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毒の王  作者: zan
21/26

21・邂逅

 グラスに注がれた酒を、アイが差し出してくる。それを、メーガンは一息に飲み干した。

 それを見たアイは、驚いた表情で息をのんだ。

「疑わないのですね。度胸、というやつですか」

 疑っていないわけではない。ただ、よほどの猛毒でなければ殺されなどしない。そういうことであった。

 ネムとアイは、自分に毒の耐性があることなど知らないだろう。それほど強い毒を使ってくるとは思えなかった。

 メーガンはそうした理由からアイの酒を拒まない。あまり深酒はしないつもりでいるから、それで十分だと判断していた。

「ネムはどこにいったんだ」

 用意された椅子に腰掛けながら、とりあえずそんなことを訊いてみる。

 アイも木箱に座りつつ、グラスを片手に答えた。

「レドに負けたのが衝撃だったみたいで、剣を振りに行きました。いいクスリになったでしょう。薬師に負けただけにね」

 そうか、と納得する。

 剣士のネムの実力はまだまだ発展途上だ。鍛え続ければいいところまでいけるだろう。やる気を出している姿は、見ていても悪くない。

 一方、弓使いのアイはすでに完成された実力である。闇の中でも僅かな光を目標に矢を飛ばすことができるような猛者だ。おそらく蝋燭の火を矢で消すことも可能だろう。

「それで、昔話というのはどういう話?」

「別にたいしたことはありません。ただ、不思議でしょうから」

「何が」

 言いながら、メーガンは懐から酒を取り出してアイのグラスに向ける。

 それを見たアイは察して、グラスに残った酒をあおった。空になったそこへ、メーガンの酒が注がれる。

 わずかな逡巡の後、アイはその酒を口に入れた。

 口に含んでしばらく味を確かめる。毒か、そうでないか。しかし酒は元から、毒にも薬にもなるものだ。

 結局アイもそのまま酒を飲み込む。

「うまい酒ですね。甘い感じです」

「ああ、口当たりがいいからつい飲みすぎる。悪い酒じゃない」

「こっちの酒は好みじゃないですか?」

 今度はアイがメーガンのグラスに酒を注いだ。返杯をうけて、メーガンは一息にグラスを空けた。

 この味も嫌いではない、ということを態度で示したのである。

「互いの酒の好みは別にいいだろう。それより、本題に入るべき」

「そのとおり。あなたは気になっていると思う。私がどうして、ネムにくっついているのかってことを」

「なるほど、そこは確かに気になる部分だと思う。それを話して何になると思っているかは知らないけれど」

「別に。たくらみは何もなくて、ただ聞いてほしいだけ。寝酒のついでにね」

 窓の外に目をやって、アイは大きく息を吐いた。

「ゆっくり話しても?」

「好きにしたらいい」


 剣士のネムは、正統派の剣術を学んだわけではない。そもそも、どこで生まれたのかわからない。

 自身の出自が不明だった。それを気にしたこともない。物心ついたころには、父親と思われる男と旅をしていた。

 父親は強かった。自己流らしい武術を扱った。武器は色々と使っていたが、中でも斧のような刃のついた槍を振るうのが得意らしい。彼はそれをハルバードと呼んでおり、鎧を着た男たちもそれで打ち据えて倒した。

 ネムは、そんな父親について彼の剣術を教わる。そうして、基本を身につけた。

 だが、父親の正体は旅の剣士ではなかった。彼はありていにいえば諜報屋だった。国々をめぐってはその警備体制や政治に携わる人の情報を集めて売るという仕事をしていたのである。

 この情報が警備体制の強化や、政治の参考に使われるなら問題ない。だが、彼が情報を下ろす先は大抵の場合、犯罪組織だったのだ。

 父親も自分のしている仕事がまずいことを知っている。それで何度となく、ネムに自立をうながしたのだ。

 しかし、そのころにはネムは知っていた。この父親が、本当の親ではないということを。

 つまりネムは、男として彼をみるようになっていたのである。到底、離れられるわけがなかった。

 結果、ネムは父親が目の前で殺されるところを見ることになった。彼女が十三歳になったばかりのことだ。

 殺したのは、都から派遣された騎士団である。彼らはネムの父親がもたらす情報が犯罪を生み出す大きな原因になることを調べていた。生かしておくわけにはいかない悪人として、彼は処分されたのである。

 しかし、何も知らないその娘については死刑にならなかった。彼女は投獄されて、二年の服役の後に罪を許されて社会に放り出される。

 行き場のないネムは、質の悪い奴隷商人にだまされて売られてしまう寸前のところまでいったが、そこにやってきた一団があった。都が雇った傭兵団である。

 奴隷商人は以前より目をつけられており、討伐の対象となっていた。ネムに手をつけたことでその手口の犯罪性が明らかとなり、一挙に兵力が投入され、彼らがなだれ込んだのであった。

 騎士団もいたが、この戦いでは傭兵団が活躍する。その中に、この戦いを初陣とするアイの姿もある。

 ネムとアイはこの戦場で出会った。十五歳と十一歳。

 アイはこの戦いにおいて、実兄とともに作戦に参加している。後方から矢を放って援護をしたが、奴隷商人が連れている私兵や奴隷も激しい抵抗をしたのである。

 特に、奴隷商人の連れている奴隷の抵抗は苛烈だった。

 それは別段、奴隷商人が彼らに慕われているということではない。恐怖で統率していたからだ。

 命令に逆らったら、死ぬより恐ろしい目にあうということを彼らは骨身に刻まれていたため、逆らえずに戦うのだ。そうしたために戦いは激しくなった。

 騎士団が矢面にたたなかったのはこうしたことが予想されていたからである。金で雇える傭兵団をけしかければ、訓練をつんだ正規の騎士団員をそれほど失わずにすむ。

 つまり、傭兵団の被害は甚大なものとなった。

「その戦いで、私は兄を失った」

 アイは淡々と語る。メーガンは僅かに頷いただけだった。

 今でこそそのように語れるが、当時の衝撃はたいへんなものだったに違いない、とメーガンは想像する。

 兄に頼って旅をしてきたアイが、十一歳にして社会に投げ出されたのだ。そこから先の苦労は大きなものとなっただろう。

 しかし、同時にそこに似た境遇のものがいた。ネムである。

 二人は出会った。戦場では目が合った程度だったが、そこから先がある。

 亡くなった兄の弔いを傭兵団からうけ、戦いの後処理を手伝う。そのときにはアイも、「あの女は騎士団に保護されただろう」と思ってあまり気にしていなかった。

 ところが戦いから一夜あけて、実兄の荷物の整理を終えたアイが旅立とうとしたときだ。町の片隅で、ぼろきれのようなものをかぶって座り込むネムを見つけたのである。

 保護などされていなかった。情報だけをとられて、放り出されたのである。当然だった。ネムは、つい先日まで投獄されていた身分なのである。

 それを見たアイは運命のようなものを感じた。

 誘ったのは、思いつきのようなものだった。

 二人は連れ立って、旅立った。目的も何もない旅。

 実兄のいない傭兵団に未練のなかったアイは、それを抜けて一人でやっていくつもりだったのにだ。ネムという道連れを拾ったのだ。

 それから八年が経ち、二人は背が伸びたし、体つきも女性らしさを増している。力も強くなったし、稼いだお金で装備も整えている。

 だが、毒の王の討伐は無理だろう。

 アイはそう考えていた。

「そんなことは知らない。お前たちの過去はそれで終わりなのか。八年間、何をしていたんだ? 傭兵なんぞより楽で安全な仕事はあっただろう。八年あればそういうものは見つけられたはずだ」

「もちろん、それはいくつか見つけました。そこで安住する手もありました」

 メーガンの言葉に、アイは目を閉じる。

「ですが、定住するわけにはいかないのです。私にもネムにも、目的がありましたから」

「何の目的が? 毒の王を倒すのか」

「いいえ。実は、傭兵をしているのもお金が入るから、という理由なのです。金がいるんです」

「金か。何か計画があるみたいだが」

「そうですね、慈善事業です」

 どうも胡散臭い、とメーガンは思った。無理からぬことだ。

 今までメーガンが関わってきた人間の中に、善人と呼べる人物はほとんどいない。まずもって、悪人。そうでなければ偽善者である。こういう認識で動いて今まで間違いであったということはない。

 弓使いのアイも、慈善といいながら何をたくらんでいるかわからない。

「孤児院をつくろうと思っています。私や、ネムのような子供を増やさないためにも」

「それで傭兵をしてまで、金をためるというのか。矛盾だぞ、アイ。お前たちが戦った結果、孤児は増えるんだ。それで稼いだ金で孤児を救済しようとは、わけがわからん。そんなことをするくらいなら、敵対した者の家族まで根絶やしにしてやるほうが慈悲が感じられるというものだ」

 容赦のない言葉を、メーガンは吐いた。

「耳の痛いお言葉ですね」

 まったくこたえていなさそうな、平然とした表情でアイがその辛らつな言葉を受け止める。

「ですが、ネムはそのための資金を全てつぎ込んででも、毒の王を討伐するつもりでいます。自分が死んだら、何にもならないのに」

「無理だからあきらめろと言っておけ。お前はわかっているはずじゃないか、毒の王を倒すなんてできやしないってことは」

「そうですね。今の私たちでは、レドを倒すこともできやしないでしょう。そこで、今の話をしました」

「何か私に期待をしているのか?」

「はい、しています」

 はあ、とメーガンはため息をついた。グラスに残っていた酒をあおって、それからアイの目を見てみる。

 弓使いのアイは、暗殺者のメーガンをじっと見つめていた。何が言いたいのか、その目から察してみることは十分に可能だった。

 ネムを止めろ、と言っているらしい。

 そのくらいは自分でやってやれと思う。何より八年間も一緒にいた仲だろうに、どうして自分でやれないのか。

「私は言葉を尽くしました。しかし彼女は毒の王がいては、多くの犠牲者が出ると考えているようです。無用な死人がでると信じて疑いません」

「だから、どうだっていうんだ」

「あなたから、毒の王がいかに恐ろしい存在であるかを、語ってもらいたいと思います」

 アイの目は、メーガンをとらえて離さない。

 その視線を受け、メーガンはわずかに双眸を細めるのだった。

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