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手紙  作者: 人見 庭
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菖蒲の葉に白玉が満つ

 端午の節句に、基地に差し入れが在つた。近在の娘さんだよ。同僚に依ると、どうやら私に気が在るらしい。ハハ、妬かないで呉れよ。私の色男振りはおまへも良く知つてゐるだらう。小豆も砂糖も贅沢品だからね、柏餅では無く白玉団子を山にして持つて来て呉れたよ。おまへは白玉が好きだつたから、自慢してやらうと思つてね。久方振りにかうして手紙を書いてゐる。

 前の手紙でうつかり口を滑らせたが、この際はつきり云つて置こうか。私が居るのは特攻隊だ。何、私は下級とはいへ士官だから、そうそう簡単に出撃したりはしない。今は専ら、次に死ぬ者を選ぶのが仕事だよ。

 笑つて呉れたまへ。私達と同じほどの年の者も居る。もつと上の者も居る。それが、たかが数年學問を遣つてきたといふだけで上官に成つた私から、畏まつて死を拝命するのだ。背筋伸ばしてお国の爲だなどと云つてね。とんだお笑い種サ。私の上官の老骨達は平気の平左と云つた面持ちで居るけれど、私は、どうもいけない。莫迦莫迦しくて涙が出る。

 だからね、実を云ふと、白玉は全部部下達に呉れて仕舞つた。皆喜んで喰つてゐたよ。

 おまへとよく立ち寄つた、学校近くの甘味処を覚へてゐるかね。柔肌餅と云はれた彼処の白玉は旨かつたなあ。おまへは普段、鹿爪らしい顔ばかりして居た癖に、あれを食ふ時だけはにんまりと目尻が下がつて、日だまりの猫のやうに成つてゐた。あの白玉は、雪ほどに白い滑らかな肌に黒蜜が照り照りと艶かしくつて、ふふ、あんな菓子を好むおまへは、本当は随分なむつつり助兵衛だと思つて見てゐたよ。ふ、怒るな怒るな。男なんて皆そんな物だ。

 助兵衛なおまへは、生身の柔肌をもう知つただらうね。学生時代はそんな話をするだけで真つ赤に成つて怒つてゐたものだが。なあに、照れる事は無い。軍は辛い処だ。それくらいの慰めが無いと遣つてゐられまいよ。

 さあて、どんな娘かな。おまへの純潔を奪つたのは。奥手なおまへの事だから、素人娘ぢや如何にも出来ないやも知れぬな。さては芸者か、それとも年増の未亡人か。もしもこの儘私が生き残り、何時か又逢へたなら、白玉を食べに行くついでに話して聞かせて呉れ給へよ。私は精々、焼餅を肴に呑むとしよう。

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