻す事に成功している。
初期に数の差を物ともせずに勢力を伸ばすきっかけになった奇術や見たこともない兵器は拠点の防衛地点に集められているようで、各拠点にいるのは僕らと変わらないただの兵士だ。
しかも志願兵同様、経験や能力もバラバラだ。
同じ条件で有れば数が多い方が圧倒的に有利になる。
このままいけば半年も持たず魔女を倒せるかもしれないという事で、国には明るい話題で溢れている。
異常気象も城下町付近では収まりつつあり、集中豪雨がある日もあるが、久々に太陽が見えた事で、完全に魔女の脅威は薄れつつある。
その為か、魔女狩りは収まっているのが現状だ。
僕らの仕事は前回行われた僕の初任務以降は行われていない。
僕の仕事は訓練と見回り、そして魔女の実態調査、魔女の共通点の洗い出しがメインの仕事になっている。
僕としては理想通りの展開にきている。
唯一の心配が現在の魔女候補の処遇だ。
順調な内に審問が再開される、つまり処刑の再開がおこなわれる可能性があるという事だ。
おそらく自首してきた者からおこなわれていくだろうが、アリビオはアリス事件以降は比較的早く捕まっている。
どうなるか時間との闘いも始まってきているのかもしれない。
日記も仕事から帰って少しずつ読み進めてきたが、ようやく魔女狩りの日に近づいてきた。
実行日よりも前に宣告を受けていたようだ。
これはアリビオとの違いかもしれない。彼女は明らかに驚いていたと聞いている。
もしかしたら天災が起きた後に村の人間が生贄候補を決めているのかもしれない。
国から生贄候補を出すように指示を受け、決める、そして実行部隊が動く。
その後の到着日数を考えるとその可能性が浮上してきた。
アリス事件以前は明らかに弱者が多すぎる。
体の一部が欠損している、もしくは機能が低下している。
もしくは社会的な弱者が多い。
物乞いが中心だ。天災によって農地を失い、職を失った事で住居も失ってしまった者達が中心だ。
どう考えても天災による救済が間に合わない事から不満を解消させる為に生贄としての魔女としか思えない。
アリスも豪雨から川の氾濫で土砂災害が起こり、事故に巻き込まれ主に下半身が不自由だと聞いている。
調査書で読んだ際は歩行は可能だが、農作業は厳しいと記載があった。
明らかに復興作業時の足手まといを排除する事も目的と思えてしまう。
アリスは魔女として審問を受けると分かっていてからも強かった。
自分自身の無実が証明される事を信じて疑っていない。
拷問が待っている事も噂の中で聞いている、それでも耐え抜けば帰ってくる日常を信じている。
むしろ自分の今後よりも動揺している家族を心配しているのが文面から読み取れる。
前日でもその様子は変わらない。
もしかしたら日記に書き記す事で自分に言い聞かせていたのかもしれない。
だが、僕だったらここまで強がる事も出来ないだろう。
魔女の審問で魔女ではないと判断されたものは聞いた事がない。
それはこの国に住んでいるのならだれでも知っている事だ。
連れていかれる、それは火あぶりで殺されるという事だ。
それはアリス自身も自覚しているようだ。
それでも理不尽と戦う覚悟が読み取れる。
旦那や子どもを想う気持ちが強く読み取れる。
僕はやっぱりアリスはこの段階では魔女ではなかったのではないかと思ってしまう。
僕が何を考え、どう思うと時間は過ぎていく。
そして時間が経てば経つほど状況というのは変わっていく。
国は魔女の仲間を次々と減らしていき、追い込んでいく。
もちろん多くの兵は犠牲になっていく。特に志願兵は素人に近い者も多い。
傭兵出身者も連携が取れていない事もあり、次々と数を減らしていく。
しかし、それでも志願者は減らず、むしろ増えているという。
明るい未来が見えている状況で、参加する事で何かを得られるかもしれない。
自分の手で未来を切り開けるかもしれないというのが、一番の参加理由なようだ。
僕らは相変わらず前線に出ることなく見回りが中心になっている。
だが、最近では状況が少し変わっている。
敗戦が濃厚になっている魔女の信者達は城下町付近で奇襲をかけて何度か小規模な戦闘を起こしている。
僕らが見回る範囲では発見がされていないが、いつ出てくるかわからない。
その為、今までは訓練に当てられていた時間も見回りをする事になっている。
今日は午前と午後どちらも回らなければいけない日だ。
午前はソルテさんとの組み合わせで回る事になっている。
僕も大分慣れてきてはいるが、本当に遭遇した事はない。
不安に思いながら必死にソルテさんに着いていった。
「どうしたの?」
「何か変ですか?」
「いや、最初の頃を思い出す動きだなと思って」
いざという時にどれだけ動けるかが心配で、久々に動きが硬くなっているようだ。
「やっぱり実戦が近づいていると思ったら緊張する?」
「それはそうですよね。元々覚悟はしてきましたが、実際は違う仕事をする機会が多かったので、中途半端に慣れてしまった分、色々考えてはしまいます」
「それもそうだね。俺も最初の頃は緊張したよ。今はなるようになるさとしか思えないけどね」
「それもそうですね」
少し話をしたら緊張がほぐれてはきた。
いい具合の集中力を保つ事ができそうだ。
「そういえば本来の目的は達成できそう」
「僕の方は大きな進展はありません。思ったよりも魔女に近づく機会も少ないので」
僕は嘘をついた。
日記の事はまだ人に話す段階にないと思っていたからだ。
若干探りを入れてきそうな表情をしている。
「しいて言えば、魔女の存在を疑ってはいる段階です」
「仕事中に口に出す内容じゃないな」
「そうですね。僕もソルテさん以外には口にだすつもりはなかったです」
これも嘘だ。誰にも話すつもりはなかった。
だが、ソルテさんも同じ印象を持っているような気がしたからついつい口に出してしまった。
何も確証はない。ただの直感だが、口に出してしまった以上信じて話を進める他ない。
暫くは沈黙が続いた。
「君にだけ話させるのはフェアじゃないかもしれないね」
「え?」
「僕も魔女は否定派だよ、確かに。というよりも肯定派は」
「まあ、そうですよね」
「上も信じてはいないよ。アリス以外の魔女は。そしてそれが今の一番の問題のようだ」
「どういう事ですか?」
「アリスという存在が出たからには魔女の存在は否定出来ない。そもそも否定してしまっては今までの非道行為で非難を受けてしまう」
「まあ、そうですよね」
「だが、新たに魔女と認定し、処刑する事も出来ない。なぜなら死んでしまっては偽物の疑いが強まるからだ」
なるほど、その可能性は考えていなかったが、言われてみるとしっくりくる。
「アリスは死ななかったからですか?」
「そう。魔女なら処刑にかけられても何らかの力で生き延びるだろうと思われてしまっている」
「アリスより力が弱かったとか、口に轡をはめて挑むとかすれば言い訳も出来るのではないですか?」
「数回はね。現状の制度だと審問がどうしても必要になってくる。表面上は自白して魔女として処刑するからだ。だから処刑の段階で防げないなら、本物の魔女は審問の段階で対策を打つはずだと考える人達が出てくる」
「審問を辞めてしまえばいいのではないですか?実際は形式上の物ですし」
「それでは世間への言い訳が出来なくなる。ただでさえ法律家や神学者の中には根強く否定派は存在する。それでも世間が魔女の存在を信じられるのは自白という強い根拠があるからだ。これが無くなったら今の国王はただの暴君と思われてしまう。形式上でも絶対に外すことはできないだろう」
「そう言われるとそうですね。それにしてもそんな話をどこから聞けたのですか?」
「俺は傭兵出身だけど、その前は家柄は悪くなかったからその前は神学の勉強もしていた事もあって上の人たちから相談を受けてはいたんだ」
現場を知っている知識人というのは確かに貴重だ。どっちも知っている人物であれば、意見を求められる事はあるかもしれない。
「何で傭兵になったのですか?」
「奥さんになる人が傭兵だったんだ。気づいたらそっちの世界にいっていたよ」
話をしてみるとやはり完全に奥さん中心の世界のようだ。
だが、奥さんのイメージは随分変わってしまった。
以前の話だと守られるイメージだったが、話を聞くと気が強そうな方のようだ。
思っていた以上に面白い人生を歩んでいそうで、機会があったらもっと話をしみたい。
この話を聞けたおかげで信用は出来そうだ。
この人も魔女狩りの正体を知りたいと言っていた。
恐らく奥さんに関わる事だろう、それだけに利用できるものは全力で利用している。
僕もその一部だろう。
それなら僕はこの人となら協力は出来ると改めて思った。
暇過ぎて妄想ばかりして楽しんでいます。
こんな駄文を最後まで読んで頂きありがとうございます。
現在、浮気中で別の作品のプロット考えている時が一番楽しい。