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第十四話


 意識を取り戻し、わずかに目を開くエルネの視界に光が舞い込みその眩しさに思わず目を瞬かせる。

 そして思考を回復させ、倒れながらも体の動きを確かめ、少しずつ肉体面も覚醒させていく。


(……ソード僕は生き返ったのかい?)

 ソードに思わず訪ねるエルネ。


『生き返った……といえばそうなるのかな? ふふふ』

 笑みを漏らす口調でソードはエルネの問いかけに答える。


(なんか含みのある答えだね)

 呆れながらエルネはぼやきつつも、ゆっくりと立ち上がる。


『そうだね、もっと正確に言うなら、確かに君は一度死んだよ。肉体面においてはね』

(どういうこと?)

『あの時、僕が君に答えなかったのは君を僕の中に取り込むタイミングを見計らっていたのさ、本当に賭けだったよ。うまくいったのは奇跡に近かった。あの男君を殺すタイミングが完璧すぎたし、僕も駄目かと思ったけど本当にギリギリでうまく言ったよ。そう何度も出来る技じゃないからね。死んでもまた僕が何とかしてくれるなんて思わないでよ。あんなの二度と出来ないから』


 エルネはソードの言葉の意味をゆっくりとかみ締めて少しずつ理解していく。

 そしてソードが何をしたのか彼は気付いた。


(……僕を喰ったんだね……)

『そういうこと。いやー君の意思が弱くてもあのまま死んでいたし、こっちもドキドキだったよ』

 エルネはお前の体の何処に心臓があるんだ! と思わず突っ込みそうになったがそれを抑えて、ようやくソードが何をしたのか分かったのだ。


 肉体面で頚動脈を切り裂かれ失血し、意識が闇に飲まれる直前にソードは同調を上げ、エルネの精神を取り込み、精神面で保護したのだ。


 ゆえにエルネは完全に死ぬことはなかったが、ソードの言うとおりかなり危険な賭けでもあった。

 そのままソードに取り込まれ戻って来れない可能性があったのだ。いや、むしろ戻って凝れないのが当たり前だ。


 エルネが戻ってこれたのは、大切な人を悲しませたくない、守りたい、その強烈な思いがあったからこそ戻ってこれたのだ。


 家を出る前の、ただなんとな巻き込まれ、ソードを使ってきた頃のエルネでは間違いなく戻ってくることはなかっただろう。


 しかし、大公の船で決断を迫られ、そして死ぬことによって何を失うのかをはっきりと自覚した彼は、その意思によって戻ってくることができたのだ。


 気付くと切り裂かれた頚動脈の傷がふさがれている。


(……傷が……)

『僕の力の一つだよ。あの程度であれば再生することも出来るさ。時間はかかるけどね。普通はあのまま死んじゃうけど、その前にうまく取り込めたから本当に今回は運がよかったよ』

(だって今までそんな力なかったじゃないか!)


『君はほんとに気付いていないのかい? 王都での訓練で何回骨を折ったと思っているのさ。大魔霊の戦いの後だって君の姉さんと立ち会える事なんてあの怪我じゃ普通出来ないんだよ?』


 つまり自分でも知らない間にソードにエルネは守られていたのだ。


(ソード……ありがとう。それとごめん。君の中にいたとき、君に罵声を浴びせるような真似をして……)

『あははは、気にしなくていいよ。それにね僕は凄く嬉しいんだ。僕の秘密を知ってもなお受け入れてくれた君がね。さ、あまりお喋りをしている暇はないよ。ほら、君が守りたいものが失われちゃ戻ってきた意味がないだろ?』

 ソードにそう促されて、視線をやると賊達が大使達に襲い掛かる寸前であった。

 そしてエルネは、それを見て集中する。


(ソード力を貸して)

『力を貸すよ』


 とたんにエルネから凄まじい力が溢れる。単純に筋力が増えるなどというものではない。知覚できる範囲が一気増えて、後ろにすら目があるような感覚だ。思考が今までよりもさらに強化され、クリアになる。

 まるで自分に出来ない事がないそう思わせるような力の奔流がエルネの中を駆け巡る。


 あまりの強さにエルネは思わず戸惑うも、あまりもたもたしていられない。ゆえにエルネは相棒を握り締めて駆け出し、そして一瞬で賊の下に辿り着き間合いに入った賊から切り捨てていった。


突然包囲網が崩れて、にわかに混乱する賊達、当然その中には賊の頭であるロニーとレンナルトも含まれていた。


「な、なんだあ? おい何がおきてやがる!」

 目線を騒がしくなっているほうへと目を向けるロニー。

 視界に入ったのは影のようなものがうごめき、気付いたら手下たちが血を撒き散らして死んでいく姿であった。


「お、おいレンナルト!」

 思わず隣にいる男に声をかける。

 ロニー自身何故声をかけたのか分からず、明確な指示が出せないでいる。

 今、この場において最も頼りになる男にすがっただけに過ぎないのだ。


 手下達は何故自分たちが切り裂かれていくのか把握すら出来ないまま、気付けば肩から腰にかけて分断され上下が分かれる状態でそのまま死んでいく。


 あるいは胴を真っ二つに切り裂かれて上半身と下半身が分かれていく。

 首が跳ね上げられ自分の体を眺めながら意識が闇に飲まれていく。


 叫び声を上げる暇すらなく次々と絶命していく賊達。

 やがて、エルネが賊の包囲網を突破して大使の下へと辿り着いた。


「エスタニアの大使の方で間違いはございませんか?」

 体中に返り血を浴び、静かにそう言い放つエルネは、他の人から見れば修羅のごときの姿ではあったが、その目から溢れる光はどこか安心させるようなものであった。


「そなたは……」

 ずっと船室に隠れていたのでエルネの事を知らなかったのだあろう、先程賊を相手に威勢のいい言葉を放っていた、大使の御付きの侍女がそう問いかける。


「は! モンスリーン王国所属、アステグ準伯爵、アルノルド大公の命によりお迎えに上がりました」

 言葉が耳から入り、脳で理解していく。

 侍女は思わず喜び、祈りの言葉をつぶやくが、賊の包囲の一角を崩しただけであり、それほど喜べる状況ではない。


 それでも、絶体絶命ともいえる状況においての頼もしい味方である。


「太陽神ルーよ、感謝いたします。我らに光を与えて下さったこと、我らは決して忘れません」

 一瞬目を瞑り、そして再び言葉を紡ぐ。


「アステグ卿。このような状況で良くぞ来てくれた。そなたにも感謝を」

「いえ、礼には及びません。エスタニアは我らにとって大切な客人でありますゆえ。当然事です。未だ賊は残っているので、しばらくの間周りを騒がしくさせることとなりますが、どうかお許しください」

 エルネはそう言い放つと自分達を囲んでいる賊達に向き直り血に濡れたソードを青眼に構える。


 エルネの先程の実力は賊達にとっては嫌というほど見せ付けられているので、賊達は思わず尻込みをした。


「……クソガキがいきがってんじゃねえぞ!」

 後一歩のところで邪魔をされたロニーは周りにいた魔霊をけしかけた。

 正確に言えばレンナルトがけしかけたのだが、エルネはその場で一振りしただけで、魔霊は間合いに入っていないにも拘らず虚空へと散っていく。


「……おい、レンナルトどういうことだこりゃ? あいつは死んだんじゃなかったのかよ!」

「マジ?」

 へらへらと笑いながらレンナルトはそう言い放つ。


「何がマジなんだよ? 聞いてるのはこっちだろ!」

「あーいや落ち着けロニー、いいか? 逃げるぞ!」

「バカいってんじゃねえ! 怪我人のクソガキ一人にいいようにやられてたまるかよ!」


「僕もお前達を逃がす気はないよ! 死ね!」

 いつの間にかすぐそばにいたエルネがロニーの首があっさりと跳ね上た。


「……こりゃ背中を見せて逃げるわけにはいかねえよなあ……」

 レンナルトが周りを見渡すと生きている賊はもはやレンナルトただ一人であった。


「邪霊憑きは見つけ次第処罰の対象だからね。さっきみたいにうまくいくなんて思わないでよ」

 最初に対峙したときは恐怖しかなかった。

 どのように切り込んでも自分が殺されるイメージしかもてなかったのに対して、今はなぜかそのイメージが消えている。


 さすがに勝ち筋を作り出せるほどではないが、間違いなく恐怖は消え相手をまともに見ることが出来たのだ。


「……見逃してくれねえかな……お仲間だろ?」

「何!」

 瞬間、レンナルトの足元から影が膨れ上がり御伽噺のような悪魔の姿を形どる。


「いけるか? オンブレ」

 軽薄な口調でこの場にはいない誰かに問いかけるレンナルト。そしてレンナルトに答える声はこの場にいる全員に響き渡る。


『オマエガ、オレヲダスナド、イツイライダ……?』

 どこが聞きづらく思わず耳をふさぎたくなるようなキーキーとした声で影がレンナルトに言葉を向けた。


「以前に少しだけ世話になったろうがよ。まあ、ちゃんと完全体で出すのはほんと久しぶりだろうがな。そうも言ってられねえんだわ。まさか完全同調とはね……ヴィクセルってのはほんと厄介だ」


「……それがあんたに憑いている邪霊なのかよ」

 高さはエルネを大きく超えており、相当な高さだ。

 体は真っ黒くまさに影というのを表しているが、その形は翼があり、顔らしきものには赤い光点が二つ並んでいて、目を思わせるが口や鼻は全くない。


「さて、お喋りはここまでだ。ヴィクセルの坊や。少しばかり厄介になりそうだからな死んでもらうぞ」

 へらへらとした笑みはそのままだが、軽薄な口調ではなく、真剣味を帯びた口調だ。 

 レンナルトがそういった瞬間、影が手に当たる部分から爪らしきものを八本エルネに向けて切り裂くように振るってきた。


「なっ!」

 後方に飛びのきつつ、さらに追って来た爪をソードを使ってはじいていく。

 その隙にレンナルトがいつものごとく気配さえ感じさせずにエルネのすぐそばから、両の手に持ったナイフを縦横無尽に振るっていく。


「このっ」


 その全ての軌道を予測してソードで受け止め、あるいははじき返すも反撃する暇がない。一手間違えれば再び絶命すると思わせる攻撃だ。

 それでもエルネは、圧倒的に手数で負けているのにも拘らずその全てを防ぎ、かわし、はじき、命を繋げていく。


(もうあんな思いをするのはごめんだ!)

 エルネは心から溢れる思いをそのままに、反撃の隙を狙うが、やはりそれほど相手は甘くはない。

 それどころかどこか余裕すらあるように思える。


 一瞬の隙を突き、相手のナイフをはじいた勢いをそのままに上段から振り下ろすエルネ。

「これで!!」

 短い呼気ととも放たれるその攻撃はタイミングとしては完璧に近いものがあったが、レンナルトは二つのナイフを交差するようにそれを受け止めた。


「ほんと傷つくなあ……こんな子供にあしらわれるなんてよ。世の中理不尽だよな」

「ついでに体も傷ついてくれると嬉しいんだけどね!」

「そいつあ遠慮したいな! オンブレ!」

 さらに影が爪を大きく伸ばし、エルネの背後から思い切り突き立てようとした時、エルネの体から白いもやがあふれ出てその爪を切り裂いていった。


「ナニ!」

「やべえ!」 


 影が驚きをあらわにし、レンナルトも間一髪のところでその白いもやに触れる前に後方に飛びのく。

 エルネの黒い髪が全て白くなっており、またエルネの黒い瞳が赤くなっていく。

 わずかに口元には牙のようなものが生えている。


 エルネ自身は鏡があるわけではないので自分の姿に気付いてはいないが、おそらく誰かがエルネの今の姿を見るとこう思うだろう。


 邪霊憑きと……

 しかし、エルネは狂気には支配されていない。


「これ……きついよソード」

 思わずぼやくエルネ。


『いきなりの完全同調だからね。並みの人間ならとっくに喰われている。でもぼやいている暇はないよ』

 ソードがそう注意を向けると、いつの間にか影が消えており、その代わりレンナルトが黒いオーラのようなものを纏っていた。


「へえ……まだ使いこなせていないんだな……」

 琥珀色の瞳を向けながらエルネに向かってそう言い放つレンナルト。


「なにを分かったような事を言ってるんだよ!」

 使いこなせていないという一言がエルネのプライドを傷つけたのか、エルネは怒りをあらわにして睨みつける。

 レンナルトはエルネがまだ、完全同調の力を使いこなせていないことを見定め方針を変える。

 確かにエルネは強い力を手に入れたが、その強い力を完全に制御できていないのだ。

 とはいえ、下手に刺激すれば何が起こるかわからない。


 あの武器の精霊をお仲間だと思ったのだが、どうも様子が違うのだ。 

 ゆえに下手に無理をするわけにはいかないと思い、自分に憑いている精霊の力を解放した。


 黒いオーラが膨れ上がり、エルネをそしてエルネの後ろにいるエスタニアの大使達すらをも巻き込もうとして触れるものを塵に変えていく。


 円形状に広がるそれは、船の甲板を、帆柱を次々と塵に変えていき、まずエルネを巻き込もうとさらに広がりを見せる。


「あばよ、ヴィクセルの坊や。生きてたらまた会おうなー」

 そんな声が聞こえてきたが構っている余裕はない。


「あいつ!」

 歯噛みしながらもエルネは精神を集中させていく。

 エルネの体から溢れた白いもやがエルネの構えたソードに集まっていく。

 脇構えの構えから、エルネは力を溜め込み、闇が触れる瞬間ソードと共にその力を解放させた。


「き、り、さ、けえええええええええええええええ!」

 ソードに集まった白い光が一条の軌跡をたどり、レンナルトが解放した力を一気に切り裂いていく。

 やがて、闇は完全に消えてなくなり、視界が開けると青い空と海が何処までも広がっていた。



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