プロローグ
魔女は本当に存在するのか。
その真実は現在では誰にも答えられないだろう。
あの事件が起こる前までは貴族連中も討伐隊の人間も誰も信じていなかった。
民衆を騙し、批判のスケープゴートの為に生み出されたのが魔女だった。
絵を描かせ、話を作り、人々に広めていった。
その結果、魔女が生まれ、無実の弱者が殺されていった。
俺はその弱者を連れていくのが仕事だった。
倫理的に考えると間違っている行為だと分かっていた。
隊員の中には、事実に気づき心を壊していく人間を何人も見てきた。
家族から恨まれ、本人は死ぬ最後の瞬間まで俺たちを恨むだろう。
俺は死後の世界は信じていないが、あるとすれば恨み続ける対象の一人になっているだろう。
今回の任務は近隣の村にいる魔女を連行するだけの簡単な仕事だ。
王の命令を受け、俺は数人の部下を引き連れて向かった。
今回の相手は家族持ちの女性だ。
先日の川の増水事故に巻き込まれ、1人で生活をする能力を失っている。
旦那と子どもには悪いが、恐らく生活ができないお荷物を魔女に仕立て上げて、事故の不満を和らげるのが目的だろう。
今まで何百人もの魔女と選定された人間を連行するのが仕事だった。
基本的には抵抗される事はないが、それでも本人はもちろん家族からは恨まれた。
恨まれるのは仕方がないと割り切り、仕事としておこなってきた。
けれど、現場の人間も知らされてはいないが、事実として魔女なんて存在がいない事は気づいていた。
いつも現場に着き、姿を見ると明らかな弱者ばかりだった。
病気を患っているものや、仕事に就く事ができないもの、身寄りのないものがほとんどだった。
そんな人間を連れていく事に正義は無いのかもしれない、それでも国を回すのには必要な状況と判断されたから、魔女狩りは続いているのだろう。
雹から始まり、現在国を悩ませているのは大豪雨だ。
雨は必要なものだが、何事も適量を求められる。
降りやまない大雨は大地を壊していく。
作物は育たず、食料は不足していく。
川は増水により、何人もの行方不明者はでている。
人々の心は不安に満ちている。
不安に満ちた心は何か原因を作りたくなる。
日々の生活の不満も相まって、政治に向く、もっと言えば王族、貴族に向くのは必然だ。
だが、現実問題どれだけ良い君主であろうと天災には抗えないし、全ての人々に不満なく、過ごさせる事はできない。
法律やルールは人々を守る為にある訳ではない、社会を回す為にある。
いかに社会を循環させ、国という大きい存在を繁栄させるかが、王や貴族の役目だ。
そして、現王や貴族たちは魔女を造る事に決めた。
俺はその任務に忠実にこなすだけだ。
大雨の中、馬を走らせ、5人の部下を引き連れて村へ向かった。
人口は100人程度の小さな小さな村だ。
こういった村にしては珍しく若い人間が多い。
本来は農地として恵まれた土地ではあった、川がそばにあり、水に恵まれていた。
王都から遠く、住むには適さなかったが、代々農業に営む人たちがそれでも必死に生きてきた村だった。
国からも援助があり、重要な土地であった。
しかし、天災の影響で作物を育てる事が出来ない状況が続いている。
復旧には時間がかかるだろう。
その際に足を引っ張る存在を魔女にして人柱として処理をしようという魂胆だろう。
村に入る前に、馬を止め、後ろにいる部下に向かって声をかける。
「ビヤン、どう思う」
「いつも通りだと思います」
「まあ、そうだろうな」
ビヤンは優秀な男だ。
自分の意見をしっかり持ちすぎている印象はあるが、使える男だ。
「今回は家族がいるので、若干の抵抗はあるかもしれないですね」
「まあ、国の恩恵を最大限に受けている村だ。そう大きな騒ぎにはならないだろう」
「そうですね」
馬車を降りた。見張りに1人残して目的の家に向かう、歩く途中にすれ違う人々に異質な目で見られる槍を持った男が4人もぞろぞろ歩いていれば当然だろう。
再度、足を止める。いつもよりも嫌な雰囲気を感じる。
「暴れられた時は本人や家族は俺とビヤンが抑える、住民が暴れたら遠慮せずに殺して良い。今回は人数も少ない、この雨の中だ、遠慮していたら、逆にやられてしまうぞ」
「「「はい」」」
今回はケチがつきそうだ。何となく失敗はないだろうが、問題は起きる気がする。住民の雰囲気が戸惑いや怒り、悲しみなど色々な感情が大きくなりすぎている印象だ。
それは、この規模の村じゃ魔女狩りも初だからだろう。
俺の記憶でもなかったはずだ。
目的の家の前に着くと、噂を聞いていたのか旦那と思わしき人間が立っていた。
背も平均的で、体格も農作業に従事する人間としては痩せ形だ。
怯えているのか、さらに頼りない印象を受けさせる。
子どもが見当たらない所を見ると最悪の状況、いや俺たちの立場からみると当然の状況だが、親が連れ去られる姿を見せたくないと配慮したのだろう。
「私は国王軍、魔女狩り部隊のトントです。こちらに住まわれているアリスという女性に魔女としての疑いが持たれています。王の命令で王都に来てもらう必要があります」
「私の妻が何をしましたでしょうか?」
「現状は疑いという段階です、王都にいって真実を明らかにする必要があります」
「妻とは一緒に暮らしていて魔術を使う所を見たこともないですし、サバトに行っている様子もない、ましては空を飛んでいる姿も見たことがないのですが、どこで疑われてしまったのですか?」
精一杯の勇気を振り絞っているのを感じるが、同情していては仕事が進まない。
「そこは私どもでは分かりかねます。あくまでも国の命令で動いております」
「そうですか」
「それでは案内をして頂けますか?」
男は肩を落として、振り向き、自宅に向かおうとすると、扉が開く。
目の前にいる男性と遜色ない身長、腰まで伸びた髪、骨格や肉付きもよく、一見、健康的な女性が姿を現す。
しかし左足があまり良くないのか、足を引きずっている。
目的の女性にしては、若干健康体すぎるが、情報が曖昧だったのかもしれない。
「アリス!」
夫が声をあげる。どうやら彼女が目的の女性で間違いないようだ。
「アリスさんですね?私は国王軍のトントです。王の命令で、あなたを王都まで連れて行かせて頂きます」
「わかったわ」
「お話が早くて助かります。それでは行きましょう」
夫が何か言いたげにこちらを見ているが、気にせず、元来た道を歩き出す。
部下がアリスを囲むように立つ。
「アリス!」
「大丈夫よカブロン。私は魔女じゃないから。きちんと調べてもらえば開放してもらえるわ。そうよね、隊長さん」
「はい。しっかりとした審問官が対応致しますので、ご安心下さい」
「ね、安心て待っていて」
男は何か言いたげな様子だったが、逆らうわけにもいかない事がわかっているのか、無理やり納得している様子だ。
「では、今度こそ行きましょう」
「わかりました」
アリスのペースに合わせて歩いていくが、雨が酷く、路面も悪いので、どうにも進みが悪い。
アリスに至っては歩くのも困難な状況だ。
一旦、馬車を連れてきてでないと移動できない、町での反乱も無いと判断し、部下に馬車を連れてくるように指示した。
丁度近くに休憩所なのか、屋根とベンチのある所があった為、そこで一休憩とる事にした。
アリスの足では逃げる事ができないと思い、置いていこうと思った所、ビヤンが抱えて連れてきた。
3人で座り、休んでいると、アリスが話しかけてきた。
「ありがとう。意外と親切なのね」
「あなたはまだ、守るべき一般の市民だ。我々は国を脅かす物とは戦うが、むやみやたらに暴力を振るう存在ではない」
「そうなのね。この村では魔女狩り部隊と言ったら血も涙もなく、冷徹な人達と聞いていたけど、そうでもないのね」
「自分たちは上が判断した事を全力で取り組むだけです」
「ふふ」
アリスは肝が据わっている女だ。そして頭も悪くない。俺よりも良心があり、この部隊の中ではそれなりの地位もあると考え、ビヤンに話かけている。恐らく村でも重要な女だろう。
ビヤンも若干の戸惑いを持っている様子だ。国には別だが、村には必要な人間でないかと考えているかもしれない。
しかし、今話している通り、理不尽であれ上の命令には表向きは従う男だ。
普段、俺のいない所で何を言っているかは知らないが、この場では裏切る事もなく、国に連れて帰られるだろう。
ビヤンと話、安心感を得て安全に連れ帰られるのなら、それに越したことはない。
しばらく休んでいると、馬車が着いた。
再度、足が悪いアリスを気遣いビヤンが抱えて、馬車に乗り込んだ。
長い時間をかけて、王都に戻る。
王都につくと、酷い雨は変わらないが、整備された地面で、アリスも1人で歩けるようだ。
アリスを引き渡すと俺は任務を終えた達成感から、家に戻り寝付いた。
次の仕事までは時間が多少空くだろう。アリスは間違いなく魔女と判断され、処刑されるだろう。
魔女が一度処刑されれば、2,3か月は遠征のような任務は無いだろう。
後は魔女と審判される瞬間までは、大きな仕事はない。
アリスの移送から3か月が経ち、異常な豪雨も収まり、晴天が続き、平和な日々を送っていた俺に1つの指令がきた。
魔女の処刑場への移送だった。
予想通り、アリスは魔女と認定された。
いや自分が魔女であると自白した。予想の範囲ではあったが、やはり強い女性だったのか、時間はかかったようだ。
基本的に魔女は自白でしか認められない。
だが、魔女としての自覚がないもの、いや誤解を恐れずに言うと魔女でないものが自分を魔女で犯罪者だと自白するわけがない。
その為に数々の拷問や審問を受ける。
認めない限りは痛みや苦しみから抜け切れず、また人格を否定され続ける日が続く。
人間である限り魔女と認めない人間はいない。
早い人間なら1月、長い人間でも3か月絶えるのがやっとだろう。
今日は、そのアリスを処刑場まで連れていくのが俺とビヤンの役目だ。
ビヤンと合流し、最後に部屋で待っているアリスの所に向かう。
扉を開けると3か月前に見た女とは全くの別人としか思えない人物しかいなかった。
肌は荒れ果て、髪はボサボサ、それ以上に別人と思いたくなるのが、力強い目印象を与える目が完全に焦点が合っていない状態だった。
扉が開き、こちらを見ても何も反応をしない。
俺はもちろん、ビヤンの事も覚えていないのかもしれない。
ここまで変わってしまう人も少ないが、全くいないわけではない。
俺は任務を遂行するために、彼女の前まで向かった。
「魔女アリス、あなたの罪を浄化する為に向かいましょう」
アリスは顔をあげてこちらを見ると薄ら笑いを浮かべている。
口元が動いているが、何を言っているのか聞き取れない。
立ち上がると、再度薄ら笑いを浮かべるも、抵抗をする様子は見られない。
手についた拘束具の他に身体にも拘束具を付ける、その際も抵抗せずに大人しく受け入れている。
本来は呪文を唱えられないようにという名目で、叫んだり、余計な事を話させないようにと口にも器具を使う事もあるが、今回は必要なさそうだ。
身体の拘束具についた紐をひくように俺が前を歩き、アリスの後ろをビヤンが歩いた。
魔女の処刑は必ず火刑でおこなわれる、魔女の罪を火で浄化するという思想のようだ。
最近は死にきれなかったり、あまりに苦しむ姿を見せる事で首をはねてから、焼くという方法に変えるか議論されているが、今回は生きたまま燃やされる。
天気も快晴で雨の心配もない日が選ばれるが、今回も絶好の天候のようだ。
建物から外に出る間もアリスは何か呟いているが、特に害はなさそうだ。
処刑場に着く、処刑場はスタジアムのような作りをしていて、一般人にも公開される。
中央には人が張り付けられる場所があり、囲むように櫓のようなものが組まれている。
俺も引き渡した事で仕事を終え、観客の1人として席に座る。
ビヤンも姿は見えないが、どこかにいるだろう。
徐々に人が入りだし、準備も進んできている様子だ。アリスの姿も見え、十字に張り付けられている。
客席は満席に近い状況になり、準備は完全に整っている様子だ。
仮面を付けた状態で処刑人の姿も見えた。櫓のように組まれた木材に火をつける。
徐々に火は広がり、張り付けられてアリスの体を覆うように燃え盛る。
それでもアリスは薄ら笑いを浮かべながら、何かを唱えているような様子を変えない。
民衆はそれを気味悪がりながらも、魔女の処刑される姿を見て、災害に対する不安を和らげている。
火は完全に組まれた木材全てにいき渡り、櫓は崩れていく、火は勢いを増しアリスの体を燃やしていく。
このまま時間をかけて苦しみながら死んでいくと誰もが思っていた所で、雨が降ってきた。
それも急な豪雨となっている。雲が無い状態で降り始めた突然の豪雨に誰もが不安をよぎっている。
「魔女の仕業だ」
若い男の声があがった途端に周りが悲鳴を上げている。
人々は一斉に逃げ初める、我先に少しでも遠くに逃げようと、混乱と暴動が起きる。
その中誰もが存在を認識しつつ状態を確認していない事に気づきアリスの方を見た。
豪雨で火の勢いは落ち、木材は崩れ、姿は見えない、下敷きになって死んだのか、出てくる様子も見えない。
兵士の中で何人か同じことを思ったのか、近づいていく人間も見えた、若干残っている火を避けながら様子を見ていると、崩れた木材の中から手が伸び、中に連れ込まれていくのが見えた。
俺も慌てて、席を離れ、処刑場に向かった、同じくビヤンの姿も見えたが、中には一般人らしき人物も複数降りていくのが見えた。
秩序も何もない状態になっている。
完全なる混沌の世界になっている、一般人の中に魔女信仰者かアリスの関係者が複数紛れていたのか、兵士たちは複数人に囲まれて武器を奪われ、刺され、火の中に放り込まれていく、雨も一気に止み、火の勢いは弱くなっているが、人を燃やしていくには十分な勢いが残っている。
俺も応戦しているが、明らかに数が多すぎる。
一度この場を離れる必要があると判断するも味方と連携が取れない中、相手だけは統率された動きをされては離れられない。
何とかビヤンや他にいるであろう部下と合流を図ろうとするも、次々増えていく敵の対処で余裕が作れない。
次々倒れていく兵士の姿を見ながら、処刑場に目を移すと黒い影が見える。
「魔女だ!生きているぞ」
比較的近くにいた兵士が叫んだ。どうやらアリスは生きているようだ。
使命感が強い兵士は自分の身の安全よりもアリスを打ち取る事が最善と考えたのか、相手に背中を向けながらもアリスに向かってく。
槍で貫かれながらも、アリスに向かい剣を振り下ろそうとするも、集団に阻まれてしまう。
1人の男がアリスに近づく。
背は高いが若干肉付きが悪く不健康な印象を与える男だった。
兵士というよりは学者といった方がしっくりくる姿だ。
男はアリスに何か話しかけ、アリスはそれを笑顔で頷いている。
真っ黒なローブを渡し、アリスはそれを着込んだ。
アリスを囲むように人々が集まっていく、3桁は余裕で超えている人数だ。
スタジアム外からも人が集まっているようだ。
「私は魔女、深淵の魔女アリス。この国を亡ぼす魔女よ」
アリスは初めて会った時とは違った大きな声で宣言した。
宣言と同時に武装した集団に前後から襲いかかってくる。
兵士の何人かは完全に戦意喪失したようで、抵抗なく、倒されていく。
俺も生き抜くのは難しいと判断し、せめて自分自身の判断ミスで産んでしまったアリスに近づこうと覚悟を決めた。
魔女狩り部隊の隊長を任されるだけあり、俺も武芸には自信を持っていた。
ある程度の被弾さえ覚悟すれば、アリスに近づく事くらいはできるだろうと考え、手薄になっている箇所から一気に突進した。
「アリス様を守れ」
アリスの脇にいた学者風の男が声をかけ、何人もの男が近づいてくるが、俺は最小限の動きで払いのけアリスに向かっていった。
アリスはそれでも笑みを崩さない。
最後の防波堤というべき男たちを払いのけ、アリス剣を向けようとした所で、脇に立つ男が胸元から何かを取り出し、こちらに向けた。
何かを認識する間もなく、破裂音のような音と共に頭に痛みを受けていた。
高速で何かを打ち出され、頭を貫かれたようだ。
痛みで動揺しているうちに後ろから追ってきた男たちに次々刺されていった。
虫の息になった俺にアリスが近づいてきた。
「隊長さんお疲れさまです。あなた達のお陰で私は魔女である自分に気づけたのよ」
魔女はそういうと振り返り、出口に向かって歩みを進めた。
ほとんどの兵士が倒れ、魔女の味方しかいなくなった状況で、俺は薄れゆく意識の中、考えた。
本当に魔女はいたのだと。
俺は自分の世界しか知らなかったが、魔女は実在した。国がやってきた事は間違っていなかった。
俺が、俺たちが連れてきていたのは決して被害者ではなかった。
全員本物の魔女だったのだ。
自分のやってきた仕事を恥じていた部分もあったが、実際は誇れるものだったのだ。
今回も万全を期して何故、口を塞がなかったのだろうか。
その事だけを悔やみつつ、ビヤンが逃げ切り、この事実に気づいてもらう事を信じて目を閉じて最後を迎えた。
とりあえずプロローグです。
プロローグとエピローグを含めて全部で8~10話予定です。
初めて連載形式で書いてみます。
実は主人公をまだ、登場させていないのですが、どうなんでしょうか?
非常に拙い作品ですが、最後までお付き合い頂けると、凄い嬉しいです。
アドバイスなども頂けると嬉しいです。
よろしくお願い致します。