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第十一話


 エルネとフレードリクは現在、王都の外れにある人の少ない広場に来ていた。

 ここは、王都の北側にあり、かなり広く作られている。

 木々は目立たなく、草などが整備されており、一種の広場みたいな感じだ。

 市民達にも良く利用されており、この近くに住むものは、よくピクニック代わりにここで、昼食などをとっている姿を見かける。


 王都には貴族専用の道があり、この道はほとんどが王都外縁部から中心、すなわち王宮に向かって一直線に伸びており、馬や馬車を走らせるのにとても便利に出来ている。


 この道を使い大抵の緊急時の使者などは王宮へ向かうのだが、平常時でも貴族には開放されている。

 ただし、市民が利用する道においては、よほどのことが無い限り馬を乗って使用されることが許されず、もしこれらの道で馬を利用した場合、罰則が設けられている。さらに人をはねた場合、特別に厳しい罰も当然待っている。


 逆に平民が貴族専用の道に入った場合も、それらは罰せられるのだ。

 平民の利用できる道は大きな道で敷石などが敷き詰められており、それなりの道においては、土などのままだ。


 貴族専用の道に関しては、赤い煉瓦や、敷石に青い色などが塗られ、明確に分かるようになっている。

 ちなみに、軍隊が通れるような大きな道に関しては、普段は市民に開放されており、大通りとして親しまれている。


 

 エルネとフレードリクは、王宮から借りた馬で、王都の北側まで、その専用の道を使い、ここまで来たのだ。

 ちなみに馬を用意したのは、オーグレンである。


「よし、じゃあ始めるか」

 エルネがそう一言を発した。


「いきなり手合わせですか?」

 フレードリクが聞く。


「いや、先に基本の型をやってからやろう」

「分かりました」


 言葉から分かるとおり、彼らは訓練に来ていた。

 王宮でしても良かったのだが、人の目が在りすぎるということで、人の目を避けてここまで来たのだ。

 彼らは別に目立ちたくないとか、人が嫌いとかそういうわけではないが、色々と精神的に疲れがあるのか、今は下手に人の目から注目されたくは無く、オーグレンに何処か良い場所は無いか? と、問い合わせたところ、ここを教えてもらったのだ。



 まず、エルネは鞘からソードをゆっくりと抜いた。

「それじゃソードよろしくね」

『うん、訓練久しぶりだね。同調はする?』

「いや、久しぶりの訓練だから、基本だけで良いよ」

『わかった』


 フレードリクも少し離れて、自分の訓練に入っているようだ。



 エルネは抜いたソードを中段の構え、すなわち正眼、もしくは青眼と呼ばれている構えを取った。

 剣の一番基本となる型でもある。



 しばらく静止した後に、ゆっくりと動作を確認するように切っ先を下に向け、下段の構えを取る。

 ここでもしばらく時間を置く。

 

 また同じように、今度は八双、もしくは八相はっそうと呼ばれる、切っ先を上に向けた上段の形をとり、再びゆっくりと今度は、切っ先を後ろに向け、柄を持っている両手を脇の近くに置く脇構えという構えをとる。

 

 刀身を体で覆い隠すような、そして最も刀身に力を乗せやすいような、そんな構えだ。

 相手に自分の間合いを悟らせない構えでもある。


 そして最後に諸手大上段もろてだいじょうだんと言われており、略で大上段とも言われている構えを取った。

 これは柄を掴んでいる両の手を、自分の額の真上に持って行き、八双の構えと比べると、腰をさらに深く落とした状態だ。


 ここから繰り出される技は真っ向斬りと呼ばれており、頭から股間までを真っ二つに切り裂く技でもある。


 青眼、八双、脇構え、下段の構え、大上段、これらを合わせて五行の構えと言い、剣……すなわちカタナと言われているソードを使うための最も基本な5つの構えでもある。


 そして、全ての型を確認した後、再び青眼の構えを取り、今度は九つの動作を行う。

 すなわち袈裟斬り、逆袈裟斬り、切り上げ、逆切り上げ、水平斬り、逆水平斬り、真っ向斬り、逆真っ向斬り、最後に突き。


 五つの構えと、九つの軌道、これらがカタナを扱うための基本であり、動きでもある。

 そして九つの動きもゆっくりと、大地を踏みしめて、切っ先にブレは無いか? 自分は今どこに力を入れているのか、水平斬りなどはちゃんと真横の斬線を辿っているのか?


 ゆっくりと集中して確認していく。

 スローモーションの動きと言うのは、普通に動くよりもあらゆる筋肉に負担がかかり、かなりの苦行ではあるが、それでもエルネは何回も何十回も、構え、斬り、これらを行っていく。


 そしてこれらは当然この国には伝わっていない動きでもある。

 とはいえ、似通っている部分はあるものの、根本的な部分で違ってくるのだ。


 この国の剣の使い方は、どちらかと言うと、力で押し斬る、あるいは殴り斬ると言った表現が適していると思われるが、エルネの使うカタナと言うのは、大地を踏み込み、そこから切っ先まで意識をして、あるいは神経を通うわせるようなイメージを持って、体全体を使った遠心力を持って引いて斬る。という力任せに斬るやり方とは違っているのだ。


 切り口も見事なもので、ソードの力によるものか、はたまた、エルネの実力なのかは今だ定かではないが、斬鉄、すわわち鉄ですら容易に斬る事が可能である。


 この国の剣ではどちらかと言うと鎧を砕いて中身を斬ると言う感じだが、カタナ───ソードに関しては鎧ごとすっぱりと斬る事が可能なのだ。


 斬る事に特化した武器。それがエルネの相棒なのだ。


 そうして、静かな動きからどうへの動きに変わり、だんだんと速く、鋭くソードを振っていく。

 空気の切り裂く音が回りに響く。いやもしかしたら空気以上のものすらも切り裂いているかもしれない。



 そうして汗だくになった頃、王宮から持ってきた木で出来た水筒から水分を補給し、フレードリクに声をかけた。


「よし、じゃあ一休みしてから始めようか」

 芝生に寝転がりながら言う。相当体力を消耗したようだ。


 フレードリクはニヤリと笑って自分の練習を切上げた。

「今までだいぶ負け越してますからね。今度は勝ちますよ。まったくこっちは間合いの長い槍を使っているって言うのに」


「はは、手加減してあげようか?」

 エルネが意地悪く言う。


「冗談じゃありません。本気で来て下さい。あ! もちろん同調はなしですよ。命がいくつあっても足りませんから」

「わかってるよ」

 そうして二人は向かい合う。


                 ───────────────


 水晶宮にあるテラスにて華やかな社交集会サロンが開かれていた。

 貴族社会における社交集会といえば、なにやら大勢の人が集まるようなイメージだが何のことはない。単なるお茶会と言ったほうが早いかもしれない。


 さらに細かく言えば、女性陣のお茶会だ。とはいえ中々バカには出来ない。

 貴族社会の女性にとって非常に重要な行事でもある。

 

 

 特に身分の高い女性から招待されると言うことは、貴族女性社会にとって、一種のステータスになるのだ。

 自分は、この身分の方と懇意にしておりますのよ、おほほほほ。というわけである。

 そしてやはりそのトップに来るのが王女であったり、王妃であったりするのだ。


 現在、この場には主となっているのが4人ほどいる。

 この中に小麦色の肌に、銀色の髪とアイスブルーの瞳を持つ少女も当然混ざっている。



「それでな、エルネは空を駆けたと思ったら、こうやってあの化け物を切り裂いてな、我が命を救ってくれたのだ! 命の危険を忘れて思わず魅入ってしまったぞ。シェシュテインお姉様にもお見せしてあげたかったくらいだ」

 瞳を輝かせて熱っぽく語るシーヴを、優しく微笑みながら相槌を打つもう一人の少女。

 この少女は父親に似たのか見事な金色の髪を持ち、エルネと同じライトグリーンの瞳を持っており、年の頃は17歳だ。


 顔立ちは優しく切れ長の目に長いまつげを持っており、鼻が高く、その口元には桜色のみずみずしい唇がある。

 髪の長さは、イェリンと同じように膝裏にまで来る長く、綺麗な髪をしており、侍女が整えたのか、これまた複雑に編みこまれたいくつかの束に分けて、髪の毛を編みこんでいる。

 白いドレスが日の光と合わさって、上品さを、よりかもしだしていた。

 

 

 まず美人と言っていい人物だろう。

 この国の第二正妃が生んだ、第一王女殿下シェシュテイン・モンスリーンその人である。


「まあまあ、シーヴはエルネスティ様に首っ丈なのですね。かわいらしいですわ」

 妹に話しかけるような優しい口調だ。

 例え身分の高い女性でも一定の身分を持つ男性に対してはある程度の敬意は必要である。

 ゆえに皇女といえど、侯爵家次男である、エルネに様を付けてもなんらおかしくはない。


「ふふ、当然であろう。あやつは我が親友でもあるのだからな。それよりシェシュテインお姉様、私はもう13歳だ。かわいらしいなどと……子供っぽいではないか……」


 前半部分は胸を張ったものの、後半はやや不満げに頬を膨らませるシーヴ。

 後半に放った言葉、それ自体が子供と言うことを証明しているのだが、それに気付ければ、このような言葉は普通言わない。


 ちなみにこの場において一番敬意を払われるべき人物は、大公女殿下であるシーヴだ。


 理由としてはいくつかあるが、まず一つはこの国では、家を継ぐべきものが重要視される傾向にある。

 すなわち、大公の直系であり、一人娘であり、将来大公領を継ぐ者としてシーヴが一番立場が上なのだ。

 

 王室における立場として、爵位を継いでない者の立場だけで考えるならば、まずいずれ国王となる第一王太子殿下であるグスタフがトップに来る。

 

 次いで第二王子、第三王子、そしてその次にシーヴとなるのだ。

 第一王女、第二王女はその後に続く。そして、公、候、伯となる。


 そこに様々な人間関係や、事情などが加われば、また多少変動するが、大まかに言えばそういう仕組みだ。


 また王女や王子は国王から、直接、シーヴに不満を思わせること無いように言い含められている。


 この理由は、形としては王都に住まわせて、勉強させるという一種の留学のような名目だが、実質は人質のようなものだ。


 しかし大公が王家に忠を示すために送ってきたので、王家もまたそれに応えねばならない。

 この国は中央集権が確かに進んではいるが、完全な絶対王政とは言いがたく、それは国王がシーヴのことにもしものことがあれば、内戦があったかもしれないと言う発言からも分かるだろう。


 さらに極端な話をすれば、シーヴが不快な思いをして、王都でこれこれこういう事情でいじめられててとてもつらいです。 という手紙を送った場合、大公領から正式な使者が来て、事の真偽を確かめた後、それが真と判断されれば、正式に王家に抗議することも出来る。


 こちらは大公の大事な一人娘であり、いずれ大公領を継ぐ身の大公女殿下を送り、王家に忠を示したのに、王家はそのような扱いを是とするのか? よろしいならば戦争だ。ということにもなりかねないし、また貴族筆頭である娘をそういう扱いをするのであれば、我々も不安だ。という貴族も出てくるだろう。


 そのため、やはりシーヴの身柄はとても大切となってくる。

 これらはあくまで極端な話であって、0か100かで考えた場合である。閑話休題。


 そんなシーヴを見てクスクスと上品に笑うシェシュテイン。


「それにしても精霊の一族とは、ほんとに素晴らしいですわね。以前ベルトルド様にお会いいたしましたが、わたくし、夜、お誘いしようかと思ったくらいですわ」

 この発言をしたのはこの場にいるオーク伯の称号を持っているドロテア夫人だ。

 歳はすでに20半ばだが豊かな黒髪に白い肌を持ち、少しだけたれ目な優しげな目をしている婦人でもある。


 すでに結婚しており、一児の男児を生んでいるが、まだ幼く、世話は乳母に任せている。

 シェシュテインと懇意にしている人物の一人で、性格は発言からも分かるように茶目っ気のある悪戯好きという感じだ。


「あらあら、オーク伯爵夫人、それは危険な発言ですよ。貴方の旦那に告げ口してあげましょうか?」

 こちらも伯の称号を持つ40過ぎの温和な女性だ。

 


 この国において、称号は三つの種類がある。

 一つは姓、そのままに送られる称号。これはヴィクセルなどに代表されるものだ。

 二つ目は地名にちなんだ称号。今は空位だがヴェッテルン湖にちなんで、ヴェッテルン伯や、スフル山脈にちなんでスフル候などがある。


 最後の一つが自然を表す称号。

 オークというのは木にちなんで付けられた称号でもある。この場合、姓とは別に送られるので、オーク伯ドロテア夫人ということになる。あるいはそのままオーク伯爵夫人でも可だ。

 

 自然からちなんで付けられての称号のほうが名誉だとか、そういうことは特に無い。


「あまり意地悪なことを言わないで下さる? ベルガー伯爵夫人。そのようなことになったら、わたくし明日から路頭に迷うことになるじゃありませんか」

「ふふ、でしたら発言にはお気をつけ下さい。どこに耳があるか分からないんですから。火遊びも良いですけど、誰かに火を見られないうちに消すことが大事なんですからね」


 そばに控えていたクリスティーナはシーヴの耳をふさぎたい気持ちでいっぱいだったが、このような場でそんな事も出来るはずも無く、取り澄ました表情のまま、内心はハラハラしていた。


「火遊びとは何のことだ? お父上からは火の扱いは気を付けろ、とよく言われておったが、王都では火で遊んでも良いのか?」

 そしてクリスティーナの予想通りシーヴが食いついてしまった。


「あ、え、ええそうね、火遊びは王都でも、とても危険な遊びよ、大公殿下。王都でもあまり推奨されないわ」

 ベルガー伯が無邪気な少女に慌てて答える。


「ええ、ベルガー伯爵夫人の言うとおりですわ。と、特に大公殿下がなさるような遊びではありません」

 オーク伯爵もそれに追従する。


「ふふふ、大人になればいずれ分かる遊びですよ。シーヴ。なんでしたら貴方のお気に入りのエルネスティ様に頼んで一緒に火遊びするのも、よろしいかもしれませんね」

 優雅な微笑を絶やさず、どこか悪戯めいた口調でシェシュテインがシーヴに声をかけた。

 クリスティーナの悩みはまた一つ増えたようだ。


「ふむ、そうか。ならエルネに今度頼んでみよう」

 素直ににシーヴがその言葉を受け止める。


 シーヴの侍女は内心、額を抑えて、二人の伯爵夫人はなにやら、おほほほほ、と言う感じで微妙な笑みを浮かべ、王女殿下は優しげな微笑のまま優雅にお茶を飲んでいる。


「しかしな、あやつは中々付き合いが悪くて、明日、街の見物に案内してやろうと思ったのだが、用事があると断られてしまってな……」

 少しだけうなだれながら答えるシーヴにシェシュテインは声をかける。


「あら、でしたら私がお付き合いいたしますよ。水晶宮に引きこもってばかりでは体に悪いですからね。シーヴと大公領を抜け出したときは楽しかったですし」

「お姉様! そ、それは!」

 しかしすでに遅かった。ギラリとシーヴの後ろから殺気の様なものを感じたのだ。放っている相手はいうまでもない。


 シェシュテインは何食わぬ顔で優雅にお菓子を食べていた。


                ────────────


 次の日、兄の家からの帰り道、エルネは一人の兵の格好をした人物に声をかけられた。

 そして「大公女殿下とシェシュテイン王女殿下が行方不明になった」とその人物は告げた。

 

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