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第九話


 相手の木で出来たレイピアが雨あられと、エルネの体に襲い掛かる。

 前に踏み込むことが出来ず、円を描く動きを交えながら徐々に後退を余儀なくされる。

 相手の動きは直線的で読みやすいはずにもかかわらず、体が対処に追いつかないのだ。


 10手先の攻撃は読みきっているが、それをかわせるかどうかは、また別の力が必要となってくる。

 分かってはいるのに、相手の攻撃が早すぎるのだ。


 エルネのカタナが斬る事に特化した武器であるなら、レイピアは突く事に特化した武器だ。


 重さはカタナほどは無く、一撃の攻撃力もカタナには劣る。

 しかし点を中心とした攻撃のスピードは、達人が扱うことによって凄まじい手数となって相手を襲うのだ。


 急所だけではなく、体のあらゆる部分に点の攻撃が繰り出されるが、エルネは紙一重で払い、はじき、かわしてはいるものの、誰がどう見てもおされている。


 体の体調が万全であればま抗いようはあったかもしれないが、不完全な状態とは言えこの場に立った以上それは言い訳にしか過ぎず、また姉であるマルギットも弟の体が不完全な状態を知りながら手加減することなど頭に無い。


 そしてついにマルギットの一撃が、エルネの肩を捕らえた。


「はぁっ!」

 呼気と共に繰り出されたその一撃は、エルネの傷に響き、二手、三手とエルネの体に穴を空けんばかりの威力で襲い掛かった。


 その猛攻を受けてエルネは大きく後ろに吹き飛ばされる。

「がっ……はぁはぁ…」

「どうしたの? 初代の精霊に認められた割にはもうおしまいなの? 昔のことをいつまでも引きずっているアンタじゃそれが限界かもね」


 マルギットは余裕で言葉を放つも、実はそれほど余裕があったわけではない。

 ここまでの攻防であわやと言うところが何度もあったのだ。

 肩で息をしているのがその証拠となる。


「くそ……」

 負けん気を発するもさすがに体が言うことを聞かず、上体を起こすことが出来ないエルネ。


「どうやらここまでのようね。ったく、それだけの実力がありながら何が気に食わないの?」

 先ほどの言葉を撤回するような言い方だ。

 先ほどは大したことないと言い放ち、今度はその実力を認めるという。

 矛盾もいいところだ。


 その言葉を受けてエルネは目を見張る。

 姉はそのまま言葉を続ける。

 ベルトルドは沈黙を守っており、ただじっと見ているだけだ。


「そうね、結論から言いましょうか。あんたのしこりとなっている部分。ええ正解よ。あんたがもし精霊に認められなかった場合、家から追い出されていたでしょうね」

 エルネの心にズキリと痛みが走る。

 薄々は分かってはいたが、こうはっきりといわれると、やはり内心冷静ではいられない。


 マルギットはそのまま言葉を紡ぐ。


「……今更謝ったところであんたのしこりがなくなるわけじゃないと思うけど、当時幼い貴方を傷つけた事は謝るわ。ごめん。でもね……私だろうが兄さんであろうが精霊を顕現させることができなかった場合やっぱり家を追い出されていたのは事実なのよ?」


 少し悲しげに言葉を放つマルギット。


 あの当時12歳だったマルギットは、特に深い意味があってエルネを罵倒したわけではなく、ただ単に弟をからかうための材料ができたという程度の認識で言葉を放ったのだが、それがエルネをどれだけ傷つけたか想像していなかったのだ。


 よくある話である。

 加害者が軽い気持ちではなった言葉や行動が被害者にとってどのようなことになるかという問題でもあるのだ。


 それを当時のマルギットは理解できず、そして大人になるにつれその事を理解したのはいいが、謝る機会をすでに失っており、また生来の負けん気の強い性格といえば聞こえはいいが、意地っ張りで頑固な部分もあり、弟に頭を下げることが出来なかったのだ。


 そしてその事に罪悪感を覚えていたのも事実である。

 ただその一方で、自分は成長するにつれ精霊の一族の意味を知り、エルネが外で色々な経験をすることによっておのずとその意味を理解することを期待していたのも事実であった。


 勝手な言い分だということは分かってはいるが、エルネがその事を理解したときに初めて謝罪しようと思っていたのだ。


「どういうことだよ……僕だけじゃなくてもしかしたら兄上たちまで追い出されていたかもしれないって」


 今までの打って変わった姉の態度にエルネは少し戸惑うも、敵意を向けたまま姉に目線を向けた。 


「……万が一精霊とのパートナーになれなかった場合、色んな人から中傷を受けるでしょうね……ヴィクセルの名前を持っているのに精霊に認めてもらえなかったのか? とね……当時幼かったアンタにそれを理解しろって言うのは無理があったけどね、父上や母上もそれなりにショックだったとは思うよ。だから貴方には思わずきついことを言ったし、幼い貴方はそれが傷となってここまで来てしまった。もう少し早くにちゃんと話し合える機会があれば、少しは違っていたかもしれないけど……私も兄もフォロー出来なかったわね」


 エルネは口を挟むことなく姉の言葉を聞いている。

 今いる現役の精霊騎士のなかには、かつてのヴィクセル家から分家した人たちがかなり多いのだ。

 マルギットはエルネがヴィクセル家の名を名乗るたびに、その人たちから……いやその人たち以外からすらも馬鹿にされるということを言っているのだ。


「だから貴方をヴィクセルとは別の家に預けてそういった目から守るという意味も多少は含まれていたんでしょうね。私はそう思っているわ」


「でも、あの時の僕にそんな事分かるはずないじゃないか……」 


「……だから許せとは言わない。けどね今は知ったんでしょ? いえ、もっと前から本当はわかっていたはずよ。貴方も侯爵家の人間で、そして家の教育を受けてきたんだから……ただ幼かった時についた貴方の傷がそれを認めようとしなかったんじゃない? さすがに今更和解しようなんて虫が良すぎるのは分かっているわ。私や両親を恨むのはそれはそれでいいと思っているよ。でもすっとそのままというわけには行かないでしょ? 私はともかくいつかは両親と和解をしなければ前に進めなくなるんじゃない? あるいは……」


 何かを考え込むようにマルギットは言葉を途切らせてエルネに瞳を向けた。

 今まで自分を見ていた目とは違う光にエルネは思わず目をそらした。


 まさか姉がこんな風に自分を見ていたとは思わなかったからだ。

 それでも姉の言うとおり今更和解なんて虫が良すぎる。

 あまりにも勝手な言い分にエルネは怒りに支配された。


 あの時自分がどれだけ傷ついたのか本当に理解しているのかと……


 身勝手すぎる言い分に、そしてその事を理解はしていたものの、一番それを言われたくない相手に言われ、思わず頭に血が上る。


「なんで今更……本当に好き勝手なことを言ってくれるよね! あの時ソードに認められたって言ったのに信用してくれなかったじゃないか! そうだよ、僕だって馬鹿じゃない。そんな事くらいわかっていたさ! けどね……それをあんたに……あんた達にだけは言われたく無かったよ! どうして今になって!! あの時すぐに謝罪してくれればこうはならなかった! なのにどうして今更蒸し返すんだよ!」


 だから地に落ちていた木刀を拾い上げ姉に思い切り叩き付けた。


 マルギットはそれを避けようともせずに、まともに額で受け止める。

 ドロリとマルギットの額から血が、地に流れ落ちた。


 しかしマルギットはそれを拭こうともせずに、ただエルネを見据えている。

 エルネはそんな姉の目を見て余計に心をいらだたせた。


「ふざけるなよ! 僕がどんな思いで、あの家にいたのか! あんたは……あんた達は理解しようとしたのかよ! それを今になっていきなり納得しろ。大人になれだって? 都合のいい事を言うなよ!」


 自分の姉の肩を、腕を、言葉の一つ一つに力を込め打ち据えていく。

 そのたびに鈍い音が響き渡りマルギットは苦痛に顔をゆがめるが、決してエルネの顔から目をそらそうとはしなかった。


 そしてエルネが上段に木刀を振り上げ、マルギットに振り下ろそうとした瞬間にそれは止まった。

 ベルトルドが、上段に振り上げられた剣先を掴み取り、押さえ込んだのだ。


「……さすがにこれはきついわね……はぁはぁ……これ以上、言い訳はする気は無いわ……さっきも言ったけどこれで許せとは言わない……もう貴方は家に縛られる必要は無いんだから自由にしなさい」

 息も絶え絶えにマルギットはその場で崩れ落ちる。


「おい! マルギット!」

 ベルトルドが思わずマルギットに声をかけるが、マルギットがそれを手で制し言葉を続ける。


「兄さんは黙ってて……いいじゃない。もう自由にしてあげましょうよ……初代の精霊に認められた人間よ。家のことは私と兄さんで何とかできる。そうでしょ?」

 その場にへたり込みながらも兄に言葉を向けるマルギット。


「しかし、お前それが何を意味するのか本当に分かっていっているのか?」

「ええ……父上や母上も罰を受けるべきよ……」


 エルネは姉が何を言いたいのかここで初めて理解した気がした。

 姉の言うとおり今更和解なんて無理なのだ。

 どう取り繕ったところで、結果は変わらない。


 ならば自分のとるべき道は……


 姉は何とか立ち上がり、足を引きずりながらもその場を後にした。

 最後に見た姉の顔には、自分がつけた大きな傷跡があり、それは恐らく一生消えることの無いような傷でもあった。


「兄上も姉さんももしかしたら追い出されていたかもしれないって事実は受け入れているんだよね……」

「ああ、ただな俺達がそれを理解できるようになったのは、お前の歳より少し上くらいかな……」


 少し寂しげに兄は弟に言葉を向けた。


「でも言い訳にしか過ぎないんだよね……それって……あの時……やっぱり辛かったな……いきなりだったんだもん」

 兄は沈黙を守っており、答えようとはしない。

 いや言葉が出て来ないのだ。


 心を傷つけられそれをそのままに育った弟と、大人になるにつれ自然とそれを理解できた自分達とじゃ立場が違いすぎるのだ。


 だからこそ何も言えない。


「……少し一人にしてくれないかな……考えたいこともあるし。フレードリクも席をはずしてくれたらありがたいな」

 二人はその言葉を聞いて、その場を後にする。


 エルネは姉の言った意味を良く考える。

 精霊を顕現できなければ自分は家を追い出されていた。

 しかしそれは自分だけに限らず、兄や姉にも言えることなのだ。


 いや本当は分かっていたのだ。これでも侯爵家としての教育を受けており、自分の一族が何を意味するのかを……大魔霊が出没したときヴィクセルの名を持つ自分があの場に立ったからこそ士気は上がり、戦線は維持できたのだ。


 だがもしヴィクセルの名を持ちながら精霊を顕現させることが出来ない自分があの場にいたらどうなっていたか……下手をすれば希望は絶望に変わっていたかもしれない。


 分かってはいるのだ。しかし幼かったエルネの心の傷が一種のトラウマとして形をとっており、エルネはそれを認めようとしなかったのだ。


 兄や姉は、それを受け入れるだけの心の準備と覚悟を作るための時間があった。


 だがエルネは幼い頃の心の傷が邪魔をして、それを受け入れることが出来なかったのだ。


 誰かが、ほんの一押し何かをしてくれていれば違った家族関係が生まれていたかもしれないが、それこそマルギットや自分が言ったように今更なのだ。


 たとえ両親が今この場に現れて、エルネに謝罪したところでエルネはそれを受け入れることなど出来ない。

 幼い頃にできた傷は、すでに大きくなりすぎて、もはや修復が不可能な状態となってしまったのだ。




 いまだ15歳の少年には親の気持ちが分からない。

 だから考える。

 これからどうするべきか。

 どうのような行動を取るべきか。


 そして姉が何故あのような態度を取り続けていたのか……

 様々な思いがエルネの胸中を襲う。

 姉に言われたからではない。

 これは自分で考えて出した結論だ。


 いや前々から思っていたことを実行するだけの話だ。

 確かに姉の言葉に後押しされて様な形にも見えるが、本当に悪いのは誰なのか……


 決まっている……そう、姉は自分に対して色々な事を言ってきてはいたが、では自分を追い出すと最初に言った人間は一体誰なのか? 


「はは……そうだよね……あーあ、今頃になって気付くなんてね……だったら今度は僕が……」

 その独り言は誰に聞かれるでもなく虚空へと消えていった。



                ──────────



「なに? アステグ卿が謁見を求めているだと?」

 国王ラーシュ=オロフは執務室にて書類から顔を上げ、宰相であるベンディクスに目線を向けた。


「はい、いかがなさいますか? あの程度の身分であればこちらのほうから断りも可能でしたのですが……なにぶんヴィクセル家の者となるとさすがに無下にはできずお伺いいたしました」

 国王は少しだけ沈黙しなにやら考え込む。

 やがて国王の口が開かれた。


「ふむ、まあいいだろう……こちらへ通せ。そうだなもう少ししたら書類のほうも一通り終わるからそれまで待たせておけ」

「は!」

 そういってベンディクスは一礼をして、その場を後にする。


「ふむ……なんであろうな」

 国王は独り言を漏らしそのまま自分の作業に没頭した


 やがて、一通りの仕事が終わり一息ついたときに、宰相と共に黒髪の少年が国王の前に現れて膝を折る。


「用件をいうが良い。アステグ卿。ここには人目が無いのでな、そうかしこまることも無かろう。楽な言葉遣いでかまわぬ」


 そしてエルネは打ち明けた。

 自分のこれからの行動を、決して一時の感情などではなく、その意味を知るために必要なことだと思い、国王にそのための許可を願い出たのだ。


 そして国王はそのことに対し深く考え込み、言葉を述べた。


「貴君の思いは良く分かった。だがそれをしてしまうと、本当に戻れなくなる可能性も出てくるのだぞ? それで良いのか?」

「は、未熟な身なれど、私なりに考えて出した結論でもあります」

 国王はいまだ若々しさのある少年の瞳を見て、最終的な結論を下す。


「よかろう。では今日よりそのほうはエルネスティ・アステグを名乗るが良い」

「陛下の寛大なる決断。臣として感謝を捧げます」

 そしてエルネは国王の執務室を後にする。



 エルネのいなくなった執務室で、国王は宰相に言葉を向けた。


「やれやれ……いつの世も家族間というのは厄介なことが付きまとうものよな……」

「しかし、このまま済ませるわけには行きませぬ」

 国王は宰相が何を言いたいのかは充分汲み取っている。


「ふう……そうだな……初代ヴィクセルの精霊に認められたものをあのような形で分家させるまでに追い詰めるとは……下手をすればお家騒動の元にもなりかねん」

「それだけではありますまい。かの家の当主は立場を無くすでしょう。むしろかの家だからこそ特別扱いは出来ませぬぞ」

 本来であれば家の騒動の元となることに関してはよほどのことが無い限り、国王からは口を出さないのだが、精霊の一族となると話は変わってくる。


 ましてや今回は初代ヴィクセルの精霊に認められたものの出奔なのだ。



 あのような優秀な人間に見限られるとは、あの家は一体どうなっているのだ? 少し見方を変えた方がいいかも知れんな。


 つまりこういう風評が蔓延してしまうのだ。

 そしてヴィクセル家の優秀さはこの国に知れ渡っている。

 それゆえ、羨望と同時に嫉妬も当然受けている部分がある。


 そして今回のこの件だ。

 かの家の評価は口々に渡り一気に落ちるだろう。


 王家としてはそれはとてもよろしくない出来事なのだ。

 ゆえに国王はもう一つの決断を下す。


「アーロンは隠居させろ……やつには大分世話になったが、話がここまで大きくなるとさすがに許容できん。当主が変われば風評は下火になるはずだ。そうだないくらかの準備期間も含めて三ヶ月以内。そう通達しろ」

 これには様々な意味が含まれている。

 一つにはアーロン、すなわちエルネの父親がエルネを手放すことによって、エルネを中傷から守ろうとしたように、国王はアーロンを自らの手によって断罪することにより、ヴィクセル家の評価を守ろうとするという意味だ。


 ある意味皮肉な話とも言えるが、自業自得でもある。

 宰相は一礼をして、席をはずし部屋を出た。


「……家族間に関しては今のところ俺の代は良しと評価されているのだろうか……やれやれ本当に厄介だな」

 国王は苦笑して新たな仕事に取り掛かった。

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