1話 僕
世界は現在、魔女の脅威にさらされている。
深淵の魔女アリスが生まれた事件から3年が経ち、状況は大きく変わってきた。
魔女は迫害される存在から人々を支配する存在に変わってきている。
国に不満を持ち、深淵の魔女を名乗るアリスを信仰する人々が増え、一大勢力となった。
魔女は地方の城を攻め落とし、拠点として、国に戦争を仕掛けた。
何度も討伐隊を仕向けるも、魔術を駆使し、予想外の攻撃を受け、撤退を繰り返している。
この国では兵士と商人、農民と身分、職業がはっきりと分かれていたが。兵士の人数は次々と減っていく。
中には代々続く名家と呼ばれるような身分の人間さえも戦場で倒れていった。
それだけ過酷な戦いとなっている。
天変地異は起こり、生活が安定せず、国中全ての人間が不安に陥っている。
商人の家に生まれ、代々金貸しをしていて、人々に忌み嫌われながらも裕福な暮らしをしていた僕も、この先の生活に関しては全く見えない状況だ。
お金があっても作物が育たなければ食べ物は手に入らない。
魔女は農地を中心に自分の領地としていき、国を追い込んだ。
それを防ごうと王も兵を向かわせるが悉く、魔術の前に敗れていった。
その結果が現在の状況だ。
兵の数は減り、食料が回らず士気は落ち、不満に思う民衆は魔女信仰に流れた。
魔女は来るものは拒まずの姿勢で、次々に勢力を増やしていった。
それでも魔女の下に民衆が全ていかないのは、魔女は夜な夜な魔術の実験に人の血を吸い、皮をはいでいく、信仰者は命を惜しまぬ者しかなれないと信じられているからだろう。
どちらについても希望が持てない世界に徐々に疲弊していった。
そんな中、国が志願兵を集め、最後の戦いに挑もうとしていた。
皆、様々な理由を胸に集まってきている。
そして僕もその中の一人だ。
僕はクラジ、商人の家に次男として生まれ、それなりに不自由なく暮らしてきた。
しかし魔女が生まれてからは、世の中の動きも変わり、仕事に意味を見いだせなくなり、疲弊していく一方だった。
そんな中、国に新たな動きがあった。
志願兵の募集だ。魔女の居場所が確定した事と、これ以上魔女の陣営に人数が流れると完全にパワーバランスが崩れてしまう事を危惧し、最後の大勝負にでるようだ。
一般人から志願兵を募集し、数の力で魔女に対抗しようという考えだと思われる。
僕が志願したことは僕を知る人物からは意外に思われるだろう。
僕は周りからは臆病だと思われている事は自覚している。
それでも興味は必要があれば動く人間ではあると思っているのだが、それすらも見当たらないだろう。
そう、今回志願するのは、表立った理由はない。
一部の人間しか知らない事だが、実は密会して会っている女性がいる。名前はアリビオ。
僕は実は彼女も魔女なのではないかと思っていた。
ただ、悪い魔女ではないと思うっていた。
僕が彼女を魔女だと思ってしまった理由はいくつかあるが、一番は目だ。
見つめられると不安になってしまうほど深い目をしている。
かの魔女アリスも自らを深淵の魔女と名乗るが、アリビオの瞳こそ、深淵と呼ぶに相応しい漆黒の瞳だ。
何を考えているか全く読めない表情も魔女を思わせてしまう。
僕も代々金融に携わってきた家計の生まれだ、人となりや嘘を見抜く事は一般の人よりかは長けている自信があるのだが、彼女だけは読めない。
そもそも僕と彼女の関係も不思議な関係だ。
初めに知り合ったのは、友人に誘われてご飯を食べに行ったお店で出会った。
後に知った事だが、彼女は店員さんの妹で、カウンターの席で働く姉をじっと大人しく待っていた。
僕らもカウンター席に座り、友人は店員である彼女の姉を口説きたいようで、僕を放置して店員さんに話しかけていた。
自然と僕は手持ち無沙汰になり、ついつい彼女を眺めてしまった。
1人で何が楽しいのかニコニコしながら、飲み物をすすっていた。
お酒を飲んでいる事から20は過ぎているのだろうけど、どこか子どものように見える。
ショートカットというよりも、短くしているだけの髪型が特に子どもらしい印象を与える。
あまりにも見入っていたのが原因か、目が合ってしまった。
おそらく僕はこの瞬間から魔術にかかっていたのかもしれない。
目が合って気まずくなって目をそらした僕に対して微笑みかけてくれた彼女を僕は脳裏に焼きついてしまった。
この瞬間が、僕が恋に落ちた瞬間だった。
一生忘れる事ができない光景だろう。
余りの気恥ずかしさと赤面しているのを知られたくなくて、下を向いていると友人に声をかけられた。
目当ての店員さんに相手にされなかったようだ。
その後も懲りずにアプローチを続ける友人に嫌々付き合うそぶりを見せつつ、僕も彼女がいる事を期待してお店に足を運んだ。
お店に行くといつもカウンター席の隅っこで、果実酒を飲みつつ、サラダを食べていた。
友人はいつも僕を放って店員さんに必死に話しかけているので、いつも手持ち無沙汰になり、御飯を食べながら、彼女を眺めていた。
そんなある日、何時もの光景を目にしながら御飯を食べていると、声をかけられた。
「2人とも懲りないね。私もエステラも相手にしないよ」
声がした方向に顔を向けると彼女だった。
「あいつは分からないけど、僕は違うよ」
声をかけられた事に動揺し、言い訳じみた事を言ってしまった。
「そうなんだ。何時もジロジロ見てくるから、物好きかと思っていたけど、普通の趣味の人なんだ。やっぱりエステラと違って私に声かけてくる人なんていないのね」
顔を若干膨らませ、横を向いてしまう。
「そんな事ないよ。いつも可愛い娘だなと思って見てたよ」
僕は誤解されてしまったと思い慌てて、テーブルを叩くように立ち上がってしまった。
その上声の大きさも調整できなかったようで、注目を集めてしまった。
彼女の知り合いらしい店員さんも笑いを堪えた表情でこちらを見ていた。
「ありがとうございます」
こちらをからかう様に話しかけてきた彼女も予想外の反応だったのか、急に礼儀正しくなってしまった。
余りの気不味い雰囲気に耐えかねて、座って頭を抱えてしまった。
「ごめんね。こいつ偶に暴走癖があるんだ」
見かねた友人がフォローを入れてくれた。
「暴走癖ってなんだよ。そりゃあんな事言われたら否定しなきゃって焦るだろう」
「何か投げやり、やっぱり変な子だって思って見てたんでしょ」
「違うって、勘弁して下さい」
3人に囲まれ笑われてしまった。
時間も遅く、お客さんも少ないので、店員さんは仕事を上がり、なりゆきでそのまま4人で店を出る事になった。
そこで、店員さんの名前がエステラという事、そして彼女の姉だという事、そして彼女の名前がアリビオだという事を知った。
この日から、お店で会う、いや僕が会いに行く度に話をした。お互いの趣味、趣向、仕事について、交友関係など様々な事を話した。
内向的で、卑屈で疑い深い僕にとって、これだけ自分の事を話をしたのは久しい事だった。
特に仕事に関しては恨まれやすい事と後ろめたい事もしている事も若干あり、余り他人には進んで話す事は無かったので、自分でも驚いている。
彼女の大きく見開いた瞳で見られてしまうと、ついつい上弁になってしまう。
彼女の家は代々続く農家の産まれのようだ。国に与えられた土地で農業に営む両親だったが、水災で被害を受け、長女である姉は出稼ぎとして夜は飲食店で働いているようだ。
彼女自身も日中は家業を手伝っているようだが、姉を心配し、様子を見に来ていたとの事だった。
僕から見ると、ただの姉離れできていないだけに見えるが、彼女は決してそれを認めない。
以前はずっと姉の仕事中はカウンターに座り、何をするわけでもなく、姉の様子を眺めている姿を見ているので、僕にはそうとしか思えないが、彼女は頑なに否定する。
最近は僕と話をしてくれる時間が増えたが、それでも姉の姿を目で追っているのを見ると嫉妬してしまう。
何とか彼女が姉を見ないように試行錯誤を重ねた結果、餌付けが一番効果的だった。
美味しい物を食べているときは、そこに集中している。
それが嬉しくて、来るたびに色んな物を頼んでいた。
さらにエスカレートして彼女が自分で料理を頼むようになっていた。
その図々しさも可愛いと思ってしまう当たり、僕は尽くされるよりかは、我儘に振り回されるのが好きだったのだろう。
後は彼女の話を聞くのが好きだった。
いつも大人ぶっている彼女が好きだった。
その割に子どもっぽさが隠せない姿が好きだった。
いつも大したことは話をしていないのだけど、楽しくさせてくれる。
そう、彼女からも直接聞かれた事があった。
いつだかのやり取りだったか忘れてしまったが、確かそんなに昔の話ではなかったと思う。まだ魔女の恐怖にお怯えつつ、どこか他人事に思えてた頃だった。
彼女から急に話題を振られたのを覚えている。
「クラジは私の何処が好きなの?」
「いつ好きだなんて言ったっけ?」
「あら?こんなに私に会いに来るから好きだと思っていたけど、違うのかしら?」
余裕の笑みで話を振ってきた。僕をからかうのが目的だと直ぐに分かった。
彼女は僕よりも歳は2つほど下だが、どこかお姉さんのような態度を取りたがる。
「そうだね。好きだよ。特に顔が」
「はい!?」
「うん、顔が好きだって言っているのだけど」
「あれ?普通こういう時は性格とか優しい所とか、癒やされる所とか言わない?」
「うん、そうだね。いつもニコニコしていて、優しい言葉をかけてくれるし、癒やされるけど、どこが一番って考えたら、顔かなと思って」
「そんな変な事言うのはクラジくらいだよ。容姿を褒められる担当はエステラだから」
「いやお姉さんも綺麗だけど、僕はアリビオの方が好みかな?」
「髪型も雑だよ?」
「うん、子どもっぽくて可愛いよ」
「よく口元が君悪いっていわれるし、目も薄気味悪いって言われるよ」
「それは分からないけど、僕は目が一番好きだよ。魔女みたいで」
「うん、ありがとう」
僕はいつものひょうに冗談めいて話すが本心だった。
よく見ればアンバランスで、否定したくなるが、何度見ても自分にとっては好きだった。
初めに見た笑顔が脳裏に焼き付いているのが、原因でただのあばたのえくぼなのかもしれない。
理由は説明できなくても、好きなものは好きなんだ。
ただ、そんなささいな日常も、全ては魔女によって崩された。
実在する魔女によって不安になった国は、魔女狩りを強化していた。
新たな魔女を生み出さない為に、魔女と疑いのかかったものは隔離されていった。
現状は審問や処刑をしている余裕がないが、とりあえず危険因子は排除しようという考えらしい。
そして、その対象にアリビオが選ばれてしまった。
連れていかれる瞬間に僕は居合わせていたのに、何も出来なかった。
ただ作業のように身分を照会され、連れて行かれてしまった。
アリビオも僕に何も求め無かった。
うん、僕とアリビオの関係はただ同じお店を利用している常連客同士でしかない。
以前のように日常に戻って、仕事をこなしていけばすぐに忘れる事が出来る。
そう思いたかったが、どうしても諦めきれなかった。
何故なら、今日はエステラが休みなのに、お店に来ていたからだ。
そう信じられないが、僕に会いに来てくれたのかもしれない。
それに気づいたのが、遅かった。もう手遅れの段階に来ている。いや、僕は狡い人間だから手遅れになるまで気づかないフリをしていたのだ。
でも、今回は諦めきれない。
どんな手を使ってでも、確実にアリビオの疑惑を晴らすしかない。
それには魔女の真実を知る必要がある。
合法的に僕が助けられる方法は、魔女の条件を明文化して、アリビオが当てはまらない事を外部から証明するしかない。
その機会を探っていた時に志願兵の募集が始まった。
僕は迷わず志願した。
本物の魔女に会う事が最大の近道になるからだ。
そう、魔女を生け捕りにして、魔女の真実を聞き出す為に、僕は志願したんだ。
書けば書くほど、何が書きたいのか分からなくなっているのが怖いし、面白い。
相変わらず未熟で稚拙な文章ですが、読んで頂いた方には感謝の気持ちしかないです。