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第五話


 大公の屋敷を出たシーヴ達は港へと向かう。

 当然、護衛達もついていくことになるはずだったのだが、シーヴは勝手知ったる大公の屋敷の抜け道を使い、護衛達に知られること無く街へと繰り出したのだ。


 エルネは見慣れない街の景色に目を奪われる。

 王都とは違って、人々がせわしなく動いているのだ。


 王都はどちらかと言うとゆっくりと、そして静かに動いているイメージなのだが、この街はむしろお祭り騒ぎに近いといってもいいだろう。


 あちこちで、人々が色々なことをやっている。

 大道芸を披露している一一団もあり、人だかりができていると思えば、別のところでは、明らかに自分より年下と思える少年が大の大人を相手に、なにやら話しこんでいる。


 商品を売りつけているようだ。

 さらに別のところに目をやれば自分より大きな荷物を背負った老人が、場所取りなのだろうか、凄まじい速さで、目的の場所へと滑り込むように辿り着く。


 タッチの差で負けた若者が悔しがりながら、別の場所へと足を向ける。

 ともかくあちこちでいろんな人が、色んなことをやっているようだ。


 そんな景色に目を奪われつつも、エルネはとある疑問をふと思いつく。


「シーヴ様、さすがにこれは後で問題になるんじゃないですか?」

 エルネがどこか諦めたような口調で、それでも一応問いかける。

 いまさら疑問に思うのもどうかと感じたが、エルネが疑問に思ったのは護衛のことだ。


「何、特に問題は無い。昔、こうやって良く抜け出したものだし、それほど怒られるようなことは無いだろう。それにこの街は私にとって庭みたいなものだ。庭に出るのにわざわざ護衛をつけるような人間は臆病者と限られているぞ? それに一応変装もしておるしな」


 悪戯めいた瞳と、悪戯めいた口調でそう言ってくるシーヴに対し、エルネはため息を吐く。

 シーヴの格好は、白いスカートに白いシャツを着込んでおり、その上には白いブラウスのようなものを羽織っている。

 頭には円形のつばのついた白い絹の素材で出来た帽子をかぶっており、一見すると顔は確かに見えづらく、変装の範囲内ではあるが、肌の色を見れば、ん? と思う人も出てくるだろう。


 シーヴは昔から、父親に可愛がられていたこともあり、父親としては自慢の娘なのだ。

 となると当然自慢の娘を、自分達の領民に自慢したくなるのも父親の心理だ。

 そういったことから、事あるごとにお披露目と言うことで、パレードを開き、街の皆に顔を良く知れるよう屋根のついていない馬車で街を横断し、その顔を街の人々に見せていたのだ。


 またこの国では珍しい小麦色の肌に雪のようなふわりとした銀色の髪、そして客観的に見ても可愛らしい顔立ちもあって、街の人々には強く印象付けられている。


 いまではシーヴの顔はほとんどの街の人々に知れ渡っているといっても過言ではない。


 もちろんエルネはそんな事情は知らないが、大公女殿下の護衛が自分とフレードリクの実質二名ということは少し問題なのではないかと気にしているのだ。



「シーヴ様、エルネスティ様は客人ですよ? あまり迷惑になるようなことをなさってはなりません」

 クリスティーナがエルネと同じようにどこか諦めたような口調で一応たしなめる。

 ここを離れて約二ヶ月、クリスティーナとシーヴにとっては様々な出来事があり懐かしさもあるのだろう。


 本来であれば、もう少し強い口調でたしなめるのだが、少しは大目に見てやろうと言う気持ちの表れなのかもしれない。


「分かっておる。だからこそ客人に私が直々に案内してやろうと言っているのだ」

 筋は通っている。

 遠方より来たエルネに対し、大公女殿下であるシーヴが直接案内すると言うのはそれだけ栄誉なことでもあるのだ。


 少々強引すぎるような気もしないでもないが、久々の故郷と言うことでシーヴもはしゃいでいる部分があるのだろう。


 そして自慢の故郷をエルネに見せることが出来て嬉しいと言う思いもある。


「まったくもう……少しは成長したと思ったのですが……エルネスティ様。申し訳ありませんがよろしくお願いします」

 クリスティーナがため息と共に愚痴をこぼしながら、それでもどこか楽しそうにエルネにそう言い放つ。


 エルネは、最後の防壁であるクリスティーナがそういうのなら、それほど問題ではないのかな? と思い直し、了承する。


「しかし、いいものですね。こうやって帰れる故郷がちゃんとあるのは素晴らしいことですよ」

 少し意地悪く、フレードルクが何かをからかうような口調で誰にでもなく言葉を漏らす。


 そしてエルネがその言葉を聞きフレードリクに向かって笑顔を作ったまま視線を向けた。

「それはどういう意味だ? フレードリク」



「おや? 特に深い意味は無かったんですけどね。何かお気に障りましたか?」

「別に、気にするような事でも言ったのか?」

 エルネは相変わらずにこやかな表情を作っているが、口調とはほんの少し雰囲気が違っている。


 フレードリクはともかく、エルネにはすでに帰るための故郷が無いのだ。

 エルネ自身、家族と縁を切ったことは後悔してはいない。

 そしてフレードリクもそのことを知っている。


 ゆえにこの軽口の応酬は、二人の少年にとってのいつものやり取りと言える。


 簡単に言えば、主をからかっているのだが、この二人の関係であれば特に問題は無いだろう。

 未だにお互い軽口を叩いている二人を見て、小麦色の肌を持つ少女は頬を膨らませた。


「こ、こらエルネ! 私がせっかく街を案内してやっていると言うのに、もっと、その……なんだ……」

 後半はなにやらゴニョゴニョと聞き取れない口調のシーヴ。

 そんなシーヴを見て、クリスティーナはクスリと笑う。


「フレードリク様、少し市場を見て行きたいので一緒についてきて下さいませんか? この街にある海の幸をお見せしたいので」


 そんなクリスティーナの意図を素早く察知するフレードリクは了承の意を示して、二人はシーヴとエルネから離れていった。


 シーヴはきょとんとした目で二人の背中を見送って、エルネは苦笑して二人の背中を見送った。


「……あやつらいきなりどうしたのだ?」

 シーヴには二人の意図が読めず首を傾げるばかりだ。

 そんなシーヴに苦笑しながらも、エルネはシーヴの手を優しく取る。


「さあ? 何か気になるものでもあったんじゃないですか? シーヴ様、海を見せてくれるんでしたよね? 案内のほうをお願いします」

 急に手を握られ、おまけに二人きりと言う状況だ。

 シーヴは自分の体温が上昇していくのを自覚する。

 耳まで真っ赤にしながら、そして俯く。


「う、う、うむ、任せるがよいぞ。そ、そうだなみ、港はこっちのほうだ。ちゃ、ちゃんと迷子にならないよう私の手を放す出ないぞ。よ、よいか? しっかり握っておれ」


 そうして二人は港のほうへと向かっていく。

 そんな二人を影から見守るフレードリクとクリスティーナも当然その後へついていった。



                ────────────


 港へ辿り着くと、エルネは街よりもさらに活気付いていることに目を奪われたが、何よりもはじめてみる船に驚かされる。


 大きな船、小さな船、様々なタイプの船があり、また船にはそれぞれ旗が大きく高い位置ではためいていて、その旗にはそれぞれの国を表す紋章や、自分達の家名を表す紋章が絵柄として施されていた。


 街にいたときよりも強い潮の匂いがエルネの鼻腔をくすぐり、それらがさらに新鮮に感じられた。

 湾内は人でごった返しており、他国の商品がエルネの目を奪う。


 ちなみエルネとシーヴが港の関所を通ってここに来れたのは、シーヴの顔を知っている役人が関所の門番であったこともあり、シーヴが「お忍びだから決して騒ぐようなことをするな」と厳命して自由に出入りできるための手形を発行させたからだ。



「凄いなあ……」

 エルネからはこのような感想しか出てこない。

 彼にとってはそれしか言いようが無いのだ。

 時間はすでにお昼を過ぎており、午後のティータイムの手前の時間といったところだ。

 天気が良かったのは運がいいといえる。


 空には雲ひとつ無く、水平線のかなたを見通せる。

 あまりの広さにエルネは吸い込まれそうな思いに駆られた。


 そんなエルネの横顔を少し顔を赤らめながら見つめる少女。


「ど、どうだ? 気に入ったか?」

 誇らしげに緊張しなが聞くシーヴ。


「ええ、とても素晴らしいです。初めて見るものばかりでなんていったらいいのか……言葉が出てきませんよ」

 苦笑しながらも、目線は海に向けら手いる。

 まるで目を離したくないといわんばかりだ。


 大公女に話しかけられているのにも拘らず、相手に顔を向けないというのは、少し不敬に当たるが、シーヴは当然そんな事は気にしない。


 そしてエルネは、そのことを失念するほど、海に目を奪われているのだ。

 シーヴはエルネがここまで喜んでくれたことに満足そうに微笑み、内心胸を張る。


 そんな二人に一人の商人が話しかけてきた。


「いやー兄ちゃん達、恋人かい? それとも兄弟……じゃあないねえ。肌の色が違うしねー。へへへ、となるとこいつの出番だ」

 そういって、商人はとある石を見せた。

 その石は、不思議なことに青色と、赤色に中間から別れており、大きさはちょうど手の平に収まるくらいの楕円形の形をしている。


「これは何ですか?」

 珍しいのかエルネが興味をそそられ、商人に問いかける。

 ちなみにシーヴは「こ、こ、こいびとじゃなくて、その、わたわたしと、えるねはむむむ、むこの」などと顔を真っ赤にしながら聞こえないような声でゴニョゴニョとなにやら一人で喋っている。


「こいつはな、南方の国で縁結びの石として恋人達に人気の石なんだ。まあ価値としちゃそれほど珍しもんじゃあねえが、恋人達にゃ必須のアイテムだぜ」

 ニヤリと商人は笑ってそれをエルネに見せ付ける。


「これはな、ほら色が分かれてるところがあるだろ? この部分は結構もろく出来てんだ。そして青色の部分を男が持ち、赤色の部分を女が持つ。んでもって綺麗に真っ二つに割れりゃ恋人達の将来は保障されるっつう一種のまじないも含んでいるんだ。お一つどうだ? 兄ちゃんこの街初めてだろ? 記念にまけてやるよ」


「え? なんで初めてって分かったんです?」

「いや、あんだけ物珍しがって海を見てるやつなんて、大抵この街に東側から来た人間って相場が決まってらァ」

 苦笑しながら商人は答える。


「そんなに顔に出ていましたか」

 少し気恥ずかしくなり、エルネはポリポリと頬を人差し指の先でかく。


「東側から来た人間じゃ仕方ねえよ。誰でも通る道だ。んでよこの石買わねえか?」

「でも、その石、綺麗に割れなかったら恋人達は気まずくなるんじゃないですか?」

「はは、それほど大層なもんじゃねえよ。南方じゃ綺麗に割れなかったら何回も挑戦するのが普通だしな」

「意味ないじゃないですか」

 エルネは思わず呆れた声を出す。


「意味なんて無くたっていいんだよ。綺麗に割れた石をお互い持つことに意味があるんだ。恋人達のまじないなんてそんなものだろ」

「そうですね、分かりました。じゃあせっかくですのでお一つ下さい」

 そういってエルネはお金を渡す。


「毎度あり。一つでいいのかい? 予備にいくらか持っておいたほうがいいんじゃねえの?」

 さすがは商人だ。恐らく南方の商人達もこうやって、何度も石を買う恋人達から儲けさせてもらっているのだろう。


 一つ一つの金額は大したことはないがちりも積もればなんとやらである。

 エルネは苦笑しながら、今は一つでいいですといって、商談は成立する。


「もしうまく割れなかったらまた来てくれよ。この辺で商売してるからよ」

「分かりました。ありがとうございます」

 そうして商人は離れていった。


「それじゃシーヴ様、早速試してみましょうか?」

 もちろん途中で我に返っていたシーヴも説明を聞いていたのだ。

 そしてエルネから急にそんな事を言われて戸惑うシーヴ。


「ま、待て! もしうまく割れなかったら……私は……困るぞ……」

 どこか自信なさげにシーヴは少し後ずさる。


「シーヴ様? ただのまじないですよ? そう気になされるほどのことではありませんと思いますが?」


「馬鹿者! ま、まじないだからこそ大事なのではないか! まて、しばらく時間をくれ……よ、よいか、そうだな、取り合えず、今日の所は屋敷へ戻ろう。そこで心の準備をするからな」

「分かりました。では屋敷までの案内をよろしくお願いします」

 苦笑しながら石を懐にしまいこみ、再びシーヴの手を取るエルネ。

 顔を赤らめながらシーヴは屋敷までの道のりを案内するが、エルネ自身が今日一日緊張しっぱなしだっったというのは全く気付いていなかった。


 エルネは内心、心臓の鼓動が早くなっているのを自覚しながら、表情に出さないようにするのが精一杯だったのだ。


 男性がリードする貴族社会の教育の賜物ともいえる。


 そしてそんな心情を、影で見守っている二人のうちの一人はあっさりと看破して、ポツリとつぶやく。

「まだまだですね」



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