1話
夢から覚める。
いつも夢の最後に言っている言葉の最後が聞き取れずに目が覚める。
いつもと同じ目覚め……
そう思い博康は眼を覚ます。
いつもの地獄のような毎日の始まり。
少し違うのは今は夏休みで、学校に行かなくてもいいという事だけだ。
その日、博康は以前からの考えを、実行に移すことを決めていた。
そう、この地獄から抜け出す決心をしていた。
それは即ち死だ。
なぜこんなことになってしまったのか、本人にも全くわからない。
元からそうだったのかもしれないし、そうでなかったのかもしれない。
今にしてみれば、本当に何が原因でそうなってしまったかも全く解ら無い。
ただ、生きていくことに絶望し、生きる気力をなくしてしまっただけだ。
それで前から考えていた計画を実行に移すことにした。
計画というのは自殺するための場所を探しての旅……最後の旅に出ることだ。
色々考えた末、自分の身の回りにある事から離れ、だれも知らない所でひっそりと死んでいこうと思っていた。
それから博康は準備を整え今日に至った。
まだ家族が寝静まる朝五時、博康は前もって準備していた荷物を背負い家を出た。
東の空はかすかに明るくなり始め、夏の空気が博康の体を包んだ。
今日も暑くなりそうな一日の始まりを迎えた街は、博康以外の物をまだ静寂で包んでいた。
博康はまず駅に向かい、それから用意していた切符を確認した。
自宅から駅は歩いて二十分ほどで、その間はずっと住宅街が続いていた。
朝早くということもありほとんどの人は寝静まっており、時に新聞を荷台にいっぱい積んだ自転車が、横を通り過ぎていく位のものだった。
しばらく歩きたどり着いた駅で、切符を駅員に見せ駅のホームに降りて行った。
いつもと違うホームに立ち始発の電車を待っていた。
程なく電車が到着し、博康はその電車に乗り込みまだ人のまばらな電車の中を見渡し、人の座っていない座席に腰を掛けた。
これから人生を終わらす旅に出る博康には、どんなものも灰色に見え、すべての景色はただの物でしかなかった。
博康は県内でもかなり有名な進学校に通学する高校生で、成績優秀で、スポーツも大概のものをこなす、挙句、それなりの容姿で常に人からも信頼されているような非の打ちどころがない学生だった。
しかしいつの日からかそんな日常が続いていく事に、苦痛しか見つけ出せなくなってしまい、いつもと違う日常から逃げ出そうとする生活が続いていた。
タバコ、酒、ギャンブル、薬……しばらくはそれでも日常と違うという感覚がして生きているという感覚もあったが、しかし、どれも常習化してしまうと、今の日常と何も変わらない、非日常は繰り返す事によってそれが日常になっていくという事を知っただけだった。
それに絶望した博康は、高校2年の時に自分の死を覚悟した。
それからの数か月は、自分の死を願うばかりで何もかもが手につかなかった。
いつも思うのは、どうしてこんなにも退屈な日常をほかの人間は過ごしていけるのだろう、という事ばかりで、そんな事を相談できる友達などいなかったし、もちろんそんな事を親になど絶対に言えなかった。
そもそも博康には友達がいなかった。
いや、いなかった訳ではない。
あくまでそれは一方通行の友達意識で、博康自身はその人たちの事を友達などとは思ってもいなかった。
そんな友達付き合いしかできない自分の性格を恨む事も以前にはあったが、いつしかほかの人間を見下すようになっていた。それでも学校で孤立することを恐れていた博康は、自分以外の人間には上面しか見せずうまく付き合っていく事だけを行った。
そんな日常に飽き飽きした結果が、今の旅をする一つの要因にもなっているのかもしれない。
そして博康は旅に出たのだ。
もちろん博康には初めての旅で、今まで旅というものは年に数回行く家族旅行や、中学生の時に行った修学旅行位しかなく、一人で旅をするなどということは初めてだった。
そしてそれが最後になる旅だった。