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第八話


 大公の執務室に、アントン、デニスの二人がおり、三人はなにやら話し込んでいる。

 大公は険しい顔をしながらも、沈黙したまま時間が流れる。


 二人の部下も特に口を挟むことは無い。


「アントンよ、お前の持ってきた情報は間違いないのか?」

 やがて、大公は重い口を開き部下に問う。


「私には分かりかねます。確かに出所としては噂レベルにすぎませんが、万が一ということもありましたので大公様にご報告申し上げました」

「だが港の警備を強化し、港内を見て回ったが、その噂に該当するようなものは見つからなかった。杞憂であれば良いのだが」

 アントンの持ってきた情報とはエスタニアの船をならず者達が狙っているという情報だ。

 こう言った事はよくあるのだ。


 海賊、山賊の類が、貿易のため珍しい品をこの港に持ち込む。

 海賊などはそんぽ荷物を海路などで待ち伏せし襲撃して、ごっそり頂く。

 被害にあった船は多数の死傷者を出し、凄惨な目に会うのだ。


 もちろん、商人達もただ手をこまねいてやられるわけではない。

 金銭に余裕のある商人は本国などに申請しそれなりの金を払って国から警備をつけてもらったり、また傭兵に近いものを雇って護衛に当たらせるのが普通だ。


 金銭に余裕の無い商人達も様々な手を使って襲撃を防ぐ。

 小さな商会が寄り集まり、金を出しあい護衛を雇ったり、大きな商会に頼んでわずかな金を払い、便乗させてもらうという手もある。


 それでも、被害がなくならないのが現状だ。

 いくら気をつけていても油断しているところを襲われたり、船に乗り込まれて人質など取られたりすればお手上げの状態となる。


 そうならないためには、大公領の治安を良くしなければならない。

 近年、大公の指示などにより、そういった面が強化され、治安は大分よくなり、それほど大きな被害が出なくなってはいたが、やはり0にすることは難しい。


 そんな中、アントンがとある情報を聞きつけ、それを大公に教えたのだ。

 近々エスタニアの親善大使を乗せた船が、こちらにやってくると以前より使いがあった。

 エスタニアとは大公妃、つまりシーヴの母親の出身の国であり、大公がその妻を娶って以来、王国全体としても友好な国として知られている。


 今回の大使の目的はそれほど大した目的ではない。

 簡単に言えば、友人相手に「ご機嫌はいかがですか?」と挨拶をしにくるようなものだ。

 それほど政治的な意味は含まれてはいないような、例年行われている儀式の一環ともいえる。


 もちろんそういった大使が来たあとは当然のごとく大公領、もしくは王国からも大使を送り返礼を済ませるのが普通だ。


 大公と大公妃の仲によってつながれた縁でもあるので、親善大使といえど大公としては大事に扱わなければならない。

 また、現在のエスタニアの王は大公妃の姉の息子にあたり、シーヴとは従兄弟にも当たる間柄である。

 要約すると、とても仲の良い国なのだ。


 そして毎年、この国が夏の半ばになる時期を見計らって親善大使を送ってくる。

 これはエスタニアの国の人々が、こちらの寒さに慣れていないからだ。


 しかし大使に万が一のことがあれば、仲のいい国がとたんに敵対国になる恐れも出てくる。

 今まで良い関係を気付けていたのが、血みどろの抗争相手に発展する恐れがあるのだ。

 大公としては愛する妻の故国とそんな事になっては冗談ではないと思い、毎年この時期にかけてはより警備を強くしていたのだ。


 ゆえにアントンからもたらされた情報は例え噂レベルでも、大公としては見逃しておけるレベルではない。

 今日は大公自身が港に出向き、船を出し沿岸を見回り、部下などには夜間も警備するよう厳命した。


 一国の親善大使が乗っている船だ。

 向こうもしっかりと警備をつけているはずなのだから、たかが賊等ごときに襲われても大したことはないだろうが、大使が乗っている船を襲われるということは、大公の面子がつぶされることと同義でもある。

 さらにそれこそ万が一ではあるが、大使が殺されるようなことがあっては目も当てられなくなるのだ。


 親善大使というだけあって、贈り物などもかなりの値打ち物が毎年、王国、そして大公領へと贈られる。

 襲撃に成功すれば、成功者達はそれこそ10年間は遊んで暮らせるような金銭を手に入れることが出来るだろうが、リスクが高すぎるので普通はやらない。


「……やるべきことはやったのだがな……ともかく予定では明日到着するはずだ……わし自身出向くことする」

 部屋にいた部下二人は当然驚く。

 いくら親善大使とはいえ、港までならまだしも大公自身が船を出して出向くなど、思いもよらなかったのだ。

 これがエスタニアの王族などであればそこまでしても、それほど驚くことはないだろうが、言ってしまえば一介の大使に過ぎない相手なのだ。

 そこまで気を使う必要があるのかと部下二人は内心首をかしげる。


「万が一の危険に備えてだ。そのために我が私兵を明日港内に集結させておけ。数は2000。船は4隻出すことにする」

 かなりの数だ。

「しかし、それこそ万が一のことがあれば、大公様の身に危険が及ぶ可能性があります。ここはご自重ください」

「そうならないようにするのがお前達の役目であろう? 大使の身に何かあればわしは妻にあの世に行ったときにどんな顔をして会えばいいのだ? わしの判断のミスのせいでそなたの国と戦争することになってしまったなどと、そんな報告を持っていけるか」


 話は終わりだと告げ、部下二人に退室を促す大公。

 二人は一礼してそのまま退室する。


「アントン殿……本当に襲撃はあるんでしょうか?」

 部屋から出たデニスが同僚に問いかける。


「さて、私は予言者ではありませんからね……そこまではっきりとはいえません」

「そもそも噂の出所は何処からなのです?」

「港ですよ。人相の悪い男達が集まってなにやら相談をしていた。言葉の中にはエスタニアという単語が出てきた。 その程度です。ではお互い明日の準備もあるでしょう。失礼します」


 アントンは同僚に一礼をして、自分の部屋へと向かっていった。

 残されたデニスは、何かを考える。

 確かにそういった噂があれば、警戒するに値することは間違いはない。

 しかし、仮にも一国の船を相手取るような連中が、そんな相談を誰かに聞かされるようなへまをするのだろうか?


 その相談はいつ行われ、どれくらいの人数がいたのか、デニスも個人的に調べてみたものの、アントン以外からその情報を受け取ることは出来なかったのだ。

「本当に杞憂であれば良いが……」


 そう思考したとき、彼の脳裏に一人の少年が頭に浮かんだ。

 かつて大公女殿下を魔霊から救ったあの少年だ。


 正式な称号を受けていないのも関わらず、その力で魔霊を屠り、また避暑地においても大魔霊を撃破したと聞いている。

 デニスは避暑地において彼とは別の戦場にいたので、その戦いぶりは分かってはいないが、魔霊のときに直接一度見ているのだ。


 あれから月日がたち、少年はさらに実力に磨きをかけているはずだ……

 そこまで考えてデニスは頭を振る。


(何を考えているんだ俺は……彼は客人だぞ……大公領の事で手を煩わせることなど出来るはずもないだろう……)

 ため息と共に考えを振り払い、彼は明日への準備へと向かった。


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