教団、震撼す
3つの勢力からの暗殺者を退けて、1か月。
暗殺者は協力する友となり、アンナの町は更に活気付いていた。
それぞれが自分の出来る範囲で、町の暮らしに貢献しようとする。
それもこれも、イオのお陰。
彼は、救世主に相応しい働きをしている。
そう感謝する町の人達は、安心して生活出来た。
そんなアンナの人達の様子は、教会を通じて全世界に広まっていた。
虐げられて来た人々は、アンナに憧れ。
『自分も住みたい』と思う様になった。
でも、現状ではどうにもならない。
唯一の希望であるイオについて、話を聞こうと。
足繁く、教会に通う者も居た。
そんな状態に目を付けたのが、〔強硬派〕である。
今ならイオを担ぎ上げて、世界を支配する事も出来よう。
何とかこちら側へ取り込もうと、あれこれ画策していた。
〔穏健派〕が、そんな動きを。
見て見ぬ振りをする訳が無い。
イオはただ、攻められたから対応しただけで。
自分から攻撃した事は一度も無かった。
つまりイオの取っている姿勢は、寧ろ穏健派寄りなのだ。
だから、イオの話を聞きに来た人達に。
穏健派の者達は、繰り返し告げた。
「イオ様は、不要な戦いを望んでいません。悪しき言葉に惑わされぬよう。」
『それだけではダメだ』と。
イオの発案で、アイが特製のビデオメッセージを作成し。
教会中に配布した。
これで直に、イオの事を知って貰おうとしたのだ。
『いずれ時期が来ます。それまで、もう少し待って下さい。決して早まらないで下さいね。』
そんな内容のビデオレターを、皆は有り難がって観ていた。
これが、強硬派には気に食わなかった。
折角の、戦力を整えるチャンスを潰されてしまう。
そこで、偽のビデオを作って。
イオのイメージを、強硬派寄りに塗り替えようとした。
『これで、我々の力を増そうではないか!』、そう意気込んでいたのだが。
連中の考えは甘かった。
イオには全てお見通し。
ビデオレターには、特別な仕掛けが施されていた。
リンネとエリカの協力で、アイも含めて3人の日常風景も織り込んだのだ。
イオだけなら人々を騙せそうだが、3勢力の実力者は国中で有名。
強硬派の描くシナリオは破綻し、その線は諦めざるを得なかった。
「如何なさいますか、【エルベル】様。」
強硬派のリーダー、【フォリュント=エルベル大司祭】は考えていた。
【サンスクリム=シャウレ大司祭】率いる穏健派は、勢いを増すばかり。
最早、猶予は有るまい。
強硬手段に出るしか……。
「各自、我の命ずる通りにせよ!」
エルベル大司祭は号令を発した。
これからの事を話し合う為。
シャウレ大司祭は供を連れて、アンナの町に向かっていた。
教団は3つの国公認の宗教であり、領地も与えられ保護されている。
治外法権の様な物で、何人たりとも干渉出来ない。
だから各国の大臣は、信者の振りをしたスパイを送り込んでいる。
強硬派にも、穏健派にも。
シャウレ大司祭はそれを百も承知、逆に利用している。
都合の良い情報だけを流しているのだ。
しかし、肝心な事は。
スパイを排除した上で、直接確かめなければならない。
だから危険を承知で、自ら足を運んでいるのだ。
そんな、シャウレ大司祭一行の前に。
アンナの町まで残り半日の地点で、案の定邪魔が入った。
「金を出せ!従わなければ殺す!」
『山賊の振りをした強硬派だ』と、直ぐに分かった。
なので、無視して通ろうとすると。
遠くから矢が飛んで来て、馬車を曳く馬の太ももに命中した。
暴れる馬、それを押さえる供。
どうやら、本物の山賊も混じっていた様だ。
どうする?
立ち止まる訳には行かないが……。
シャウレ大司祭は迷う、そこへ。
「来てみれば、やっぱりか。」
皆、声がする方を見やると。
ぐったりと倒れた、山賊達の中で。
見覚えの有る顔をした1人の青年が、そこに立っていた。
「お迎えに上がりました。」
そう言いながら、大司祭の前でかしづく者。
やはり、イオだった。
大司祭一行が襲われるのは、事前に分かっていた。
それを見越し、現行犯でやっつけたのだ。
これで強硬派は、言い逃れ出来ない。
「隠れていた山賊は、金を払って追い返しました。『穏健派に付いた方が儲かるぞ』ってね。」
「直々のお迎え、有り難く存じます。」
シャウレ大司祭は、乗っていた馬車からわざわざ降り。
イオに深々と頭を下げる。
大司祭の謝意に、イオは謙遜する。
「頭をお上げ下さい。これから話し辛くなりますから。」
そして、傷付いた馬の太ももをそっと撫でる。
すると傷は綺麗に直り、馬も大人しくなった。
その光景に『神だ』と崇める供も居た。
「それもそうですな。では参りましょうか。」
シャウレ大司祭は、イオへそう言うと。
馬車に乗り込み、町へと向かった。
「何て事をするんだ、強硬派は!」
「大司祭様を襲うなどと!」
会議では、穏健派が皆憤っていた。
「き、聞いていない!私達は聞いていないぞ!」
「エルベル大司祭の独断だ!」
アンナの町の教会に居る強硬派は、保身に走っていた。
そこでシャウレ大司祭は、イオに対応を委ねる。
「イオ様は、どう思われますか?」
『正しい判断を下してくれる』と信じていたのだ。
しかしイオは、『少々言いにくいのですが……』と言葉を濁す。
「どうぞ、仰って下さい。【視えている】のでしょう?」
「では……。」
大司祭に促され、イオは告げる。
「こちらから動かなくても、彼等は離反します。そして、地下組織として活動します。厄介なのは……。」
続けて発するイオの言葉に、教会関係者はギョッとする。
それは。
「【各国の大臣と結託する】事です。」
余りの言葉に、大司祭は動揺を隠しきれない。
『信じられん』と言った感じで、イオに念を押す。
「……間違い無いのですか?」
「はい。いずれ、そうなります。」
元々大臣は、王の席を奪おうと考えている野心家。
国家の転覆を企んでいてもおかしく無い。
しかも、強硬派も。
教会を通じて、全世界にネットワークが有る。
それを大臣に利用されたら、確かに厄介だ。
供の1人が、イオへ尋ねる。
「防ぐ手立ては無いのですか?」
「世界の歴史から、彼等の存在を【抹消】するしか有りません。しかしそれは、この世界の歴史の【改竄】に他ならない事です。」
歴史上、これは決定事項。
全てを知っているからこそ、遣ってはならない行為。
イオにとっては、苦しい胸の内。
シャウレ大司祭はそれを察し、こうイオへ言う。
「承知しました。でもここで敢えて、それを仰ったと言う事は。〔大事には至らない〕と言う事でしょう?」
「いえ、世界を2分する事態に発展します。でもそれを避ければ、真の平和から遠ざかってしまうのです。」
聞いている側が困惑する、イオの言葉。
平和の為には、一時的であっても世界の乱れが必要。
イオは、そう説いているのだ。
「隠している本音を出し切らないと、お互いに分かり合えないのです。辛いでしょうが、ご理解を。」
「イオ様がそう仰るのであれば、そうなのでしょう。」
大司祭を初めとして、出席者は誰もが悲しい顔をする。
その後告げた、《皆、人間ですから》との言葉。
発したイオの顔は何処か、儚げに見えた。
人で無くなったからこそ分かる、人として大切な部分。
列席していた、アーシェ・リンネ・エリカ・アイの4人は。
そんな顔をするイオを、見ていられなかった。
会議から帰って来た後、4人は何故か張り切っていた。
アーシェが、こんな事を言い出す。
「今日は!イオの好きな料理を、何でも作っちゃいますよー!」
「我々も何か、手伝おう。」
リンネが珍しく、そんな事を言う。
それに乗っかる様に、満面の笑みを浮かべながらエリカも。
「そうだね、イオを元気付けなきゃ!」
「お兄ちゃんに何かあげようよ!手作りの!」
アイがそう提案する。
「なら、パーティーでもするか。」
「良いねえ。」
「遣ろう遣ろう!」
4人共、『イオを何とかして励ましたい』と思っていた。
イオには、笑っていて欲しいから。
好きな人には、何時でも笑顔で。
シャウレ大司祭が、本部へ戻ると。
留守番役の司祭が、慌てて飛んで来た。
「た、大変です!エルベル大司祭が居なくなりました!」
「イオ様の仰った通りとなったか……。」
強硬派の大部分は、シャウレ大司祭襲撃の報を聞いて恐れおののき。
穏健派へと改心した。
しかし一部は、エルベル大司祭に付き従い。
地下組織を立ち上げたのだ。
「知りながらも防げないとは、因果な物よな……。」
シャウレ大司祭はつくづく、そう思っていた。




