番外編その2 主従の絆
さてと、この子達は可愛そうだと思うけど、こうなってしまっては俺にはどうすることもできない。
できる事といえば、この子達の望みを叶え、楽にしてあげることだな。
「もう、痛みもないだろう、せめて俺が送ってあげる。もし、来世があるならその時は俺の所においで」
そう言って静かに棒を構える。
2人の少女達は静かに目を閉じる。
じゃあな……心の中でそう呟きながら彼女達に向けて棒を繰り出す。
「ガキィィィン」
何でお前がここに居るんだ!
棒を受け止めたのはフェムのショートソードだった。
「ご主人様ダメです! この子達が何をしたって言うんですか!」
「馬っ鹿野郎! あれほど来るなって言ったのに、後ろだ!」
フェムが振り返った時にはもう遅かった。
罠に嵌って動けないはずの少女が後ろからフェムを抱きしめて動きを止め、小さい方の女の子が前から抱きつきキスをする。
くっそっ! 最悪のケースだ。
フェムの体が傍目で見て分かるほど脱力すると、女の子は唇を離し呟く。
「ご主人様が呼んでいるわ、行きなさい」
するとフェムの体に力が戻り、脱兎のごとく駆け出す。
あの馬鹿、帰ったらお仕置き確定だからな! そう思いつつ後を追おうとすると
「待って! 私達を殺して!」
と言って姉の方が声を掛けてくるが、今はもう関係ない。
悪いがフェムの方が100倍大切だし、操られているとは言え、フェムに直接手を下したのはこの子達だ。
「悪いが他を当たってくれ、フェムは俺にとって、とても大切な娘なんだ」
そう言って、フェムの後を追う。
だいぶ速いな、俺よりも速いとはフェムのやつ操られているとは言えさすがだな……何にしてもやつと接触する前に追いつきたいところだが、無理そうだ。
そう思い、速度を落とし、辺りの地形を確認しながら進むことにすると、俺の求めていた地形にたどり着く。
その辺りだけ、ぽっかりと木が生えておらず、小さな広場の様になっているところだった。
その中心の地面に爆符を敷き、魔力を込めて爆発させる。
その作業を数度繰り返すことで大きな落とし穴が出来上がる。
俺は底へと飛び降り、特別な罠をしかけると、一旦表に出る。
穴の表面を細い枝を渡し、草で覆い蓋をすることで準備を完了した後、どうやってフェムをここに落とし込むかが問題だなと考えるが、時間が無いことに気付き先へと急ぐことにする。
さてと、フェムに指一本でも触れてみろ、生まれてきたことを後悔させてやるからな。
「おおぉぉぉぉ! ご主人様、この娘で楽しんでもいいんですかぁぁぁぁ!」
「いいですねぇぇぇ、楽しみたいですよぉぉぉ」
「ぐひゃやっ、楽しみたいぃぃぃ」
「ほれ、娘ぇぇぇ、脱げ! 脱いでくれぇぇぇ」
フェムの周りを4人の男たちが取り囲む。
しかし、フェムはそれを無表情に見つめるだけで、一向に反応する事はない。
「フフフ、あなた達は、こういった娘が大好きなようですね。ですが、まずは私が楽しんでからです。この娘はあまり魔力が無いようですから、魔力吸収を仕込んでから、あなた達に回してあげます」
と何処からか不思議な声がする。
それを聞き、男たちが残念そうな顔をするのだが、不思議な声は
「それよりも、私に害を加えようとするものがこちらに向かってきています。あなた達はその者を殺しなさい。それが終わるころ、この娘の処置は終わっていますので、好きにしていいですよ」
「おおぉぉぉぉ! ならば、すぐにそいつをぶっ殺して参りますぅぅ。いくぞ野郎共!」
「「「おおぉぉぉぉぉ!」」」
そう言いながら、4人の男たちは手にそれぞれの武器を持ち、虚ろな目つきでトリオのやって来るであろう方角へと向かう。
「さて、あの危険な人間は何者ですか? 答えなさい娘」
「…………」
「答えなさい、娘! 今のあなたの主は私です」
「は……い……ご主人様」
「そうです、まず、あなたの名前は?」
「……フェム……です」
「そうですか、あの男の名前はなんですか? あの男は何者ですか?」
「ご主人様の……名前……。ト、トリオ様……です。トリオ様はトリオ様です」
「何を言っているのか分らないわね。そのトリオは何者なのか? と聞いている」
「トリオ様はトリオ様です……」
「全く使えないわね、それではあの男の弱点を教えなさい」
「ご、ご主人様様の弱点……ぐっ……あ、ありま……せん」
「無いはず無いでしょ、あの男だって人間なんだから、何かあるでしょ!」
「ぐっ……ぐぁぁぁぁぁ!あ、ありませ……ん」
「ふーん、この娘、余程あの主人を慕っているようね。ならば、この娘こそあの男の弱点ではないのかしら」
俺はフェムが向かった先へと急ぎ、走り続ける。
すると、前方から4人の人間と思しき反応を感じる。
立ち止まって迎え撃つか、このまま止まらず、先制攻撃を仕掛けるかを考えるが、フェムの安全を考えれば、躊躇うことなくここは瞬殺の一手だろうと思う。
この場において何よりも大切なのはフェムだ。
そう思い人を殺す覚悟を決め、アポーツバッグから符を取り出す。
ここは、深い森の中なので、火炎・爆発・雷撃系は一切使う事は出来ないなと思い、俺が使える氷結系最強の符を取り出す。
そろそろ、接敵するかと思われる頃、俺は木の上に飛び上がり、枝を踏み台に大きく上空へと舞い上がると地面に向け符を投げるつける。
『氷結場! ドーミットコングラシオ!』
と唱えると、空中で符が弾け、強烈な冷気が辺りを包む。
これにより、この辺り一帯が凍りつく予定だったのだが、俺は宙を舞いながら恐ろしいものを見た。
眼下に広がる森の一角がキラリと光ると、俺の放出した魔力が全てそこへ吸い込まれた。
そう、正に吸い込まれたとしか言いようが無かった。
一旦放出した魔力が現象へと還元された後、吸収されるなんて聞いたことも無い。
俺は愕然とした思いのまま、地面に着地を決め、先程光った場所に視線を向ける。
「なんだよぉぉぉ! 小僧が1人じゃないか、ならば俺たち全員で来る必要もなかったぁぁぁぁぁ」
「さっさと、殺って、あの猫ちゃんで楽しもうぜぇぇぇぇ!」
それを聞いた時、フェムの顔が脳裏をよぎる。
「『あの猫ちゃん』と言うのはフェムのことか?」
「しらねえぇぇぇぇなぁぁぁ! 猫ちゃんは猫ちゃんだよぉぉぉぉ!」
「そうか……ならば、一生知ることなく死ね」
俺は再度符を取り出し、一瞬で殺すつもりで呪文を唱える。
『斬撃! ラミナベルツ!』
すると、符が弾け、複数の巨大な風の刃が現れる。
風の刃は森の木々をなぎ倒しながら、凄まじいスピードで一直線に男たちへと殺到する。
が、男たちは微動だにしない。
貰った! と思ったが、先ほどと同じような光景が俺の目の前で再度行われる。
男たち4人の姿がキラリと光ると、俺のはなった風の刃は一瞬で掻き消された。
いや、また魔力ごと吸収された?
あの刃を弾いたり、防御したなら魔力は必ず力の残滓として残るはず、それが一切感じられないと言う事は、吸収されとしか考えられない。
男たちは俺の攻撃を吸収したことで余裕が出たのか、ニヤニヤと笑っている。
「おい、今なんかしたのかぁぁぁ?」
「いや、何も感じなかったよなぁぁぁぁ」
と言いながらゲラゲラと下卑た笑いを撒き散らし、こちらへと近づいてくる。
「おい小僧、あの猫ちゃんは俺たちが可愛がってやるから、安心してさっさと死になぁぁぁ!」
そう言いながら、山刀を振り上げ俺に切りかかってくる。
俺は『はぁ』とため息をつくと、棒を取り出し、相手の振り下ろしに対し、下段から思いっきり跳ね上げる。
山刀は「バキィィッ!」と鈍い音を立てて、粉々に砕け散る。
それを見て、男たちに恐怖の表情が張り付く。
「おいおい、まさか俺が魔法だけだとでも思ったのか? そいつはちょっと甘いんじゃないか?」
そう言うと、俺は先ほどの切りかかってきた男に無造作に近づき、ノーモーションからの刺突棍を叩き込む。
すると、男の背中から爆発がおこり、背中が見るも無残に吹き飛ぶ。
背中を吹き飛ばされた男は、地面に倒れこむと、地面に溶け込むように消えていく。
「やはり、こいつらも抜け殻か……しかし、残っていた思念があれじゃあ、碌なもんじゃないな。死んであの世で貴様達が手に掛けた人達に詫びるといい、全員揃って送ってやる」
そう言いながら残った3人を睨み、静かに棒を構える。
残った抜け殻3体を始末した後、一息つきながらフェムの状態を考える。
おそらく操られてはいるが、まだ間に合う。
先程仕掛けた罠まで誘導する事ができれば、正気に戻せるだろう。
問題はどうやってそこまで誘い出すかと言う事だな。
あれだけ知恵の回る大物だ、慎重なことは間違いない。
最悪、この時点で、こいつらを囮にしてフェムを連れて逃げに徹しているかも知れない。
そうなると、補足することも難しく、最悪フェムを取り返すことが出来なくなるかも知れない……。
無いな、フェムを失うことはどんな事があっても避けなければならない、ならば俺の出来る事はただ1つ。
そう思い、全身に魔力を込め、体の隅々まで行き渡ったことを確認すると、360°全方位に向けて一気に開放する!
「見つけた……」
かなりの魔力を使用したため、俺は軽い疲労感に襲われながらも、目標を補足したことを確認すると、思わず安堵の笑みがこぼれる。
「フェム、待っていろよ。そして帰ったらお仕置きだ」
俺はそう呟き、補足した目標に向け、走り始める。
しまった! 心の中でそう思った時には遅かった。
やつめ、こちらの特性を熟知しておる。
あんな美味そうな魔力を差し出されては、どんなに抗おうと飛びついてしまうではないか。
くそ、これでこちらの場所は割れてしまったようだ。
むぅぅっ、この猫娘は見た目も、戦闘能力も格別に高いから捨てがたいのだが……やはり妾の命の方が大事であろう。
それに、上手く行けば、より強力な手駒をくわえられるやも知れぬ。
ここは、この猫娘の暗示と妾の分身に任せ、妾は一切を遮断し擬態した方が良さそうじゃな。
そう思い、猫娘に暗示をかけ分身を送り込んだ後、わずかに移動し外界との繋がりを遮断する。
目が覚めたときが楽しみじゃ、ふっふっふ。
俺は先ほど探知した位置に向け、森の中を全力で疾走していると、最も逢いたかった人影を見つける。
「フェム! 無事か!」
そう叫びながら駆け寄ると、フェムは虚ろな目をしたまま
「はい、フェムは大丈夫です、トリオ様」
「そうか、良かった。どうだ? 頭とか痛くないか? 気持ち悪かったりしないか?」
「大丈夫です、トリオ様……」
「そうか、それは良かった」
と言ってフェムを優しく抱きしめながら、耳元で呟く。
「フェムは寂しかったです……だから……トリオ様」
そう言いながらフェムは目をつぶり、顎を軽く上げて俺を待ち構える。
全くしょうがないやつだ……そう思いつつ、フェムの可愛らしい唇に、自分の唇を近づけていくと、フェムの唇の端が軽くつり上がる。
俺はそれを冷静に見つめ、後ろに跳び退りながら、フェムに向けてぎりぎり当たらないよう、ナイフを一本投げつけ、けん制をしつつ目配せをする。
「なるほど、それがフェムに掛けた暗示か。口から精神分離体を移すつもりか?」
「ほう、よく気が付いたな?精神分離体のことまで知っておるのか? お前はいったい何者なのじゃ?」
「この間抜けめ! フェムは俺の事を普段はご主人様としか呼ばない。フェムからトリオ様とか呼ばれたら不自然この上ないさ」
「そうか、まぁ呼び名で気付くのは基本じゃな。しかし、それが分ったとしてどうする?妾の精神分離体を殺すにはこの娘を殺すか?」
「その子を! フェムを返せ!」
「良いぞ、妾としてはこの娘より、そなたの方が欲しいしな。そなたが拒否するなら……そうだな、この娘をそなたの前で自害させると言うのも面白いな」
フェムはそう言いながら似合わない妖艶な笑いを浮かべつつ、唇に指を当てる。
「いいだろう。どうすればフェムを解放する?」
「あっはっは、即答かや! 余程この娘が大事なのじゃな、妾はそのような男は好きじゃぞ」
「うるせぇ! お前の御託なんてどうでもいいんだよ、どうすればフェムを解放するんだ!」
「簡単じゃよ! この娘に掛けてある暗示の通りにすればよいだけじゃ」
「そうか、分った。じゃあお前はちょっと黙っていろ。俺が口付けするのはフェムであって、お前じゃねぇ!」
「ウフフ、強がりな男じゃて。そのような男の精神を蹂躙するのはさぞ、美味じゃろう」
俺はあることを確認した上でやつの問いにぶっきらぼうに答える。
「やかましい! 約束は守れよ」
「分っておる、妾たちは人間のようにウソはつかぬよ。お主がこの娘に口付けすれば妾はお主に移り、その瞬間からこの娘は元に戻ろう」
「分った。フェムおいで」
そう言っていつもの様に優しくフェムを抱きしめ
「馬鹿野郎……。俺に心配かけるんじゃねぇよ……。無事に帰ったらお仕置きだからな」
そう呟き、フェムにゆっくりと口付けすると、何かがゆっくりと唇から体内に入ってくるおぞましい感触に晒され、一瞬視界が途切れる。
「ご主人様! ごめんなさい! ごめんなさい! フェムのせいで……」
そう言いながら、いつも通り俺を心配するフェムの顔が俺の目に飛び込んでくる。
「こ、の……馬鹿豹……いいか、南東に2kmだ。そして俺から……は・な・れ・ろ……」
そこまで伝えるのがやっとで、俺の精神と世界が反転する。




