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第十話


 「お頭、見えてきましたぜ」

 陸地の木陰に潜み、身軽な格好をした男が遠くを見つめながらそんなようなことを言い出す。


 頭に布らしきものを巻き、手に大きく剃りの入った剣を片手に持った男がその声に反応して動き出す。

「ようやくお出ましか……待たせやがって」

 言葉とは裏腹に、獰猛な肉食獣の顔つきと思えるような笑みを見せ、お頭と呼ばれた男は下唇をぺろりとなめ、獲物を見定める。


 彼の視界には3隻ほどのガレオン級の船が列を成して進んでいる姿が入った。その船にはエスタニアの国を示す旗が高く掲げられており、彼らが待っていた獲物だというのを指し示す。


「こっちの準備は出来ているか?」

 部下に問いかける賊等のリーダー。


「ええ、船の準備は出来てますぜ」

 彼らの船は、帆船型ではなく、小型の手漕ぎようの船だ。

 船の先には木で出来た尖った槍のようなものがいくつも付けられており、船一つにつき10~14人くらいしか乗れないような少し大きめのカヌーのような出来と言ってもいいだろう。


 そういった船が12隻ほどあり、この賊をまとめる男は、部下達に素早く指示を出し、皆船に乗り込む。


「よし、んじゃあおっぱじめるとするか」

 お頭がそういうと部下達が掛け声を上げ、船を海に漕ぎ出していった。

 目的はもちろんエスタニアの船を襲うことだが、さすがにガレオン級三隻相手に少しばかり無謀なような気もするが、彼らには自信があった。


「レンナルト、そっちの準備はちゃんと出来てんだろうな?」

「ああ、結構な数を捕まえられたからな。少しばかり余っちまうくらいだぜ」

「そいつはいいな、向こうの連中は神様なんてわけのわからねえもんを崇めてやがるからな、魔霊にはいつもてこずってるらしいぜ」

「カミサマ? なんだそりゃ聞いたことねえよ」

 茶髪と金髪の入り混じったレンナルトといわれた若い男は苦笑交じりに軽口を叩き、彼らと共に船に乗り込み海へと繰り出した。



                 ────────────


 エスタニアの総指揮官は、サディークという名前で、歳は40後半、シーヴの母親と同じように褐色の肌を追っている男で、体格はやせており、貧相なイメージを持つ男だ。

 彼はこの海域を何度も行き来しており、彼にとっては慣れた道でもあるので、特に物珍しがることもなく、いつものように部下に軽く指示をして、自室に篭り、波に揺られながら本を読んでいる。


 そんな事をすれば普通、船酔いが襲ってきそうなものなのだが、サディークにとっては慣れた物だ。

 あと数時間で目的地に着く。

 目的地に着けば、自分達は大公に歓迎されかなり楽しめるだろう。


 船旅はめんどくさいものがあるが、目的地に着けば、それに見合った労力が支払われる。

 ならば多少のことなら我慢できるだろう。


 それに、かの国にはわが国では見かけない白く綺麗な肌を持つ女性が多い。彼女達と一夜を楽しむのも悪くない。

 そういった楽しみを次々を脳裏に浮かべながら、彼は思わず笑みを漏らす。

 彼の人柄を表すのであれば、バカ正直な小悪党というところか。


 言うなれば、言われたことは一通りこなすし、ある程度無難な指示を出すことも出来る。

 しかし、その経緯においてかかる費用などをほんのわずか水増しして請求し自分の懐に入れたりする人物だ。


 とはいえ別に大それた悪事を働く思考は持ち合わせてはおらず、例え発覚してもほんの少しお叱りを受ける程度の小さい悪事にしか手を出さない、何処にでもいそうな人間だ。


 何度かそういったことが発覚しており、上司などからあまりやり過ぎないようにとか、酷い時には懐に入れた金を吐き出せといわれ、泣く泣く差し出したりしているのだが、あまり懲りてはいない。


 それでも、それなりに無難に仕事をこなすので、大事には至ってない。今回は親善大使の護衛ということで、何度か受けたことのある任務であり、彼としてもなれた船旅なのだ。


 そして、特に問題が起きるわけでもなくここまでたどり着き、あとは寝て過ごしていたとしても部下達に任せておけば勝手に目的地に辿り着くだろうとすら思っていた。


 そんな時、にわかに艦内が騒がしくなる。

 その騒ぎを部屋で聞きつけ、サディークは読んでいた本から目を離し、何事かと首をかしげた。


 とたんにノックもされずガチャリと扉が開かれ、彼の部下が慌てた様子で、状況を説明したのだ。


「血に飢えた海賊共が我等の船に乗り込んできました。やつらは悪魔に魂を売り、我らの命を地下へと誘おうとしております。ルーの加護はこの地では通用いたしません!」


 サディークが分かったのは海賊共にこの船が襲われているということだけだ。

 はて? 悪魔に魂を売ったとはどういう意味だ? いまいち要領がつかめない部下の報告に彼は部屋にある武具を手早く着込み甲板へと向かった。


 ようやく甲板に出た彼を出迎えたのは、確かに悪魔そのものともいえる異形の化け物たちであった。

 エスタニアの国にも出ることで知られており、彼らに出会った人間は例外なく皆その命を散らすとさえ言われている悪魔であり、彼らが信仰しているルーの敵対者の使い魔と呼ばれている存在だ。


 サディークは思わず故国の神に加護の祈りを捧げたが、そんなもの効果があるはずがない。兵たちの叫び声があちこちから聞こえ、水弾に体を打ちぬかれ船から吹き飛ばされ、海に落ちていくもの、放射状の炎を浴び、全身火だるまとなって、叫び声を上げながらあちこち走り回る兵。さらにその火が船に飛び火する。


 兵達はシャムシールと呼ばれる片手剣と盾を構えながらその悪魔達に、立ち向かうも恐怖のほうが上回っており、まともに実力を発揮できないまま命を散らしていく。


 見ると、旗艦を護衛していた残り二隻の船も化け物たちに襲われており、こちらに手を出す余裕が全くない状態だ。


「と、ともかく大使様を安全なところへ避難させろ!」

 声を張り上げて指示を出すも、別の兵がさらに大きな声を張り上げる。


「安全な場所とは何処です!? すでに悪魔どもは船に乗り込んでいます! この上はルーのお膝元くらいにしか我等の安住の地はありません!」


 まさに阿鼻叫喚、地獄絵図といったところだ。

 何も対抗出来ず、無意味に命を散らしていく兵達。

 サディークのすぐそばを風の刃が掠め、思わず腰を抜かすサディーク。


「ひい!! や、やめろ! 荷物ならくれてやる! だ、だから命だけは助けてくれ!」

 誰にでもなくとにかくそう叫ぶサディークだが、彼らの勢いは収まらない。

 良く見ると、賊が化け物に混じって兵たちを切って行く。


 ここでようやくサディークは先程部下が伝えた、悪魔に魂を売ったものの意味を知ったのだ。


「異端共め! このようなことは太陽神ルーが決して見逃すまいぞ! 貴様らは死して後、地獄の釜にてその魂を永遠に苦しめられることになろうぞ!」

 やけなのかそれとも恐怖が怒りに勝ったのか、腰を抜かしながらもそう叫ぶサディークだが、効果はない。

 やがて、彼の口からは効果的な指示ではなく、祈りがつぶやかれた。



               ───────────



 その様子を遠くから大公の船が見つけていた。

 船からは火の手が上がり、帆は次々と切り裂かれ、何人かの兵が海へ落ちていく様子をまざまざと見せ付けられていたのだ。


「何故、魔霊があれほど出現しているのだ! 飛行型の一体や二体ならまだしも、船の上に魔霊が出没だと? どうなっている! 船を早く寄せろ! 大使に何かあれば一大事だ!」


 歯軋りしながらも、そう指示を出し、兵たちがさらに慌しく動き出す。

 風向きにあわせ、あちらへ、こちらへと、とにかく帆を動かすのだ。 


 風は自分達の方向とは真逆。つまり向かい風となっている。ゆえに自分達の望む進行方向に向かうためにはジグザグに走行をして、そのたびに帆の向きを変えなくてはならず、その上追い風とは違い歩みも遅くなる。


 これが完全になぎの状態であれば、船を進ませることは不可能であったのだから、ある意味不幸中の幸いともいえるが、素直に喜べないのも事実だ。


 もどかしい気持ちに襲われながらも、大公は拳を強く握り、先に見えるエスタニアの船を襲っている輩どもに千の呪詛を吐き散らす。


「何をしている! 急がんか!」

 自分でも無茶なことを言っているのは分かるし、兵達も全力で行動している。しかしそれでも思わずそう言ってしまうのは、それだけあせっている証拠でもある。


 普段であれば、そう無茶なことは言わないのだが、今回に関しては状況がまるで違っているのだ。

 とはいえ、叱咤したところで風任せの帆船なので、足が速くなるわけではない。


 やがてエスタニアの護衛艦と思われる船が炎上を起こし、燃えていくのが見て取れる。


「……邪霊憑きがやつらの中にいるのか!」

 魔霊がなぜ船に出没し、そしてエスタニアの船だけを襲うのか、大公は推測し答えを出す。

 魔霊たちは賊には襲い掛かっていないのだ。そのあまりの不自然さに、大公は疑問を持ち、そして長年の経験から答えを導き出す。


 そしてその答えに思わず戦慄する。

 邪霊憑き、精霊信仰のこの国においては許されざる存在。人々から忌み嫌われる異端であり、過去において邪霊憑きとは必ずと言って良いほど多くの人死にを出している存在なのだ。


 いわば、他の国において悪魔と称される存在と同義と言っても良い。

 それだけ危険な存在なのだ。


「……おのれ!」

 奥歯をギリっと噛み、目つきを険しくし、怒りに染まる大公だがやはりどうしようもない。

 それでも船は少しずつではあるが、エスタニアの船へと寄って行く。


 素早く弓隊に指示を出し、残りの船にもそれを伝えるよう指示を出したが、上空に飛行型の魔霊が10体、彼らの船に襲い掛かってきた。


 とたんに船は足止めされる。なぜなら魔霊たちはまるで帆を狙うように炎を、風を、土を繰り出して、帆にダメージを与えていったのだ。


 上空から素早い動きで、4隻の船はあっという間に足を止められる。

 それぞれの船にそれぞれの術師たちが、飛行型の魔霊に向けて、弓隊と共にその力を解放するが、嘲笑うかのようにそれをかわし、攻撃を繰り出してくる。


 エスタニアが受けている被害を今度は大公の船が受けることなった、

 エスタニアとは違い、魔霊と戦いなれている兵たちなのでそれほどの混乱は起きないが、地の利においてはかなり不利だ。


「……賊ごときがあっ」

 怒りのままに空を睨みつける大公だが、大公自身精霊の使い手ではない。ゆえに彼に出来ることは指示を出すことだけなのだが、敵の初撃において4隻の船は帆にダメージを負っている。


 何隻かが魔霊に対抗して、残った船がエスタニアの救助に向かうという方法が取れなくなってしまったのだ。


 4隻が4隻ともその場で足踏みをしている状態だ。


「大公様! ここは危険です! 自室へお戻りください!」

 デニスがそう促しながらも、水弾を次々と放ち、魔霊にぶつけていく。

 そのうち一体に見事に命中して、魔霊はぐらりとゆれ、海に向かって落ちていき、それを狙い澄まし、弓隊がありったけの矢を放ち、魔霊は虚空へと消えていったが、とても喜べる状況ではない。


「……」

 デニスの意見に大公は沈黙を持って答える。

 あらゆる可能性を考えたつもりだった。

 そのために部下達には様々な指示を出した。


 唯一、邪霊の存在を見落としていたのだ。 

 もし、その存在に気付いていれば、もっとほかに手を打てたのだが、邪霊憑きなどの存在は滅多に出てこない。


 かつて、ベルガー伯爵に取り付いていたと聞き、そしてベルガー伯爵は処刑された。

 ゆえに油断もあったのだろう。

 邪霊つきの存在は時間に換算すれば20年に一人現れば多いほうだ。大公自身も若い頃に一度だけ対峙した事がある。


 もちろん一対一などと無謀な対峙ではなく、多くの部下達に守られての対峙だ。

 大昔の出来事であり、その存在が頭から抜け落ちていたのだ。


「……わしも耄碌したものだな……」

 もはや援軍としてエスタニアの船に手を差し伸べることは叶わないと悟り、今後の事に考えを巡らせるが、その余裕もなくなってきた。


 いつの間にか飛行型だけではなく、自分達の船にも何体かの魔霊が出没し始めたのだ。

 凄まじい叫び声と共に兵たちに襲い掛かる魔霊達。


「慌てるな! 術師を中心に陣を組みなおせ! デニス! 一隊を率いて船の魔霊どもを蹴散らして来い! 上空の魔霊はわしが指揮をする! 弓隊続け!」

 たちまちに戦場と化す甲板、兵達も魔霊に抗うが力の差は歴然としており、また狭い足場ということもあり思うように立ち回ることが出来ず、炎などに焼かれていく。

 つむじ風が巻き起こり、兵達が切り裂かれる。

 それでも、デニスを含めた幾人かの術師達が精霊の力を借りて魔霊にダメージを与え屠っていくが、劣勢であることには変わりない。


 また上空からの攻撃も厄介なものであり、船の帆柱が崩れ倒れていく。

 その衝撃に大公が巻き込まれ、帆柱が倒れたさいに飛んできた破片に足を貫かれる。

「大公様!」

「ぬうっ……この程度で!」


 周りの兵がその身を心配して駆け寄るが、大公は気丈に立ち上がり、指揮を続ける。

 しかし、その一瞬の隙をつき凄まじい水弾が大公と周りの兵を襲った。


 周りの兵は大公をかばうようにその身を盾にして、水弾を受け吹き飛ばされ、海に投げ出されていく。

 すでに大公を守る護衛の兵も数が少ない。

 目の前に現れた魔霊が勝ち誇るかのように、その口を開き力を収束させていく。


 怪我を負った足で踏ん張りながら相手を睨みつける大公。


「シーヴ……」

 大公の脳裏に愛娘の姿が思い浮かべられ、その名前をポツリとつぶやき、死を覚悟した。

 しかし、目の前で起きたのは凄まじい衝撃と、真っ二つに切り裂かれた魔霊が、虚空へと散っていく姿であり、大公は思わず目を見張った。


「お怪我は……しているみたいですね……遅れましたがアステグ準伯爵。ただいまを持って参戦の意を表します」

 上空から飛来して、そのまま魔霊を切り裂いた黒髪の少年はそう言い放ち、手にした武器を持って大公に駆け寄り軽く一礼して、怪我の具合を確かめた。 


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