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手紙  作者: 人見 庭
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大寒に春を思ふ

 年は明けたものの、未だ春は遠い。此処では山も田も白い雪に埋もれて、夜でなくとも道に迷ふほどだ。

 遅い正月休みに田舎に帰ることを、おまへには伝へてゐなかつたな。何、そう長いことぢや無いのだ。一寸ばかり、長男の顔を老親に見せて置くのも良いやうな気がしてね。

 それに、ホラ、帰郷したお陰でかうしておまへに手紙を書く時間も出来た。教練中は何時も人の目が在つて、落ち着いて机に向かう暇なんて全く無かつたから。

 大學を出て随分経つたな。約束したのに、その間ひとつの便りも送れなくて悪かつた。おまへは書くのが不得手だから、私まで筆不精に成つちまつては音信不通も仕方が無い。

 久し振りの古里は、相も変はらず寒くて雪ばかりサ。しかし雪原を散歩するのは、吹雪でなければさう悪い物でも無い。然も今は、数日経てば配属先の南の基地へ旅立つ身だ。雪なんて見納めかも知れないからね、飽きもせず、朝な夕なに歩いてゐる。此処の雪は湿って重いから、歩くと軍靴の下でぎうぎうと小気味良い音を立てるよ。さうして真白の中にくつきりと足跡が付く。歩けば歩くほど、それはまるで道のやうに成る。振り返つて見ると中々良い眺めだぞ。學問の中途で戰場に駆り出された私たちのやうな人間でも、雪の上に足跡くらゐは残すことが出来るんだ。

 何だか感傷的に成つて仕舞つた。久方振りに家族に逢つたからやも知れぬ。姉も妹も泣くのだよ。この儘戻らずに、お家を守つて下さいと。莫迦を云ふ。そんな裏切りが赦される筈も有るまい。だから、私が戦場に往くのは、お国を守る爲だと云つて聞かせてゐるよ。

 ふふ、私にしては、随分殊勝なことを云ふと思つたか。何、その場凌ぎの口先だけさ。実際は、そんな大層な物ぢや無い。只々、又大學に戻ることばかりを目当てにして、こんな戰は早く終はれと胸の内でブツクサ云ひながら教練に耐へてゐるんだ。

 さうは云つても、実は學問が戀しい訳ぢや無い。私が懐かしいのは、おまへと腹が痛くなるほど笑ひ合つたり、皆で下宿に集まり愚にも付かない議論を戰はせたり、おまへの下手な歌を笑つたりと、そんなことばかりサ。そして可笑しなことだが、さういふ物を取り戻す爲ならば、私は死ぬのも惜しくは無いやうに思へるのだ。

 あゝ、矢張り感傷的に成つて良くないな。こんな風に他愛無い話なぞ、長い間してゐなかつた所爲だらう。

 これからはもつと頻繁に手紙を書くよ。おまへには詰まらない話ばかりだらうが、どうか煩はしく思はないで欲しい。昔の誼で、たまに便箋一、二枚の話に付き合つて呉れても罰は当たるまい。

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