不穏な動き、胎動
「良し、これで大丈夫。」
「お兄ちゃん、ありがとう。」
「本当に、ありがとうございます。」
「いえ。これ位の御用なら、何時でもどうぞ。」
男の子とその母親は、ペコリと頭を下げて。
嬉しそうに、イオの家を出て行った。
この世界に来て、1か月。
イオは人々の役に立とうと、町の困り事の相談に乗り始めた。
この親子の様に、おもちゃの修理を頼みに来る者や。
『作物の収穫を上げたい』と、相談しに来る農家など。
ただの世間話をしに来る人も居た。
それ等にイオは、丁寧に応じて行った。
「ささ、食べて食べて。」
「はあ……。」
量が多いけど、まあ良いか。
そう思いながら、料理を食べるイオ。
他所の家に、会食に呼ばれる機会も多くなった。
イオは本当の所、食事は必要無く。
食べても、体内で素粒子分解されて。
プラズマとして吸収されるだけなのだが。
本人は人間として生きたかったので、喜んで出席した。
会食では結構本音で話せるので、住民と仲良くなるのにも好都合だった。
イオが、この町の住人から。
必ず聞かれる事が有る。
《あなたが居た世界とこの世界、どう違うのですか?》
イオが居た世界に皆、興味津々だった。
魔法も超能力も、存在自体が怪しい。
科学も、ここまでは発展していない。
その事実を皆、目を輝かせて聞いていた。
何せ、イオが元の世界は。
自分達と同じUHで溢れ返っていたのだから。
話を聞いた人達は皆、勇気付けられた。
特別な力が無くても、平和に暮らせる。
皆、平等に。
そんな世界が在るなんて、町の住人には想像出来無かった。
「俺は、どの国にも付かない事にしているので。お引き取りを。」
想定通り、3つの国からの使者が。
様々な贈呈品を持って、イオの下へ訪れる様にもなった。
その度に、町長と司祭を列席させる中。
イオは丁重に、お断りしていた。
「そこを何とか……!」
「国の偉い方にお伝え下さい。『どの国にも付く事が無いなら、あなた方の脅威にはならないでしょう?』と。」
「……また参ります。次こそは、良いお返事を…。」
すごすごと引き下がる使者。
国に帰れば、怒鳴られるのだろう。
『申し訳無い』と、心の中で思いながらも。
イオは各国と、駆け引きを繰り広げていた。
町長はこの状況に、少々不安気。
「この様な事が、まだまだ続くのでしょうか?」
「後一月程で、恐らく痺れを切らすでしょう。そこからが本番です。」
「では、戦争が始まると?」
心配そうに、司祭がイオに尋ねる。
しかしイオの考えは、その上を行っていた。
「いえ、事を公にしたくない筈。そうすれば、取る行動は1つ。」
皆、ゴクリと。
イオの言葉を待った。
言いにくそうにしながらも、イオは打ち明ける。
「俺の【暗殺】です。」
……!
何と! 自らそう仰るのか!
町長は力強く、イオに言う。
「そうはさせません!あなたは、私達の希望なのですから!」
「俺は出来るだけ、この町の人達を巻き込みたく無い。ですから、既に策は考えてあります。」
そのイオの言葉に。
正直、皆はホッとした。
この町の住民は、戦闘力がほぼ無いに等しかったから。
その一方で、イオの力に成れない事が歯痒かった。
そんな気持ちを察してか、イオが告げる。
「あなた方が。普通の人間の様に、俺に接してくれる。だから俺は、俺で居られる。それだけで十分、俺の力になっていますよ。」
皆、頭の下がる思いだった。
『この人に付いて行きたい』、そう思わせる言葉だった。
一方、どの国でも。
イオを味方に付けられなくて、案の定焦っていた。
特に、国を取り仕切る大臣にとっては。
3つの国の何処も頂点は王だが、実質権力を握っているのは大臣。
大臣の命令を国内の領主に伝え、民を動かしている。
要するに、諸悪の根源は〔大臣〕なのだ。
しかも。
隙有らば王を打倒しようなどと言う、大それた野心も持っている。
政治力だけは有るので。
そんな厄介者も、王は許している。
それが現状。
大臣の部下は、振り回されるばかりで。
大臣に対して、余り忠誠心は持ち合わせていないのだが。
そして、とうとう。
或る国が動き出した。
3つの国の1つ、魔法の国【マギクメギト】。
動力や天候を、魔法で操っている国。
しかし自然には、なるべく干渉しない様にしている。
ここの大臣【ゾハース=メリル卿】は、活発な気性で知られる魔法の民の中でも特に荒く。
何でも強引に進めようとする。
これまでにも、自然に対し強硬に介入しようとして。
王から諫められた事が、何度か有った。
なので。
イオの件に付いても、自分の思い通りにしたくて仕方が無かった。
「どうしてあ奴は、儂の言う事を聞かん!お前達、何をやっているのだ!」
使者を怒鳴りつける、メリル卿。
弁解する使者は。
「何度も説得に当たっているのですが、何分どの様な贈り物も効果が無く……。」
「もう良い!そなた等の言い訳には聞き飽きた!」
もう我慢ならぬ!
他の国に取られる位なら……!
良からぬ考えが、メリル卿の脳裏に浮かんだらしい。
家臣に対して、メリル卿が言い付ける。
「あ奴を呼べ!今すぐにだ!」
「お呼びでしょうか。」
暫くして、1人の少女がメリル卿の下へ現れた。
早速メリル卿は、少女へ或る指令を下す。
「例の〔救世主とやら〕の件は知っておろうな?」
「はい。何でも、凄い力をその身に宿しているとか。」
「そ奴の首を落として来い。」
「は?」
『聞き間違えたか?』と思い、そう声を出してしまう少女。
しかしメリル卿は、至って真面目だった。
はっきりと聞き取れる様、滑舌を良くして。
メリル卿は告げる。
「聞こえたであろう。『殺せ』と言ったのだ。」
「そ、それは行き過ぎなのでは……?」
急な暗殺命令に、戸惑う少女。
それでも、メリル卿は。
「出来ぬと申すのか?『孤児だったお前を拾ってやった』、その恩を忘れたか?」
「い、いえ。その様な事は……。」
「だったら部隊を組織して、さっさと行って来い!二度は申さぬぞ!」
「……承知しました。直ちに討伐へ向かいます。」
「くれぐれも、我が国の仕業と悟られん様にな。」
「はい……。」
失敗すれば、私を切り捨てる気だ。
本当は人など、殺したく無いのだが…。
嫌々ながらも。
メリル卿の命に従う他無い、少女なのだった。