この世界の《全て》を握る
アーシェに案内されて、イオは教会にやって来た。
奥の一室に通されると、そこには。
教会の司祭と、噂を聞いてやって来た町長が居た。
「お待ちしておりました。どうぞ、お掛け下さい。」
そう言うと司祭達は、円卓の周りの席へ着く。
促されるままにイオは、司祭の正面の席へと座った。
司祭の1人がイオへ、早速話を切り出す。
「大筋の事は、その者からお聞きでしょう。」
「ええ、まあ。」
「この世界は疲弊しています。誰もが平和を待ち望んでいます。どうか、お力を貸して頂きたい。」
「それは構いませんが、あなた方は?」
イオがそう尋ねると。
別の司祭が、こう答える。
「私達は、この世界をお造りになった女神様を信仰する者です。噴水の傍に、像が建っていたでしょう?」
「あれが〔女神〕ですか。」
イオはボヤーッと、像の形を思い出していた。
『はい』と返事をした後、司祭が続ける。
「我々は、女神様の教えに従い。人々の心を癒し、傍に寄り添う者として奉仕して来ました。」
「しかし、教団の中に。女神様の名の下に、武力で統治しようとする〔強硬派〕が現れたのです。」
司祭の言葉を受けて、アーシェがそう告げる。
そしてアーシェは、言葉を続ける。
「私達は、女神様の教えを尊ぶ〔穏健派〕です。強硬派の動きを監視しつつ、人々の心を癒しています。」
『それに専念せざるを得ない程、強硬派が勢い付いて来ているのです』と、アーシェは残念がる。
司祭の1人が、こう語る。
「そこで修道院は、女神様へ。救世主を遣わして下さる様、毎日祈りを捧げたのです。」
「我々、町の住民も。あなたに協力する用意が有ります。既に、住まいも用意させて頂いております。」
町長がイオへ、そう申し出る。
司祭のトップだろうか、アーシェに命ずる。
「これからはお前が、この方のお世話を。」
「承知致しました。」
頭を深々と下げ、アーシェはそれを受諾する。
司祭がアーシェを指しながら、イオへ申し出る。
「何か有りましたら、この者にお申し付け下さい。教団は、世界中に教会を構えています。情報収集などはお任せ下さい。」
「いや。情報収集なら、これが……。」
そう、イオは言うと。
徐に立ち上がって、右手のひらを床に突ける。
そして、叫ぶ。
《スキャン!》
すると、世界中の人の身体に。
僅かながら、電流が走った。
それに気付いたのは、3つの国の王だけだった。
『遂にこの時が来たか…!』、そう彼等は思っていた。
「今、何を…?」
イオの仕草に、司祭が不思議がる。
その問いに、あっさりとした感じで。
イオが答える。
「この世界を読み取りました。そして、この世界の【全て】を知った。あなた方の仰る事は、どうやら本当の様ですね。」
そんなイオの言葉は。
聞いた者には、氷の様に冷たく感じられた。
町長がイオに尋ねる。
「〔全て〕とは?」
「それ以上でもそれ以下でも有りません。一人一人の、心の内面までも読み取りました。ただ、それだけの事です。」
「「「「「……!」」」」」
イオの言葉に、出席者は絶句する。
たったあれだけの行為で、この世界の真理に到達するなど……!
いや、この方なら有り得るかも知れない。
皆、そう思った。
イオが話を続ける。
「だから、俺に隠す必要は何も有りません。何でも、遠慮無く言って下さい。」
「では、率直に申し上げます。3つの国に君臨する王、彼等を倒して頂きたい。」
町長は、そう願いを告げたが。
イオの返事は。
「それでは、何も変わりません。変えないといけないのは、寧ろ……。」
そこで一旦、イオの口が止まる。
その後、イオが発した言葉に。
皆、『心の内を見透かされている』と確信した。
「あなた方の【偏屈な心】です。憎しみ、嫉妬、軽蔑。心さえ変われば、情勢も変わる。皆、同じですよ。」
そしてイオは、こうも付け加えた。
「それを一番分かっているのは、王達ですよ。彼等を倒して、どうするんです?」
「あの方なら、成し遂げてくれるかも知れませんな。」
イオとアーシェを見送りながら、町長が漏らす。
「ええ。この世界の住人では無いあの方が、一番この世界を知っている。不思議な物です。」
しみじみとした表情で、司祭はそう言うのだった。
この町は、噴水の在る広場を中心にして。
区画毎に、商店街・住宅地・娯楽施設・教会などが有り。
その周りを囲う様にして、畑や森が広がっている。
住宅地と教会は、区画が隣り合っている。
その境目に建っている大きな家へ、イオは案内された。
「どうぞ、ご自由にお使い下さい。」
町長のお付きは、そう言った後。
自分の持ち場へと戻って行く。
『ほうほう』とイオは、家を眺める。
少し古いが、デザインはモダンな木造家屋だった。
家の中をうろうろ歩き回った後、少し考えるイオ。
「ふむ…仕方無い、元居た世界の物に作り直すか。」
そう呟くと、イオは。
『ちょっと出ててくれる?』と、アーシェを外に追い出して。
家のあちこちを触り始めた。
アーシェを追い出して、10分程経過。
『後は外観だな』みたいな事を、ぶつくさ言いながら。
イオが外に出て来る。
彼が外側の壁に触ると。
ぽわっと淡い光を放って、家は新品同様になった。
「古ぼけてるのも味が有るけど、今はこれで良いや。」
「何をされたんです?」
アーシェが呆気に取られている。
対して、イオは。
「取り敢えず、外側を頑丈にしてみた。試してみ?」
イオはブンッと、右手に斧を作り出すと。
それをアーシェに手渡す。
「本当に大丈夫ですか?」
勘繰りながら、アーシェは。
窓に向かって、恐る恐る斧を振り抜く。
しかし。
ガキンッ!
斧による攻撃は、いとも簡単に弾き返された。
『きゃっ!』と驚きの声を発しながら、尻餅を付くアーシェ。
彼女に手を差し伸べながら、イオは。
「どう?大抵の力は効かないよ。」
「でも、これだけでは分かりかねます。」
少しムッとするアーシェ。
彼女に対し、不敵な笑みを浮かべながら。
イオはこう言った。
「いずれ分かるよ、いずれ、ね。」
その後に、【あんな事】が起こるとは。
この時のイオは、既にお見通しだったのかも知れない。
その出来事は、まだまだ先なのだが……。