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第九話


 夕食の時間になっても現れない大公。

 さすがに少年達は訝しみ、シーヴはクリスティーナに思わず尋ねる。


「お父様は今朝から一体どうしたのだ? まったく姿を見せないではないか……」

「それが、私達にも分かってはいないのです……執務室でなにやら考え込んでいるようでして……」

 それを聞いてシーヴは少し心配になる。

 エルネ達という客人が来ており、また自分も久々に帰ってきたのだ。

 大公の性格からすると、一秒でも自分と一緒にいたいと思っているはずであり、客人をほったらかしにするなど、よほどの事がない限りあるはずがないのだ。


「誰か何か聞いてはおらぬか?」

 シーヴは他のものにも疑問をぶつけるが、返ってくる答えはない。

 年配の侍女が、皆を代表して代わりに口を開く。


「大公様はお仕事で忙しいと思われます。シーヴ様と客人様はお心を煩わすことなく、お食事をお楽しみください」

「ヨハンナ、お前は何か知らないのか? いくらなんでも少しばかり様子がおかしいぞ」


 シーヴは少し厳しい顔つきに変わり、侍女であるヨハンナを問い詰める。

 使用人達の中にはわずかに驚きを見せるものが出始める。


 前のシーヴであれば、このようなことになっても「そうか、ならば食事を楽しもう」と言って、特に気にすることはなかったのだ。

 なのに、今はわずかな違和感を感じ取って、顔つきを厳しくしているのだ。


 ヨハンナも表情には出さないが、少しばかり驚かされる。

 大公女としての自覚がわずかに出始めたのかと、期待を寄せる。


「……デニス様とアントン様が先程大公様の執務室から出てくるのを見届けました。あの二人であるなら何か知っておられるかもしれません」

「分かった。エルネ、フレードリク、せっかくの夕食時にすまなかった。今は食事に集中しよう」


 前半はヨハンナに向けて、後半は二人の少年に向けてシーヴは言葉を放つ。

 エルネもこの事態に少しばかり違和感を感じていたが、部外者である自分が口を挟めるはずもなく、黙っていたのだが、自分が言い出すまでもなくシーヴが気付いたことに少しばかり嬉しく思い、笑みを見せた。


「どうした? 急にニヤついて? 何か変な事を言ったか?」

 声を小さくし少し恥じらいを見せながら、何か失敗でもしたのかな? と自身なさそうな態度だ。


「いえ、シーヴ様が頼もしくなられて、少しばかり嬉しく思っただけのことですよ」

「……またお前は急にそんな事を……でも嬉しいぞ。お前に褒められると自信もつく。それにな、もしそう見えるなら、それはお前に出会ったおかげだ。お前がいなければ私はすでに死んでいたかもしれないのだからな」

 顔を赤らめ、モジモジしながら、それでもなんとかエルネに向かって感謝の念を示す。

 今度はエルネが少しばかり照れる番だ。

 肉を切っていたナイフが止まり、言葉に窮する。

 こうやって正面から改めてみると、シーヴの可愛らしい顔立ちが良く分かり、エルネ自身目のやりどころに困ることが良く分かるのだ。


 彼女の目からは自分への好意がしっかりと見て取れて、その想いを真正面から受け取るには、少しばかり勇気がいるが、それでもエルネは受け止める。

 それは彼にとっては凄く心地いいものであり、経験したことのない気持ちでもある。

 この感情をそのままにしておけば、思わずシーヴを抱きしめたくなるが、そこは彼とて紳士としての教育を受けている。

 所構わずそのようなことを出来るはずもなく、また、相手は両思いとはいえ自分より身分の高い女性だ。


 ゆえに自制する。


「はは、あの時は色々びっくりさせられましたからね。本当大変でしたよ」

「ぬ……あまり意地の悪い事を言うな。確かにあの時は大公領から出たばかりで、色々と苦労かけたかもしれないが、今は一応それなりに考えているのだぞ?」

 少しばかり頬を膨らませてエルネを睨みつけるシーヴ。

 まだまだ子供っ気は抜けていないようだが、少しずつ成長している。

 そんな二人の会話を、使用人一同呆れた目で見ていた。


               ───────────


 食事が終わり、シーヴは早速エルネとフレードリク、クリスティーナを連れてデニスの部屋へと向かった。

 大公の様子を聞くためだ。


 部屋の扉をノックすると、ガチャリと音がして扉が開かれる。

 出てきた人物はデニス本人であり、大公女に対して、挨拶をし、部屋の中に招き入れた。

 部屋は簡素な作りとなっており、デニスの武具が部屋の中においてあり、後はベットに丸いテーブルと木でできた椅子、そして小さな衣装箪笥と思われるような物が置いてあり、部屋の作り自体もかなり狭くなっている。


 デニスを含めるとこの部屋の人数は5人となって、かなり狭くなる。


「大公女殿下、このような時間帯にいかがいたしましたか? 用事があれば私から出向いたのですが?」

「いや、それほど手間をかけさせるわけには行かない。何、お父様の様子が少しおかしいのでな、何があったのか聞きたいのだ」

 簡潔の用件を述べる大公女。

 別に内緒にするような事でもないので、デニスは正直にそれを話す。

 明日、親善大使が港に到着すること、その親善大使の船を賊等の一味が狙っているという噂があること。

 そのため、軍を召集し船を4隻出し海路で大使と合流し、大公自身が護衛に当たること。

 ゆえに少しばかり慌しくなっていると伝えたのだ。


「……お父様はもうすでに60を超えているのだぞ? 何もそこまでしなくても良いと思うのだが……」

 シーヴがデニス達が思ったことを口に出すが、デニスは大公が何を思ってそこまでするのかをさらに説明した。


「お母様……」

 ポツリとシーヴがつぶやく。

 記憶になくても、思い出がなくても、シーヴは母の事を想っている。

 肖像画を見るたびに思いを馳せ、父から母との思い出を聞くたびに、それを想像しながら脳裏に浮かべていたのだ。


「杞憂であれば良いのですが、さすがに万が一の事を考えると……」

「しかし、エスタニアも護衛をつけているはずだし、お父様が指揮する2000の兵もいるのだろう? なれば早々大事にはいたらぬと思うが?」

「だからこそですよ……良いですか? 万が一賊等がそのようなことを本気で考えているのであれば勝算があるということです。彼らとてバカではありません。むしろ頭がいいといっても過言ではありません。やつらを根絶できないわけはそこにもあります。バカで無謀な連中の集まりであれば長年手を焼くことなどありませんからね。どういう考えで彼らがその経緯に至ったかは定かではありませんが。本当であれば……それこそ危険です」


「しかし、大使を我が領海で見捨てるわけには行かないであろう?」

「ええ、ですからこちらからも兵を繰り出そうと大公は提案したのですが、まさかご自身が出陣なさるとは思っておりませんでした……」

 シーヴは一瞬エルネの顔を見るが、何も言わずにすぐに視線を外した。

 早々に危険などあるわけがない。

 そんなのは杞憂に過ぎない。 

 しかし一抹の不安がよぎるのも事実だ。


 一行が部屋の外に出ると、すでに日は沈んでおり、闇が支配している。

 シーヴはエルネと分かれる際に、なにやら物言いたげな表情をしたが、何も言わずにお休みと一言残して自分の部屋へと向かった。


「よろしいのですか?」

 クリスが聞いてくる。

 主語は抜けているが、その意図はシーヴにも分かりきっている。


「お前らしくない質問だなクリス。エルネは我が家の客人だ。大公家のことで手を煩わせるわけには行かないだろう? それにお父様が直接指揮をなさるのだ。そう簡単に賊等ごときが手を出せるはずもなかろう」

 主の言葉を受けてクリスは押し黙る。 

 しかし、クリスの中でも嫌な予感はしているのだ。

 デニスの言ったとおり、賊等はバカではない。

 獲物をしっかりと見定め、リターンとリスクを計算し、それに見合った行動をするのだ。

 中には平民に紛れ込んでスパイじみた行為をし、安全を確保するといういやらしい手も使ってくる。


 噂があくまで噂のままで終わってくれれば、不安は消えるのだろうが……


                ───────────


 部屋に向かう途中、エルネは従者であるフレードリクに話しかける。

「なあ、フレードリク」


「嫌な予感しかしませんが、一応用件を聞いておきましょうか」

 わざとらしく顔をしかめて、主に視線を向ける従者。


「いやなに、僕もお前も船というものには乗ったことがないよな?」

「今更分かりきったことを聞かないで下さい」

「何、せっかく大公領に来て港があるんだ。船というものを経験してみたくはないか?」

「俺は陸のほうが地に足を付けられて安心するんですが?」

「……いいから付き合え! 僕だって一人で船に乗るのはさすがに気が引けるからな」

「……ほんとに何事もなければいいんですがね……船を確保するのだって結構骨なんですよ。しかも明日朝一番に……ヴィクセルの威光はすでに使えないのを承知ですか?」

「お前は一番信頼出来る部下だよ」

 ニコリとわざとらしい笑みを従者に見せるエルネ。

 フレードリクは、一番も何も貴方の部下は現時点で俺しかいないでしょう! と突っ込みたかったが今は自重して、かわりに肩をすくめた。 



                ───────────────


 大公領から三日月湾を出ると、湾内では穏やかだった波が急激に激しくなり船は大きく揺れる。そしてそこから南にしばらく進むと、海から突き出ている大きな岩が視界に入るのだ。


 南から来る船乗り達は、大抵この岩を目印にして三日月湾へと向かう。

 それまでは星の方向などを頼りに船を走らせるのだ。

 夏の間は、近海の波は比較的穏やかなほうで、船乗り達にとっては好ましい波ともいえる。海流は陸地に沿って進めば北側、すなわち大公領へと向かう方向に進み、陸地から離れたところは南側、すなわちエスタニア方面と向かうのだ。


 これに合わせて海路が決められており、よほどの例外がない限り、海路から外れることはありえない。

 ゆえに、エスタニアの船と合流するためには、陸地側に注意を向けて、船を発見しなければならないのだ。


 大公の船はガレオン級4隻であり、護衛艦としてはかなりのの優秀な部類に入る。

 帆船型の船で風の力によって進む船であり、手で漕ぐと言う人力は必要ない。とはいえ、風向きによって帆を変えていかなければならないのだが、これがまたかなりの重労働であり、多くの人手を必要とする。

 ゆえに完全に人の手がいらないというわけではないのだが、大公領は海に面しているということもあり、海軍の練度は相当なものだ。

 掛け声を上げながら、風向きが変わるたびに人がせわしなく動いて帆を動かす。


 その船の一室で、大公は船に用意されている自分の部屋ではなく、甲板にその身を置いていた。


「天気が良くて何よりだ。遠くまで見通せるわ」

 部下に対して軽快な笑みを見せる大公。

 彼に言うとおり雲ひとつなく、青い空と海が何処までも広がっている。まさに船を出すにはうってつけの天気といえるだろう。


「この天気ならエスタニアの船も見つけやすいかと思います。大公様は自室にいても問題ないかと思われますが……?」

 老体である大公の身を心配して、デニスが遠慮がちに自室へ戻るよう促すが、大公は聞き入れる様子がない。


「お前の心配も分かるが。このような良い天気に久々の船出だ。少しくらい潮風に当たっていても問題はなかろう」

 大公にとっては久々の船なのだろう。

 環境的な面もあるので、昔から船が好きだということで、若いときは時間を見つけては船を出し、海で遊んでいたのだ。


 近年は体力的な面も考えそういう機会も減ってきていたので、ある意味良い気分転換にもなる。

 船は、そんな大公を乗せ、さらに南へと走っていく。



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