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第三話


 高原避暑地、王都から北に向かって約2日間の道のりであり、大人数で行軍した場合3~5日間の距離となる場所になる。


 北の山脈にある一角の山の中腹にあり、かなりの広さ持つ平原でもある。

 また、この山にしか咲かない独特の花がこの高原一体を彩っており、春から夏に向けて500人ほどの庭師や使用人が月に2回ほど、この地に向けて足を運び、王宮並みとはいえないが貴族達が過ごしやすくするためにある程度の整備がなされている。


 いくつかの屋敷も見えており、ここも使用人によってきっちりと掃除などがなされており、ここを居として貴族達は過ごすのだ。



 そんな高原地帯に、約2000人の人数が、それぞれの役目のため様々な準備をしている。


 最後に使用人が訪れたのは約半月前なので、その間に出来た不備などのチェックや、王宮から持ってきた食料の準備など中々に忙しい。


 そしてその中にはエルネ達の姿も見える。

 フレードリクは別の用事のため、今はエルネのそばにはいない。


『うわーうわーここも久しぶりだなー』

 ソードが話しかけてくる。


「ソードってさ、結構色んなとこに出かけてたんだね」

『そりゃまあね。初代と一緒にあちこちで魔霊退治やら敵国の兵退治やら』

「物騒なことばっかりじゃないか」

 エルネは思わず苦笑する。


『そりゃそうだよ。あの頃に比べるとずいぶんと平和になったみたいだけど、あの頃は、ほんとに大変だったんだから。この高原だってかつては魔霊の巣だなんて言われててさ。たくさんの人たちが死んだんだよ』

「……本当に物騒だな……夜になると怨霊の類でも出没するんじゃないのか……」

『その時は任せるよ。僕はお化けに弱いからね』

「精霊がお化けを怖がるなよ……」

 ぼやきながらも簡易な見張り小屋を建てるために木材を運ぶエルネだが、そこにイェリンからの使者がやってきてイェリンの元に向かうように指示が出された。



                ────────────


「イェリン王女殿下、お呼びになられたと伺いましたが、どのようなご用件でしょうか?」

 膝を折り敬礼の姿勢をしながら、自分を呼んだ相手に言葉を向ける。


 高原避暑地にある屋敷の庭のテラスで、イェリンは椅子に座りながら優雅お茶を飲んでいた。


「ふふふ、アステグ卿。このように人気の無い場所では、わざわざ堅苦しい仕草など必要ありませんわ。さ、その姿勢を解き、わたくしに貴方の顔を良く見せてください」

 以前とは打って変わった態度に内心、首を傾げるも、ここで邪推しても仕方ないと思い、敬礼の姿勢を解き、相手に目線を向ける。


「さて、そなたをわざわざ呼んだ理由をいいましょう。わたくしの肩を揉みなさい」

「は?」

 さすがに耳を疑う。そのようなことは自分の侍女や他の使用人任せればいいことだ。

 ましてやエルネは警備兵としてここにいるのだ。役割が違うのである。


「さすがに驚かれていますね」

 イェリンの侍女がぼそりと耳元でつぶやく。


「ふふ、王族に触れられる栄誉なのです。当然でしょう」

 ニンマリと笑みを見せるイェリン。


「さて、もう一度言いましょう。アステグ卿。わたくしの肩を揉みなさい。馬車の中でずいぶんと息苦しい思いをしましたからね。少しほぐしたいのです。遠慮することはありませんことよ」

 どうやら聞き違いではなかったようだ。

 何を考えているか分からないが、断るためのうまい口実が無いので、仕方なしにイェリンの背後に回り肩をそっとつかむ。


 イェリンは涼しく過ごすため、肩の部分は素肌となっているので、エルネは肌に直接触れることとなる。


「では、失礼します」

 ちょうどそこへ、小麦色の肌を持つ少女がクリスと共に通りかかった。


 そしてそれを見逃すイェリンではない。

 まだ肩に触れただけの段階にもかかわらず、なまめかしい声を出したのだ。


「あ……エルネスティ様……もう少しやさしく……あん、もう意地悪なのですね……」

 アステグ卿ではなくあえてエルネスティ様と言いだすイェリン。

 もちろんその言葉を聞き逃すシーヴではない。


 聞こえてきた声に視線を向けると、エルネがイェリンの肩に優しく手を置き、そしてイェリンがその手の上に自分の手を優しく置いているという構図が彼女の視界に入ったのだ。


「な、え、そ、エ、エルネ! これは一体どういうことなのだ! なぜそんな……」

「あらあら、大公女殿下ともあろうお方がずいぶんと慌てていらっしゃいますわね。この者はわたくしの専属の護衛なのですよ? すっかりと打ち解けたのでこのような仲になったというわけですわ」


「は? こ、このような仲だと……ふふふ、そ、そのようなわけがあるまい。エ、エルネは私の……」

「おやおや、貴方の何だというのですか? この者は王家に所属する身です。ですので私のものでもあるのですよ」


 シーヴの中で何かが崩れそうな音が響き渡る。


『エルネ、なんかとんでもない誤解が広まっているようだけど?』

(嫌な予感その1、大当たりだね)

『誤解、解かなくていいの?』

(そりゃ解かないと後々厄介だからね)

 思考で会話するエルネとソードだが、ここでシーヴが目を釣り上げて、エルネに詰め寄る。


「エルネ! お、お前はそ、そのようなやつがす、す、好きなのか?」

 エルネが発言しようとしたとき、イェリンが先手を取る。


「エルネスティ様と私の間に言葉は不要ですわ」

 つまりエルネに発言の許可を与えないと言ったのだ。


「貴様……私はエルネと話しておるのだ。邪魔をするな!」


「エルネスティ様は貴方とお話したくないと、お思いですので、わたくしが仕方なしに貴方と口を聞いているのです。それにエルネスティ様は今は私の指揮下にあるのですよ? 彼に対する権限は私が持っています。分かったのであれば、わたくしとエルネスティ様の貴重な逢瀬の時間を邪魔しないで頂きます?」


「お、逢瀬だと……」

「うふふ、大公女殿下には分かりにくかったかもしれませんね。なれば睦事と言えば分かりやすいかしら」


 さすがにシーヴでもその意味合いは理解できる。いや正確には理解できるようになってしまったというべきか。

 原因はシェシュテインが時々、悪戯心で彼女をからかっていたので、その意味合いを少しずつ理解していったのだ。


「む、むつ、むつ……」

 何を想像したのか顔が真っ赤になり、二の句が告げなくなるシーヴ。

 勝ち誇ったような笑みを浮かべ、イェリンは言葉をさらに続ける。


「さて、わたくしとエルネスティ様の邪魔になるということが理解できたのであれば、早々に立ち去りなさい」

 そして目に涙を浮かべながら、イェリンを睨み、シーヴは背を向けて去っていく。


「あははははは、見ましたか? あの女の顔。久々に気分がすっきりしましたわ」


「イェリン王女殿下、僭越ながら発言の許可を頂きたいのですが?」

「ええ、わたくしと貴方の仲ですもの遠慮することはありませんわ」

 だからどんな仲だよ! と心の中で突っ込みながら、別の言葉を口にする。


「えーまあ用事がお済みのようでしたら、私は自分の仕事に戻りたいと思うのですが?」

 あまり敬意のこもった言葉ではないが、それだけ呆れている証拠でもある。


 その言葉にピクリと反応するイェリン。肩におかれている手首の部分を優しく掴む。


「あら、エルネスティ様。あまり連れない事を仰らないでくださいます? 貴方はわたくしの専属護衛としてここに来ているのですよ? わたくしのそばにいてもお咎めはないはずです」

 上目遣いでそのように言ってくるが、エルネはなんとなくではあるが、イェリンの狙いが分かったような気がしたので、これ以上はお近づきになりたくないというのが本音である。


「は、イェリン王女殿下が心穏やかにこの地で過ごしていただくためにも、必要な事柄となってきますので、重ねてお願い申し上げます」

「わかりましたわ。時間はまだまだ、たくさんありますからね。これからゆっくりとお互いのことを知っていきましょう」

 結構です! というのが本音だが、口にするわけにもいかないので、一礼して去っていくエルネ。


「見ましたか? クララ」

「はい、かなり照れているようですね。さすがイェリン王女殿下です」

「年上と聞いていますが、なかなか可愛らしいところもあるのですね……さて今日は気分がよろしいので一度部屋に戻って体を休めます」



                ──────────────


「クリス! これはどういうわけだ? な、なぜ、エルネが……エルネがぁ……ほんとにエルネはあの女の側についたのか? クリス……」


 アイスブルーの瞳からポロポロと零れ落ちる涙を隠そうともせず、クリスティーナに泣きつくシーヴ。

 そんなシーヴの頭を撫でながら、クリスティーナは言葉を向けた。


「シーヴ様、私の予想ですが、これはイェリン王女殿下の嫌がらせに一環に過ぎません。エルネスティ様自身がイェリン王女殿下に想いを寄せているなどと……ええ、可能性はかなり低いですよ」

「ほ、ほんとにそう思うのか? エルネはまだ私の親友なのか?」

 目から零れ落ちる涙を、ぐしぐしと手で擦りながら鼻声の入り混じった声で確認するシーヴ。


「疑いようの無いご質問はおやめ下さい。大体、エルネスティ様の発言を奪ったことが、その証拠になります。それにエルネスティ様の好みは年上の女性みたいですから心配の必要はありません」

 その言葉を聞いたシーヴはさらに涙を流した。

 これはクリスティーナの失態だろう。


「わ、私はエルネより年下だぞ! や、やっぱりあやつは年上が好みなのか?」

「あ、いえ、そのシ、シーヴ様は確かにエルネスティ様よりも年下ではございますが、シーヴ様は精神的に大人ですから引けは取りませんよ」

 主をなだめるために思ってもいないことをあえて口にするクリスティーナだがこの程度であれば許される範囲であろう。


「む……しかしな……やはりお前に比べると胸だって小さいし……男の人は胸が大きい女性が好みだと聞くぞ」

 シェシュテイン王女殿下! 貴方はシーヴ様にどんな知恵を吹き込んでいるのですか! と内心シェシュテインに向かって罵倒するクリスティーナだが、やはり主を何とかなだめなければならないので、そちらを優先する。


「大丈夫です。シーヴ様には、まだ成長の余地がありますから」

 内心冷や汗を掻きながらニッコリと微笑みながら言うクリスティーナであった。


                ─────────────


 イェリンから解放されて、ようやく一息ついたところに、フレードリクがやってきた。

「エルネスティ様どこ行ってたんですか? 探しましたよ」

「ああ、すまない。ちょっと色々あってね……」

「ずいぶんとお疲れみたいですけど、そんなつらい任務を割り当てられたのですか?」

「はは、つらいといえばつらいかな。まったくシーヴ様の誤解も解いておかなければならないし」

 その言葉にフレードリクは訝しむ。


「何かあったのですか?」

「まあ、簡単に言えば当て馬に使われている。というところかな」

 そうしてエルネはフレードリクに事情を話した。


「ああ、そういうことでしたか。これでようやく分かりましたよ。なんであの王女殿下がわざわざエルネスティ様を専属護衛に指名したのかを」

「まったく厄介なことに巻き込まれたもんだよ」

 フレードリクはそこで少し意地の悪い笑みを見せた。


「それで? エルネスティ様ご自身のお気持ちは誰に向いているのですか? まだ年上のあの方を忘れられないのですか?」

「フレードリク……さすがにそこまで引きずりはしないよ、もう蹴りはつけたさ……それに確かにエドラは初恋の相手だけど、今はほんの少しだけど気になる人がいるしね」


「おや、少しは成長したみたいですね。いつもならごまかしたりしますのに。それで現在気になる人というのは? まあこれも予想はつきますけどね。でもエルネスティ様は年上が好みなのではなかったのですか?」

「あのな、この際だから言っておくけど、僕の好みは年上だとか年下だとかではなくて、好きになった人がたまたま年上だったってことなだけだよ。人を勝手に年上好きにするな」

 やれやれという感じで、エルネは自分の相棒に向かって言葉を放つ。


「これは失礼しました。まあシーヴ様の誤解ならクリス殿がついていることですし、そう、大した問題にはならないでしょう。それに今は他にも少し気になることがありますし、そちらを調べましょう」

 今度はエルネが怪訝な表情を向ける番だ。


「気になること?」

「ええ、先ほど幾人かの人数で回りを哨戒してきたのですがどうも精霊達の様子がおかしいのです。他の術師の人とも確認したのですが、皆、俺と同じ感想で、具体的には分からないけど何かがおかしいと言っているので、精霊騎士にお願いして本格的に調べてもらおうかと思い探してたのです」


「なるほどね。ソード、お前は何か感じるかい?」

『そうだね、ここからじゃ良く分からないけど、フレードリクの言ってることは正しいよ。何かが変だ。僕も言われるまで気付かなかった』


「よし、一度兄上のところに言って相談しよう」




                   ────────────




 ベルトルドは現在シーヴに対する警備責任者ではあるが、精励騎士の総指揮に当たってもいるので、中々に忙しく指示を出している状態だ。

 全体的な指揮はアスプルンド公爵が取っているが、その中においての立ち位置というのは、言うなれば精霊騎士総隊長というところだ。


 権限としては中隊長並みの権限があるので、なにも精霊騎士だけに指示を出しているわけではない。

 そんな中、エルネ達が彼の元に訪れた。


「兄上、フレードリクから聞いたのですが、どうも精霊達の様子がおかしいみたいです。ソードもその気配を感じているみたいですよ」

 言葉がやや丁寧気味なのは、ここには公務で来ているわけなので、兄弟といえどある程度の敬意は必要となってくるからである。


「ああ、お前もその報告を聞いたのか。俺も、ついさっき哨戒に出ていたやつらから聞いたばっかりだ。ちょうど良い。いま精霊騎士たちに集合をかけたところだ。少し待っててくれないか?」

 そうしてしばらく時間がたつと、ちらほらと精霊騎士達が集まってきた。

 中にはエルネの訓練に付き合ってもらった先輩などもいて見知った顔が多い。

 もちろんマルギットの姿も見える。



「大体の話は聞いていると思うが、どうやら精霊たちの様子がおかしいみたいなんだ。今この場においては特に何も感じないが、それが分かるようになってからでは対処が遅れてしまう可能性もある。そこでだ、いくつかの班に分かれて、分隊を組み周辺を見回ってきてほしい。何か質問は?」

 ベルトルドが集まった人達にそう言葉を向けると、一人だけ手を上げたものがいる。

 彼の妹であるマルギットだ。


「マルギット発言を許可する。なにかな?」

「私は現在、アウグスト様の警備についています。その間に不慮の事故が起こってしまっては対処できなくなる可能性も見えてきます。もちろん、この中で専属警備についているのは私だけではないはず。その辺の事情を考慮しているのでしょうか?」

 その問いにベルトルドはちゃんと答えを持っていた。


「ああ、その件なら問題は無い。専属護衛と言っても、ここにいる者達が一人で護衛しているわけではないだろう? それに動かす精霊騎士は10人だけで残りは警護が薄くなる場所のフォローをする。それなら問題は無いだろう」

「ええ、分かりました」

 マルギットは、納得して意見を取り下げた。


「よし、それじゃあ組んでもらう分隊を今から発表する」



                ─────────────



 エルネ達が割り当てられたのは、避暑地のやや北西側に当たる森の中だ。

 森と言っても密林に近い感じではなく、この避暑地を利用する貴族達のための散歩道なので、道はある程度整備されており、広さもそれなりにある。


 道から外れてしまうと、森の中になってしまうため遭難の危険もあるが、そこさえ気をつけていればなんら危険は無い。


 もちろん森の中で生活している野生動物などが現れたりするときもあるが、散歩するときにでも大抵、警護が着くのでよほどの限り危険は無いだろう。


 こういった道がこの避暑地にはいくつか用意されている。


「……それで、なんでこのメンバーなんだよ」

 エルネは思い切り自分の従者に文句を言う。


「ベルトルド様が決められたことです。軍においては上官の言うことは絶対ですよ?」

 フレードリクもやや呆れているのか、そんな口調で自分の主に言葉を向けた。


「その上官が公私混同していいのかよ……」

「決まったことに対して、いつまでもぐちぐちと……そのしつこい性格は相変わらずね。そんなにぼやいている暇があるのなら、任務に集中したら?」

 口を挟んだのはエルネの姉であるマルギットだ。


「あんたと一緒じゃなければいくらでも集中するさ。僕の集中力を妨げる何か変なものでも飛ばしているんじゃないの?」

 出立前のセリフやら、エドラに言われたことはすっかり頭から抜け落ちているようだ。

 いや分かってはいるが、感情がどうしても納得しないというところか。



「へえ、ぼやいていたと思ったら今度は人のせいにするんだ。甘ちゃんな性格も変わっていないようね。アステグ準伯爵だっけ? 分不相応なんじゃないの? 陛下に僕には荷が重過ぎますので返却しますぅって泣き付いたらどう?」

 マルギットが大げさに演技をしながらエルネを挑発する。

 その態度にエルネは目を釣り上げ相手を睨みつける。


「ふん、弟に先を越されて悔しがっている僻みにしか聞こえないよ。今だ子爵のあんたとくらべたら、僕は成人すれば伯爵位になるんだからね。言葉遣いには気をつけたほうが良いよ」

「だからあんたには分不相応だっていうの。自分の爵位を盾にするようじゃ人間性もしれたものね」

 そして沈黙……しかし沈黙はしているものの、二人から発せられる殺気は沈黙とは程遠い。


 フレードリクはため息を吐いた。

 ベルトルド様、何考えているんですか? この二人を一緒にするなんて。というところか。


 彼らは三人だけで分隊を組んでおり、一応最年長のマルギットが分隊長で上官ということになるのだか、エルネはそこまで割り切れるほど大人ではない。


 恐らくベルトルドとしては家族との和解工作のつもりで、このように分けたのであろうが、全くの逆効果だ。


 いやベルトルド自身もこうなる可能性は考慮していた。

 しかし今回は公務であるのだから、多少の悋気りんきはお互い抑えると考えていたのだ。

 そしてその考えは、三人にしっかりと読み取られている。


 先ほどエルネの言った「上官が公私混同して良いのかよ」というセリフがそれを物語っていた。


「エルネスティ様、マルギット様、任務中ですよ」

 二人の間に立つフレードリクの心境はどのようなものであろう。


「……そうね、下手なことをしてアウグスト様にも迷惑がかかっちゃいけないわね」

 そしてマルギットが発していた殺気をかき消す。


 エルネもまたそれにあわせるかのように殺気を消す。


 そして沈黙しながら三人は哨戒にあたるが、ここでソードが異変に気付いた。


『エルネ向こうのほうから魔霊の気配が感じる!』

「魔霊? このせいで精霊たちの様子が変なのか?」

『いや……この魔霊たちも何かおかしい。普通はこれだけの人がいるなら魔霊たちはとっくに襲っているはずだよ。あいつらは本能で動いているんだから』

「……取り合えずその魔霊を仕留めよう」

 ソードの声は聞こえないが、ソードとエルネの会話で、マルギットも魔霊の気配に気付いたらしい。


「あっちのほうからね。行くわよ」

 そういって森の中を掻き分けていく。



 道から外れて、獣道を使いなんとか開けた場所が視界に入る。

 そこには浅い川が流れており、川の周りは石などによって一種の砂利道みたいな感じとなっていた。

 川の深さは精々、足の甲に水が来る程度の深さで、それほど深くは無い。


 そしてその川辺には四足型の虎と同じ大きさをした目が一つしかない魔霊や、二足型で、女性の胸のある部分から、角が生えている魔霊など約12体ほどが集まっていた。


「魔霊が18体? なんで? いくらなんでも多すぎだよ」

「あんたに魔霊の何が分かるって言うの? 確かにいつもと比べたら多いけど、脅威を感じるほどでもないでしょう? それとも足が震えて動かないの? いいわよ。お姉ちゃんが守ってあげるから」

 エルネは挑発には乗らず、不愉快な思いを押し殺してあえて無視するが、表情には出てしまう。


「フレードリクは遠距離で援護して、あまり無理しなくて良いからね」

 実の弟には決して向けない優しい声でフレードリクに指示を出すマルギット。

 どちらが弟か分からないくらいの変わりようだ。


 そしてフレードリクに指示を出している間に、エルネはすでに駆け出していた。

「あいつ!」


 思わず舌打ちをしてマルギットもそれに続く。

「ツラ・フィン行くわよ」

 マルギットが精霊を顕現させた。

 マルギットの精霊は自然4元素からわずかに外れている氷の精霊で、精霊の中でも珍しい部類に入る。

 あえて4元素に当てはめるとしたら水の属性になるのだろうが、固体と液体ではやはり大きく違ってくる。


『はいはーい。ツラ・フィンちゃんただいま参上』

 どこかおちゃらけた口調をもつその精霊は、御伽噺に出てくるようなハーピーという生き物に似ていた。

 人の手にあたる部分は翼のような形をしており、足の部分は鳥にも似ている。

 顔立ちはどこか女性的な部分を思わせ、大きさとしては成人女性より頭一つ大きいといったところだ。


 そして駆け出しながらマルギットは精霊と同調する。

 周りの空気が冷えていき、ただでさえ避暑地として涼しげな空気がより冷えていく。


 そして、川の上にいる4体ほどの魔霊に対してその力を一気に放出した。


 川が瞬間凍結し、魔霊の足元から氷の槍が突き出され、4体の魔霊が断末魔の雄たけびさえ上げる暇なく体の内側から凍りつき、砕け散った。


 フレードリクは土の精霊の力を借り、石つぶてを牽制として放ちながら、その一瞬の間に起きた出来事を確認しながら思わずぼやいた。


「援護の必要ってあるんですか……」



「はあ!」

 呼気とともに、ソードを脇構えの形から右切り上げの要領で、四足型の魔霊の顔を、深く踏み込み、斬り付ける。


 とたんに水が巻き上げられ、竜巻のような形でエルネを襲うが、エルネはあえて回避せず、八双の形からその水の竜巻に向かって袈裟斬りを放ち、その水の竜巻を断ち切り霧散させた。


 約7mほどあった二足型の魔霊との距離を、縮めようと駆け出したところに、頭上から土の槍が雨のように降ってきたが、全ての攻撃と相手の動きを先読み一手一手かわしながら、相手の間合いに入り込み、逆袈裟を放つ。


 さらにもう一体の、二足型の魔霊に対して水平斬りで思い切り胴を分断する。

「ったく。しつこいんだよ!」

『もっと効率よく動く! 無駄な動きが多いよ! 正中線を維持して!』

「あーもう、今は実戦でしょ!」

『実戦は千の修行に勝るって初代が言ってた』

「はいはい!」

 大分慣れてきたのか、それほど深くソードと同調することなく、また疲労も大して見受けられない。

 それどころか余裕すらあるようだ。


 間合いに入った魔霊をわずかな動きで、一手、もしくは二手以内に切り伏せていく姿はさすがというところか。


 そうして7体目の魔霊を切り伏せたところでようやく気配が消えた。


「あら、ようやく終わったのね」

 そう声をかけた来たのは、マルギットだ。

 川原の大きな石に腰をかけて、足を組み休憩しているような姿だ。


 エルネが魔霊を7体しとめている間に、マルギットは11体の魔霊をしとめたのだ。

 エルネよりも早い時間でだ。

 そしてエルネの戦いぶりを高みの見物していたのだ。


「せっかく初代の精霊に認められたといっても、使い手がそれじゃあねえ……ふーん、まあ家にいたときよりは、幾分かマシになっているようだけどさ、精霊に頼リ過ぎている部分もあるんじゃない? 終わったのならさっさと帰りましょう。どうも精霊たちの様子は変わっていないみたいだし、まずは報告しないとね」

 どこか見下すような口調で、エルネに言葉を向けるマルギットだが、やはりエルネはその挑発に応戦する。


「僕はまだ見習いだからね。大体あんたは僕と同じ年のころに同じ実力を証明できたの? 僕の記憶にはないけどな。僕は10をすぎたあたりから、実戦してきてるけどさ。あんたが家にいたとき、そんな話は聞かなかったけどな」


「ほんとに口の減らないガキね……」

「挑発したのはそっちでしょ?」


 そして再び殺気が立ち込める。


「エルネスティ様、マルギット様……」

 頭を抱えながら、フレードリクが仲介に入る。


 そして二人の姉弟は無言のままに避暑地へと戻っていく。



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