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毒の王  作者: zan
9/26

9・護衛

 翌日。

 出かけるというので、メーガンは早くから準備をしていた。旅支度には慣れたものだが、どのくらいの期間の旅になるのかわからない。

 ひとまずは暗殺者時代にしてきたように荷物はできるだけ少なくしておく。以前にレドから渡された、気休めだという薬も持っていくことにした。

 一通りの準備を終えて、メーガンは玉座のある部屋に出向く。が、誰もいなかった。

 研究室にいるのかと思い、そちらにも出向いてみる。しかし中に誰かがいるような気配はなかった。この研究室の中に入ることは禁じられているので、メーガンはそれ以上探す手立てを失ってしまった。

 出かけるとはいっていたが、出発はまだ先なのか。

 それなら出かける前に汚れを落としておこうと考えて、メーガンは荷物を一度置いた。地下に下りて、湯浴みでもしてこようと思う。

 どうせ、出発してしまえばしばらくは風呂など入れまい。それなら今のうちに清潔にしておきたい。


 毒の王の城は、まさしくもって民衆の恐怖の対象であるが、その地下に温泉があるなどとは誰が想像し得るだろう。

 誰にも知られていない伝説の秘湯だろうな、と思いながら服を脱いでその秘湯につかる。相変わらず常時湧き上がる蒸気のせいで視界が悪い。

 しばらく家事と訓練という生活だったので、緊張感とも無縁だった。メーガンは毒の王の城をすっかり自分の家であるように思っている。

 料理だけはどうにも得意でなかったのでそれだけはレドに任せきっているが、それ以外は自分がこなしている。少しずつ進めてきた掃除のほうも、どうにか城すべてを一度は掃き清めることができた。達成感はある。

 旅がどれくらいになるのかわからないが、一ヶ月に一度という具合から考えて、どんなに長くても一ヶ月ということになる。彼が必須だと言っていた研究を進めるような時間も考えると、現実的には一週間程度だろう。

「なんだ、お前も来たのか」

 考え事をしていると、そんな声。そちらに目をやると、自分以外にも誰かが湯に入っている。レドだ。

 この城には自分と彼しかいないので、自分以外の誰かとなれば当然彼であるのだが。

 メーガンは息を吐いた。上にいなかった以上、彼がここにいる可能性も考えるべきだったと思う。特にあわてるようなこともなく、メーガンは冷静に応じた。

「まあね。今日、出かけるんだろう。どのくらいの旅になるのか知らないけど、今のうちにさっぱりしておこうと思ってさ」

 裸体を見られようが、別にどうとも思わない。どうせ素肌は綺麗とはいえず、傷だらけである。戦闘や訓練を繰り返したせいで手は硬く、指は太い。別にそれを恥ずかしいとは思わないが、見られたからといって騒ぐような子供でもない。気にするほどのことも無いだろう。

「一週間くらいだな。まあ行商みたいなものだ」

「薬師としての、か」

「そうだな。まずは材料の薬草を採りにいってから、別の場所で売る。その後例の集落でちょっとだけ息抜きして戻ってくる」

「普通だな」

「意外か?」

 レドがいつの間にか近くに寄ってきていた。その目にいやらしい色はない。

 むしろ、メーガンのほうが彼の裸体に釘付けになる。

「いや、毒の王の割にはだな」

 答えながら、目は彼の裸身から離せなかった。男性の裸など見慣れているとは言わないが、珍しいものでもない。そのはずだったが、毒の王であるレドが相手では事情が違った。

 とはいえ、さすがにメーガンは一流の暗殺者である。すぐにその事実に自ら気がついた。男の裸ごときでのぼせあがってしまうのは失態である。

「毒の王の割にはまともな商売だというのか」

「そうだ」

 言いながら両目をこすった。いつまでもどぎまぎしてはいられない。

「別に好き好んで人から恨みを買おうとは思っていないだけだ。それに、薬を売ればそれだけ人が助かるだろう」

「毒の王から買っているとは思っていないだろうけどね。それより毒の沼の影響を、どうやっておさえるんだ?」

「仕掛けがあると言っておいただろう。そのあたりはあまり心配しなくていい」

「例の薬は必要なのか」

「薬?」

 何のことかわからないといった調子で、レドがメーガンを見つめた。

「私にくれただろう、気休めにはなるといって」

 それでもレドはしばらく思い出せない様子だった。しばらくしてからようやく思い当たったらしい。

「ああ、あれか。あれは別に解毒剤でもなんでもない。ただの発汗剤だ」

「何?」

 思わずそんな声をあげてしまう。なぜ発汗剤などをくれたのか。本当にただの気休めだったのか。

「まあ気休めだな。君は大分急いでこの城まで来たようだからあまり意味がなかったかもしれない。汗をかくことで毒の一部が排出されるので、決して無意味なことではなかったがな」

「じゃあ、私の判断は間違ってなかったのか」

「結果的にはな。まあゆっくり温まってから出てきてくれ」

 レドはそうこたえると、湯からあがっていった。メーガンはその姿をできるだけ見ないように気を払う。

 毒の王であるレドは無防備にもメーガンに背中を向けて、そのまま去っていく。

 彼が出て行ってしまってから、メーガンは首を傾げた。

 自分は男の裸程度でたじろぐような、そんな初心な心をまだもっていたのだろうか、と。


 その日の夕暮れ。

 毒の王の城から最も近い集落にある、空き家の一つ。集落の中でも外れにあり、誰も気にしていないようなその建物の中にレドとメーガンはいた。

 家の中は簡素で、奥に大きな箱のようなものが置かれていた。メーガンはその箱によりかかるようにして座り込んでしまっている。

 何しろここまで、ずっと歩いてきたのだ。地上を歩いて毒の王の城へ急いだときよりは疲労が少ないものの、緊急を要する事態でもなければこうして休みたい。

 レドもその隣に腰を下ろしているが、特に疲れてはいないようである。どれほどこいつは頑丈なのか、とメーガンは思わずにいられない。

 毒の王の城から毒の影響を避けてここにくる方法は、単純なものであった。地下通路を使用するのである。

 地下通路といってもしっかりと整備されたものではなく、適当に掘り進んだ洞穴といった印象だった。そこを照らす灯りなど当然なく、蝙蝠や鼠などが徘徊する不潔なものだ。

 それでも、毒の沼が発散する蒸気が漂う地上に比べれば命の危険は少ない。毒の王は、この通路を使用して城と外界を往復しているのであった。

 慣れているレドはさっさと通路を歩いて抜けてしまったのだが、メーガンはそういうわけにいかなかった。頼りない手元の明かりだけで足元も定かでない、小動物の糞が散らばる洞穴を抜けなければならなかったのである。たいへんに疲れて、ようやく地上にたどり着いた先の、この空き家で座り込んでいるというわけである。

 洞穴を抜けた先が、このような住居になっていることも驚きであったが、同時にメーガンは納得もしていた。あのレドと初めて会った日に、宿泊施設を探しても彼がいなかった理由と繋がったからである。

「さすがの君もだいぶ疲れたようだが、そろそろ行かないといけないな。立てるか」

 メーガンの息が整ってきた頃、レドは立ち上がってそう言った。すでに日は暮れかけているので、今から出立してもすぐに夜になってしまうだろう。それでも行くというのだから、目的地がよほど近いか、無理をする必要のあるところと考えられた。

 当然ながらメーガンに拒否権など無いのである。立ち上がって腰から水筒をとり、水を飲んだ。

「ああ、いける」

「心配しなくても、地下通路ほどつらい道のりではないよ。ぼくについてきてくれればいい」

 レドが空き家から外に出た。メーガンもそれに続く。集落の人々が家路を急ぐ姿が遠目に見える。

「さて、こっちだ。とりたてて危険はないだろうが、ちょっと急ぐぞ」

「問題ない。護衛としての役割は果たす」

 疲労が完全に抜けたとはいえないが、それなりに回復している。大抵の相手はあしらえるはずだった。

 レドは迷いなく集落の外に向かって歩いていく。メーガンは素直にそれを追う。

 すぐに集落は背後に消えていった。

 二人は、森林に分け入っている。近隣の地域は毒の沼の影響で不毛の地となっているのだが、比較的環境の変化に強い植物が多かったこのあたりはまだ緑を多く残していた。

 多くの植物が毒を吸収して効力を弱めるため、人もこの森林を利用した。道を開いて往来に利用し、木の実を採り、小動物を狩った。

 その結果として毒の王の城に最も近い集落も生き残ったのである。レドが目指しているのは、森林の中に作られたもう一つの集落だ。

 毒の沼の影響で滅びたいくつもの村々から逃げ延びてきた人々によって作られた森林の中の集落。目的地はそこだ。

 日が暮れてしまうと、どうにもならない。レドは急ぎ足で目的地へ向かっていた。メーガンもそれを追う。すでに日は半分以上落ちているが、闇の中でも彼を追うことは可能だった。暗殺者のメーガンにとってはたやすいことである。

 このままの調子で進めば、夜の帳が完全に下りる前に集落にたどり着けるはずだ。

 なのに、レドが足を止める。メーガンもその場に立ち止まった。気がついたからである。何かが争う気配にだ。

「狩猟でもしているのか」

 集落が近いのなら、その可能性もある。メーガンの質問は当然といえた。しかし、狩猟であるならレドが足を止める理由にはならない。

「仕事だな。旅人から金を巻き上げることを生業とする連中の」

「治安が悪いな」

 メーガンは呻いた。なるほど、よく耳をすませてみると前方にある気配は、人間と人間の争うものだ。それも、かなり一方的に片方が追い詰められている。

 得物は弓と長剣。血のにおいがとどいた。金を巻き上げるだけではなく殺傷することをも辞さない連中らしい。

「確かに治安はよくないな。こういう森林の中は、悪党が潜むには絶好だろう。それに、都のほうで悪さをした連中が流れてきてるって話もあるくらいだ」

 そうした話はメーガンも聞いている。そうした理由からも、先日メーガンが寝泊りしたあの集落が活気にあふれているのは、本当にすごいこと。もしかすると、毒の王の城にもっとも近い場所にある、ということがよい方向に作用しているのかもしれないが。

「それで、どうするんだ」

 悲鳴が聞こえてきた。女のものだ。

 メーガンとしては襲われている隊商だか、狩猟隊だかを哀れに思う。義憤もある。

 だが敵は多そうだし、周囲はすでに暗い。どのようにしたものか、と考えているのである。それに、今のメーガンは何をおいてもまずレドの護衛が任務であった。

「そうだな、どうする」

 レドは落ち着き払って問い返してきた。その間にも、血のにおいは濃くなる。メーガンはすぐにも被害者たちを助けに行きたいと考えていたが、落ち着き払ったレドを見てその気持ちを押しとどめる。

 ぐずぐずしていては被害が増えるばかりであるが、闇雲に突撃して自分たちが返り討ちにあっては仕方がない。冷静さを失っては終わりなのだ。

「助けに行くことには同意してくれるのか? それならレド、私は後ろから一人ずつ打ち倒していくのがいいと考える」

 うまく夜盗たちの背後をつけるのなら、全滅させることができる。メーガンはそれを確信している。

 その提案にレドは頷いた。

「ではそうしてくれ。ぼくは被害者のところに行ってみよう、治療が必要な人もいるだろう」

「よし、決まりだな。できるだけ殺さないようにはするが、やむないときは殺る。いいな」

 無闇に殺生をするのはよくないだろうと考えたメーガンに対して、レドは首を振る。

「いや、殺せばいい。君の好きにすればいいが、ぼくは別に手加減をしたりはしない。躊躇したらこっちが危険だ」

「わかった」

 レドが自分を気遣ってそう言ったのはわかったので、メーガンは反論しない。

 すでに日は暮れてしまい、周囲は闇に閉ざされている。気配と、わずかな灯りを頼りにしてメーガンは移動を開始した。


 襲われているのは、商人団だった。荷物を抱えて必死に逃げ惑っている。護衛についているらしい剣士が戦っているが、劣勢だ。やはり、一方的な展開である。

 襲っているのは、十名ほどの盗賊団だった。出来心でやってみたという感じではない。明らかに手馴れた調子で商人団を追い詰めている。十名のうち、半数が剣を握り、半数が弓をとっている。この暗がりでは弓を使うことは難しいだろうが、それでも研鑽された技術で的確な射撃を行っている。

 商人団の護衛はメーガンが見たときには五名いたが、次々と地面に倒れていく。彼らの背後に食いついたときには、わずか一名に減っていた。

 暗殺者のメーガンとしては、失態である。彼らの護衛が任務であったら、とうに作戦失敗を宣告されている。

 すでに手遅れであるような気もするが、動いているのは自分だけではない。レドも商人団を守るために闇の中を動いているはずだ。彼の活躍にも期待して、とにかく自分は背後から彼らを討ち取っていくしかない。

 メーガンは気配を消したまま短剣を抜き、弓をもった盗賊を突き刺した。死角から飛び出してきた凶器に気づくこともなく、盗賊は急所を突き刺され血を噴いた。数秒で死に至るだろう。

 彼が倒れるよりも早く、次の獲物に飛び掛る。血に塗れた短剣は、瞬く間に二つの命を断った。

 盗賊団の数は、見る間に減っていく。そして恐ろしいことに、彼らはそれに気づかなかった。隊列の後ろから凶刃が迫り団員が次々と殺されているというのに、相変わらず彼らは目の前にいる商人団を追い詰めることしか考えていないのだ。それほどに、メーガンは気配を殺していた。自分が手にかけた男たちから発散されるべき、死の気配をも断っている。

 弓使いがすっかり倒れてしまったとき、ようやく彼らは矢の援護がなくなったことに気がついた。そこで振り返って、やっと自らに迫る暗殺者を見たのである。

「なんだお前は!」

 その疑問に答えることもなく、メーガンはその男を殺した。驚愕に固まっていて、隙だらけだったからである。

 残りの敵は四名。そのうちの一人は、商人団の護衛と戦っている。こちらを見たのは三名だけだ。

 レドはおそらく、商人団の怪我人を治療しているのだろう。参戦はしていない。ここはメーガン一人だけで十分だという判断をしたのかもしれない。

 だとしたら、ここは自分ひとりで片付けて当然だ。このくらいしてみせなければ、毒の王の護衛など務まらないだろう。あるいは、レドから試されているのかもしれない。

 どちらにしても、またレドの思惑がどこにあろうと、メーガンは退かない。

 盗賊団の剣士たちはそれなりの腕前であろう。商人団の護衛を倒してしまったのだから、雑魚とは思えない。

 正面から戦えば、たぶん押し負けてしまう。

「護衛の別働隊かもしれねえ、とにかくやっちまえ」

「へっ、しかし女とはな」

 剣士たちは灯りを腰にぶらさげていた。その灯りで、メーガンの顔も見ることができるのだろう。

 メーガンは短剣を構えたまま、作戦を練っていた。三人を同時に相手はできない。何かうまい手はないか、と。

「やっちまう前に、お楽しみといくか」

「油断するな、弓もってたやつらはみんなこいつがやったに違いねえ」

 彼らはよほど女性に飢えているのか、メーガンを警戒しながらも欲望の対象とした。やがて彼らは、剣を振り上げて襲い掛かった。

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