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第二章~一話

大きな鐘の音が響く。

 天気は良く晴れていて、光の精霊がまるで二人を祝福しているようでもある。

 教会は木造で、ツタが建物を覆っており、出来るだけ自然そのままに使っていることが伺える。


「そんなふくれっつらじゃ、とても祝福しているようには思えませんよ」

 金髪の大柄な少年が黒髪の少年に苦笑を噛み殺しながら声をかけた。


「別に、膨れてなんていないよ。幸せそうじゃないか」

 10人が10人見ても不機嫌なのは間違いない。そんな口調で黒髪の少年は答えた。


「あのですね、エルネスティ様……そう思うのでしたら、せめて笑顔くらいは作って下さい」

「こんな感じか?」

 エルネはやけだと言わんばかりに、大げさに表情筋を動かす……が笑顔とはいえない。


 彼らは現在、結婚式に出席している。

 エルネスティの姉代わりのエドラが、王都での彼らの休みを見計らって、招待状を送り、彼らはそれに出席したのだ。


 やがて、緑の服を基調とした神父が、二人へ言葉を向けた。

「どのような時にも、精霊たちはあなた方を見ているでしょう。考えの違う他人が一つとなり、そしてやがて生命が育まれることとなりましょう。その生命を、そして今お互いの目の前にいる相手を、愛情を持って感謝を忘れず、愛することを誓いますか?」


「誓います。自然と精霊達の名のかけて」

 新婦よりも濃い赤毛の持ち主の男性が厳かに宣言した。


「誓います。自然と精霊達の名にかけて」

 こちらは赤茶色の髪をした、女性だ。そして、かつてはヴィクセル侯爵家で次男の侍女として働いていた女性でもある。


 二人の誓いの言葉が終わり、新郎が青を基調とした新婦のウェディングドレスのヴェールを上げ、そして二人は誓いの口付けをする。


 エルネは見ていられないと言わんばかりに手を覆い、彼の従者フレードリクは口笛で囃し立て、そして周りの人たちからは拍手が沸き起こる。


 結婚式に出席している人数としてはそれほど多くないので、そこまで大きな拍手にはならないが、それでも皆が皆心から祝福をしているようだ。


「今日より二人は夫婦として認められる。彼らに光の精霊の暖かさと、闇の精霊の安らぎがあらんことを」


 そして祝福に包まれたまま、式は終わり、新婦や新郎が出席者への挨拶として、簡易な立食パーティが開かれる。


「エルネスティ様! ほんと良く来てくださいました! フレードリクも、わざわざありがとうね」

 新婦であるエドラが、幸せそのものの顔をしてエルネ達に駆け寄ってきた。


「や、やあエドラ、と、とても綺麗だよ」

 どもりながらも初恋の相手をなんとか褒めるエルネ。


「エルネスティ様にそう言われてとても嬉しいですよ。王都での生活はいかがですか? 噂は聞きました。なんでもアステグの称号を陛下から直接贈られたそうじゃないですか。前例が無いってカールが言っていましたわ。とても名誉なことなんですってね」


 カールとはエドラの結婚相手であり、男爵の称号を持っている今年28になる男性だ。

 現在はアスプルンド公爵の率いるサイマー騎士団に所属している。


 サイマー騎士団とは王国の東側の国境を含む草原地帯一体の守備を任されている騎馬を中心とした騎士団ではあるが、人格、実力共に一定以上なければ入団は認められない騎士団でもあり、子供達の憧れでもある。


 これだけでもエドラの相手を安心して任せられる相手というのが、理解できるのだが、エルネはやはり内心素直に喜べないものがある。

 なかなかに往生際が悪いが、さすがに先ほどのように不機嫌な顔をするわけにもいかない。



「まあ、偶然だよ。色々あってね、それほど大したことじゃないさ」

 軽く肩をすくめながら答えるエルネ。


「しかし、その偶然をチャンスにして結果を出せるのはやはり実力だと思われますよ、アステグ卿。お初にお目にかかります。カール・アウリン。陛下より男爵の称号を賜った者です」

 そういってきたのは見事な赤毛のカール・アウリンだった。

 エルネとは初対面なのだが、エドラから話を聞いていたのだろう。嫌味の無い笑顔をエルネに向けてくる。


「初めましてアウリン卿、アステグ準伯爵、エルネスティ・ヴィクセルだ。貴君の噂はエドラから聞いている。サイマー騎士団に所属している御身に言うのもおかしな話だとは思うが、もしエドラを泣かせるようなことがあれば私は貴方の敵に回るだろう」

 言葉は礼儀を守っており、また表情も笑顔であり、まるで冗談を言っているようではあるが、ほんのわずかに殺気が込められている。


「ヴィクセル侯爵家を敵に回すとかなり厄介なことになりますからね。ここで改めて誓いましょう。私はエドラを決して裏切らないと」

 エルネとしてはヴィクセル侯爵家としてではなく、アステグ準伯爵……いやエルネスティ・ヴィクセル個人として敵に回ると言ったつもりなのだが、カールはヴィクセル侯爵家そのものの言葉として受け取ったようだ。


 エルネ自身ヴィクセル侯爵家の名代として出席しているので、それは仕方ないことかもしれないが、内心はやはり微妙だ。


「エルネスティ様ったら……大丈夫です。私は泣くくらいでしたら物を投げつけるタイプですからね。そう簡単に涙なんて見せませんよ」

「はは、これは怖いな。では愛する妻を怒らせないように夫の義務をしっかりと果たさねばな」

 二人の少年の心境は、けっ、やってらんねーや。 というところか。


「しかし、さすがは姉弟というところですね」

 いきなりそのような事を言われ怪訝な顔をするエルネ。


「いや、なに貴方の姉君であるマルギット様にも似たようなことを言われたのですよ。エドラを泣かせたら私が貴方の敵に回ると。いやいやさすがにびっくりしました」


 エルネの内心はかなり複雑だろう、決して良好とはいえない関係なのに、さすがは姉弟といわれても素直に喜べるはずが無いのだ。


「カール、そろそろあちらの方たちにも挨拶に行かなければならないんじゃない? 私もすぐに行くから先に行ってて」


 そう言われてカールは席を外す。


「エルネスティ様、まだ御家族のことが許せないんですか?」

 少し寂しそうにエドラが問う。


 エドラとしては両親が没し、下手をすれば路頭に迷っていたかもしれなかった自分を拾い上げてくれたヴィクセル侯爵家には感謝してもしきれないほどの恩があり、また弟のように可愛がっていたエルネが家族との不和をいまだに続けていることに、心を痛めているのだ。


 貴族の生活は中々に忙しく、家族が揃って顔を合わせる機会が滅多にないので、和解の機会が無くここまで来てしまったのだ。


 これが一般家庭であれば、何度も顔を合わせる機会があり、仲直りのきっかけが掴めていたかも知れないが、残念ながらそうはいかなかった。


 ゆえに、家族揃ってごめんなさい、というわけには行かず、エドラともう一人の乳母、カイサは当主に意見するほどの力は無いので、なんとか息子であるエルネから歩み寄らせようと努力したのだが、エルネの気持ちが分かるだけにそこまで強く言えず、結果、エルネの感情を悪化させるだけになってしまい、そのことが心残りとなっているのだ。


「……うん、あの時は子供だったから理解できなかったけど、今考えるとさ、僕がソードと契約できなかったら、父上と母上はやっぱり僕を追い出していたんじゃないかなって思ってさ……もちろん、たら、ればの話だし、父上や母上にそれを聞いても本当の答えが返ってくるわけじゃないから結局のところ分からずじまいなんだけど……それを考えちゃうとね……」



 エルネ自身は、当時はソードと契約できたこともあり、それほど両親の言葉を気にしてはいなかったが成長するにつれ、あの時の言葉が理解できるようになってしまい、それがしこりとなってのしかかっているのだ。


 わずかながら顔を合わせる機会があり、一度そのことに触れ、両親に問いただしてみたものの、返ってきた答えは、なにやら煮え切らない態度であり、エルネを納得させるものではなかった。

 そして両親もまた、すでに過ぎたこととして、あまりそのことについては触れようとはしなかった。

 それがさらにエルネの感情を刺激させ、両親との距離をより置くようになってしまったのだ。


 ではエルネ自身、両親を憎んでいるかというと答えは否である。


 少なくても7歳までは愛情をもって育てられており、また両親の言葉を理解するようになってから素っ気無い態度をとってきたにもかかわらず、世話をしてくれていたのもまた事実であり、それをないがしろにするほど、彼は両親を憎んではいないが、では逆に彼らを親として認められるかどうかとなるとこれまた答えは否である。


 わずかなボタンのかけ違いがそのままに、ここまで来てしまったのだ。



 この国においては家名というのはとても大事にされており、ましてやヴィクセル侯爵家は精霊の一族で、兄に何かあれば、弟が家名を継ぐ事になるのは当然であり、精霊を顕現させることが出来ないものが万が一家名を継ぐ事になってしまっては、王家やそして初代から続くヴィクセル家に対し、申し開きが出来なくなってしまう。


 ゆえにその重さは他の貴族とは比較にならないほどの重さがあり、当主はその重さを背負っているのだ。


 精霊を顕現させることの出来ないものが自分の一族から出てしまい、そして万が一家名を継ぐ事になってしまえば、今まで守ってきた色んなものが崩れてしまう。それはとても許容できることではない。

 そんな思いが現当主、アーロンには……そして妻であるアンナリーナにはあったのだ。


 そのことを、兄ベルトルドから聞いているエドラは、どちらの気持ちも分かり、そしてわずかなボタンのかけ違いであれば和解できるのではないか? という気持ちもあり彼女もまた複雑な思いを抱えているのだ。


「エルネスティ様、確かに私ごときが貴方のお気持ちを完全に理解できるとは言えませんが、いつか仲直りできる日を私は望んでいます。私にも家族が出来ました。カールとはケンカもしたり、口を聞かなかったことも何度もあります。それはこれからの生活でもきっと起こるでしょう。それでも、仲直りしてそしてこの日を迎えました。家名の重さ、貴方様のお気持ち、ええ、しがない準男爵の出の私では理解するには程遠いでしょうね。それでも、もし望めるのなら、ご両親とそしてマルギット様と和解する機会を設けてください。それがこのエドラの出来る最後の奉公であり、望みです」


 新婦としてでの顔ではなく、かつての姉代わりの乳母として、かつての主にエドラはそう言葉を向けた。


 そしてエドラがどういう気持ちでこの言葉を向けたのか理解できないエルネではない。

「……うん……出来るだけ……エドラが納得出来る形かどうかわからないけど……努力してみるよ」


 その言葉を紡ぐのが精一杯だった。


 そして彼女は、従者であるフレードリクにも声をかける。

「フレードリク、カイサ様は貴方の活躍聞いて喜んでいるわ。これからもエルネスティ様のことをよろしくね」

「わかっていますよ。母上にも楽をさせてやりたいですしね」

「女の子を連れ込んで余計な問題を起こして、エルネスティ様を困らせてはなりませんよ?」

 ニッコリと微笑みながらなにやら変な迫力を出すエドラ。


「あ、いや、そ、それはさすがにもう出来ないですから……水晶宮に下手に連れ込めるわけ無いですし……」

 最後はぼそりと聞こえないようにつぶやく。


「それでは、他の方々にも挨拶がありますので、私は失礼させてもらいます。エルネスティ様、今日は本当に来てくださって感謝しますわ」

 そういってエドラは席を外し他の人のところへ向った。


                ─────────────


 エドラの式から帰って来たエルネは、水晶宮にある自分の部屋のベットに体を投げ出す。

 フレードリクはお茶の準備をしている。


『やっと帰ってこれた。なんとか休みの日の間に戻ってこれてよかったね』

 ソードが話しかけてくる。


「そうだね、うん今日はもうゆっくり休んで、明日からの訓練に備えなきゃ」

『ふふ、以前より大分深く同調できるようになってきたしね。でもまだまだかな』

「ずいぶん厳しい採点だね……これでも結構頑張ってると思うんだけどなあ」

 ついついぼやくエルネ。


『まだまだ、初代に比べるとようやく足元って感じかな』

「だからどんだけ化け物なんだよ……」

 その会話の途中にノックが聞こえてきた。

 エルネは返事をしてその客を迎え入れる。


「おお、やっと戻ってきたか。まったく私をのけ者にして旅行など、ずるいではないか」

 そういって頬を膨らませるのは、小麦色の肌を持ち、綺麗なアイスブルーの瞳と背中半ばまで伸ばされた銀髪を持つ可愛らしい少女だった。


 大公の一人娘であり、様々な事情でエルネと縁を持つことになったこの少女は、エルネの親しい友人の一人でもある。


 現在は大公領を離れ、勉強という名目の元、王都にある基本的に王族、そして公族しか足を踏み入れることの出来ない王宮の一の宮────別名水晶宮────で暮らしており、エルネもまた様々な事情によりここに居を構えているのだ。


「あのですね、別に僕達は旅行に行っていたわけではなく、知人の結婚式に出席してきたわけです」

 エルネが苦笑しながら答えるが、少女────シーヴ・ブレンドレルは納得しない。


「だが旅行には変わらないのであろう? 陛下から許可が下りれば私とて大公家の名代で出席出来たものを」

「陛下が許可を出すわけないじゃないですか……」

「ん? なぜだ? 私もお前の知り合いの花嫁姿を見てみたかったぞ。さぞや綺麗であったろうな」


 この言葉から分かるとおり、彼女は中々に甘やかされており、大公家の教育はどうなっているんだという突っ込みがエルネの胸中を襲う。


 もし彼女が大公家名代として、男爵程度の結婚式に出席してしまえば、それだけで大混乱が起きるだろう。


 さらには名代としての出席、それは彼女が大公家を背負って出席するということに他ならず、もし貴族筆頭である彼女がそんな事をしてしまえば、私の家の結婚式にも是非出席して下さいという、願いが殺到するのは間違いなく目に見えており、それを断ってしまえば、なぜあの家だけが優遇されるのですか? という声が高まるのも目に見えている。

 これはもちろん王族にも言えることであり、身分の高い家というのは中々に厄介なものなのだ。


 ゆえに国王が彼女にその許可を与えるわけが無いのである。


「ふむ……そういうものなのか……むう、ほんとに厄介だな……」

 そしてそれを一から説明した彼女の侍女であるクリスティーナの苦労も伺える。


「それで、花嫁姿はどうでしたか? エルネスティ様」

 クリスティーナがエルネに問うが、別の場所から答えが帰って来た。


「はは、とても綺麗でしたけど、エルネスティ様は、ずっとふくれっつらでしたからね。素直な感想がもらえるかどうか」

 意地悪そうな笑みを浮かべながら答えるフレードリク。


「あら? それはどういうことなのでしょうか?」

「簡単に言えば初恋の相手の結婚式なわけですからね。まあ複雑なのは分かりますけど……」

 そういって苦笑を深めるが、ここで食いついたのは小麦色の肌を持つ少女だ。


「ど、どういことだ? は、初恋の相手だと? わ、私は聞いていないぞ?」

 おもわずエルネの胸倉をつかんで問い詰めるシーヴだが、エルネは別の相手に声を向ける。


「フレードリク! ぼ、僕は別にエ、エドラが初恋だとかそういうんじゃなくてだな……」

「エ、エドラというのか? その女性は? エルネ! ちゃんと私の目を見て質問に答えろ!」

「シーヴ様、はしたないですよ。大公女殿下としての慎みをですね……」

「ええい! クリス! 私の親友の一大事なのだぞ! お、落ち着いていられるか」

 エルネの部屋がにわかに騒がしくなる。

 フレードリクは何食わぬ顔で人数分のお茶を用意する。


『ほんと……人間って良く分からないよね……』

 ソードが最後につぶやいた。


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