第二話
再び暗い部屋に戻り、家族や使用人を起こさないように、静かに部屋に戻ったエルネはそっと剣を部屋に置き、詳しいことは明日ソードに聞こうと思い、ベッドに潜り込んだ。
ベッドではエドラが寝息を立てており、エルネとしては少し気恥ずかしかったが、昔からよく添い寝してくれた相手でもあるので、特に気にせず、エドラの胸に顔をうずめて、再び眠りについた。
翌朝、エルネが目を覚ますと、すでにエドラの姿はなく、エルネは昨日起きた出来事について考えた。
「ソード起きている?」
別に、心の中で問いかけても良かったのだが、エルネは敢えて口に出した。
『ずいぶん、変な問いかけだね。僕達には君たちみたいに眠る、という概念は無いんだよ? ふふ、変なの』
「あ、そうなんだ。ごめん」
『別に謝る必要はないさ。これから知っていけばいい。僕達はパートナーになれたんだから』
その言葉を聞いて、夢ではなかったと再確認し、思わず笑みがこぼれた。
父を落胆させ、母や姉からきつい言葉を浴びせられた。その反動が、嬉しさとなってこみ上げてきた。
「君の事を家族に紹介したいんだけど大丈夫かな?」
『うーん、大丈夫だと思うけど、僕の声が相手に届くとは限らないよ? なにせ、約百二十年間、初代以外僕の声に気付かなかったんだから』
それを聞いてエルネは思わず落胆した。
「え? 君の事を説明できないと、僕は落ちこぼれ扱いのままだし、下手をしたらこの家から追い出されるかもしれないんだよ? 何とかできないの?」
思わず声が大きくなってしまったエルネ。
『それは困るね。相棒が困るのは僕にとってもいいことじゃないな。よし、ならこうしよう。君の体を一時的に僕に預けてくれ』
「僕の体を?」
どういうことかと思わずエルネは首を捻った。
『大丈夫。今は僕に任せてよ』
ソードは安心させるようにエルネに声をかけた。
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エルネがソードから一通り説明を受け終わったとき、ちょうど扉がノックされ、カイサが現れた。
「エルネスティ様、そろそろ、お食事の時間でございますよ」
エルネは昨日の泣き顔を見られているものだから気恥ずかしい思いをしたが、それでもカイサの言葉にうなずいた。
「あ……ああ、わかった。すぐに行くよ。母上達はもう食卓についているのかな?」
「アンナリーナ様と御当主様は、すでに食卓についております。マルギット様とベルトルド様はまだ準備が整っていないようですが、すぐに行くとのことです」
「わかった。僕も準備してすぐに行くよ」
「お着替えのお手伝いをいたしましょうか?」
何処か少しからかうように、カイサは言ってきた。
「さすがにもうそこまで子供じゃないよ。大丈夫」
「分かりました、では食卓でお待ちしております」
そういって出て行こうとするカイサをエルネは引き止めた。
「カ……カイサ!」
思わず強い口調になってしまった。
エルネの声を聞いて足を止め振り返るカイサ。彼の言葉を待つ。
「あ……あのさ……その、昨日はありがとう」
顔を赤らめながら、それでもはっきりと言葉にした。
カイサはわずかに微笑みを向けた。
「いえ、乳母として当然の事ですよ。エルネスティ様も昨日に比べて、ずいぶんとお元気になったみたいで何よりですわ」
そう言うと一礼して部屋を出て行った。
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食卓につくとすでに兄と姉はそろっており、どうやらエルネが最後だったようだ。
執事に椅子を引かれて、その席に座るエルネ。そうして朝の食事が始まった。
アンナリーナとマルギットはエルネのことなど、いないように扱い、ベルトルドはどう接したらいいかわからず、そしてアーロンは黙々と食事を口に運んでいる。
そんな重苦しい中、エルネは勇気を出して声を放った。
「あ……あの、父上、母上。それに兄上、姉上」
ピタリと空気が止まる。そんな雰囲気だ。
それでもアンナリーナはエルネと目をあわそうとさえしない。アーロンもだ。
兄であるベルトルドだけが唯一、エルネに目を向けた。
マルギットは、黙々と食事を口に運んでいる
息を飲み込み、エルネは再び声を出す。
「き……昨日はご心配をおかけしました。しかし、もう心配には及びません。無事精霊のパートナーとして認められました」
その言葉にベルトルドは驚きの目を向け、アンナリーナとマルギットは怪訝そうな顔をした。
その中で最初に声をかけたのは父であるアーロンだった。
「いいか? エルネ。お前の気持ちは分かるが、精霊に認められなかったばかりか、すぐにばれる嘘までつくようになるとはな……侯爵家の人間として、それは恥ずべきことだぞ? まったくカイサはどういう教育をしたのだ」
それに続いてアンナリーナが言う。
「まったく、オートレーム子爵が没して、跡継ぎが幼いという事もあり、せっかく乳母として雇ってあげたというのに……ほんと、どういう教育を施したのかしらね」
「エルネ……あんたねぇ見栄を張りたい気持ちは分かるけどさすがにそれはどうなの? いい? 嘘をつくときはそれを真実に変えてやるくらいの気持ちがないと簡単にバレるんだよ? まったく今まであたしが教えてきたことを全部忘れちゃうなんて、頭がおかしくなったの?」
慕っている乳母まで引き合いに出され、たしなめられた挙句に、姉に思い切りバカにされて、思わず腹が立ち、怒鳴ろうかと思ったがここでソードがエルネに話しかけた。
『怒らない怒らない。どうせすぐに結果は出るんだからさ。しかしこの人たち、ほんとにヴィクセルの子孫なの? 精霊への感謝の気持ちは物凄くあるのは分かるんだけど、ヴィクセルは自分の家族に対しても、物凄く優しかったよ。人間ってよくわかんないね』
それを聞いて冷静になったエルネに今度は兄が声をかけた。
「あー……エルネ。急にどうしたんだ? お前は昨日精霊と契約できなかったと言っていたじゃないか。いくらなんでも、いきなり認められたというのは……それにお前から精霊の力は感じないぞ? さすがになあ……」
さすがの兄もフォローが出来ないようだ。
「わかりました。食事を終えたら庭にいきましょう。そこでお見せします」
これ以上の問答は時間の無駄だと判断し、エルネはそう言い放った。
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食事を終え、庭に出るヴィクセル家の一行と、不測の事態に備えて使用人や護衛たちもそれに加わる。
この庭は貴族のパーティにも使われる中庭で、侯爵家ということもあり王族などもごくたまにではあるが利用したりするので、かなり立派に出来ている。
そんな中、エルネは宝物庫から持ってきた剣を手にしていた。
それを見た当主であるアーロンは思わず目を見張る。
「まて! エルネ! お前、それが何なのか分かっているのか?」
あまりにも大きな声だったので周りの人々は驚いた。
「父上、あの剣が何か問題あるのですか?」
そう問いかけたのはベルトルドだ。
「あれは、初代から今までヴィクセル家に伝わる一種の家宝だ。初代はあの剣を武器として功績を立て侯爵の地位を築いたと言われている。あの剣は〝カタナ〟とも呼ばれており、かなり昔にあった国で、好んで使われていた武器の一つと私は聞いている。初代は死の間際まで、片時もあのカタナを離さなかったそうだ」
「それほどの武器なら、何故そのまま蔵に放置しておいたのですか? 有用に使えばこの上ない、頼もしい武器じゃないですか?」
「初代以外誰も扱えなかったからだよ……鞘から抜こうとしても決して抜けず、初代に鞘から抜いた状態で手渡されても重くて持つことさえ出来なかったと伝えられている。かくいう私も試してみたが、決して抜けなかった」
そう言って首を振るアーロン。
「じゃあ、エルネがその剣に認められたということですか?」
「…………」
アーロンは何も答えない。
姉や母は、さすがに今の話を聞いて、複雑な思いが胸を駆け巡る。もし、万が一抜けてしまえば、これからどう接したらいいか、わからないからだ。あれだけの事を言ったのだ。ばつが悪いどころの話ではない。
逆に、抜けなければ今の態度を貫けばいい話なのだが、侯爵家としてはやはり喜べないものがある。
そんな家族の思いをよそに、エルネは剣の柄に手をかけ精神を集中させた。
(ソード準備はいい?)
『僕はいつでもいいよ。そっちにあわせるから』
(わかった。じゃあいくよ)
(力をその手に)
『力をその手に』
二人の精神が同調すると同時に、鞘から剣が抜き放たれた。
日の光に照らされたその剣は、昨日の夜、蔵の中で見た光とはまた別の光を放っており、見るものの魂さえも吸い取らんと魅了していた。
アーロン、ベルトルド、そしてアンナリーナとマルギットも感嘆の声さえもらさない。ただ魅入っているだけだ。
やがてわずかに光が収まると、エルネは……いやエルネの体を持った何かがアーロンに話しかけてきた。
「初めましてかな? 現ヴィクセル家当主」
突然そんな声をかけられて、ようやく我に戻ったアーロン。
「あ、ああ……いや……はじめましてだと?」
思わず聞き返してしまった。
エルネは何処か楽しそうにクスクスと笑いだす。
「あははは、おっかしいの。精霊に認められているくせに僕に気付かないなんて」
突然、笑い出すエルネを見て、周りの人間も我に返りみんな訝しむ。
「エ……エルネ?」
兄であるベルトルドが思わず声をかけた。
「違うよ。僕はソード。君達が弱すぎて、僕の声が届かないし、エルネを落ちこぼれ扱いしていたみたいだから、こうやって一時的に体を借りて君達と話しているんだ。ふーん、君がエルネの兄だね。惜しいなあ……もう少し強かったら僕の声が届いたかもしれなかったのに。でもまあエルネがいてくれたし結果的には良かったかな」
まさか、あのエルネから〝弱すぎて〟なんて自分達をバカにするセリフが出てこようとは、さすがに思ってもいなかったのか、ベルトルドは不快に思い顔をしかめた。ましてや自分はこの国においてわずか六十人にも満たない精霊騎士の一人なのだ。弱いなんてありえるはずがないのだ。
そしてその言動を受け、これはエルネではないと判断した。
「クー・シー!」
瞬間、体は虎やライオンと同じ大きさでありながら、燃えるような鬣を持った犬が中庭に顕現した。
『ベルトルドどうした? 急な呼び出しだな』
どこか重厚な男性の声を思わせる響きが中庭を包む。
そんなクー・シーの言葉を無視して、ベルトルドはエルネに殺意を向けた。
「エルネをどこへやった?」
言葉は静かだが、この言葉は常人が向けられたら腰を抜かすほどの意思と気が込められている。
現に中庭にいる使用人達は、ベルトルドの殺気に当てられ気を失うものも出ていた。
さすがは、一人で一般兵三百人分の力を持つといわれている精霊騎士の一人だ。
母と姉はエルネに対して複雑な思いがあったのか、動こうとはしない。
また父も、相手が初代のパートナーということもあり、どこか遠慮していたのだろう。さらに言えば、ベルトルドが先に動いたので、自分は動く機を失ってしまったのだ。
「わーおっかないー、あ、それにその精霊……へぇ、今はクー・シーって呼ばれているんだ。あはは懐かしいねぇ」
ベルトルドの殺気をそよ風のように受け止めながら全く態度を崩さない〝エルネ〟……いやソード。
「質問に答えろ! エルネを喰ったのか!?」
精霊を顕現させることの出来る騎士は、精霊と同調し、いわゆる一種の憑依状態となって精霊の力を行使することが出来るが、同調が進みすぎると、人間のほうが自我を喰われ、精霊がいなくなった後は廃人となってしまう。それを精霊に喰われたと表現している。
慣れない新米の精霊騎士がよくやってしまうパターンだ。ゆえに国としては貴重な精霊騎士を失わないために、新米の精霊騎士には徹底的に訓練を施し、そして新米の精霊騎士達もその訓練の中でどこまでが限界なのかを見極めていくのだ。因みに限界点にも当然個人差がある。
「あはは、やだなー百二十年ぶりに見つけた大切な相棒だよ?食べるわけないじゃん。ちゃんとここで起きて一部始終を見ているよ」
そう言ってソードは剣を持っていないほうの手でエルネの胸を親指で示した。
しかし、その言葉をベルトルドは鵜呑みにはしない。精霊は気紛れである。突然、心変わりをされ、その相棒を喰う事だって可能性として考慮しなければならない。
精
霊騎士の精霊達は相棒を裏切らないが、今、目の前にいる精霊は、ある意味得体の知れない精霊なのだ。油断は出来ない。
ベルトルドがさらに声をかけようとしたとき彼の相棒であるクー・シーが声を発した。
『いい加減にしないか。これ以上我が相棒をからかうなら、旧知の仲であろうと容赦はせぬぞ?』
「ったく、君は相変わらずだねぇ、ほんと精霊らしくないよね。はいはい分かりましたよ。取り敢えず今日のところは挨拶だけのつもりだったし、エルネが中でうるさいから僕はこれで失礼するよ」
そういうとストンという感じがして、いままで〝エルネ〟から発せられた気配が一気に掻き消えてしまった。
「兄上……いきなりクー・シーを出さないでよ……さすがにびっくりしたよ」
瞬間、ベルトルドにとって馴染んだエルネの気配が戻り、ベルトルドは思わず息を吐いた。
「びっくりしたのはこっちだ。お前が精霊に喰われたかと思ったじゃないか」
エルネに駆け寄り、思わず両肩を掴むベルトルド。
「兄上、いくらなんでもそれは深読みしすぎだよ」
「全く、ちゃんと説明さえしてくれれば、こんなことにはならなかったんだ、責任はお前にある」
「それは、いくらなんでもひどくない? 僕はちゃんと言ったよ? 精霊に認められたって、信用しなかったのはそっちじゃないか!」
そう言われて言葉につまるベルトルド。
「いや……しかしだな……なんだ……あ、クー・シー騒がせたな戻っていいぞ」
『なに、久々に楽しかったさ』
そう言ってクー・シーは姿を消した。
「あーにーうーえー? ごまかないでよ! それと父上、母上、姉上。これで僕が精霊に認められたってことが証明できましたよね」
家族の面々に得意そうな顔をするエルネとは真逆に、母は気まずそうに顔を背け、姉はそっぽを向いている。父は手を頭の後ろにやり、かきながら困ったような顔をしている。エルネは頭の中で?マークを浮かべたのだった。