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第七話


 高原避暑地南側、ここでも現在激しい戦闘が繰り広げられていた。

 多くの兵が地に伏せており、また術師達のほとんどが大なり小なりの傷を負っている。


 今この場での指揮をとっているのは、マルクス・ビルトと言い、彼は水の精霊騎士でもある。

 現在、30を越えたあたりのベテランの騎士であり、この一角で、魔霊を相手に勇戦していたのだが、大魔霊の出現によって一気に戦況が悪くなった。


「体勢を立て直すぞ! 俺が殿を勤める! 傷ついたものはいったん下がれ!」

 マルクスの一喝が戦場を駆け巡るが、数十体の魔霊を中心とした大魔霊の猛攻によってすでに指揮系統はズタズタに分断されている。


「この! 化け物があ!」

 気合の咆哮と共に、マルクスに体から水が地走りのように4方向へ向けて走り、魔霊の群れの中ほどまで進み、4つの水柱が立ち上がる。


 その水柱に巻き込まれ、多くの魔霊がその水圧によって押しつぶされ、あるいは切り裂かれ虚空へと消えるが、マルクスは苦々しげに攻撃を放った方向を見据える。


 そこには、三人分の胴回りがあるような力強い太い足が4つ大地を踏みしめ、高さは5メートルほどあり、頭から尻尾の先までは10メートル以上あると思われる強大な猪のような顔つきをした魔霊が全くの無傷で、こちらを睨むように見据えていた。


 これが南側に出没した大魔霊だ。

 近づけば周りにいる魔霊の攻撃を受けるため中々剣や槍の届く間合いには入れず、攻撃手段は弓か術師または精霊騎士の力により遠距離攻撃のみとなっているのだが、弓はまともに相手に傷つけることすらなく、また術師の攻撃すらもそよ風のごとく受け止められる。


 そしてこの場においての精霊騎士は全員で6人いたが、すでに二人は重傷を負い、残りの四人も傷だらけである。


 大魔霊一体ならもう少し何とかなったのかもしれないが、魔霊をいくら倒しても、次から次へと出没してくるので、ジリ貧となり、すでに疲労困憊状態だ。


 ゆっくりと後退を余儀なくされ、押されているのは誰の目にも明らかだが、マルクスはそれでも檄を飛ばし時には自ら魔霊の群れに突撃を開始していた。


 大魔霊がゆっくりと右足を上げる。


「来るぞ! 盾を構えろ!」

 そしてその足は力強く大地に叩きつけられた。


 瞬間、この戦場一体が大きく揺れ簡易な地震のような状態となる。

 そして、えぐられた土が岩の塊となって兵達に襲い掛かるが、それだけではない。

 頭上からもえぐられた土が岩となって、凄まじい勢いで襲い掛かってきた。


 土から岩へと変換された攻撃はそれだけで多くの兵を押しつぶし、吹き飛ばし、そして絶命させた。


 マルクスは水の力を使いそれらをはじいていったが、水の防御をすり抜け、いくつかのつぶてをまともに浴び馬上から投げ出される。


 さすがに精霊騎士だけあって背中からたたきつけられるようなことは無く、何とか受身を取り、素早く相手に目線をやるもダメージは深刻だ。


「やってくれる……」

 岩のつぶてをいくつか水弾ではじいたものの、額からは血が出ている。

 それでも剣を構え相手を睨みつけ、その闘志はまだ衰えてはいないが、先の一撃により、戦線はすでに崩壊している。


 回りを見ると両の足で立っているものは自分と同じ精霊騎士と幾人かの兵のみであり、残る精霊騎士たちも大なり小なりの傷を負っている。


 大魔霊を中心とした魔霊たちは止めと言わんばかりにマルクス達の襲い掛かった。

 炎が、風が、水が、土が次々と凶悪な武器となって襲ってくる。

 すでに同調も深く、これ以上強めれば喰われる可能性も出てくる。


 剣で水刃を纏わせ襲いかかってくる魔霊達を切り裂いていくも、もはや限界に近い。

 マルクスは覚悟を決める。

 同調を最大限に高め、自我のあるうちに大魔霊を屠る。

 それしか方法は思いつかなかった。


 大魔霊が再び方向を上げる。

 口を開き、その強大な口から、それにあわせた熱量を誇る大きさの火球が繰り出されたのだ。


「終わりか……陛下申し訳ありません……」

 その火球を前にマルクスはついに負けを悟り、それでも一矢報いようと最大限に力を溜める。

 剣に強大な水刃が出来上がり、その火球に向けて思い切り、切りつける。


 水と炎、これらがぶつかり合った場合、どうなるか。

 水の力が圧倒的に強ければ火を圧倒し消すことも可能だろう。

 炎が強ければ水を圧倒し蒸発させることも可能だろう。


 ではある程度の力を持つ火と、ある程度の力を持つ水がぶつかり合った場合はどうなるか……

 答えは大爆発である。


 火の力によって蒸発した水が一気に膨れ上がり、その威力は爆発となって周囲を襲うのだ。

 水蒸気爆発といわれる現象の一つだ。


 ゆえにマルクスはそれを利用し、一種の自爆に近い形で魔霊を屠り、そして大魔霊を倒そうとしたのだが、それは起きなかった。


 マルクスに放った水刃はそのまま大魔霊に直撃したのだ。

 マルクスは目を疑った。

 なぜならそれはありえない光景だったからだ。


 マルクスの水刃と大魔霊の火球がぶつかる寸前に、なぜか火球のみが切り裂かれ霧散したのだ。

 そして、そこに見えるのは小さな人影だった。


「同調を解いて下さい」

 ふと見ると、自分の隣に金髪の大柄な少年がたっていた。

 見覚えのある顔だ。

 ならば、前方に見える影は……そう思いマルクスは同調を解く。

 とたんに無理した反動により体から力が抜けるが、自分より年下の少年の前で無様な姿を見せるわけには行かない。


 そう思い両の足に何とか力を入れ相手を見据える。


「……これが大魔霊? でかすぎだよ……」

『魔霊の集合体でもあるからね……』

 火球を切り裂いたエルネは相手を見上げて思わずぼやく。

 しかし、このまま立ち尽くしているわけには行かない。


 ゆえにソードを構えて相手と対峙する。


 大魔霊が飛び込んできた小さな影にその醜悪な目を向けた。

 先に放たれた水刃の直撃で多少ダメージはあるものの、もともと魔霊の集合体なだけあり、水の属性もあるので、致命的なダメージではない。


 そして咆哮をあげた。


 大気が震え、大地が揺れる。

 大魔霊の周りにいる魔霊たちがいっせいに動き出した。


「動けるものは彼の援護をしろ! 精霊の一族の血を持つヴィクセル家の子息だ! 決して諦めるな!」

 マルクスは動けぬ身でありながら、指示を飛ばす。

 もはやここにいたっては、例え見習いとはいえ精霊の一族の血に頼るほか無い。

 エルネのことを見下しているわけではないが、あのような若者に頼らなければならない無念さはかなりのものだ。


 本来であれば年上である自分が彼を導き引っ張っていかなければならない立場だ。

 しかし現状はすでに満身創痍であり、出来ることといえば動けるものに指示を出すことくらいしかない。


 ならばあの少年が大魔霊と戦えるように周りの魔霊たちは、せめて自分達で引き受けなければならない。

「アステグ卿……心苦しいが貴君に頼らせてもらう」

 ぽつりとマルクスはつぶやいた。


「さあ……ソード力を貸して」

『うん力を使いな』

 強大な敵を前にエルネとソードは同調する。


 体が軽くなり、思考が強化される。

 音が消える、色が消える。


 そしてその世界を感じながらエルネは相手の足元へと駆け出す。

 相手の体はただでさえ強大だ。

 自分の間合いに届く場所といえば、相手の足くらいのものだ。


 空を駆ければまた多少別だが、どの道相手の懐に潜り込まなければ、間合いには届かない。


 エルネは遠距離攻撃の手段を完全に取得してはいない。

 ゆえに駆け出す。


 スピードに乗ったエルネに対し周りの魔霊たちが攻撃を仕掛けようとしてきたが、残っている精霊騎士たちがエルネを援護する。


 エルネは他の魔霊に目もくれず一直線に相手の右足めがけて走っているが、ここで大魔霊が咆哮を上げた。


 瞬間、水の槍がエルネに向かって凄まじい勢いで繰り出されるが、思考強化によって彼の世界は時がゆっくりと流れている。


『来るよ!』

「分かっているよ!」


 普通ならば相対的な速度もあり、確実にその餌食となっただろうがエルネは駆け出しながら器用に踏み込みソードで切り払いながら、水の槍をなぎ払っていく。


 いくつかの水の槍がその行為によって霧散するが、飛び散った水滴が今度は散弾となってエルネを襲い、エルネはスピードを殺され、さらに被弾する。


「こいつ……」

 強大な相手を見上げながらエルネは舌打ちをもらすも、立ち止まっているわけには行かない。


 相手の足元までは、まだ多少の距離がある。

 さらに駆け出すも、今度は頭上から炎と岩の入り混じった隕石のようなものが、つぶてとなって襲い掛かり、なかなか相手に近づけない。


 そのつぶてを回避し、ソードで切り払い、時には自らの体で受け止め、戦いらしい戦いが始まってもいないのにすでに相当なダメージを負い、鎧ももはや機能を失っている。


「全然近づけないじゃないか……」

『ほんとに厄介だよ……あいつら』

 ソードも思わずぼやく。


 それでも一歩一歩相手の攻撃をかわしながら近づいていく。

 再び大魔霊が咆哮を上げた。


 大気が振動し、それが幾重にも重なり大魔霊を中心とした空気の層が広がりを見せ、魔霊を含めた精霊騎士やフレードリク、そしてエルネに襲いかかる。


 簡単に言えば薄い壁に何十回も連続で叩きつけられる様なものだ。

 まともに食らってしまえば身体機能は破壊され、脳にも相当なダメージを食らうだろう。


 その振動によって魔霊たちが次々と砕け散っていき、ついにエルネの立ち位置にまでそれが来た。


 「はあああああ!」

 が、エルネは脇構えの形からソードを横一線に鋭く振って断ち切り、それを霧散させた。


 そして相手の右足まで残り5メートルほどの距離に迫ったとき、大魔霊は右足を大きく上げエルネの頭上に持って行き、それを叩き付けた。


「エルネスティ様!」

 思わずフレードリクは叫んだ。

 遠目から見てもエルネの体のダメージは深刻であり、今の攻撃をかわせたとは思わなかったのだ。


 大地が再び大きく揺れる。

 土が舞い上がりつぶてとなって兵達を襲う。


 すでにマルクスは力尽きその礫をまともに浴び吹き飛ばされ、またフレードリクもその攻撃でダメージを負う。


 地面に倒れこむも、槍を杖にしてなんとか立ち上がるフレードリクだが、先ほどまで自分の主のいた場所に目線を向けた。


 しかし、そこにはエルネの姿は無く、相手の巨大な足があるだけだった。


「……また無茶なことをやらかしましたね……ちゃんと戻ってくるってシーヴ様との約束でしょ? 自分の足で報告して下さいよ」

 上空を見上げながら、誰にでもなくつぶやくフレードリク。


 大魔霊の真上にエルネはあの一瞬で空を駆け上がり、攻撃をかわしたのだ。

 すでにこの同調は二回目であり、エルネの体には大きな負担となっている。


 怪我のせいもあるだろうが、自我をつなぎとめるため精神に相当力を入れており、血だけではなく脂汗すらも吹き出ている。

 肩で息しており、気を抜けば精神が持っていかれそうな状態だ。


 額のあちこちから出血もしており、いくつかの骨にも亀裂程度だがひびが入っている。


「はあはあ……やっと間合いに入った……」

 大魔霊の真上、約15メートルほどの上空からエルネはつぶやく。


『エルネ……無茶しすぎだよ』

 ソードが呆れた声を出し、エルネをたしなめるが、エルネはそれを無視してソードに言葉を向ける。


「一撃だけだ、これに全てをかける」

『ほんと初代そっくりだよ……』

 そして少年と精霊はお互いの意思の疎通する。


 ソードを肩に担ぐように構え、エルネは一瞬で地に向けて頭を向け、空中を思い切り蹴りつけた。


 地上に向けてエルネの体は一気に加速する。

 大魔霊が上空から来る脅威に気付き、火球や土の槍を咆哮と共に発射させるが、ソードと同調し、さらにこの一撃に全てをかけたエルネの体から、白いもやみたいなのが漏れ出し、それらが火球や土の槍を切り裂いていく。


「あああああああ!!ぶった切れろおおおおおおおおおお!!」


 そして肩に担いだソードを全身の体を使い相手の背中に全てを込めて思い切り、切り付けた。

 そのタイミングにあわせたかのようにフレードリクも残りの力を使い、土の槍を相手に放つ。

 いや、フレードリクだけではない、残ったわずかな精霊騎士もギリギリの力を振り絞り炎を、風をぶつける。


 エルネが切り付けたソードが大魔霊の背中半ばから相手を分断する。

 エルネを援護した攻撃が大魔霊に襲い掛かる。


 やがて大魔霊が大気を震わせるような咆哮と共にゆっくりと白い光となって虚空へと消えていく。


 すでに魔霊たちも虚空へと消えており、しばしの静寂が辺りを包む。


「あ……や……やったのか……」

 すでに足が折れているのだろう変な方向に曲がっているも、マルクスがそれでも剣を杖として使い何とか立ち上がりポツリとつぶやく。


「やりましたよ」

 フレードリクが失礼を承知で体を大地に投げ出し年上の部隊長に向かって言葉を放つが、彼自身も一歩も動けないほど消耗している。


 そしてこの一角で生き残ったものから歓声が上がり始めた。

 徐々に……そして大きく。


「あー痛い……か、体が……吐き気が……」

『あれだけの力を使って喋る元気があるなら大丈夫だね。どうやら他の場所でも決着は着いたみたいだよ。魔霊の気配が次々と消えていく』

「あんな化け物もう二度と相手にしたくないよ……」

 エルネのぼやきが虚空に向けて放たれた。


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