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毒の王  作者: zan
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19/26

19・勧誘

「大体の事情も聞いている。あの二人が、毒の王を殺そうとしているということも」

「だったら話は早いな。都までいってきたが、徒労だったかな」

 メーガンは、そんなことを言いながらレドの隣に腰掛けた。

 結局、ネムとアイを生かしておいた意味はあったのだ。毒の王を恨む二人から、直接毒の王へ評判が届いたのである。まさしく狙い通りの成果だった。

 これによって、メーガンが都まで出向いて集めた毒の王の評判はいまさら報告するまでもない、無意味なものへと成り下がったといえる。

「そうでもあるまい。お前のことだから、ほかにもいくつか役立ちそうな情報を入手してきてくれたと思っている」

「役立つかどうかはわからないけれども」

 確かにいくつかの情報は入手したが、実際にレドの役に立つかどうかはわからない。そもそも、メーガンはレドの目的を把握してはいない。

 毒の王として、人々に畏怖されていくべきなのか。それとも、平穏な自分の人生を優先しているのか。

 レドはどうしたいのか。そのあたりの事情をメーガンは知らないのだ。

「おー、メーガン。本当に戻ってきたんだねえ、久しぶりだあ」

 酒場の娘が奥から出てきて、蜂蜜酒を運んでくる。

 彼女はニコニコしながら上機嫌である。

 メーガンは彼女から蜂蜜酒を受け取って、口をつけた。うまい。

「で、どんな話を聞いてきたんだ」

「そうだな、都ではオルックという男の専横が目立つ」

「ほう」

 レドは、横目にメーガンを見る。

「その話はぼくと何か関係があったのか」

「あるかもしれないし、ないかもしれない。王家に取り入っている薬師らしい。おびただしい金品を下賜されて、そいつで施療院を作っているようだな。その評判もよくて、非の打ち所もない善人だとさ」

「裏の顔は?」

「金の亡者」

 メーガンは一言で切り捨て、蜂蜜酒を飲む。

 その様子を見て、レドは少しだけ何かを考えるような仕草をした。

「おおよその事情はわかったがな。そのオルックという人物とぼくに、つながりを見出した理由は?」

「そいつはあまりにも、罪をかぶらなすぎている。汚いことをしでかしている割に、清廉潔白という評判。かわりに、都での毒の王の評判はひどいもんだ。毒の実験台に人を虐殺してもなんとも思わないような極悪人らしい」

「ああ、そういうことか」

 つまり、オルックという人物は罪をなすりつけている。

 あいまいで、存在するかどうかも不透明な毒の王へ、自らの罪を押し付けているのだ。自らの名声を保つために。

「しかしそんなことをしても、大した工作にはなるまい。いずれはバレることだ」

 レドはあまり気にした様子もなく、葡萄酒に口をつける。

 む、とメーガンは眉を寄せる。少しは気にしてもらいたい、というのが彼女の本音である。

 そうでなくとも今まで都で散々、毒の王がいかに下劣で卑劣な人物かということを語られてきたのだ。自分の名誉のために、少しくらい怒ってほしいと思ったのである。

「だが」

 ふと、レドは低い声を出した。メーガンが聞いたことのない声色。

 その顔を見ると、何か企んでいるような、憎悪を固めたような表情。悪い顔だった。

「そいつが自滅するまでの間、毒の王の評判が落ちるのは困るな。一度落ちた名声は回復しないことが多い」

「というと、何か対策を打つのか」

「いや」

 なんだそれは、とメーガンは落胆する。

 やる気になったのかと思ったのに、とそこまで考えてギクリとした。どうして私がレドの名声を心配しているのかと。

 いや、これは悪評が流れ続ければ襲撃者の数が増えて、仕事が手間になるからだ。私の仕事が忙しくなる。それが嫌なのだ。

 メーガンは自分の落胆に理由をつけると、ため息をついた。

「だったら、このまま放っておくのか。毒の王の名前を勝手に使っているバカを」

「もちろん、そういう身の程知らずなことをしている薬師には痛い目を見てもらうつもりだ。ただ、今すぐどうこうできるわけではない」

 ふむ。

 手をこまねいてみているだけではないらしい。

 どういう考えでいるのか知らないが、とりあえず自分の仕事がこれ以上増えなければいいが。

 もう一度ため息をついたところで、酒場の主人がメーガンへ料理を運んできた。

 話を横で聞いていた酒場の娘が、主人に厨房へ連れ戻されていく。

「遊んでないで手伝えって」

「ちぇっ」

 厨房ではまだ何か料理を作っているようだ。手のかかるものなのだろうか。

 メーガンはとりあえず、運ばれてきた料理に手をつける。

「ところでレド。都で聞いた話なんだが」

「ああ」

 レドは頷いたが、そっと人差し指を口元に当てていた。今は話すな、ということらしい。それを確認すると同時に、メーガンは気配に気づく。

 振り返ってみると酒場の入り口に女が二人、立っていた。ネムとアイだ。


 剣士のネム、それに弓使いのアイ。

 彼女たちがここに来ることは予想できていた。特に驚くべきことではない。

 しかし面倒なことになった、とは思う。レドと一緒にいるところを見つかるとは。

「あんたたち、知り合いだったわけね」

 遠慮も何もなく、ネムは近づいてきた。そして堂々とレドの隣に座り、彼の顔を覗き込む。なれなれしい態度だ。

 もしかして自分が留守の間、こいつはレドの真横に座ってこんな態度をとっていたのだろうか。それと肩を怪我しているはずだが、もう直ったのか。

 よくわからない、ざらついた感情がメーガンの心をなめた。

 自然と、むすっとした顔になる。ふてくされた様な表情で、メーガンは酒を飲んだ。

 そんなメーガンの隣に、弓使いのアイが腰掛ける。さらに不快な気分となる。しかし、アイの表情はネムのものとは違っている。

 すっきりとして、冷淡な態度だった。

「お食事中、失礼」

 アイは以前と同じ、軽装だった。弓を引くための胸当てをつけているが、それとブーツ以外の防具はほとんど布製で、動きやすさを最重視している。

 少しだけ、メーガンは安堵した。ネムが隣に来るよりはマシだと思ったからである。

 アイならば少しは話しやすい。

「それで、お前たちは何しに来たんだ。毒の王に挑むのは勝手だが、私たちを巻き込むつもりならやめてくれ」

 メーガンは料理に手をつけながら、呆れ顔でアイを見やった。

 しかし、アイは特に何も考えていなさそうな顔。強いて言うなら少しだけ困ったような。

「あの子が突撃してしまうからです。私も付き合うしかないと思っているのですよ。それで死んでも、しょうがないとあきらめられます」

「命が軽いな」

「そういうものです。特に、傭兵の命なんてのは」

 淡々とそう言って、胸の下で腕を組んだ。どうやら、本当にそう思っているらしい。

 ネムに付き合って毒の王に挑んで、それで死んでもいいという。

 他に道がないと思っているのだろう。傭兵として過ごしていく上で、ネムの存在がそれほど大きいということか。

 自分と同じかもしれない、とメーガンは思い至った。

 かつての自分も同じように、死ぬとわかっていても毒の王を暗殺するしかなかったのだ。そうするしか道がないと思っていたのだ。

 アイも同じように、傭兵のネムに付き合って死ぬしかないと思っているのではないだろうか。

「命は大事だと思う。毒の王を本気で殺すつもりでいるのか。あれは倒せないぞ、もう少し考えてみたらどうだ」

「確かに、死ぬでしょうね。でも、もう引き返せない。私たちだけで行くことになっても、仕方ないから」

 覚悟はできているようだが、仕方ないという言葉で命を投げ捨てていいものではないと思う。

 メーガンはネムやアイに死んでほしいとは思っていない。

 この二人の命を助けたことがあるからだ。また命が危なかったかどうかはわからないが、助けてもらったこともある。

 どうにか説得する手段はないだろうか。そう考えてみるが、結局いい考えは浮かばない。死ぬ覚悟をして倒しにいくと断言しているのだから、仕方がない。

「ネムは弟を毒の王に殺されてる。もう、敵討ちが一番の目標みたいになっててとめられない」

「アイはどうしてそれに付き合う?」

「さあね。出会ってしまって、付き合うしかなくなりました。毒の王討伐っていう大きな仕事を引き受けて、それで倒れるのも仕方ないのです。傭兵ですから」

「やめたほうがいいと思う」

「私もそのように思います」

 淡々とそう言ったアイであるが、やめることはないようだ。

 どうにか面倒ごとを回避する方法はないものかと思ってレドに目を向けると、あちらはあちらで忙しいようだ。ネムの必死な勧誘に辟易している。

「だから、ねえ。私たち二人なら無理でも、あんたたちが加わったら勝てるかもしれないじゃない。報酬なら金貨十枚約束するから、ほら」

 剣士のネムはレドを誘っている。どこで彼の強さを知ったのか、あるいは知らないけれども誘っているのか。

 しかしレドは彼女を相手にしない。

「金の問題ではなく、勝算がないといっている」

「あんたたちが加わっても? 毒の王といっても、ちょっと強いだけの毒使いなんでしょう」

「そんなにお前たちは強さに自信があるのか」

「そりゃあ、多少は覚えがあるけれど」

 ネムは腕を組んでレドを見た。

 暗殺者のメーガンは、ネムの腕は高く評価しているが、その態度はやりすぎだと思った。確かに傭兵としてはそれなりの腕をもっているが、天下無双というわけではない。

 あの程度の腕前なら、何人かいるだろう。ネムよりも体格がよく、筋力も体重もある男の傭兵だって数多い。そこを技術でなんとかするにしても、ネムの腕はそこまでではないだろう。

 メーガンの認識の中では、ネムの腕前は上の中、といったところである。アイのほうは援護射撃に徹すれば上の上。接近戦を含めると上の中か。

 ネムがリーダーらしいが、腕前はアイのほうが上だ。闇の中でも正確無比なあの狙撃は尋常でない。

「だったら、少し試してみるか」

 レドが立ち上がった。

 どうやら、ネムのしつこい誘いに面倒くさくなったようだ。正面から打ち倒すつもりか。

「試すって何を?」

 ネムは立ち上がったレドを見上げる。

「お前の実力が、毒の王に通用するかどうかを。ぼくも一応は自分の身くらい守れるように、武器を使う。ちょっと打ち合ってみようじゃないか。それでお前が勝ったら、好きにするといい」

「へ、なんだいそりゃ。私は傭兵だぜ。薬師に負けたんじゃしょうがないだろ。勝ったらついてきてくれるんだな?」

「ああ」

 なんだか、ひどいことになっている。

 振り返ってみればアイも呆れ顔でいる。ネムとレドが打ち合って、ネムが勝てば毒の王討伐にレドを連れて行くということらしい。

「メーガンも借りていいんだろ? あんたに勝ちさえすれば」

「彼女はぼくの護衛だ。それで問題ない」

 当然、そういう風になるだろう。メーガンはため息をついて、蜂蜜酒を飲み干した。

「それじゃ、店の外で」

 レドは銀貨を置いて、さっさと店を出て行ってしまった。その対価は、メーガンの飲食代を含んでも余りある。これはどうやら、ついてこいということらしい。

 剣士のネムがレドを追いかけて店を出る。

「ネムも一度決めたことには引き下がらない頑固者だから」

 弓使いのアイもそんなことを言いながら、レドの背中を追って店を出た。

 残されたメーガンは、長旅で疲れた体を引きずって、立ち上がる。厨房の奥へ声をかけて、すぐに戻ると伝えた。

 おそらく、決着には数分もかからないだろう。

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