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第五話


 ソードの力が自らの体に溶け込むことを実感するエルネ。

 その駆け巡る力を使い、空を駆け上がる。


 厳密に言えば飛んでいるわけではないが、外から見ると、飛んでいるようにも見える。が、両の足を動かしているので、駆けるといったほうが正しいだろう。


 そして空気をふみ、空を飛んでいる魔霊に一気に駆け寄る。

 急に近づいてきた、敵意のある相手に魔霊は驚くも、風の力を使いそれを放つ。


 無数の刃が、エルネに襲い掛かるが、エルネは今までのスピードを急に緩め、ゆっくりと歩く。

 そして、静かに、最小限の動きを持って、正中線を維持して、風の刃に向かって歩き出した。


 隙間が無いほど埋め尽くされた風の刃を、片手に下げているソードを使い一振り、二振り、三振りとわずかな動きを交えて振っていく。


 凄まじく緩慢な動きにも見えるが、まるで流れるような演舞を見ているようでもある、その動きに、地上にいる兵やシーヴたちは思わず魅入られた。


 そしてゆっくりとした時間を思わせる流れの中で、いつの間にか、まるでそう決められていたかのごとく、エルネは魔霊を自らの間合いに呼び込んでいた。


 魔霊自身もおそらく驚いたであろう。


 ついさっきまで自分は上空を自由自在に駆け巡っており、あの人間が空を駆けるような速さで自分に近づいてきたのは分かっていたのだ。

 ゆえに、風の力で現在、この空を支配している自分の力を見せつけ、悔やませてやろうとし、それを叩き付けた。


 結果相手の足は止まり、自分より低い位置で足止めされていた。

 その後は、ゆっくりではあるが、自分に近づいてきているのは分かっていた。だがやつの間合いでは自分には届かない。

 

 剣など、人の持つ武器の中では最も間合いが短いものの一つだ。

 弓矢や、先ほど感じた、水の精霊にさえ、気を配れば、恐れるるに足りない。

 そう思っていたにもかかわらず、なぜ自分はやつの間合いにいるんだと。


 そしてその人間は自分の頭上から、手に持つ武器を真っ向に振り落とした。


 一瞬で文字通り体は引き裂かれ、わずかな熱さと痛み。それを感じつつ、二匹目の飛行型の魔霊は虚空に消えていった。



 エルネのしたことは何も特別なことではない。

 相手の思考を読み、一手から二手先へ、二手先から三手先へ、そして十手先を読み、自らの体の動きを使い相手を誘導して、間合いに呼び込んだのだ。


 とはいってもこの技術を使えるものが王国にどれだけいるか……ある意味、かなりの高等技術だ。


 そして、魔霊を屠ったエルネは、地上に戻り同調を解いた。


『エルネ大丈夫?』

 少しだけ心配そうにソードが声をかけてきた。

「大丈夫じゃないよ。頭は痛いし、体はだるいし……」

 思わずぼやくエルネに金髪の少年───フレードリクが苦笑しながら声をかけてきた。



「お疲れのところ悪いんですがね、エルネスティ様、前のほうでまだ戦闘は終わっていませんよ? 早いとこ片付けないと人死にが増えます」

「だー! お前は僕の従者で護衛だろ? 少しは働こうって気はないのか!?」

「このご婦人方を守れとおっしゃったのはエルネスティ様じゃありませんか。俺は職務を全うしていますよ。それに前のほうに感じる魔霊の気配は、多少数は減ったものの10は超えております。手伝ってもよろしいですが、ご婦人方の守りが薄くなりますよ?」



「こりゃ本格的に明日は動けんな」

 思わずぼやきながら、それでも今度は前のほうにかけていくエルネ。


 動ける兵士達はその姿を見て思わず我に返り、シーヴの周りを固めた。

 そしてフレードルクにわずかな警戒心を見せたが、窮地を救ってくれた恩人でもあるので、敵ではないと判断する。


 そんな兵士達を見てさらに苦笑するフレードリクだった。


                ─────────────


「くそ! 隊列を乱すな! 大公女殿下はどうなった? 無事安全圏に抜けたのか!?」


「確認できません! 報告によると飛行型の魔霊が公女殿下の乗っている馬車を襲ったと報告も耳にしております!」


「バカな! 飛行型の魔霊だと! ここから兵を公女殿下の元へ向けろ!」

「しかし、これ以上兵が減れば戦線が崩れる恐れが」

「バカか貴様は! 公女殿下をお守りすることが第一の義務だろ! 20人ほど連れて行け! 残ったものでこの化け物どもを足止めする!」


 そういうと、デニスの周りにクリスティーナと同じように水球が出現し、魔霊たちを襲うが、魔霊たちも火や水、土などの力を使い、対抗してきた。


 精霊術師一人と、精霊そのものである魔霊10体。味方はすでに劣勢状況にある兵たちだけ、もはや戦線の崩壊は時間の問題である。


 しかし水球を囮にして、馬を走らせ、魔霊の一体に近づくと、四足型の鳥のような顔を持つ相手に馬上から槍を突き出す。


 見事にそれは魔霊の体を貫き、虚空へと追いやるが、二足型で灰色の肌を持ち、腕は無く顔もない胸から触手が一本だけ映えている魔霊がその触手を使って、鞭のようにしならせデニスを襲った。


 デニスはその衝撃を受けて、馬上から転がりおち、別の魔霊が炎の塊を彼に向けようとした瞬間、その魔霊が袈裟懸けに切り伏せられた。


「がっ……ごほっ…な、何が起きた。」

 痛む体を駆使して、何とか立ち上がり状況を確認すると、この戦場にはそぐわない黒髪の少年がいつの間にか魔霊たちのど真ん中に立っていた。



 白いシャツに、茶色いベストを着ており、下はそれなりの仕立てと思えるズボンとブーツ。

 ここが戦場でなければ何処かの貴族のお坊ちゃんというところではあるが、手には見慣れない剣のようなものを持っていた。


「1、2、3、4……──8体かぁ……うわーしんどいなあ」

『ぼやいている暇があったら手を動かす』

「はいはい。それじゃいきますか」


 瞬間、エルネは駆け出す、さっきとは真逆の動きだ。


 まず手始めに近くにいた、二足型のかなり横幅の大きい豚のような顔を持つ魔霊の間合いに入り込み、しっかりと大地を踏みしめて、大地から伝わる力を体全体にいきわたらせて、左足を低い姿勢から一瞬で斬り裂いた。


 魔霊が低い悲鳴のようなものを上げて大地に崩れ落ちる。そして続いてそのまま相手の体を斜めに切り上げた。

 バランスを崩し、倒れる重みもあって、一気に切り裂かれ虚空に消えていく魔霊。

 

 

 続いて、四足型の虎のような大きさを持ち、巻き型の角を持つヤギの顔をした魔霊に襲い掛かるエルネだが、口から、火の玉を繰り出してきた。


 それを半身になり素早くかわしつつ相手の懐に飛び込もうとしたが、先ほどデニスを襲った魔霊がその触手をしならせ、エルネを襲う。



 エルネは上半身のみを器用に後ろにやり、その触手を避け、攻勢に転じようとしたが、手が四本ある魔霊が咆哮を上げ、無数の風の刃を繰り出してきた。


 ソードを先ほどと似たように、振り、風の刃を相殺するが、地面から土の槍が勢い良く飛び出してきて、集中が途切れる。



「あー! うっとうしいよ! こいつら!」

『だから同調すればいい話じゃないか!』

「さっきしたばっかなのにもう一度やったら食われちゃうよ!」

『少しだけ控えめにすれば問題ないよ。その辺の調整はもう覚えているんだろ?』

 

 

 内心舌打ちしながら、エルネはそれしか手がないと判断して同調を開始する。


(力を貸してもらうね)

『ああ、力を使いなよ』


 

 そして世界がゆっくりと動き出した。

 音が消え、色が消えて、自分の周りの魔霊以外の存在が消えていく。

 先ほど使った力とはまた別の力だ。

 

 ゾーンと呼ばれている状態だ。


 

 脳が不必要な音や色をあえて遮断し、必要な情報だけをより正確に把握しようとして起こる現象の一つだ。

 普通の人でも修行によって辿り着ける境地の一つではあるが、エルネはソードの力を借りなければ、まだこの状態には至れない。



 また普段、使わない脳の力を活用するので、この状態を無理に続けると、精霊に食われなくても廃人になってしまう危険性がある。


 ましてやエルネは自分自身の力でこの境地に至っているわけではないのだ。

 その負担はかなりのものだろう。



(早めに決着を付けないと……) 

 とはいえ、身体能力が格段に上昇したわけではない。

 感覚がゆっくりになっているだけで、その中で自分だけが早く動けるというものではないのだ。


 

 それでも、エルネは自分だけが感じているゆっくりとした世界の中で自分の体の動作を感じながら相手の攻撃を読み見極めながら間合いに近づいていく。


 音速を突破してるのではないかと思われる、触手振るう魔霊に、その軌道を見切り、ソードの間合いに入って横一文字に切り裂く。


 

 瞬間、火の玉が彼を襲ってきたが、エルネはすでに回避行動を取っており、最小限の動きでかわし、駆け出して火を吐いた魔霊の間合いに入り込む。


 

 四足型のその魔霊は、前足を突き出してくるが、右足を軸に、体を半回転させ回避すると同時に、その勢いを持って先ほど屠った魔霊と同じように横一文字に相手の顔を切り裂き、二の太刀で相手の顔をさらに袈裟懸けに切り伏せた。



 そうして残った魔霊たちも全て虚空へと消えていき、ようやく魔霊の気配が全て消えた。


 

 それを確認したエルネは思わず大地に体を投げ出した。

「もう無理! 絶対無理……あー気持ち悪い、吐き気がする。動けない……眠りたい」

『情けないなあ、初代ならあの程度鼻歌交じりであしらっていたのに』

「どんだけ化け物なんだよ。我が家の初代は……」

 


 そして彼の戦いぶりを見ていた兵達は、ここでようやく戦いが終わったことを認識した。


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