始まり、終わり、そしてまた始まる町
「あのー、これはどう使うんですか?」
「あー、これはね……。」
家の中の電化製品や道具について、アーシェがイオに色々聞いていた。
この町にも、科学の恩恵は多少有る。
街の住人は勿論、魔法と超能力が使えない。
科学製品は、それ等の能力無しでも。
手順さえ覚えれば、彼等でも使用出来る。
そう言う風に、科学の国の道具は作られている。
その気になれば、赤ん坊でも扱える程だ。
しかしイオの生み出した家電は、この世界では古過ぎるらしく。
逆に、使い方が分からないのだ。
この町は、3つの国の中継地点で。
各国の技術が、やや混ざり合っている物も在る。
〔水道〕が、良い例だ。
魔法や超能力で水脈を探し、ポンプで汲み上げる。
ポンプやその動力は、科学の国ではかなり旧式に当たる物が使われている。
これ等は全て。
この町を通して商いをする商人から、齎された物ばかり。
要するに、町の利用料の代わりなのだ。
各国は互いに争ってはいるが、住民同士の交流が無い訳では無い。
各地の〔特産品〕や〔ちょっとした小物〕は、その土地独自の物なので。
商売として十分成り立つ。
その商人が、取引場所として利用しているのが。
どの国にも属さない、この町である。
各国の物が大っぴらに取引出来る、貴重な場所なので。
この町への多少の技術供与も有りなのだ。
そうして、この町は生き残って来た。
ただ、この町は。
何でも有る様で、重要な物が1つだけ無い。
それは、【町の名前】。
「そういや、何で。この町は、名前を付けないんだ?」
何気無くイオは、アーシェに尋ねるた。
しかしこれは、この町では禁句らしかった。
アーシェが慌てて、イオの口を塞ぐ。
「ダメですよ、そんな事を聞いちゃぁ!」
「何で?」
不思議そうな顔をするイオ。
アーシェがイオに、その辺りの事情を説明する。
「〔どの国にも属さない〕とは、〔どの国からも無視された《存在しない》町〕と同義。そう言う事にして、戦乱に巻き込まれない様にして来たんです。」
「ふーん。でも俺が来た事は、もう知られてると思うけど。中立では居られないんじゃないの?」
もっともな指摘をするイオ。
それに対し、煮え切らない態度を取るアーシェ。
「それはそうなんですが……。」
「きっと何らかの形で、近々俺に接触して来る筈。その時、町に。名前が無いんじゃあ、ねえ。」
「うう……。」
アーシェは言葉を詰まらせる。
イオは構わず、話を続ける。
「これからの行動について、丁度。町長と、話し合いたいと思ってたんだよ。ついでにそれも、提案してみよう。」
「町長の一存では……。議会の承認がないと……。」
まだグズグズ言っているアーシェ。
イオは、涼しい顔で。
「じゃあ、議会を開いて貰おう。さて、乗り込むか。」
「強引ですね……。」
「言ったろ。『〔偏屈な心〕を変えないと』って。さっさと行くぞ。」
「あ!ま、待って下さーーい!」
アーシェは、イオに追い付くので精一杯だった。
「……と言う訳ですが、何か質問は?」
イオは、慌てて召集された議会の真ん中に立っていた。
これから予想される事。
それは、《イオの争奪戦》。
救世主と言われる位の力の持ち主なら、自分の陣営に引き込みたくなるのは当然だ。
使者がバンバン来るだろう。
それに対する、イオ及びこの町の対応。
それを話し合っていた。
「私達は、『あなたに味方する』と決めました。あなたの提案に従うまでです。」
どの議員も口を揃えて、そう答える。
「では、覚悟はお有りで?」
イオが議員達に、そう尋ねた。
神妙な面持ちのイオ、『何の事ですかな?』と逆に聞き返す。
それを受けて発せられた、イオの言葉は。
「未来の為に【死ぬ】覚悟です。」
物騒な物言いに、議員達は。
『な、何を……』と漏らしながら、ギョッとした顔付きになる。
イオは、続けて。
「交渉が決裂すれば、直ぐにでもここを攻めるでしょう。その時、民の盾となる覚悟はお有りですか?そうお聞きしたのです。」
「そ、それは……。」
口籠る議員達、彼等に対し。
呆れる様に、イオは言い放つ。
「俺に丸投げですか?それじゃあ、あなた方も。3つの国と変わらない。違いますか?」
黙って俯く議員達。
その時町長が、『あなたの言う通りです』と口を開いた。
そして議員達に、こう呼び掛ける。
「皆さん、覚悟を決めましょう。変わるなら、今しか無いのです。」
その町長の言葉で、漸く踏ん切りが付いたらしい。
議会全員の顔付きが変わった。
「では、その象徴として。町の名前を付けましょう。俺に案が有るのですが、宜しいですか?」
イオがそう問い掛けると、全員が頷く。
「では……。」
そう言って、イオが提示した名前候補。
イオの故郷の言葉で。
〔初めの文字〕と〔終わりの文字〕、その組み合わせ。
込められた意味は。
【始まりで有り、終わりで有る、そしてまた始まる】土地。
イオの提案は、全会一致で承認された。
それは。
《あ→ん→あ、それをもじって【アンナ(Anna)】。
この世界へ変革を齎す町に、ぴったりの名前だった。