第32話 新たなる影
遅くなって申し訳ありません。
遅々としてですが、書き続けていますので、見捨てないでください。
そんな状況を退屈そうに見守る視線があった。
年の頃は十三~十五歳くらいだろうか、ちょうど少年から大人へと変貌を遂げようとする、中性的ないでたちは、見事なまでの黒髪を肩までで切りそろえた人物だった。
強い意志を宿す瞳は髪と同じく漆黒に輝いているのだが、その視線の先の人物たちにはさほど興味を惹かれなかったようだ。
「さて、あれが次代のルムコントゥラとノウランですか、なんとも張り合いのなさそうな連中ですね」
と退屈そうに吐き捨てると、周りのお付と思われる老人が嗜める。
「若、自信を持たれることは悪いとは申しませんが、過信は禁物ですぞ」
「そうですかね? あのくらいでうろたえるようなら、大したことはありません。僕なら、あの程度の試練など一時間と経たずに殲滅して見せますよ」
そう言って、その艶やかな口元を緩ませる。
「それでもです! 落ち目のルムコントゥラはともかく、ノウランには当代も先代様も煮え湯を飲まされ続けているのです。そのために私がっ」
そう言い掛けるお付の言葉をその人物が引き継ぎ
「分っています。そのために、先代の第一の付き人だった、テッドが僕に付いている! と言いたいのでしょう。小さい頃から飽きるほど聞いています」
「そうです! ましてや、次代のノウラン頭領は当代きっての英雄と言われるバクスターを凌ぐ天才と言われております。決して軽んじてよい相手ではありません!」
「へぇ~、あれがですか? ただの可愛らしい子共にしか見えませんよ」
そう言って、鼻白む表情をするのだが、それもまた見咎められる。
「若、何度言えば理解されるのですか。確かに今は若の方が上かもしれませんが、十年後その立場が逆転していないとは言えないのですぞ!」
そう言われ、若と呼ばれた若者の美しい顔が一瞬歪む。
「なるほど、ならばその芽を今摘むのは僕にとっても、我が家にとっても有効と言えるんじゃないですかね」
そう言って、すました顔で問いかける。
「確かにそれは有効ではあるかもしれませんが、同時にリスクを負いますぞ」
「リスクですか? どんなことでしょう?」
「既にけしかけてある傭兵団なら我々の事が露見することはありませんが、ここで直接的に若や私が動いた場合、最悪全面戦争になりかねません」
それを聞き、若者の表情が少し逡巡する。
「確かに、あの二家と正面切っての全面戦争は良くないですね。おそらく王国も帝国も介入しようとするでしょう」
「そうです。それだけではなく、おそらく他の五家も参入してくるでしょう。場合によっては我が家に得るものは無く、他家に漁夫の利を取られるやもしれません」
それを聞き、若と呼ばれた人物は一瞬考えるのだが、すぐに良い思い付だとばかりに手を打ち
「ならば、あそこに居る全員を皆殺しにすれば、問題なんじゃないですかね? うん、さすが僕ですね!」
と言って、トンでもない事を口にするのだが、さすがにこれにはテッドがブチ切れ「失礼!」と言って、若と呼ばれた人物の頭を「ゴンッ」と言う音と共に物理的に制裁を加える。
「痛いなぁ~。なにをするんですか~」
「若! さらっと恐ろしい事を言わないで下さい。あそこに居るのは神弓のマロリーですぞ! 若がいかに天才とは言え、舐めて掛かってよい相手ではありません」
「そうですかね? 僕一人でもあそこの連中を皆殺しにできると思いますよ」
そう言いながら、その体に似合わない巨大な節くれだった杖を取り出す。
それを見た、テッドがまたもや「失礼!」と言いながら若者に制裁を加える。
「若、いい加減にして下さい! 試練の殲滅に手を貸すならともかく、あの集団に杖を向ける事は許可できません!」
と怒鳴りつけられると、若者はその端正な顔を楽しげに緩ませ
「テッド声が大きいです、気付かれちゃいますよ」
そう指摘されると、テッドと呼ばれた、老人はバツが悪そうに顔を歪める。
「いいですか、若? 我が家の恥になるので黙っていましたが、当代でさえ神弓マロリーにはかすり傷一つつけられなかったのです。そしてあなたはまだ当時の当代にさえ追いついていません。そのあなたが、勝てるはずは無いのです。どうかご自重下さい。これ以上駄々をこねるようなら……」
そう言って、テッドは静かに白い手袋を嵌める。
すると、先ほどまで余裕の表情をしていた、若者の顔に焦りが生まれ
「分った! 分りましたよ! もう少し様子を見ましょう!」
そう言って、テッドを落ち着かせる。
「よろしいでしょう。まぁ絶対に介入しないとは言えませんが、やるならあくまでもばれないようにです。いいですね?」
「分っていますよ、別に僕だって無理やり戦争をしたいわけではないですからね。それに……負けるかも知れない勝負なんてゴメンですから」
それを聞きテッドはため息をつき、ひとまず落ち着くのだが、次の若者の言葉にすぐにその落ち着きは破壊されてしまう。
「テッド、見てください。ノウランが何やら大きな魔方陣を発動し始めましたよ!」
それを聞き、テッドは慌ててそちらを注視する。
なんだあれは……それがテッドの感想だった。
その神弓マロリーの持つ弓を中心に異様とも言える魔法陣が展開されている。
長年先代に使え、第一線で凌ぎを削ってきた自分でさえ見たこと無い魔方陣だった。
「秘法か……」
そう思わず呟くと、それを聞きつけた若者が
「秘法? なるほど、あれがルムコントゥラの秘法なのですね? しかし、あれを使っているのは神弓マロリーとノウランの坊やに見えますが……ああなるほど、ルムコントゥラのお嬢様も手伝っていますね」
ルムコントゥラの秘法と言えば、公にはされていないが、神威の魔女と呼ばれた史上最高の魔法使いエルの決戦魔法と言われている。
三人がかりとは言え、あの伝説級ともいえる、魔法を使いこなすのか……
これは、さっきの若のセリフではないが、ここで始末できるなら……多少のリスクは仕方がないやもしれん。
「へぇ~。これはこれは……さっきのセリフは取り消すことにしますよ。彼は中々面白いね……あの年であの魔力とは確かに天才と言われるだけの事はあるようです」
若者は余裕があるようにしゃべっているが、わずかだが、声に震えがこもっているのがテッドには分る。
そして、その気持ちは自分も同様だ。
あれはまずい、あれがきちんと訓練を行い、年を重ね成人された日には誰も手を出せなくなる。
多くの超一流と言われる騎士や宮廷魔法使いを見てきた自分には分る。
あの気難しいと言われる、幻獣ディノスが絶賛する理由がはっきりと分った。
「若、私も前言を取り消します。チャンスがあるならば、あのノウランは積極的に始末するべきです」
そう言って、拳に力を込める。
「う~ん……そう? 僕としてはあのノウランをもう少し見ていたい気がしてきたんだけど?」
「若、強がりは辞めなされ。先ほどより声が震えております。私よりも若の方が彼の者の脅威が伝わっておりましょう。介入するタイミングは……」
「はぁっ、はぁっ……さ、さすがはネレイド傭兵団ね、あたし相手にここまで粘るなんて」
エリスが息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。
「それは、こちらのセリフだ、エリス・ルムコントゥラよ。さすがは五家の現役当主と言わせてもらおう。しかし、ここまでだ……」
そう言って筋骨たくましい腕を振り上げる。
「お前をやった後、本来のターゲットを始末しなければならいのでな、一思いにやらせてもらおう」
「本来のターゲット? まさか、トリオ君じゃないわよね?」
そう言うと振り下ろそうとしていた男の腕がピタリと止まる。
「ほう、やはりさすがと言わせて貰おう。我らの狙いを見抜くとは」
「いや、こんな簡単なカマに引っかかるような頭の悪い男に褒められてもあまり嬉しくないわね」
「そうか、俺はお前のような高貴で頭の良い女の悲鳴を聞くのは大好きだけどな」
そう言って、ニヤリと口元を歪ませる。
「ふむ、さっさと始末して、ターゲットの方へと思ったが、気が変わった。お前を俺の奴隷にして、可愛がってやることにしよう」
「じょ、冗談でしょう……そんなのゴメンだわ!」
そう言ってエリスは残り少ない魔力でマジックアローを複数発生させ片手を振り上げる。
「おまえのような獣は矢でハリネズミってのが我が家の教えなのよ。死になさい!」
そう言って振り上げた手を下ろすと、一斉にマジックアローが男に襲い掛かる。
しかし、男は慌てた様子も無く、「無駄だ」と短く呟き、剣を一閃させる。
その一閃はマジックアローとエリスの希望を打ち砕く。
そして、男はその勢いのままに、エリスとの間合いを一気につめ、剣を握ったっ手で強烈なボディーブローを腹部に叩き込む。
エリスは体を見事にくの字に曲げたまま、吹き飛ばされ地面に倒れこむ。
「ふ、魔力が万全ならば立場は逆になるのだろうが、そこまで消耗した状態で俺に勝てると思うとは……随分舐められたものだ。まぁいい、これからきっちりと教育してやる。エリス・ルムコントゥラ」
そう言って、男は倒れこんだエリスの綺麗な金髪を無造作に掴み、顔を上げさせる。
エリスは苦痛で顔を歪めながらも男を睨みつける。
「その苦痛に歪んだ顔もそそるものだ、後でゆっくりと楽しませてもらおう。まずはその生意気そうな心をへし折らせてもらおうか」
そう言って、男は持ち上げたエリスの顔を殴りつけようと腕を振り上げる。
こんな男に屈服するわけにはいかないと心に決め来るであろう衝撃に覚悟を決めると、「ヒュン!」という音と共に振り上げら男の肘から先が消失する。
そう、千切れたわけでも、爆ぜたわけでもない。綺麗に消えたのだ。
そして、何故か血を吹き出すことも無く、赤い傷口が広がっている。
こんなことが出来るのはこの世でただ一人
「大お婆様!」
そう声を上げた瞬間、周りにいた数人の男に一斉に矢が突き刺さり、絶命する。
「まったく、こんな雑魚に良いようにされるとは、ルムコントゥラも落ちたもんだねぇ~。あたしは情けないよ……」
そう言われ、エリスは安堵と共に自分の無力さに思わず頭を下げる。
「申し訳ありません、全ては当主たる私の至らなさです。どのようなお叱りもお受けいたします」
「お、お前ら! 俺を無視して勝手に話しているんじゃねぇよ! 引っ込んでろよクソ婆!」
「パシュッ」そのセリフを言い終わった瞬間、小さな音を立てて、男の首から上が消失する。
「私以降の当主ではお前が一番マシなのは確かだけど、もう少しなんとかしないと、あたしも安心できないねぇ~」
エリスは小さく頭を下げかしこまり
「で、ですが大お婆様、次代は私以上にルムコントゥラを上手く回せそうです」
と少しだけ弁解を試みる。
「フンッ! あのノウランの坊やを当てにしているのかい? まぁ悪くは無いが……」
「悪くはない……ですか?」
「ああ、理由はいくつかあるんだが……」
「理由ですか?」
「まず、一つはルムコントゥラの次代にノウランを当てにするところが情けない」
「はぁ……」
とエリスは小さく呟き、申し訳なさそうに身を縮める。
「次に……あの子はバクスターと同じく間違いなく女タラシになるし、首輪をつけるのは容易じゃないよ。はたしてテレサにそれができるのかね?」
「そ、そこは! 場合によっては私も……」
そう言ってシナを作るエリスは盛大な拳骨を貰う。
「最後に、これは杞憂かもしれないけど、最悪ルムコントゥラはノウランに飲み込まれるんじゃないかって心配だね」
「まぁ、それはそれで……」
と言った瞬間エリスはまたもや盛大な拳骨をくらい、頭を抑えてしゃがみ込む。
「おふざけじゃないよ、この馬鹿弟子が! ノウランの初代とあたしの関係を知らないわけじゃないだろ! マロリーは嫁に行ったから仕方がないが、ルムコントゥラの吸収となると別問題だよ!」
「百五十年以上昔の事をいつまでも……」
「何か言ったかい?」
そう言ってエルに睨まれては、エリスもそれ以上は言えない。
「まぁ、あの子自身を狙う事については、あたしは反対しないけど、ルムコントゥラを潰すのは許さないからね! もし、そんな事をしたら」
「し、したら?」
「こうだね」
そう言った瞬間先程の男の体が音も無く小さくバウンドすると、全身が穴だらけになる。
「は、はい。気をつけ! 大お婆様!」
エリスが異変に気付きエルに促す。
「ほう、始めたようだね。クックック……あの符をあの年で起動できるのか。私もヤキが回ったかねぇ……」
「どういう意味ですの?」
「魔術師ってのは血だって、あたしの持論を覚えているだろ?」
「ええ、もちろんです」
「正直、あたしはマロリーよりもお前の方が、いい子が生めると踏んだのさ。だから弟子として育てると共に、お前を次期当主にしたのさ。それくらいは理解しているだろ?」
エリスは小さく頷く。
「お前にあてがった男は人間的にはクズだったけど、血統的には優秀だったのさ。そしてお前とあの血統だけは立派なクズの間なら相当な子が生まれると確信していたんだが……」
と、言葉を切るエルに対しエリスは普段滅多に見せない形相となり
「大お婆様! それはいくらなんでもあんまりです。テレサは! テレサは私の知っているどの当主よりも優秀です! たしかにトリオ君は凄いですけどっ『分っているよ』」
そう言ってエルは片手を上げてエリスの言葉をさえぎる。
「分っているよ。テレサは優秀だよ。おそらくお前よりもね。そんなことは分っているんだよ。それに……」
「それに?」
「基本的な才能、血統といった観点で見れば、ノウランの坊やよりもテレサの方が上さ。ノウランの坊やの力は後天的に得たもののようだしね」
「確かに、そうです。ならば、何を?」
「あたしが言っているのは、その後天的な部分をテレサに施すべきだったってことだよ。お前なりに色々と考えていたようだけど、マロリーとバクスターはその上を行ったってことさ」
「そ、それは確かにそうですが」
「継承の儀に、幻獣による教育、さらには過酷な環境での育成……まったくあの二人の徹底振りにはさすがのあたしも呆れたね。よくもまぁたった一人の実の子をあそこまで、追い込めるもんだよ」
それを聞き、エリスは「ゴクリ」と喉を鳴らす。
「そんなに、過酷なのでしょうか?」
「ああ、五歳くらいから、方々を旅して色々な経験を積ませているようだよ。その上で、基礎となる商売の知識や戦闘などの学習もしているようだね~」
「はぁ……」
「悪いけどね、テレサにどんなに才能があったとしても、ノウランの坊やに比べれば、テレサはどこまでいっても温室育ちなのさ」
そう言われ、エリスは唇を強く噛み、自分の至らなさを後悔する。
「まぁ、過ぎてしまった事を言ってもしょうがない。テレサだって今後次第では、あたしの後を継げる才覚はあるようだしね」
「本当ですか、大お婆様!」
「ああ、本当さ。今現在あたしの知る限り『神威』の名前を継げる可能性があるのは世界でただ一人さ」
そう言って、ニヤリと笑うエルを、エリスは頼もしげに見つめる。
「ただし、今言ったとおり、今後次第だよ!」
と直ぐに窘められる。
「は、はい! お任せ下さい!」
エリスは力強く答えながら、今後のテレサの教育方法について考えを巡らせる。




