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第六話


「や……やったのか?」

 誰かがポツリとつぶやく。


「あの化け物共がいなくなったぞ!」

 続く声に皆、歓声を上げ始めた


「大公女殿下の無事を確認しろ! 喜ぶのはそれからだ!」

 


 歓声に混じってデニスの一喝が飛ぶ。

 何人かの兵が、その声を聞き慌しく動くが、怪我をおって動けない兵達は喜びの余韻にいまだに浸っている。



「あの少年を保護しろ!」

「我々の恩人だ!」

 そうして駆け出していく兵達を、デニスが制した。


 

 

 ゾーンに入っていたエルネとは違い、他の兵と同じように外から見ていたデニスにとってエルネの動きは、まさに神業としか思えないほどの洗練された動きにも思え、相手の攻撃を完全に見切り、そして切り伏せていく姿は、御伽噺に存在する英雄にも見えた。

 


 10歳以上離れた年下にもかかわらず、彼は魅せられてしまったのだ。

 そうして兵を制止して、まずはこの場においての代表者である自分が声をかけるべきと判断し、倒れているエルネに近づく。

 


「私はデニス・ベックと申します。貴殿の助力のおかげでこの場をしのぎきることが出来ました。今はこのような形でしかお礼を言えませんが、後日必ずや改めてお礼に伺います。ぜひご尊名を伺いたく思います」

 

 

 そういって倒れこんでるエルネに向かって、肘を曲げ右手の手の平を、自分の心臓に向け簡略の敬意を払うしぐさを見せた。


 

 対するエルネは、普段であれば同じように礼儀を守るのだが、今は喋ることすら億劫な状態で何とか視線を向けるのが精一杯だった。


 

 

 無言で仰向けに寝ているエルネを訝しみながらも、再び声をかけるデニス。

「あの、貴殿のご尊名を伺いたいのですが?」


 

 しかし言葉は返ってこない。

 沈黙が続き気まずい空気が流れたところに、自分がお守りしなければならない少女とその侍女がやってきた。


「デニス! 無事であったか! うっ……ひどいなこれは……」

 死屍累々としている戦場をみて、思わず顔をしかめるシーヴ。

 

 シーヴに声をかけられて我に返り、シーヴに向き直るデニス。恐らく先ほどシーヴの安否を確かめに行った兵から詳細を聞き駆けつけてくれたのだろう。



「おお! 殿下こそご無事で何よりでございます。この場は殿下の目の毒となりますゆえ、あまり目になさらぬようにお願い申し上げます」

 最重要事項であるシーヴの無事を確認したデニスは、安堵の息と共に精霊達に思わず感謝する。

 

 

 この国では、神への信仰よりも、自然と精霊に感謝をするという、自然信仰の傾向が強く、なにか祈るときは自然や精霊に祈りを捧げる行為が当たり前なのだ。


「バカをいうな。この者たちは私を守るために命を散らしたのであろう? そのような者達から目を背けるわけにはいかん」


 

 戦場の空気に当てられ、いまだに足の震えが止まらないにもかかわらず、気丈に言い放つシーヴ。

 


「デニス様。こちらに黒髪の少年がいらしたと思うのですが、今はどちらに?」

 侍女のクリスティーナに言われて、目線を倒れているエルネに向けて答えた。



「あちらで倒れています。話しかけても反応が無く。どうしたらいいものかと悩んでおりまして……」

「なんだと! 何処かに怪我でも負ったのか? すぐに近くの街に使いを出し、医者を派遣させろ! 我が身の命の恩人だ! 死なせるわけにはいかん」

 シーヴが慌てて指示を出そうとするが、フレードリクがすでに駆け寄ってなにやら話している。



「ずいぶんと無茶をされましたね……まさか1日2回も同調を使うなんて下手したら食われていますよ? さすがに、私もそこまでの相手とは思いませんでした。申し訳ありません」

 そういって本心から謝罪し、倒れているエルネに頭を下げた。


「……」

 


 エルネは、無言で何も答えないが、目線で「お前が手伝ってくれていればもっと楽に片付いた」と、言いたげだ。



「まあ、言いたい事は分かりますけどね。あの状況でご婦人方を放っておくわけにも行かなかったのも事実じゃないですか」


 その意見にはエルネも同意する。だからこそエルネは一人で魔霊に向かったのだ。

 しかしそれでも、なにやら納得できないものが胸にあるのもまた事実だ。


「今日はこんな死体だらけのところで野宿ですか? さすがにそれは許容できませんね。近くにシュタインハットの街があります。温泉もあるみたいなのでそこで疲れを癒しましょう」


 そう言ってエルネを背に担ぐフレードリク。

 そんなフレードリクにシーヴは声をかけた。


「お、おいどこへ行く! ま、待て怪我人を下手に動かすな! 待ってろ。今、医者を呼ぶから」


 そんな声を受け足を止めるフレードリク。


「ご心配には及びませんよ。彼は精霊との同調で精神と体にかなりの負担がかかっている状態なだけです。まあ、まともに歩けるようになるのには三日ほどかかるでしょうが、王都に急ぐのであまりゆっくりはしていられませんから」



 その言葉を聞き、三人のうちの二人は顔色を変え、残る一人はなおも食い下がる。



「お……王都へ行くだと? ならば我々と一緒ではないか。それに御礼もしなければならない。是非我々と同行してくれ。このまま行かせてしまってはブレンドレル公女の名が泣くではないか。せめてちゃんとお礼がしたい。なに王都には使いを出し、お前達が遅れても咎めが無いように私から言っておく」


 今度はエルネとフレードリクが驚く番だ。

 そして、ようやく気付く。彼らの旗や鎧に刻まれた紋章にだ。


 星々をかたちどった模様に月の光を表すデザインは、まさにブレンドレル大公の家で使われている紋章なのだ。


 助けた相手がまさか大公女殿下ご一行とは思わなかった二人のうち一人は、背中に抱えている主をそっとおろし、膝を曲げ右手を心臓の部分に持って行き、敬礼の形を取る。



「大公女殿下に対し奉り、このような場にて、このような服装で拝謁することをお許しください。また、先ほど知らずとはいえ、非礼にも似た言動を取った我が身に対し、何らかの処分が下されるのは重々承知しておりますが、我が主にその罰を控えてくださるよう切にお願いいたします」


 言葉使いと態度を改め、しっかりと敬礼を持って接するフレードリクに対しシーヴは少し困ったような目線をクリスティーナに向けた。


 

 これが家で使っている使用人や、気心の知れたクリスティーナやデニスのようなものであれば「くすぐったいからよせ」とか、「何か変なものでも食ったのか?」とも言えるが、相手の態度を見る限り、どうやらちゃんとした貴族のようだ。


 

 初めて接する……───とはいえないが、外で接する貴族に対して現在、自分が最高責任者であることを自覚してどう接していいかわからなくなってしまったのだ。



 家にいたときは、外から様々な貴族がきたり、時には王族の同じくらいの歳の子と接してきたことはあったものの、外で、そして自分が最高責任者ということはなく、これが初めて最高責任者として自分が下す判断となる。


 そのことを思い、自分の一言がこの二人の命運を分けるという自覚を持ち、少し怖くなってしまったのだ



 そんなシーヴを後ろから優しく両の肩をつかみ、クリスは声をかけた。

「殿下の御心のままに言葉を発してよろしいのですよ?」

「あ……ああ、わかった。ま……まずそなた達の名前はなんと言うのだ?」


「は、これは失礼いたしました。私はフレードリク・オートレーム。そして非礼ながら、今、この場に横たわっている者が私の主、エルネスティ・ヴィクセルと申します」


「そ……そうか、そなた達はヴィクセル侯爵家の者であったか。なるほど、私でも話には聞いているぞ。精霊の一族と大層な評判だ」

 ここで一つ咳払いをするシーヴ。


「よ、よしでは、そなた達に命ずる。まず、その堅苦しい言葉遣いをやめるのだ。命の恩人にそんな言葉を使われてしまってはくすぐったくてたまらん」


「はぁ……」

 いきなりそんな事を言われて、フレードリクは困惑した。

 自分の主であるエルネならまだしも、自分は没落した貴族の子弟にしか過ぎず、成人した暁に晴れて、再び子爵位を継げる事が出来るのだ。


 

 よって彼はいわば、準爵位といわれている状態で、準男爵と大して変わらない身分であり、貴族筆頭でもある大公女殿下にもっと砕けた口調で話せといわれても、はい分かりましたなんて早々に言える訳が無いのだ。



 これが、今、横たわっている主であれば「へー、変わってるんですね。分かりましたそうお望みなら、そうしましょう」と気軽に言い放つのだろうが、さすがにフレードリクには荷が重い。


 そうして困惑していると、さらにシーヴから声がかかる。


「ど……どうなのだ! もっときっちり返答せぬか!」

 やはり慣れていないのか、命の恩人であるはずの彼らに対して思わず口調が強くなってしまった。


「はっ、わたくしは、今、現在、準爵位の身でありますゆえに、公女殿下に対し、そのようなお言葉を使うことは叶いません。また我が主であれば、殿下の御心に沿うことが叶いましょうが、残念ながら今は口を開くことが叶わないゆえ、その儀はどうかお許しください」



「むー……クリス……うまくいかぬぞ……」

 思わず頬を膨らませ、クリスに助けを求めるシーヴ。

 クリスは内心でため息を吐き、彼女に代わってフレードリクに言葉を向けた。


「フレードリク殿。貴殿のお考えは分かりましたわ。準爵位の身であるのであれば、先ほど殿下のおっしゃったことは確かに厳しいですね。考慮いたします。また、先ほど言葉遣いに対し謝罪されましたが、その件に関しまして、わが大公女殿下は不問に付すとの仰せです。ただし王都までの同行。これは譲ることなど出来ません。大公女殿下の命の恩人に対して、やはりそのまま行かせては、ブレンドレル大公に我々が叱られます。ましてやその相手がヴィクセル侯爵家とあればなおさらです。ですので、エルネスティ殿が回復なされるまで近くの街で逗留され、その後に改めてお礼を申し上げますゆえ、お付き合いくださるよう、我ら一同、お願い申し上げます」


 

 一気にここまでの言葉を出したクリスティーナをシーヴは尊敬の目で見据え、まなざしを送り、フレードリクはここまで言わせてしまってはさすがに断れず、主に目線を送り了承を得て、相手の申し出を受け入れた。



(なんか、めんどくさいことにならなきゃいいけどね……)

『エルネ温泉だって! やったー久しぶりだよ』

(お前、温泉になんて入ったら錆びるだろ!)

『大丈夫! 僕は精霊だから錆びないよ。剣だってろくに手入れもしていないのに刃こぼれしていないでしょ? 大体エルネは僕を雑に扱いすぎなんだよ。温泉くらい入れてよね』

(温泉を好む精霊なんて聞いたことないよ! あ……駄目だ……もう考えることすらめんどくさい……)

『ふふ、お休みエルネ。ゆっくり休んでね』


 そうしてエルネの思考は深く眠りに就いた。

 

                      5


 

シュタインハットの街。ここは王都の入り口の街として、多くの人の出入りでにぎわっている街だ。

 モンスリーン王都は王国内でも北のほうに位置しているので、基本ほとんどの人間がこの街を訪れることになる。


 人の出入りはあるものの、人口は4万人ほどで、規模としてはそれほど大きくなく、中規模といったところだ。


 

 全体的に石造りの建物が目立ち、街中の大きな道に関しては敷石がつめられており、整備されている。

 

 また温泉が沸くということで、王都やそのほかの地方から良く観光客が訪れ、少し西に行けば、ヴェッテルン湖という綺麗で青く澄んだ大きな湖があり人々に親しまれている。


 


 そんな街の一角にある貴族御用達のかなり立派な宿の一室で、三人の人物が話しこんでいた。


「ヴィクセル殿は大丈夫なのか?」

 30過ぎの男、デニスが口を開く。


「オートレーム殿がついてお世話をしております。大事はないようですね」

 15歳くらいの黒髪の少女、クリスティーナが答える。



「よいか、不備は無いように出来るだけ必要なものを取り揃えるのだぞ」

 小麦色の肌を持ち、アイスブルーの瞳と銀色の髪を持ち、かわいらしい顔立ちを持つ少女、シーヴが指示を出す。


 

 

 先の戦闘で倒れたエルネのために、早々にこの街に辿り着き、宿を一軒丸々借り切って、さらには医者を呼び寄せて容態の回復を図っている最中なのだ。


 

 

 この一行がこの街に着いたときは、街中が一瞬騒然とし、王国から派遣されていた街の管理長があわてて挨拶に来たほどだ。

 さらには護衛の兵士達も怪我を負っており、注目を浴びたのは仕方の無いことだろう。


 

 

 管理長は、魔霊が出たということを聞きつけ、街の警備兵をすぐに周辺捜査のため動かした。



「しかし……精霊の一族……ヴィクセル侯爵家ですか……まさかあれほどとは思いませんでしたよ」

 デニスがエルネの戦いぶりを振り返って感嘆の息を漏らす。



「そ、そうなのだ! あやつはいきなり空を駆けたと思ったら急にゆっくりと動き出し、こうやって、こうしてまるで演舞のように剣をふるってな! そしていつの間にか空にいた化け物を、そしてこう、こうして」

 小麦色の肌を持つ少女、シーヴははまるで、御伽噺か何かを見ているような、熱っぽい語り口調で、身振り手振りを交えながら語りだす。



「聞くところによると、まだ正式に叙任されていないそうです。それどころか訓練すら正式に受けていないとの事みたいです。いやはや、信じられませんよ。私も歳を忘れて思わず魅入ってしまったのですから」

 デニスとシーヴは未だ、エルネの戦いぶりの余韻から覚めず熱く語っている。それを静かに聞いていたクリスティーナが口を挟んだ。



「お二方、先の戦いを振り返るのもよろしいですが、もう一つの現実にも目を向けてください。あの戦いで亡くなった者は33名。腕や足を無くし、今後の生活に支障を来たす者が14名。それだけの被害が出たのですよ? 私としても最善の努力を払った上での犠牲であれば文句はありませんが、デニス殿?」


 

 そこでいったん言葉をとめて、視線をデニスのほうへと向けた。

 デニスは何も答えれず沈黙が流れる。



「ま……待て、クリス。そうデニスを責めるでない。な……何もデニスだけの責任ではあるまい。誰か他の護衛が気を利かせて進言していればよかったのだし、これはある意味、護衛全員の責任ともいえるだろ?」

 

「シーヴ様、お優しいのは結構ですが、軍にあっては責任の所在は、はっきりとさせなければなりません。シーヴ様の言いようですと、兵の最高責任者が人のせいにする最低のやり方と変わりありません。斥候を放たず、そのために多くの兵が亡くなり、怪我を負いました。遺族にどう説明すればよろしいのですか? あまつさえ大公女殿下であるシーヴ様を身の危険に晒したのです。とても見逃せるようなことではありませんが、私は侍女に過ぎません。シーヴ様に最終的な決断をゆだねます。大公女殿下として遺族の納得する形で彼の処遇を決めてください」



 そのようなことを言われ困ったような顔でわずかに口を閉ざし、沈黙する。



「シーヴ様、どうかお気になさらず。クリスティーナ殿のおっしゃるとおりです。私の怠慢が招いた結果なのですから……」


 デニスはそう優しくシーヴに言葉を向けた。


「し、しかしだな……その……」

 やはり歯切れが悪くなるシーヴ。

 彼女にとってデニスはクリスティーナと同じように幼い頃からの付き合いでもあるのだ。


 時々、遊び相手として、訓練とはいえぬ、剣の稽古に付き合ってもらったり、大公領にある屋敷をクリスやブレンドレル大公の目を盗んで抜け出し領内の街の見物に付き合ってもらったりとしていた仲でもあり、中々決断が下せない。



 そんなおり、扉がノックされ、クリスティーナが応対に向かった。

 残された一人は困ったように頭を悩ませ、もう一人は静かに沈黙していた。



                ───────────


「いかがいたしましたか?」

 部屋の外に出て、扉の前で待っていた兵士に声をかけるクリスティーナ。



「はっ、オートレーム殿がヴィクセル様のために何か、軽い食事はないかと御所望です」

「わかりました。そうですね……このようなご立派な宿ですと病人食はありそうにもありませんね。少々お待ちください」


 

 そうして、いったん部屋に戻り、部屋にあった羊皮紙にメモを書き込み兵に渡した。



「お手数ですが、ここに書いてある通りの食材を購入してきていただけないでしょうか?」

「分かりました。ですが、すでに日も沈んでおり市場もすでに閉まっています。手に入るかどうか……」

「大公女殿下の名において手に入れてきてください。一般の家庭であれば手に入るものでもあります。その際、相手に決して無礼な振る舞いはせぬように、金銭に糸目はつけてはなりません」

「了解です」


 

 この国の流通貨幣は主に、金貨、銀貨、銅貨、貝貨の四種類であり、職人が、この国の初代モンスリーンの肖像を彫り、それをお金としている。

 よほどの技術がないと、出来ない代物なので、偽貨を作る手間を考えたらはっきりいって時間の無駄なので偽貨防止にも役立っている。


 

 基本やり取りする側の器量に任せられているが、もし偽貨を扱っていることがばれた場合、厳しい罰が当然待っており、また金貨の重さや銀貨の重さなどで商人達は目利きしている。


 

 他の国に比べ金の含有量が高いこの国の金貨や銀貨は、海外の商人達からも好まれよく使われているので、むしろ他の国のほうが、この国の偽金貨や偽銀貨扱われている。

 金や銀の含有量の少ない金貨や銀貨を職人に頼み込み、真似をして儲けるという形だ。


 

 この国の人間で貨幣を扱う人間は、この国の彫った神業とも言える職人の技術に親しんでいるため、偽貨をつかまされたとしても、わずかな違和感を感じ、すぐに対処に講じることが出来るのも偽貨が蔓延しない理由の一つにも上げられるだろう。


 と、言っても偽貨が全く無いわけではない。やはりいつの世も、犯罪を完全に0にすることなど不可能なのだ。


 ちなみに、街で一般的に使われているのは貝貨と銅貨であり、銀貨に関して貴族の中でも騎士団に所属している人間がどうにか持てる代物で、金貨に関しては、それこそ何年も溜め込んだ人間か、裕福な貴族や商人、または王族クラスで扱われる代物だ。


 金貨の一枚や二枚程度なら、騎士団クラスでも縁があるだろうが、日常的に、となるとまた別の話になってくる。

 銅貨20枚で、大体、一週間。銀貨で5枚でおよそ一ヶ月間、家族4人がつつましく暮らしていける価値がある。


 よって精霊の力を借りて保存など一部の人にしか持てない技術を持っていない人たちは、大概はその日の食事のみの購入や、多くても精々三日分くらいしか購入しないので、基本的に貝貨や銅貨しか扱わないのだ。


 

 また規模の小さな村では自給自足と、近隣での物々交換が基本なので、金貨や銀貨にはあまり縁がない人が多いのだ。とはいえ貨幣に全く縁が無いわけではない。


 

 この国はブレンドレル大公領を見ると分かるように、西側は海に面しており、港が栄えている街がいくつかあり、また、ブレンドレル大公領以外にある山からも、金や銀や宝石の原石となるものが取れて、職人が加工して商人が売るといった、商人気質の高い国でもあるのだ。


 

 

 各村でも豊作のとき領地持ちの貴族や王族に納めた後でも、余りそうだった場合、各村で余った作物を持ち寄り、近くの街まで持って行き市場に出して売るのだ。

 例えば、こんな話がある。




「さあさあ、いらっしゃい、うちの村で採れたての新鮮な果物はいかがかねー!? どんどん手にとって見てってよ」

「ほう、珍しい果物が売っているね。美味しいのか?」

「ああ、もちろん旨いに決まっている! なんてったって家の村で精霊様に捧げてる供物でもあるんだからな」

「それは、素晴らしいな。だとしたら高いんじゃないか?」

「とんでもない、まあ多少は儲けて家族や村を楽にさせてやりたい気持ちはあるがね。それほどあこぎな真似はしないよ」

「ふむ……そうか、いや、しかし残念だ。食べてみたい気持ちはあるのだが、持ち合わせが無くてね。商売の邪魔をしたね」

「おっと待ちなよ、兄さん。せっかく興味を持ってくれたんだ、一つタダで持っていきな」

「おやおや、ずいぶんと気前がいいね。商売上がったりじゃないのか?」

「なあに、俺の本職は商売じゃなくて作るほうだからね」

「そうかそうか、明日もまだいるんだろ? きっと精霊様の加護が、明日あたり、あんたの身に降りてくる気がするな」

「そいつぁ、楽しみだ」


 中々に下々の間にまで商人の気質がしみこんでいる、そんな国だ。閑話休題。


 

 クリスティーナからメモを受け取った兵は、護衛兵の中の荷駄隊の責任者のいる部屋へと向かった。

 

 

 クリスティーナは宿の支配人を呼び、台所を借りる旨を告げ、シーヴとデニスがいる部屋に戻った。


 部屋の中ではどうやら、デニスに対しての処遇をシーヴが決めていたようだ。

 

 

「シーヴ様。どうやら処遇はお決まりのようですね。よろしければ拝聴させてください」


「う……うむ、まずデニスの財産の半分を没収する。それと今後、衣住食を最低限まかなえるだけの給与しか与えず、その差額の金額を没収した財産とともに亡くなった遺族や、今後の生活に支障をきたした兵達にあてる。給与の削減は今後5年間にわたって行われ、また公子爵位から、公男爵位に身分を引き下げる。それと同時に、現在、兵管理長の地位についているが、その役職を父上に返却し、兵管理官の位に下げる」

 そこまで言ってシーヴは不安そうにクリスに目線を向けた。まだまだ誰かの助言がないと駄目みたいだ。


 

 ちなみに、身分の上についた公子爵や公男爵というのは、大公が直臣のみに与えれる称号であり、公爵や侯爵では直臣とはいえ勝手に任命することの出来ない、大公の特別な権限の一つだ。与えれる称号は伯爵までだが、この身分はモンスリーン王国全体に通用する身分でもある。


 

 さらに、貴族の身分の引き下げというのは実は、様々な繋がりやしがらみがあり、王族といえど中々出来ることではないが、大公に限ってはそのしがらみが薄い分、直臣に限っては容易に行える。

 

 

 ただし、厳しい処置であるのには変わりは無い。

 役職の兵管理官というのは、文字通り兵を管理する役目であり、兵が略奪や軍規にそむいた場合、それを罰する権利のある、非常に重要な役目でもある。


 

 軍においての役職がきっちり決められているのは大公のところくらいで、王国などは事が起こった場合、そのつど軍の責任者が決められ、その責任者が役職を割り振っていく。

 

 

 

 基本、軍の最高責任者となるのは王族かもしくは、公か候の称号を持つ貴族で、伯が副官、子、男がその補佐に着くと行った感じだ。

 あくまで原則であり、絶対ではない。


 

 ただしこの国にある貴族の子弟からできている二つの騎士団を率いているのは、アスプルンド公爵家とベリセリウス公爵家の二家のみだ。


 

 ちなみにこの国では現在、公の称号を持つものは5家しかないが、この2家以外、無能なものばかりで王国からの信頼はかなり失われている。


 

 さらに残り3家はかつて持っていた領地を無駄に領民などに税金をかけ、苦しめたことから先代に没収されており、現在は王都の貴族区画の一番王宮に近いところで暮らしている。


 当然、3家は当時猛反発を起こし、あわや内戦というとこまで行ったのだが、貴族筆頭である大公をはじめとした、残り2家の公爵家と精霊の一族と謳われたヴィクセル侯爵家。

 

 そして、国王直轄で、国王にしか基本動かすことの出来ない、当時の精霊騎士全てが王の側へ付いたので、無能を体現していた3公爵に対抗できるはずが無く、地位や命が奪われるよりはと、大人しく領地をさしだしたのだ。


 

 この程度の判断はあったらしい。当時の国王は苦笑しながら「害虫を退治し損ねたわ」と近臣の者に漏らしたと言われている。

 

 これによって地方分散型の権力から、中央集権の傾向が強くなり、王族の権力が強まったのだ。

 

 

 当時の領民達の喜びは凄まじく一ヶ月間は連日連夜お祭り騒ぎで、英断を下した王に感謝をし、毎日のように領民が王都に供物を捧げに来たといわれている。閑話休題。



「それらは、シーヴ様お一人でお考えになられたことですか?」

 とわずかにデニスに目線を向けたが、デニスは沈黙したまま答えない。



「あ……ああ、もちろんだぞ。私が一人で考えた末の結論だ」

 クリスティーナは思うところはあったものの、主に対して疑いの念を持つことは良くない事だと戒めて、自らの考えを口にした。


「そうですね。シーヴ様がそのようにお考えならば特に口を挟むことは無いですが、身分の引き下げに関しては、さすがにシーヴ様の権限を越えております。この件に対しては、ブレンドレル大公の判断を仰ぎましょう。また役職に関しましては、兵管理長の役を解くというのには反対はいたしませぬが、代わりの人材に目処が立っているのでしょうか?」




「うっ……いや、それは……デニスの副官の一人から選べば……」

「それでもかまいませんが、彼らにそのような役が務まるほどの器量がありますか? 今回つれてきた護衛の中で最も経験の豊かな人材はデニス殿のみであり、彼を補佐する三人の副官は経験をつませるという意味で、まだ成人したばかりのものや、せいぜい20前の人ではありませんか。デニス殿。彼らの中に今の貴方の地位を任せられるほどの人材はおりますか?」




「さすがに……胸を張ってこいつだと薦められる者はいませんね……」

 とても15歳の少女とは思えない思考と判断に、デニスはさすがに驚かされる。

 さすがは、大公女殿下御付きの侍女だ。



「分かりました。今から、人をやって大公領から呼び寄せるわけには行きませんし……でしたら権限はそのままでも、かまわないと思いますが、財産の没収と給与の削減。これについては特に意見することはありません。妥当なところというところですね。私の意見は以上です。後のご判断はシーヴ様にお任せします」


 

 

 当然、クリスティーナとて馴染みであるデニスを苦しめたいわけではないが、シーヴの教育係ということもあり、あえて厳しい判断を下せるように、シーヴを促したのだ。

 いずれ、大公領を継ぐ身として、私情に流されること無く、多くの人が納得できる判断を身につけてもらうために。


 

 そういった意味では今回、デニスの責任の所在を明らかにしなければならないのは事実だが、ある意味当て馬に使われたとも言える。


 

 

 よって、財産の没収と給与の削減を遺族や今後の生活に支障をきたしたものに与えることのみを良しとして、身分の引き下げや役職の引き下げにわずかながら異を唱えたのだ。

 そこは、少し非情になりきれないクリスティーナの甘さともいえるだろう。

 

 

 彼女とてまだ15歳の少女なのだ。そこまで望むのは酷かもしれない。ましてや、彼女は大公女殿下御付きの侍女とはいえ、何か特別な権限があるわけではないのだ。

 主は大公女殿下であり、自分は従に過ぎないということをちゃんとわきまえている。


 

 そこでデニスの件は一応の決着を見せる。

 そして場が落ち着いたときに、シーヴから恩人達の安否が気遣われた。



「それで、ヴィクセル殿とオートレーム殿の様子はどうなのだ?」

「大公女殿下のお立場でヴィクセル殿ならまだしも、御付きであり、しかも準爵位のものに対して、そのように丁寧に発言されては、あちらが恐縮してしまいますよ。おそらく呼び捨てでかまわないかと思われます」

 デニスが優しく諭すが、シーブは頭を悩ませる。



「むう……難しいものだな……」

「いい機会ではありませんか。領内ではあまり経験できることではありませんし、大公様もシーヴ様を甘やかし、教育を少し疎かにしすぎたのではないかと心配しておりました。この機会に大公女殿下としての振る舞いを身につけ、お父上を驚かせましょう」

 そう言ってわずかな笑みをシーヴに向けて、さらに言葉を続けるクリスティーナ。



「どうやら一応食事を取れる程度の体力は回復したみたいですが、それ以外のことは分かってはおりません。後ほど食事を届けに行く際に様子を聞こうと思います」

「そうかそうか、それは良い兆候だ。オ、オートレームの話によると三日間は歩けないといっていたが、あの戦いからまだ数時間しかたっていないではないか。さすが精霊の一族というべきだな」

 慣れない他人を呼び捨てにすることにわずかな抵抗を見せたものの、食事を取れるということを聞いて喜ぶシーヴ。



「しかし……それほどのものであるのに、従者が一人しかいないとは変ですね……」

 デニスが疑問を投げかけた。



「ヴィクセル家の名をかたっている……可能性は低いですね」

 ヴィクセル侯爵家とは、あくまでフレードリクの口から聞いたものだけであり、証拠は今のところないので、クリスティーナは少し疑いの可能性を持ったが、それを頭から振り払う。


 

 フレードリクの見せた仕草は、貴族の礼式にのっとったもので、少なくても一定の教育を受けたものであることが見受けられる。また、先の戦いにおいて見せた、エルネの戦いぶりからもヴィクセルの名にふさわしい戦いぶりだと認識される。

 戦いに素人の彼女ですら、彼の戦いぶりに魅せられた一人なのだ。



「まあ、すぐに分かることだ。クリスよければ彼らの食事の際に私も同行しよう」

 かなりの好奇心にそそられたシーヴだが当然断る。


「シーヴ様、すでに日が沈んでからだいぶ経ちます。もう部屋にお戻りになってお休みください。今日は色々とあって疲れているはずです。あまりご無理をなさってはいけません。それにヴィクセル殿の周りをお騒がしくさせては、治るものも治りませんよ?」

「むう……しかしだな……」

「シーヴ様、クリスティーナ殿のおっしゃるとおりです。もうお戻りになってお体をお休め下さい」

 デニスにまで反対意見を言われ、しぶしぶ諦めるシーヴ。




「それでは御寝所までのお見送りは今日はデニス殿にお任せいたします。私は少々用事がありますので頼めますか?」

「分かりました。さあ、シーヴ様参りましょう」

「わ、わかった。よいか明日の朝に必ず結果を報告するのだぞ?」

「承りました。それではお休み下さい」

 そう言って、クリスティーナは部屋の外までシーヴを見送った。


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