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第十五話


 

 「王女殿下ならびに大公女殿下の誘拐、王家に対する国家反逆罪及び内乱罪、さらには」

「もうよい」


 謁見の間で、国王の言葉が宰相の言葉をさえぎる。

 今、この場には幾人かの貴族達と、兵に槍を突きつけられているベルガー伯爵夫人が、王から離れた、正面に位置する場所で、縄で縛られ両膝を突き、うつむいていた。



「ふん、先代の改革から不満を持つ者がいるのは分かっていたがな……邪霊に魅入られるほどの執念に捕われていたとはさすがに見抜けなかったわ」

 誰に語るでもなく、独り言のように国王──────ラーシュ=オロフ・モンスリーンは、表情を崩さず、足を組み、頬杖をつきながら、言葉を発した。


 独り言とはいえ、その言葉は謁見の間全体に響き渡り、居並ぶ貴族達を萎縮させるのに充分な効果があった。


「さて、ベルガー伯爵夫人よ、何か思うところがあるなら述べてみよ。発言を許可する」


 うつむいていた顔をあげ、忠誠を誓うはずの国王の顔を憎憎しげに睨み付けるベルガー伯爵夫人。

「国王陛下は、なぜ私達をいじめるのですか……? どうして貴族の特権を奪うのですか……?」


 形相は凄まじいものはあるものの、そこから発せられる言葉はまるで消えていくような、はかない大きさだ。


「面白いことを言うな、ベルガー伯爵夫人よ。貴族の特権だと? 特権というのはな義務を果たして初めて手に入れられるものなのだぞ? 貴様らは王家に対してどのような義務を果たしたのだ? 無駄に領民から税を搾り取り、農民の娘を山賊まがいの行為でさらい、遊びで狩りと称して、守るべきはずの罪なき民の命を奪い続けた貴様らが一体何の義務を果たしたというのだ? それらの行為が国力衰退の原因になり、下手をすれば最終的に国が滅びる危険性すらあるというのに、貴様らはそれらを称して義務というのか!?」


 最後は語調がわずかに強くなり、さらに居並ぶ貴族を萎縮させる。


「お恨み申し上げます……」


 ここで国王は内心ため息を吐く。シェシュテインと同じ思いをしたからだ。

 もはや何を言っても無駄なのだと理解して、別の人物に声をかけた。


「エイデシュテットよ、卿の一族からこのような者が出てきたわけだが、卿は何か言いたいことがあるか? 発言を許す」


 居並ぶ貴族の中から、エイデシュテットが出てきて、国王の前に膝を折る。

 ベルガー伯爵夫人の弟である彼の内心はいかほどか……先代の不忠を恥じ、改革以来王家に忠を尽くし、ようやく水晶宮に足を踏み入れることが可能となり、領地すらもうすぐもらえるかと思った矢先の出来事だ。


「我が一族からこのような反逆者が出たこと、国王陛下、さらには王女殿下、大公女殿下のお心を騒がせたこと、もはや申し開きの仕様もございません。ただ我が心、そして我が他の一族の忠は陛下に向けられていることだけはご理解くださるよう、心よりお願い申し上げます」


 言い訳はせずに、自分と他の一族は間違いなく忠誠を誓っている。例え連座で一族のものが処刑されたとしても、それだけは理解して下さいと、エイデシュテットは国王に言葉を向けたのだ。


 不忠者として処刑されるような不名誉なことだけは、公爵家として自分の意地として認められない。そんな思いから言葉を発した。


「ふむ……宰相よ。この場合、国法に照らし合わせた場合はどうなる?」

「は、国法に乗っ取った場合ですと、連座により一族の処刑が妥当でしょうな」

 法を司る文官のトップが、国王の問いに答える。


「だが、宰相よ、この者の忠を俺は疑ってはおらん。またこの者は俺にとって強力な味方の一人と考えておる。罪なき者を処刑して自分の足を食うのは痛くてたまらんな」

「陛下の御心のままに」


 しばらくの沈黙の後、国王は最終決断を下した。


「決を言い渡す。ベルガー伯爵夫人及びその息子は処刑。エイデシュテットよ、その方の一族には罪は問わぬゆえ、卿がしっかりと手綱を握っておれ」


「陛下の格別なる御慈悲を賜りまして、このエイデシュテット心より御礼申し上げます」

 そうして、ベルガー伯爵夫人は、そのまま兵に連れて行かれ、謁見の間を出て、エイデシュテットは一礼し列に戻った。



 そして続いて謁見の間に入ってきたのは、黒髪の少年と、金髪の少年だった。

 二人の少年は、謁見の間を進み、先ほどまでベルガー伯爵夫人がいた場所で止まり、膝を折る。



「ここにいる者達には、今更言うべきこともなかろう。顔を上げ発言を許可する。何か所望するものがあれば述べよ」


「はっ、陛下の御心遣いにより、我が身は充分に回復いたしました。その御心遣い、またすでに不肖に身でありながら水晶宮に住まわせてもらっている身にて、これ以上の望みなどあろうはずがございません」


「やれやれ、相変わらずヴィクセル家の者は謙虚……というより王家と距離をおきたがっているのか? まったく、初代から延々と忠を尽くし、その褒美として王家から一族のものを娶らせようとしても頑として受け取らん。にもかかわらず王家には忠を尽くし、その心は疑いようがない。なるほどな先代の言っていたことが良く分かるわ」


 エルネは内心、そういう問題じゃないです! と言いたかったがやはり無理な話だ。


 あの後、迎えが来た後は当然、王宮は大騒ぎになった。

 国王はその報告を受けて、調査に徹底的に乗り出し、ベルガー伯爵以外にも関わっていた貴族はいないかどうか、それを調べ上げ、さらにベルガー伯爵と同じように邪霊に憑かれた人間がいないかどうか、それを全て、時には自ら自身の力などを使い調べ上げたのだ。


 そしてエルネ自身は、体はそれほどの負担では無かったのか、回復自体は早々に終わったが、意識のほうがうまく働かず、右と左を間違えたり、普通に歩いていても壁にぶつかったりとかなり大変な目にあい、国王から訓練の延期を言い渡され、精神の回復を済ませるようにと言い渡されていたのだ。


 そしてその間は従者であるフレードリクが世話をしたのは当然だが、シーヴ自身がエルネの手を引っ張り、歩くのを誘導したり、時には食事の世話まで行っていて、おまけにシェシュテインから何度も御礼を言われ、もう充分です! という状態だったのだ。



「ふむ……そうだな……ならば第二王女であるイェリンをお前に娶らせようか? まあ性格に難はあるもののお前ならあのじゃじゃ馬を乗りこなせるだろう。どうだ?」

 実は国王としては、精霊の一族の血をなんとか王族に取り込みたいと常に画策しており、この言葉もその一環なのだ。


 いやいや無理です! 心からの叫びだ。


「は、イェリン王女殿下に置かれましては、国の宝であり、またイェリン王女殿下の御心自身も問題となってきますゆえ、我が身には持て余すであろうと予測されること、疑いようがありませぬゆえ、その儀はまことに勝手ながら、ご辞退させていただきたくお願い申し上げます」


 国王は少し残念そうな顔をするも、ならば、今は無理に押し付けることもないと判断し、別の褒美を考えた。


「そうか、なれば……そうだな……お前は次男で家を継ぐことが出来ぬ身であったな……よし、なれば準伯爵の地位をお前に与えよう」


 謁見の間がにわかにざわつく。


「あの……陛下。準伯爵とは……?」

 文官のトップであるはずの宰相が、内心首をかしげ、国王に問う。


「ん? ああ、そうだな今俺が作った。前例として記録しておけよ。そうだな成人すればそのまま伯爵を名乗れる称号だ。精霊騎士は基本訓練が終わり、成人すれば子爵以上の称号が送られるだろ? まあやつはその一段上をいきなり名乗れるというわけだ。身分としては現時点で子爵と同等。そう明記しておけ、エルネスティ・ヴィクセルよ、お前は今日からアステグ準伯爵を名乗るが良い」

 そういってニヤリと国王は笑う。


 国王はこういっているが、実は伯爵と子爵の間には物凄い高い壁があり、下から普通にこの称号を送られるためには、相当な運と努力と人脈と実力が必要となってくるのだ。


 そして国王が贈ったアステグ。これはこの国において星を意味する語源であり、エルネスティの名前の意味と一致している。いわば褒美としてもあるが、国王の悪戯心も含まれているのだ。


「フレードリク・オートレームよ、その方も良くやった。その方には、金貨1000を与えるゆえ、それを持って褒美としろ」


 相当な価格だ。さすがにフレードリクもうつむいた姿勢のまま目を見張る。


「は……はっ! 陛下からの御心遣い臣として身に余る光栄です」


「よし、では謁見を終了する。今宵は大公女の歓迎会を含めた催し物だ。アステグ準伯爵よ、その方も出席するのだぞ」


 そうしてエルネが出て行った謁見の間で国王は宰相に言葉を向けた。


「宰相よ、あとで俺の執務室へ来い。あの頑固じじいへの言い訳を考えなければならん」

「王家からわずかながら譲歩せねばなりませんな」

「まったく頭の痛いことだ」



                ──────────────



 夜、三の宮の建物を含めた二の宮へと続く中庭で、盛大な催し物が開かれた。

 大公女の歓迎がメインの催しのだ。


 様々な貴族が華やかな格好をして、音楽や立食を楽しんでいる。

 すでに国王の挨拶は終わり、皆が心行くまで楽しんでいる。


 その中心にいるのは、やはり大公女殿下シーヴであり、様々な貴族に囲まれ挨拶をしている。

 当然、皆が皆、シーヴを褒め称えているものの、それが本心からかどうかはまた別だが、シーヴは皆に臆することなく、挨拶をしている。


 また第一王女であるシェシュテインやイェリンの姿もあり、第一王太子であるグスタフの姿も見える。


 その輪からポツンと離れて、黒髪の少年と金髪の少年は飲み物を片手にぼんやりと時を過ごしていた。


「ここにいたか、やっと見つけたぞ。王女殿下と大公女殿下を救った第一人者がこんな隅っこで何やってるんだか」

 エルネに声をかけてきたのは、彼の兄であるベルトルドだ。


「いや、さすがにあれだけの人の輪には加われないでしょ」

 エルネが答えた。


「誰に似たんだか、ずいぶん謙虚だなアステグ準伯爵」

 ベルトルドが意地の悪い笑みを見せる。


「うへえ……なんだかなあ……まったく現実感ないよね……いきなり伯爵だなんて」

「俺なんて金貨1000枚見たときは腰を抜かしましたよ……あれだけの大金、記憶にはありませんが、父上が生きてた時にすらお目にかかれなかったでしょうね……」

「お前が腰を抜かすだなんて珍しいな。明日は雨か?」

 褒美をもらっても、二人の少年はなんだかんだ言いながら、いつもと変わらないようだ。


 そんな二人の少年を苦笑しながら兄は言葉を向けた。

「まあ貰って困るものじゃないだろ? それよりエルネ、明日から訓練だろ? お前の先輩に当たる人たちを幾人か紹介してやる」

 その時、人の輪から外れて、小麦色の肌を持った少女が三人に近づいてきた。


 薄い青色と白を合わせてスカートは足元まである職人仕立てのドレスが小麦色の肌とアイスブルーの瞳に良く似合っている。


「こんなところにいたのか。探したぞ全く」

 その少女は不機嫌そうに頬を膨らませ、エルネを睨み付けた。


「大公女殿下、そのドレス良くお似合いですよ」

 苦笑しながらエルネは相手の服装を褒める。

 貴族社会としては一種のマナーだ。


「そ、そうか! ふふふ、これはなクリスと一生懸命職人を探して作ってもらった今日おろしたての逸品なのだ。いや間に合ってよかった」

 エルネに褒められて満面の笑顔でドレスを自慢するシーヴ。


「結構大変だったんですよ……」

 後ろで思わずクリスが愚痴をつぶやく。


「それで? 大公女殿下、皆様への挨拶はよろしいのですか?」

「ああ、もうあらかたすんだからな。そんなことより、こんな端っこでくだをまいてないで私に付き合え。フレードリク、ベルトルド卿、エルネを借りるぞ」

 ベルトルドとフレードリクは苦笑しながら了承の意を示し、シーヴはエルネの手を引っ張って音楽が良く聞こえる場所まで移動した。


「エルネスティ様にはご迷惑ばっかりおかけして申し訳ありませんわ」

 クリスがフレードリクに謝罪にも似た言葉を向ける。


「いえ、なんだかんだ言いながらエルネスティ様も結構楽しんでいますよ」

「だといいのですけど」

「クリス殿、せっかくの無礼講です従者同士楽しみましょう。ベルトルド様、席を外してよろしいですか?」

 言葉を向けられたベルトルドは苦笑しながら彼らに言葉を向けた。


「ああ、行って来い。こっちは気にするな」

 そして二人の従者もベルトルドから離れていく。

 ベルトルドはさらに苦笑を深めながら、つぶやいた


「若いな……」



 音楽に合わせて踊る少女と少年。

 踊りながら少女は少年に声をかけた。


「エルネよ、知っておるか?」

「何をですか?」

 エルネは問う。


「お前の名前はエルネスティ。お前に贈られた称号はアステグ。そして我が大公家の紋章は星と月をモチーフにしている。つまりだな私とお前はそういう縁で結ばれておるのだ」

 いきなりそのように、こじつけに近いことを言われ一瞬キョトンとするが、シーヴの赤らめている顔を見てエルネは苦笑する。


 ああ、これはシーヴが何かしらの勇気を発して放った言葉なのだろうと。

 その赤い顔が、どのような意味を持つのかまではさすがに掴めない。

 恥ずかしい事を言ったことによる照れなのか、それとも別の何かから来る照れなのか、エルネスティは決して鈍感なほうではないが、これは恐らくシーヴ自身にもまだ理解していない気持ちだろうと把握して、優しく答えた。


「だとすると、それはとても光栄な事ですよ。シーヴ様」

 最後は誰にも聞こえないように、彼女の耳元でささやくようにつぶやいた。


 彼らの王都での生活が本格的に始まろうとしていた。


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