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第三章~一話


「……うーむ」

 水晶宮の一室で小麦色の肌を持つ少女、シーヴは手紙を読んでいた。

 その手紙には自分の事を心配するような文面がびっしりと飾られており、それが5枚の羊皮紙にわたって綴られていた。


「いかがなさいましたか?」

 彼女の侍女である豊かな黒髪を持ちそれを後ろで束ねているクリスティーナが自分の主に声をかけた。

 シーヴはソファに腰掛けながら、何度もその手紙に目を通している。


「いや、なに……お父様が私の近況について手紙を送ってきてのでな、それに目を通していたのだが……読んでみろ」

「失礼します」

 そう言ってクリスティーナはその手紙に目を通した。


─────────わしの可愛いシーヴよ、王都での生活に不便はないか? 聞けば誘拐の危険に晒されたそうじゃないか、わしはその報告を受け取ったとき思わず怒りに我を忘れて、ベリセリウス公と連絡を取り、王都に兵を向けるとこじゃったぞ。


 お前を攫った薄汚いやからをこの手で八つ裂きにしてやりたいわ。

 怪我はなかったのか? 変なことをされてはいないか?

 わしは心配で夜も寝れんぞ。

 ああ愛しのシーヴよ、お前を想うだけで、この胸の高鳴りは抑え切れん。

 お前の愛くるしい表情を思い出すだけで、わしは仕事に手がつかない状態だ。


 お前のきめ細やかな、絹のような肌触りの感触も未だに忘れられん。

 可愛いシーヴや、お前からの手紙はわしはいつも寝る前に枕のそばにおいて、夢の中だけでもお前が現れないかといつも願っている。


 王都では変な虫に纏わりつかれておらんか?

 お前の魅力ならば片手に余るほどの男共が群がってきておるだろうが、騙されてはならんぞ!

 お前の魅力をわかっているのはこのわしだけなのじゃ。


 良いか変な男に心を許してはならんぞ。

 何かあればクリスやデニスを頼るのだ。

 あの者たちで処理できないようであれば、わしに手紙を送るが良い。

 使者を立てて国王を叱り飛ばしてやるわ。


 お前を危険な目のあわせたことで、国王はこちらに頭が上がらない状態だからな、今なら多少の無茶も聞いてくれるわ。


 可愛いシーヴや、愛しいぞ。たまには顔を見せに帰ってきてほしいものだ。

 この世でお前を一番愛しているのはこのわしだ。

 そしてお前もこのわしを愛していると、わしは理解しておる。

 愛しい者同士が引き裂かれるなど、なんと悲しい世の中か……


 しかしこれも人の上に立つ者の勤めでもある。

 お前の桜色の可愛らしい唇、お前の母を思わせる絹のような肌触りの小麦色の肌、お前の雪のようなふわりとした銀色の髪、そしてお前の大きな瞳と可愛らしい小さな顔。


 すべて忘れられる様なものではない。

 愛しているぞ、わしの愛おしいシーヴよ──────────


 などという文面が羊皮紙5枚に渡ってびっしりと綴られている。


「……こ、これは……」

 クリスティーナはさすがにどう反応していいかわからず、シーヴも困った顔をしていた。


「まったく……お父様の心配性も困ったものだ。手紙で私は息災でやっていると言っておったのだがな……」

 苦笑してシーヴは再び手紙に目をやる。


 クリスティーナにとって突っ込みどころは満載である手紙だ。

 もはや親が娘を心配するレベルの手紙ではなく、まるで恋人同士がやり取りするような文面なのだ。


 大公様! これは断じて娘に送るような内容の手紙ではありません!


 思い切り自分の君主に向かって罵倒するクリスティーナだが、やはり口に出すわけにはいかない。

 お互いちゃんと親と娘のやり取りということを認識している以上、余計な口をはさむわけにはいかないのだ。


 大公の親馬鹿ぶりはクリスティーナも承知の上だったが、娘が離れたことによって、それはますます加速したようだ。


 基本的にシーヴが絡まなければ、大公は優秀な人物であり、判断力、決断力、実行力、全てにおいて優秀と言っていいだろう。

 しかし、シーヴが絡んだとたん、それらは全て鳴りを潜め、ある意味手の付けられない親馬鹿となってしまうのだ。


 とはいっても娘のために領民に重い税を貸し無茶をやらかすというわけではなく、良識を持った親馬鹿といってもいいが、仕える人たちにとっては迷惑なことも多々あるのが実情だ。


 昔、シーヴが幼い時に「外で入浴を楽しんでみたいな」と無邪気に言った一言によって、大公家の屋敷が大改造され、露天風呂などが出来たり、「海を見てみたい」といった一言から、フリュート級の船が急ピッチで新造され多くの職人が大変な目にあったりと、それなりの被害をこうむっていたのだ。


 もちろん職人達には労働力に見合った報酬をしっかりと渡しており、満足してもらえたのだが、大変なことには変わりない。


 さらに新造された船の処女航海のときは、その日一日、港を封鎖するという暴挙に出そうになったが、さすがにそれは経済に混乱をもたらすと周りのものが諌めて事なきを得たのだが、部下一同冷や汗をかいたのは間違いない。


 それほど娘を溺愛していた大公が、シーヴと引き離されたのだ。

 手紙に書いてあることはほぼ事実と見て間違いない。


 とはいえ、シーヴに向かって「この手紙は少しおかしいです」などと水をさすような真似を出来るはずもなく、クリスティーナは頭を抱える。


「そういえばエルネのことをお父様には、まだ言ってなかったな。よし、エルネのことを知ればお父様も安心するだろう。私にはこんなに心強い味方がおるのだと、はっきりと手紙に書かなければな。そ、それと……わ、私の……しょう……将来の……む、む……」


 思い切り顔を赤らめて、言葉を詰まらせるシーヴ。

 相当な照れがあるようだ。


 クリスティーナはその事を、あの大公様に言っていいものかどうか少し頭を悩ませるも、いずれ通らなければならない道なので、先延ばしにすることはないと思い直し、特に口を挟まなかった。


 そうしてシーヴは手紙を書き始める。


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