18・帰路
メーガンは帰り道を急いでいた。
必要な証拠はすべて集めている。途中の町で馬を買い戻して、ひたすらに追い立てる。ひたすら近道を選び、疾駆する。
レドの期待には確かにこたえたといえる。あとは彼にそれを伝えるだけ。
情報が腐らないうちに、伝えなければいけない。走れ、ただひたすらに。
危険な山道を、日の入り前にもかかわらず急ぐ。
何日か無理を押して急ぎ、あとわずかで古城に最も近い集落にたどり着く。
そんなときだった。
夜盗が出現した。十数名程度の集団。
なかなかの実力だ、とメーガンは思う。急いでいたとはいえ、気配をほとんど感じさせなかった。
彼らは夜陰にまぎれて、ここを通るものを無差別に襲撃しているに違いない。実力はあれど、やっていることは外道といえる。命を失うことも覚悟の上であろう。
彼らは槍を持って、メーガンを突き殺そうとする。何の手加減もなかった。
このまま突っ込んでは馬が殺される。やむなく、メーガンは減速してその場に止まる。
「お嬢さん、素直に有り金全部差し出して服を脱ぎな。命だけは助けないこともない」
夜盗の親玉らしき男が、笑いながらそんなことを言った。メーガンが立ち止まったので、命乞いをするとでも思ったのだろうか。
「命だけはな」
糞が。
メーガンは小さく毒づいた。夜盗が手強そうだったからではない。
面倒くさかったからだ。
このようなところで時間をとられるのも、体力を使うのも、馬を失う危険があるのも、とても面倒だった。
これが原因でレドとの約束を守れなかったらどうしてくれるというんだ。
「ほら、早く金を」
「少し待ってくれ」
催促する夜盗に、ため息をつきながらマントの中をまさぐった。先日購入した手投げ剣はまだそこに仕舞ってある。
何人殺せる。いいとこ二人か。残りの十人。それとまだ潜んでいるやつがいそうだ。そいつらはどうする。とりあえず誰かが近づいてきてくれればいいのだが。
「一人じゃ脱げない服だ。誰か手伝ってくれ」
金の入った袋を、無造作に投げ捨てながらそう言ってみる。
「お、おう。じゃあ手伝ってやる」
馬鹿が一人、メーガンに近づいてきた。メーガンはマントの中で服をゆるめているふりをする。
「どこを手伝えばいい」
メーガンより背の高い、鉈を手にした男が手をのばしてくる。
そいつをまず、殺した。のど元を掻っ切った。彼が倒れるより早く、メーガンはさらに左手で手投げ剣を放った。二本の手投げ剣が飛び、二人の男の眉間を割る。
動揺が賊の間に走る。それに乗じて、走った。手投げ剣で殺した男が持っていた槍を、力任せに奪う。
奪った槍すばやく突き出し、さらに一人の心臓を貫いた。
あっという間に四人が骸に変わるが、虚をつけばこんなものだ。しかし、四人目を殺したころにはすでに、敵も迎撃にかかってくる。
メーガンは背後に下がり、闇にまぎれようとした。だが、矢が飛来してその動きを阻害する。
短剣で払い落とすのは無理だ。メーガンは舌打ちをしてマントで受ける。体には刺さらなかった。
「くそ」
毒づきながらさらに手投げ剣に手を伸ばす。敵が接近してくる。
しかし、殺す必要はなかった。メーガンの真横から出現した矢が、接近してきた男のこめかみに命中したからである。
次の一瞬で、長剣をもった女が敵の中に踊りこんでいた。赤い髪を束ねた女。メーガンは彼女を知っている。
剣士のネムだ。
振り返ってみれば、短く赤黒い髪をした弓使いが立っている。
弓使いのアイである。
彼女たちがここにいるのはさほど不自然なことではない。彼女たちは、毒の王に用があるといっていた。
しかし、メーガンを待ち伏せしていたような見事なタイミングという他ない。何かたくらみがあるのかもしれないとメーガンは思う。
「仲間がいやがったか」
賊は、すぐさま撤退を始める。メーガン一人に四人も殺された上、さらに増援が出現したのではたまらない。彼らの判断は当然のものだといえる。
背中を見せて、情けなく全力で逃げていく賊。メーガンはそれに対して手投げ剣を投げつけた。無慈悲な一撃が何人かの背中に突き刺さり、その場に倒れさせる。
弓使いのアイも弓を引き絞ってさらなる追撃を見舞う。風を切って飛んだ矢が、一人を殺した。
「借りは返せたようですね」
弓を下ろしたアイが、メーガンを見つめる。
アイの服装は、何日か前に山の中で会ったときとまるで変わっていない。軽装で、胸当てをしている。
「そうだな。助かった」
この人数相手では負傷もやむをえないと考えていたところである。ネムとアイの乱入は大いに助けになった。
剣を拭って、鞘に戻したネムが大きく息を吐いた。
「しかしまあ、すごい腕だねあなたも。ほんの一瞬で四人もまあ」
「相手が油断してくれたので」
メーガンは手投げ剣を回収しながら答える。
そのようなことよりも、ネムとアイがここにいるという事実のほうが重要だ。この二人は何をしにここへやってきたのだろうか。おおよその察しはついていたが、それでも訊くべきである。
「で、お前たちがここにいるということは、そういうことか」
「まあそういうこと。というより、あんたがここに戻ってくるのを待っていたわけ」
ネムが腕組みをしてえらそうに答える。
「何を言っている」
メーガンはその言葉に、いやな予感がした。すぐにもこの場から逃げ出したほうがいい、と心の中の何かが告げてきている。
かなり日は落ちている。間もなく夜になるだろう。あと少しで集落なのだが。
ネムとアイは、灯りを用意していた。三人でゆっくり歩いても、一時間もかからずに集落に着けるはずだった。
ここで野営するよりは、集落まで歩いたほうがよい。賊も追い払ったばかりである。
「どうせそこの集落までは行くのでしょう。ご一緒しましょう」
以前よりは親しみのある声でアイが誘いをかけてくる。メーガンとしては断りたかったが、たとえ一人で馬を飛ばしてみたとしても、集落で追いつかれることは明白だった。距離が短すぎて撒けない。
メーガンは黙って武器を仕舞い、馬にまたがった。ネムとアイはその沈黙を肯定ととったのか、賊の装備を適当に拾い上げてから自分たちの馬でついてくる。
とばしても、意味がない。メーガンは馬を歩かせる。
後ろを二人がついてくる。面倒くさい、と思う。
ネムとアイは、傭兵だ。そのことは以前から聞いて知っている。実力はそれなりだろう。メーガンの暗殺組織にはこのくらいの腕前の者もいた。うじゃうじゃと余るほど存在していたわけではないが。
そもそも、暗殺技術と戦闘技術は似ているようで少し違う。単純にどちらが強いか、比べることはできない。
毒の王の評価がいかなるものか、メーガンは二人に訊ねたのだ。
その結果が、重い情報の入手。
「毒の王は、過去最悪の毒の使い手。彼にかかわったものは皆不幸になる。毒殺される」
ネムはそう言ってのけて、さらにこう続けた。
「私たちはその毒の王を殺すために、旅をしてきた」
目の前にいるのが、その毒の王の護衛であるとは、夢にも思っていなかったのだろう。
非常に重い情報をもらってしまったことになる。メーガンは、ネムとアイを殺すべきであった。普通に考えればそうするしかない。
これから殺そうとしているというのだから、護衛であるメーガンは先手を打っておくべきだった。
だが、それをすることはためらわれたのである。
レドがこの程度の相手に殺されるということもないだろうという判断もあったが、それ以上に助けておいて殺すというのも、という気持ちがあったからである。
同時に、企みもあった。
この二人がレドの元までたどり着けたのなら、直接二人の口からレドへ、この評判が届けられる。そういう判断だ。
したがって今の状況はそれほど悪いとはいえない。
だが、このまま二人に張り付かれるのは都合が悪い。秘密の通路を使って、毒の王の城まで戻る必要があるからだ。それに加えて、馬もなんとか処分しなければならない。
格安で集落の誰かに売るつもりでいるが、そんなことをしたらネムとアイは怪しむだろう。
勝手に怪しんでもらってかまわないのだが、居心地が悪い。最悪、こちらの素性もばれることになる。
「なあメーガン、相談なんだが」
ネムが馬を横に並べて、こちらを見てくる。メーガンは返答しなかったが、勝手に話を続けられる。
「毒の王の討伐に、協力してもらえないか。あんたなら、心強い」
「自殺する趣味はないよ」
即座に断る。
どうせこんなことだろうと思っていた。ため息が出てしまう。
「でも、あなただって毒の王のことを探っていたんじゃないの。てっきり、あなたも彼の命を狙っているものかと」
「都での評判は聞いてきたよ」
あれだけの悪評が立っていたのだから、確かに毒の王の命を狙う人間が多くても不思議ではない。
あいにく、自分は違うのだが。
「報酬なら、払うから。最低でも、金貨十枚は出すって」
大金だ。報酬としては破格だったが、相手が毒の王ともなれば適正価格かもしれない。
「金の問題じゃないんだよ」
「だったら何がほしいわけ?」
「ああ、別に何かほしいわけじゃないの。ただ、彼を殺すことには同意できなくて」
そう言ってやるとさすがにネムもあきらめたのか、それ以上誘ってはこなかった。
日が沈んで、しばらく経つころにようやく集落が見えてくる。
集落に入って、馬から下りる。預けられる場所は宿屋くらいしかなかったが、ネムとアイもそこへついてくる。
引き取ってもらいたかったのに、仕方がない。
メーガンは舌打ちをしながら、さっさと馬を預けて酒場に出向いた。食事をするためである。
ネムとアイの二人は宿屋の主人と何か話をしている。その隙に、二人から離れることができた。
意外なことに、酒場にはレドがいた。
メーガンに気づくと、くるりと振り返ってくれた。
「早かったな。そろそろ戻るとは思っていたが、予想外だ」
その声を聞いたメーガンは、不思議な安心感に包まれた。帰るべきところに帰ってきたのだ、という感覚だった。
「まずは長旅、お疲れだったな。路銀は足りたか? 怪我もないか」
「あ、ああ。私を誰だと思っているんだ」
ねぎらいと気遣いの言葉をかけられたが、メーガンはつい虚勢を張ってしまった。
あまりそういうことには慣れていないのである。ただ、照れ隠しをするしかない。
「ふむ。まあ詳細はあとでゆっくり聞こう。で、あの剣士と弓使いはお友達か」
「いや、あれは毒の王を殺しに来たっていう傭兵だ。随分とうらみは深いようだな。毒の王も罪深いことだ」
質問に答えながら、メーガンはレドの隣の席に座った。酒場の主人が注文を聞きに来るが、適当に料理と蜂蜜酒を注文する。
レドがアイとネムの存在に気づいていることについては、もう言及しない。どうやってわかったんだ、なんてことを問うても意味がない。
「それは知っている。何しろ一日前からこの集落に居着いているからな」
「ほう」
どうやら、本当にあの二人はメーガンを待っていたらしい。




