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毒の王  作者: zan
7/26

7・契約

 食事ができたから、とレドが呼びにきた。

 しかしメーガンはまだ眠っていた。狸寝入りをしていたはずのメーガンではあるが、いつの間にか本当に眠りに落ちていたのである。

 朝の襲撃からかなりの時間が経過したためでもあるが、メーガンは耐性のない毒をかなり浴びている。解毒剤を飲んだとはいえ、そうそう簡単に体の中は落ち着かない。身体が自然に休息を求めていたのかもしれなかった。

 ともかく、メーガンはまだ寝台の上でぐったりしているのである。普通ならこのまま寝かせておこうという考えもあったかもしれない。が、レドはメーガンを揺すって起こした。

「起きろ、食事を作り直した」

「食事? うっ、あ? レ、レド!」

 起こされたメーガンは寝ぼけ眼をこすった後、レドの姿を見てひどく狼狽する。

 昨夜の休戦協定が期限切れであることに加えて、彼女から見れば寝込みのところを襲撃された状況だからである。無論だがレドに襲撃の意図はない。寝起きのメーガンを見ても、ため息をついただけだ。

 結果的にメーガンは醜態をさらしただけである。

「幸せな夢を見ていたのなら、悪かったと思う。しかし、飯が冷めてしまうとうまくないぞ」

「う、うん」

 毒の王であるレドは落ち着き払った態度を崩さず、メーガンが身を起こしたのを見届けると部屋を出て行った。その際も無防備な背中をさらした。

 メーガンはそこに襲い掛かろうとはまったく思えない。仮に短剣をもって飛び掛ったところで何の成果も上がらないだろう。そもそもレドが敵であるという認識が、かなり薄れていた。

 実際、今朝の襲撃で咄嗟のこととはいえメーガンはレドを護ろうとしたのである。

 心のどこかで、“薬師のレド”を信用したように、“毒の王のレド”を信用してもいいと思っているのだ。

 だがメーガン自身はその自分の心の動きを認知できない。ずっと暗殺組織で裏切りと猜疑を繰り返して生き延びてきたためである。他人を信じるということが悪だという認識があるのだ。

 自分が他人を信じようとしているなど、考えられない。したがって自分では気付くことができない。

「毒の王は気さくだな」

 そう言って、頭をかきながらのろのろと寝台から這い出た。眠くもあったが、空腹でもあった。

 栄養補給は必要と考えられた。ただでさえ毒の沼の影響も皆無でないというのに、余計な毒まで食らって体力が落ちている。この上朝食抜きというのは冗談抜きで命にかかわる。たとえ眠るにしても。

 そのように考えて、メーガンは身繕いもそこそこに、食堂へ向かう。


 食堂への扉には鍵がかかっていた。

 おかしいな、とメーガンは首をかしげる。そこへレドが来て、別の部屋に案内された。

 少しだけ手狭になったが、そこも二人で食事をするには問題ない広さの部屋だ。テーブルが置かれ、皿に料理がのっている。すっかり準備が整っていた。

 暖かな湯気が皿からたちのぼっている。どれもうまそうだ。

 さっさと椅子に座り、メーガンは食事にかかることにした。

「いただく」

「ああ、好きに食ってくれ」

 とりあえず、ナイフとフォークを伸ばした。予想のとおり、料理がうまかった。

 暖かい味だ。

 ふと食器を握る右手に、短剣の感覚がよみがえった。料理を切り分けるナイフに、刀傷の暗殺者にとどめをさした感触が思い出された。

 手が止まる。自分の手を見つめた。力が抜けて、ナイフを取り落としてしまう。

 メーガンが胸を突いた赤髪の暗殺者は、いつでも気取り屋で長髪をさわりながらしたり顔でいた。生意気なことをよく言って、それでいてしたたかだった。

 レドと戦っていたので割り込み、殺してしまった刀傷の暗殺者は歴戦の男だった。何度か手合わせをしたのでその実力は知っていたし、難しい暗殺任務の前にも非常に落ち着いていられる胆力は見習いたいと思っていたくらいだ。

 そうした二人を、殺したわけである。暗殺組織にどういう事情があったのか不明であるが、メーガンを殺そうとしたので仕方がなかった。

 なぜ、と考える前にこれから自分がどうするべきなのだろうかという思いが湧き上がる。

 赤子だった自分を拾った地獄のような組織。

 他人を疑い、裏切り、殺してどうにか生き延びてきた。その最後に、組織から刃を向けられたのだ。

 赤髪の暗殺者や刀傷の暗殺者とはそれほど親密にしていたわけではないが、顔見知りだった。あまり積極的に殺したいとは思っていなかったのだが、やむを得なかった。

 彼らだってそう思っていてくれていたかもしれない、と考えた。しかし何の意味もないことだった。彼らがメーガンをどう思っていたとしても、いまさらそれは何の役にも立たない。

 いずれにせよ、幹部である白髪の暗殺者がその場にいたということは、確実に『暗殺組織が自分を殺そうとした』ということだ。決して個人的な恨みや都合で自分を排除しようとしたのではない。

 帰属するべき組織から刃を向けられて、追い出されたわけだ。いや、もしかすると自分があの場で死ぬことで組織に何か益することがあったのかもしれない。となると、素直にあそこで殺されなかった自分が悪いのか。

 だが、さすがに死までやすやすと受け入れてたまるものか。

 両手を握り締める。メーガンは、これまで生きるために他人の寝首をかき、裏切りを繰り返した。何をおいても、自分が生きるためである。組織の命令だからといって殺されることを受け入れるわけがなかった。

 思い出す。

 組織に放り込まれて、自由のない生活をしてきた幼少期を。まさしく地獄だった。

 湯気をたてている料理を、自分が食べるなんてことを考えもしなかった。食事というものは床に置かれた皿に積まれたものだ。冷たくて硬くて、大した味もしないようなもの。それを奪い合って殺しあって食う。浅ましく食うのだ。それだけのもの。

 それが、なんだ。こうして自分の椅子が用意されて、奪う必要もなく自分の食い物が置かれている。好きなだけこれを食っていいのだ。それも、温かい料理だ。手間ひまかけて調理されたものである。

 暗殺組織にいたころに、こんな食事は何度くらい味わえただろうか?

 初めて外で金を払って食べた食事のうまかったこと。その金も、他人から奪って手にしたもので。

 酒の味を覚えた頃にようやく料理が普通、温かいものだということを知ったくらいだ。暗殺組織は決して貧しい組織ではないはずだが、子供に与える食事の質は悪かった。贅沢を覚えさせないためか、経費節減のためか。

 今から思えば、確かにあの幼少期は地獄だった。

「どうした?」

 レドから声をかけられ、ハッとした。あわててナイフを拾いなおした。

 早く食べないと冷めてしまう。なんでもないと返答して、メーガンは食事を再開した。

 なんだかよくわからない罪悪感がメーガンにつきまとったが、押し殺して食事を飲み込む。

 料理があらかた片付いたところで、レドが紅茶を淹れてくれた。そのまま口に運ぶが、少し苦い。シロップを入れて飲んだ。

 さて、話し合いだな。

 自然にそう思った。協定は終わったのでこの後は殺し合いだ、とは微塵も思わない。メーガンは、そのことに自分で気づかないでいる。

「君に聞きたいことがいくつかある」

 カップを空にしたメーガンに、レドは言った。

 メーガンは頷いて、続きを促す。

「今朝の騒動で、君は暗殺者に命を狙われた。彼らは、君の仲間か」

「そのとおり。私に襲い掛かった暗殺者たちも、全て私と同じ釜の飯を食った者たちだ」

 隠さずに答えた。秘密にする意味が薄かったからだ。

「では、君は暗殺組織から捨てられたということになるな」

「そうかもしれない」

「心当たりはあるのか」

 そういわれても、なかった。

 裏切りは唐突である。メーガンは、特に暗殺組織に敵対するような行動をとってはいない。ただ、目標の暗殺を遅らせただけである。

 にもかかわらず、組織は彼女を裏切ったのだ。いや、裏切りというよりも何か目的があって当初からここで彼女を殺すつもりだったのかもしれない。

 しかしその理由は、わからない。本当にわからなかったので、そう告げた。

「そうか」

 レドの返答は淡々としていた。別にわからなくても問題はないと考えているのかもしれない。

「君はこれからどうする」

 問われた。

 考えつかない。

 暗殺者のメーガンは、暗殺者である以外に何者でもなかった。彼女は仕事を与えられて、命令され、任務を全うして戻るだけの生活を送り続けてきた。それ以外は、猜疑と裏切りの人間関係。心通じ合った友人などいない。

 メーガンの心の底に秘めた闇は、深かった。

 幼少期から暗殺組織で過ごしたために、根のところから歪んでいるのである。

「君を、殺す」

 結局、メーガンはその回答をするしかなかった。目標を立てるということが、自分でできないのである。

「その必要はない、君に命令を下すものはなくなった。強要をするものも」

 声色をまるで変えずにレドが言い返す。

「では私に何をしろというんだ」

 必死さを押し隠した声。メーガンは、暗殺しかできない。戦うしかできない人間なのだ。

 そのように育ててきたのは暗殺組織であるが、その組織からも実質放逐されて、もう行き場がない。死ぬしかないように思ってしまうのだ。どこにも頼るものがなく、世界のすべては敵で、生きる目的も見つけることができない。

 何かをしたい、とも考えられないでいるのだ。

 過酷な環境ではあるが自分を必要としてくれる地獄。暗殺組織から放り出されて、誰もが自分に無関心な煉獄に落ちた。積極的に何かを為して生きていこうと考えることができないでいる。

 ゆえに、彼女はレドに訊ねたのだ。何をしろというのか、と。

「そうだな、紅茶を淹れてくれ」

 しかしレドは助けを求めるメーガンの問いに淡々と答えてしまう。

 メーガンは黙ってそのとおりにした。触ると火傷するほどの湯をもってきて、茶葉を入れたカップに注いだ。

 もちろん、怒っているからである。大事な話をしているというのに、ふざけたことをいうレドにはこのくらいしてやらねばならないと思ったのだ。

 しかし、熱湯を注いだ際に乱暴にしたため、熱いしずくを手に浴びて火傷した。残念ながら、メーガン自身がのたうち回ることになる。

「熱い! よくもやったな! 油断させておいて!」

 涙目になりながら、手を冷やしに引っ込む。

 レドは咄嗟に避難をしていたため、熱湯には触れていない。ぶちまけられた湯が冷めたのを見計らって、黙って掃除した。

 それが終わる頃になって、メーガンは戻ってきた。しずくを浴びた手が少し膨れている。レドは軟膏をとりだして、火傷しているメーガンの手に塗ってやる。

「包帯でも巻いておけ。それで、紅茶はいつになる?」

 余裕の態度を崩さないで、レドがそう告げた。メーガンは懐から包帯を出して、軟膏の塗られた手に巻き、引っ込んだ。しばらくしてから、やっとまともな紅茶を持ってきた。

 とはいえ紅茶の淹れ方など習っていない、見よう見まねでのものだ。言ってみれば、茶葉を煎じただけのものである。美味しいとはいえないはずだった。

 しかしレドは出された紅茶に平然と口をつけた。まったく表情も変えない。

 毒が入っていることを疑っているようなそぶりもなかった。毒の王レドは、まったく普通に紅茶の味を楽しんでいるように見える。

 なんでこいつはこんなに物事に動じないんだ。

 メーガンはそう思った。こんなことなら塩でもどっさりいれてひどい味にしておくべきだった。

 優雅な態度をとる彼を見ていると、腹が立ってくるのである。自分がこんなに懊悩しているというのに、毒の王は何ひとつ悩まずにだらだらと好きなように好きなことをして、不公平だというように感じている。

 別に殺したいとは思っていない。暗殺組織の命令ではあったが、いまやそうすることをメーガン自身は望んでいなかった。それよりも、こいつをどうにかして狼狽させたいと思えた。

 あまりにも、常時淡々と物事を進めるこの男の、表情を変えてみたくなったのだ。

 それは冷静になってみるとなにやら小さなことのようである。だが、メーガンにとっては大きな変化だった。

「この紅茶はうまくないな」

 ぽつりとレドが呟く。平然と飲んでいた癖になんだその言葉は、と思ったメーガンはナイフを投げつけかけた。しかし危ないところで思いとどまり、皿の上にもどした。

 口元をゆがめながら

「だったら自分で淹れてくれ」

 とだけ言って、椅子に座りなおした。

 そうしながら、次に紅茶を頼まれたときはどんな味に調合してやろうかと考えてみている。

「君にはもう頼まない」

 そりゃ残念だ、とメーガンは思う。知らないうちに笑っていた。

「そうか」

 レドめ、どうにかして驚かせてやりたい。うろたえる様子が見たい。

 メーガンはそんなことを考えるが、紅茶はもう淹れるなと言われた。

「だったら、私に何をしろというんだ?」

 先ほどと同じ質問を、メーガンはぶつけた。だが、今度は意味が違っている。

 自分でどうにも答えが見つからずに、レドに投げつけただけの先刻。

 しかし今度は、何を言い出すのかと期待をしての言葉だ。表情が違う。明らかに、メーガンの顔に力強さと精気が戻ってきていた。

「ぼくを暗殺するという仕事を依頼してきたのは、誰だか知っているか」

 レドの返答は、今度は真面目なものである。

 そういえば、こいつも命を狙われていたのだった。そこが気になるのは当然か。

 緩んでいた口元を引き締めて、メーガンは質問に応じた。とはいえ、期待されるような返答はできないが。

「そんなの知るもんか、私はただ命令されただけだ」

「ふむ、では今後もぼくを暗殺するための刺客がやってくる可能性が高いな」

 それはある。

 誰が暗殺組織にその依頼をしたのかはわからないが、組織の性格からして失敗をそのまま放置するはずがない。成功するまで何度でも刺客を送り込んでくるだろう。

「よしメーガン、君に仕事を与えよう」

「何?」

「ぼくの護衛を任せる」

 護衛。護衛ときたか。

 メーガンは右手で口元を隠して、目を伏せた。確かにそれは仕事である。

「お前はいったい何を言っているんだ。ついさっきまで、私はお前を殺すと言っていたんだぞ。そんな仕事を任せて、寝首をかかれないと言い切れるのか」

 それに、私は暗殺しかできない。誰かの護衛などという任務は今までしたことがないんだ。

 そうしたことをメーガンは理由に挙げて、拒否しようとする。

 しかしレドはそのくらいでは折れなかった。

「だが、もうその気はないのだろう。君は、ぼくを殺せないよ」

 どういう意味で言っているのかはわからないが、それは事実だと感じた。確かにメーガンは、レドを殺せない。

 技量的な意味でも、精神的な意味でもだ。

「それと、三食昼寝付きと。給金は安くなるが出来高払いということでどうだろうか」

「お前の護衛をすると、そう言っているのか。ここに住み込みで?」

「そうしないと無理だろう。幸い、君も毒には多少の免疫がある」

 確かにメーガンは毒に免疫がある。

 特にやるべきことも見つけられない今のメーガンに、断る理由はないように思える。誰かを殺すための戦いはしたことがあっても、誰かを護るための戦いをほとんどしたことがないというのが唯一の不安材料だ。

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