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第八話

 エルネ達が満身創痍の状態で、なんとか本陣へ辿り着くと、そこには様々な人間達が報告のため列をなしており、アスプルンド公爵はその対応に当たっていた。


 見るとどこもかしこも傷だらけの兵ばかりで、五体満足な兵は何処にもいない。

 エルネは責任者の位置にいるわけではないので、わざわざここまで来る必要は無いのだが、約束を果たすために足を引きずりながらもここまで来たのだ。


 そして目を向けると、小麦色の肌を持つ少女がエルネを見つけ駆け寄ってきた。

「……無事であったか……心配したぞ……」


 すでに日は朝焼けの状態であり、周囲はわずかに明るくなっている。

 シーヴの目にはクマが出来ており、まともに寝ていなかったのを証明している。


「シーヴ様……ちゃんと睡眠は取られたのですか? 大分お疲れのようですが……?」

 息も切れ切れにエルネはシーヴに言葉を向ける。


「いつもいつもボロボロだな。お前は……私は守られているばかりだ……」

 悔しそうにうつむくシーヴ。


「貴方様を守るのが私達の義務です……どうぞお気になさらずに…」

「ならば私もお前達のためにできるための何かがあるはずだ……私はお前のために何をしてやれるのだ……いや……それは自分で考えるべきことだな。これ以上のお喋りはお前に負担になる。お前は約束を守ってくれたのだ。さあゆっくりと休むが良い」

「では、失礼いたします」

 なんとか敬礼をして休むための場所へと向かうエルネ。


 そんな二人を遠くから見つめる一人の少女。


「いいのですか? イェリン王女殿下? 今弱っているあの者に声をかければ」

「ええ、わたくしの狙いはどうやら読まれていたようですからね……少し悔しいけどこればかりは仕方ありませんわ……さてわたくしもほとんど寝られませんでした。少し休みます」


                 ───────────


 休憩所へ向かう途中、エルネの前にマルギットが立ちふさがる。

 彼女自身も相当な傷だらけであり、顔にはいくつかの切り傷が見える。


「……今は疲れているんだ……さすがにあんたの相手をしている余裕なんて無いよ」

 珍しく姉の前で弱音を吐くも、目は確実に姉に対して敵意を向けている。


「ふーん……ずいぶんと弱音を吐くのね……まあいいわ、私も今ここであんたとやりあう気は無いからさ。ただね、そろそろあんたの8年前からの態度に決着を着けてあげようと思ってね。シェシュテイン王女殿下にまで噂が広まっていたとはね……さすがにこれ以上の放置はまずいわ」

 マルギットの口ぶりからすると、エルネが死ぬことなど微塵も考えていなかったような口調だ。

 生きていて当たり前、そんな言葉が出てきても不思議は無い態度であった。



「……」

 エルネは無言で相手の言葉を待つ。


「良い? 王都に戻ったら私と手合わせしなさい。言いたいことはそれだけよ。ああ、逃げても文句は言わないわ」

 そういって踵を返してエルネの前から立ち去った。


「誰が逃げるもんか……」

 ぽつりとエルネはつぶやき、その言葉はソードと彼の従者のみに聞こえた。


                ────────────


 結局わずか1日しか避暑地には滞在が出来ず、とてもバカンスとはいえない状態のままエルネ達一行は王都の門を潜った。


 アスプルンド公は報告のための事後処理として、中々領地に戻れず、王都に少しの間駐留することなり、それにあわせてアウグストもまた王都見物のため兄と一緒に駐留することとなった。


 マルギットもアウグストの護衛の役なので、王都に留まり激戦の傷を癒し、体調を整えてた。


「そろそろ時間か……」

 ぽつりとエルネはつぶやく。


「ほんとに行くんですか? 体の傷だってまだ完全ではないでしょうに……もう少し日を延ばしてからでも……」

 彼の従者であるフレードリクが主をたしなめる。


「姉さんはもう体調は完全に回復しているんだ。弱みなんて見せたくないよ」

 姉のこととなるとどうしても負けず嫌い……といえば聞こえはいいが子供っぽくなるエルネを見てフレードリクは諦めた。


「ようやく骨に入った傷も治りかけてきたっていうのに……仕方ありませんね」


 ため息と共にエルネに付き従うフレードリク。

 二人の少年は準備をして部屋を出た。



                ───────────



「マルギット……ほんとに言うのか……?」

 ベルトルドが妹に向かって口を開く。

 少し困ったような口調でもあり、悩んでいるような口ぶりでもある。


「ええ、これであの子も多少スッキリするんじゃない?」

 訓練場にはマルギットとベルトルドの二人だけだ。

 ヴィクセルの名において貸切にしたので、他の人は誰もいない。


「大体ね。初めからはっきりと言ってやればよかったのよ。そうすればあの子もウジウジせずに自分の道を見つけられたかもしれないんだから。まったく家から離れてヴィクセルの名がどれだけの意味を持つかをわかればおのずと気付くと思ったんだけどね。やっぱりただのガキよ」


「しかし、それを知ってしまえばあいつは……」

 ベルトルドは少し心配そうに言葉を放つ。


「はぁ……兄さんはあいつに甘いのよ。まあ、たぶんあいつも薄々は分かっているんでしょ。それをはっきりさせてあげるだけなんだし、それを聞いてあいつがどんな道を選んでもそこまで干渉する気は無いわ」


 ベルトルドは諦めたようにため息を吐き、沈黙する。

 そして妹もそれに合わせるように沈黙する。


 やがて妹はその姿を見つけて、つぶやいた。

「来たわね……」



                ───────────


 水晶宮と二の宮の間にてシーヴは考え事をしていた。

 花を愛でいるわけでもなく、噴水の水の光に心を奪われるでもなく、また散歩を楽しむでもなく、まるで周りの景色が目に入っていないようでもある。


「シーヴ様? いかがいたしました?」

 彼女の侍女であるクリスティーナが声をかけた。


「……いやなに……私はつくづく子供だと思い知らされてな……」

 ぽつりとシーヴの口から信じられないような言葉が紡がれた。


 普段から子供扱いされるのを良しとせず、子供っぽいといわれるとすぐにふてくされるような表情を出すこの少女から「自分が子供だと思い知らされた」などと、クリスティーナは一瞬耳を疑った。


「あの時、私は何も出来なかった。なにも……私達の命を守ってくれたのはエルネであり、そしてエルネを含めた護衛兵達だ」

「ですが、それが彼らの役目であり、義務ですよ?」


 クリスティーナが少しだけ何かを意図してあえて質問をぶつけた。


「ふむ……確かにな……では私の義務とはなんになるのであろうな……人質代わりにここで人形のように花を愛でていることが私の義務なのか? いずれ大公領を継ぐ身としてそれでよいのか?」


「それをずっと考えていらっしゃったのですか?」

「そうだ……」

 クリスティーナは少しだけ嬉しく思った。

 この王都に来てから命の危険とも思われる状況に三回も遭遇し、この少女の中で何かが変わろうとしていたのを実感したからだ。


 命の危険は決して喜べるようなものではない。

 しかし、その状況を潜り抜け、そしてシーヴは幼いなりに何かを見出そうとしていたのだ。

 クリスティーナは自分の主を救ってくれた少年に心の中で何度も礼を言う。


 人はすぐには大人にはなれない、しかし大人になろうとする努力があれば成長は出来るのだ。


 二人の少女がそのような会話をしていたとき、見事な赤毛の髪を持つ第二王女イェリンが視界に入る。


「……あらあら、なにやら深刻な顔をしていますけど、貴方のような者が知恵を振り絞るとろくなことになりませんわよ。大人しくしていれば、みな平和というものです」

 そしていつものごとくシーヴに対して嫌味を言うイェリンだが、どこか精彩が欠けている。

 生まれて初めて命の危険に陥った精神状態からまだ立ち直れていないのか、それとも別の何かがあるのか……


 そしてその挑発を受けてシーヴは一瞬アイスブルーの瞳をを釣り上げたが、すぐに心の激情を抑えた。


「ふむ……そうかもしれんな……しかし何も考えず、ただ流されるまま行動するよりは、何かを考えて行動したほうが得るものはあると私は考える。ああ、すまないイェリン殿は私を視界に入れることがあまり好ましくなかったのだったな。私は早々に立ち去るので、イェリン殿は心行くまで散歩を楽しむと良い」

 シーヴは嫌味を交えず、本心からそういって、イェリンに対し敬意を払い、踵を返そうとしたが、それをそのまま見過ごすイェリンではない。


「お待ちなさい! ……何が狙いですの? いきなりそのような事を大公女殿下ともあろうお方が口にするとは思えませぬ。なにか変なものでも食べたのかしら? それともあの避暑地での出来事によって、精神的に何らかの異常でもきたしたのかしら?」


 相手の言葉を受けて、歩をピタリと止め再び相手に向き直るシーヴ。

「特に他意はなかったのだがな……何、いままでのいざこざを水に流せとは言わぬ。ただな私は大公家の名代としてここにいる以上、王家のそなたと不必要に争う必要はないと思ったまでだ。もちろん全てを譲るわけではないが、まあその程度のことであれば腹を立てても仕方あるまい。下手に争いごとを起こして、周りの者たちに迷惑をかけるわけにいかんだろ? ではな」


 シーヴとしては自分はまだ子供であり、何が出来るのかわからないのだが、せめて自分自身に来る怒りなどは我慢できることであれば、出来るだけ我慢しようと思い、深い考えがあっての発言ではないのだが、イェリンにとっては、なぜかそれが余計に心をいらだたせた。


 イェリン自身にもなぜイラつくのかは把握できていない。

 相手は譲るといっており、この場においての勝者は自分であるはずなのに、心が落ち着かないのだ。

 しかし相手はそのまま背を向けて、イェリンの目の前から去っていった。



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