第2話 武人の矜持
「撤退だと! そろいもそろって貴様らは一体何を進言しているんだ、恥を知れ!」
「し、しかし殿下、相手は化け物のようなやつです。今はこんな小さな街に固執するよりも、尊い御身を大事に考えるのは臣下として当然です」
「だまれ! 貴様らが本当に僕の臣下で有るならば、さっさとあんな小さな街など落として、僕に献上しないか! それと僕の事は皇太子殿下と呼べ!」
「殿下! 我が国ではまだ皇太子は擁立されておりません。ですので勝手に皇太子を名乗るのはお控え下さい!」
「分かっている! しかし兄上よりも先に手柄を立てなければ、皇太子の座が遠くなってしまう事は貴様らも分かっているであろう。くだらん撤退など進言していないで、あんな小さな街さっさと落してこい!」
「しかしですぞ、相手は1騎ではありません。いえおそらくは100以上の見えない魔導師を従えているような敵ですぞ! 一体どうやったらそんな敵と戦えると言うのです!」
「それを考えるのがお前ら軍属だろうが! いいから何とかしろ!」
そこへ、顔に幾多の傷を負い、歴戦の勇士の雰囲気を漂わせる男がゆっくりと立ち上がる。
「殿下、私も撤退を進言いたします」
「何だとボレアス! 貴様までそんな戯言を言うか!」
「戯言ではございませんぞ殿下。殿下の無理な進軍により既に死者200余り、重軽傷者500名以上と言う、この損耗の結果が全てでございます」
「し、しかし国境の関は上手く行ったではないか! 国境の関があんなに簡単に抜けたのだから、この先の小さな街など一気に潰せると軍議で決まったではないか! そ、それを……」
「私は言いましたぞ、斥候を十分に出し戦力を見極めてから攻めるべきだと。国境の関の時も、この先のフレイルの街も」
「ボレアス殿、もうそのことは……」
「黙れ! このうつけ共が! 一度の勝利で慢心し、殿下の御身を危険に晒す貴様らの言など聞くに値せんわ、引っ込んでおれ!」
と一喝しされると、周りの隊長たちは悉く下を向いてしまう。
ボレアスと呼ばれた男は、そんな彼らを見やり「フンッ」と一息鼻を鳴らすと、再度殿下と呼ばれた少年へと向き直り
「良いですか、ナイアス殿下。皇太子がどうこう言う以前に今殿下のお命は刻一刻と危険が迫っている事をご理解下さい」
「ど、どう言うことだ?」
「分かりませぬか? 敵の目的はおそらく、いえ十中八九我が軍の足止めでしょう」
「何故そう思う?」
「考えてもご覧下さい。もし本当にHide等で見えない魔導師部隊を率いる事ができるのであれば、態々1騎で姿など見せず、中級魔法以上で一気に奇襲し殲滅いたします。それをご丁寧にこの線より先に出れば云々を言ってくる辺り、足止めが目的としか思えませぬ」
「なるほど、ならば今俺の命が危ないと言うのは?」
「現在のところ目的である足止めは上手く行っており、この状況であれば……もし私が敵の将であればもう一段階目標を上げます」
「もう一段階とは?」
「こちらの撤退です」
「こちらの撤退だと、そんなことできるか!」
「そうです、こちらがそう考えると相手に読まれた場合、もっとも効果的に撤退させるにはどうすればよいか、お分かりになりますか?」
「まさか、それが僕の命だとでも?」
「そうです。もし私が敵の将で、こちらの撤退を狙うのであれば、先ほどの動揺もあり混乱している今こそ本陣であるここに奇襲を掛けます」
「ば、馬鹿な! やつは1日待つと言ったのだぞ!」
と先ほどの騎馬隊長が口を挟む。
「馬鹿はお前だ。こちらはいくら戦争をしている相手だからとは言え、辺境国境の関を急襲し、近くの街を蹂躙しようとしている相手だぞ? 馬鹿正直に相手すると思うか?」
「し、しかし、武人として」
「武人? その相手は13~14の小僧なのだろ? 武人と言えるのか?」
そう返されると、何も言い返すことの出来なくなってしまう、騎馬隊長は傍から見れば酷く小さく見えた。
そんな彼らをあざ笑うかのような報告が飛び込んでくる。
「てっ、敵襲です! 見える敵の数は1名なのですが、多数の魔法が同時に打ち込まれ外周部隊は混乱しております。またファイヤーウォールを上手く使われ、我々は分断され現在苦戦しております、ご指示を!」
それを聞き一同は唖然とするが、いち早く立ち直ったボレアスが
「ともかく、最初にこの馬鹿共が言ったとおり、ここは撤退の一手が正解でしょう。殿下も命があって、始めて皇太子云々を語ることができるはずです」
「お前がそこまで言うほどまずい状況か?」
「はい、このような状態は……その申し上げにくいのですが、バクスター・ノウランやマロリー・ノウランを相手にしているようなものです」
「馬鹿な! やつらは既に死んだと聞いている、そんなことがあるものか!」
「そうです。しかしこの得体の知れない何かを相手する感覚と言うのは、滅多に無いものです。今ならば……最悪とは言えますが、まだ想定の範囲です。ここは私が引き受けますので殿下は国境を超え、本国へとお戻り下さい」
「ならば、貴様が俺の供をせい!」
「なりませぬ。今度はこちらが敵の足止めをする番です。このような得体の知れない者を相手取るのは……私以外不可能でしょう」
そう言って、ボレアスは一旦うつむき、そして決意したように顔を上げ
「良いか、馬鹿共! お前らの身を盾にしてでも殿下をお守りするのだ。ここから一直線に国境を目指し、余計な事を考えずに関を越え、帝国領の街へ撤退するのだ。私が追いつくまで、必ず殿下をお守りせよ、良いな!」
ボレアスはそう言った後、殿下と呼ばれる少年の前に跪き
「我が主、ナイアス殿下、御為に敵を蹴散らして参ります!」
と頭を垂れると、勢い良く立ち上がりきびすを返し天幕を出ようとする。
「ボレアス! 絶対に俺の下へと戻って来い、これは命令だ! いつもお前は俺の命令を無視するが、今回だけは無視は許さん、良いな!」
ボレアスは、その命令に対し、振り向きもせず、小さく頭を下げ
「ご命令確かに」
と小さく呟くと天幕の外へと消えた。
- 時間は少し遡り -
さてと、ここまで上手く行くならば、第三幕は予定を変えてもいいだろうと思い、一段高い丘の上から眼下に広がる一軍を見据える。
敵軍はけが人や死体が運び込まれ、程よく混乱している。
自分が人を殺す事で、またあの子達のような戦災孤児が生まれることに、チクリと胸に痛みを感じ、用意した符のうち殺傷力の高いものを自然としまう。
「偽善だと分かってはいるんだけどな……」
そう自嘲気味に笑いながら、風向きを確認し、用意した符を中空にばら撒く。
程よくばらけた符を風の魔法で修正しながら、軍馬の密集しているところに誘導し魔力を込める。
『プチプロージョン』
すると、中空にばら撒かれた符が一斉に小さな爆発を起こし、軍馬が混乱する。
混乱した軍馬は乗り手の静止を聞かず、闇雲に走り始め、歩兵をその足に掛け、弾き飛ばし、踏み潰していく。
「さて、第三幕だな」
そう呟くと、俺は自分の馬に手綱を打ち、馬を走らせると得物である棒を片手に、そしてもう片方の手には最初に使う予定の符を握り締め、敵の一軍へと突撃を開始する。
「お前ら全部皆殺しだぁぁぁぁヒャッハー」
と声を上げて敵軍と接触すると、すぐに用意した符を上空に投げ上げ、魔力を込め
『アイスボルト』
と呪文を唱えると、直径10cmほどの大量の氷の粒が前方に勢い良く射出される。
それを食らった、兵隊達は痛みの声を上げ、逃げ惑う。
そこへ騎馬で乗り入れ、得物である棒に軽く気を込め振り回し、兵隊たちを薙ぎ払う。
その際に兵隊たちの動きを観察し、陣の中心へと報告に行く兵を目ざとく見つける。
「本陣はあそこか」
と小さく呟き、馬首をそちらへと向ける。
俺は予てより予定した通り、アポーツバックから少し大きめの符を取り出すと、進行方向に向かって左右に投げつけ、魔力を込める。
『フレイムウォール! 』
と大きな声で叫ぶと、高さ3メートルはあろうかと言う炎の壁が左右に現れ、敵の本陣へと炎に遮られた道が出来上がる。
「焼け死にたくないやつはさっさと逃げるがいい!」
そう言い放ちながら、またもや取り出した符を盛大に上空にぶちまけ、魔力を込める。
「ファイアーボール」
なるべく直撃をしないように目標を定め、派手に火の玉を先ほどのアイスボルトと同様に前方へ打ち込む。
帝国軍はもはや軍としての体裁も無く、一心不乱に逃げようと足掻いている。
そんな相手に追い討ちをかける必要もなく、俺は先に作った炎の道を一気に駆け抜け、本陣と思われる天幕へと肉薄すると、その瞬間恐るべき殺気が体を駆け抜ける。
その殺気に応じるよう、俺は右側へ向かって下から斜め上へと棒を振り上げると
「ガキィィン」
と金属同士がぶつかる耳障りな音を残す。
「やるな、小僧。俺の渾身の斬激を片手で受けるとは……何者だ貴様」
「喧嘩をしている見知らぬ相手から、何者だ? と問われて馬鹿正直に答えるやつはいないんじゃないですか?」
と不敵に笑いながら返すと
「そうか、それは済まなかったな。俺の名はボレアス。ボレアス・アスタークだ。こちらが名乗ったのだ、そちらも正々堂々と名乗られい!」
「へぇ~、帝国の一の堅物騎士と言われる、ボレアス殿ですか、これは、これは始めまして。トリオと申します」
「トリオ? 聞いたことの無い名前だな。少々若すぎるようだが、あの街の冒険者か? 依頼で足止めでも受けたのか?」
「だとしたらどうするのです?」
「冒険者で足止めならば話は早い。こちらに鞍替えせよ。もしくは足止めは成功したんだ、このまま兵達は見逃せ!」
「なるほど、良い判断だと思います。さすがはボレアス殿。ですが間違いがありますよ」
「間違いだと?」
「ええ、まず私は冒険者でもありますが、足止めの依頼受けたわけではありません。やりたいから、帝国軍の足止めをやっているだけです。ですので鞍替えとかはありえません」
「ならば、兵達を見逃すと言うのはどうだ?」
そう言いながら、ボレアスの手がハルバートを握りなおすのを見て、あっけなく答える。
「構いませんよ、元々私の目的はあなたたちの足止め。ああ、今はあなたたちの撤退に変更しましたが、私の目的は十分に達成できたと言えるでしょう。これ以上の人が死ぬのを見たいとも、したいとも思いません」
と言って、得物の構えをとき、敵対行動の意志がないことを示すと
「それは、ありがたい。1兵でも多くの兵を帰す事は敗軍の将としての最後の勤めだからな」
「この国から引いてくれるのであれば、これ以上の追撃はしません。これはお約束します。ですので、ボレアス殿も早々にお引き下さい」
そう言って、馬首を巡らそうとすると
「待った!」
と大声で声が掛かる。
何かと思い、ボレアスを見つめると
「トリオ殿と言ったな……お主何者だ?」
「私がそれに答えなければならない義務はないと思いますが?」
「武人としては『ある』と言いたいところだ」
「何故でしょう?」
「貴殿に一騎打ちを申込む。どちらが倒れるとしても、倒した人間、倒された人間がどんな人物かを知る権利は有るのではないか?」
「本気ですか? この戦の趨勢は既に決まっています。今更一騎打ちをする理由が私にもあなたにも無いかと思いますが?」
「それでもだ……色々と足りないところはあるものの、主君と仰いだ人物に恥をかかせた人間をこのままにしておける訳ないであろう?」
「なるほど、それが武人の矜持と言うわけですね、あなたの仰る事は分かりました。そういった心意気は父さんから大事にするようにと言われていました」
「父さん? お主の父君か……良い教育をされたようだ! ならばこそいざ!」
そう言いながらボレアスは得物のハルバートを大上段に構える。
「分かりました。私の名前はトリオ・ノウラン。英雄バクスターと神弓マロリーが一子! ノウラン家次期頭領としてお相手いたします!」
「ふっふっふ、やはりか……やはり思ったとおりだ! こんな戦い方、あの馬鹿しかせんような戦い方だった。まるでバクスターを相手しているようだったぞ!」
そう言いながら、ボレアスがハルバートを振り上げ、馬ごと体当たりを仕掛ける勢いで突っ込んでくる。
その突進に対し、少し馬首を逸らし、相手の脇を駆け抜けるよう、馬を操りボレアスの上段切りを真っ向から受け止め、またもや「ガキィィン」と耳障りな音が響かせる。
それにしても……と思い、ボレアスに問いかける。
「いくらなんでもこんな子供に、いきなり全力とは随分じゃないですか? ボレアス殿」
「何を言う、貴殿がただの子供ではないのは先の戦で十分以上に理解した。その上、あの馬鹿と同じような性格をしているってことは、貴殿のこの後の行動も俺にはお見通しだ」
「え?」
と間抜けな声を上げると
「昔似たよう形であの馬鹿と相見えた時、やつはな……武人の矜持を掛けて戦った俺を……俺を前に……」
「父さんはどうしたんですか?」
「あの馬鹿はなぁ! 真剣勝負の最中に『あばよ~とっつぁ~ん! 』と言って逃げ出しやがったのだ!」
「あ~~~」
と言いながら、額に手を当てて空を仰ぎ見る。
「どうだトリオ・ノウラン! 貴殿も今、同じことをしようとしただろう、違うか!」
と言って、ハルバートの矛先を俺に向ける。
「まぁ、そうですね。だって俺も父さんも無駄に人を殺すことは嫌いですし、何よりも……」
「何よりも?」
「あなたみたいな人は嫌いじゃないんですよ」
そう言って、アポーツバックから符を一枚取り出すと、ボレアスと自分の間に投げつけ、魔力を込める。
『プチプロージョン』
中に舞った符が小さな爆発を起こすと、馬がいななき立つ。
ボレアスは落馬こそしなかったものの、態勢を立て直し、馬を落ち着かせるのに必死だ。
それを見て、俺は決め台詞を力一杯言い放つ
「あばよ~~~とっつぁ~~ん」
いたずら心を一杯に含んだ俺の捨て台詞にボレアスは「戻ってこ~い」と怒声を上げているようだったが、一切無視して馬を街へと走らせる。
あちらは大丈夫だろうかと心配を胸に。
文中の主人公が言った「お前ら全部皆殺しだぁぁぁぁヒャッハー」のセリフはあくまでも相手を脅すのが目的であって、本当に皆殺しにするようなDQNではありません。