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毒の王  作者: zan
10/26

10・赤眼のラエニー

 剣を合わせるわけにはいかない、とメーガンは信じた。相手は三人いる。

 斬りかかってきた一人に対して剣を合わせていると、その瞬間に他の二人の剣が自分を貫くことになる。二人の攻撃を同時に受けることはできない。つまり、逃げるのが正解だ。

 メーガンは背後に下がって、大木の陰に隠れた。同時に、左手を腰に伸ばす。新たな武器を手にするためだ。

 盗賊たちは大木を盾にするメーガンに対して、左右から攻撃をかける。しかしメーガンは、彼らが攻撃をかけてくる頃にはそこにいない。盗賊たちはメーガンの姿を見失う。

「どこにいった?」

 一人が、キョロキョロと周囲を見回しながらそんなことを言う。と同時に、彼の頭部に矢が突き刺さった。声もなく彼はその場に崩れ落ちる。

「なっ」

 それに気づいた残り二人の盗賊が慌てて背後に下がる。わずかな間に、彼らの敵が物陰に隠れてしまったと判断したからである。

 メーガンは咄嗟に物陰からの奇襲攻撃、弓による攻撃に切り替えたのだ。

 盗賊たちは襲う立場から襲われる立場になってしまっている。周囲を見回すが、メーガンの姿を発見できない。

 一度退却するべきだ、と彼らは判断した。人数もかなり減っている。弓使いが全滅しているため、敵の攻撃に対処できない。逃げ出すべきだった。

 しかし、逃げ出そうとする盗賊の一人の足首に、矢が突き刺さった。

「あっ」

 足をやられた盗賊は前につんのめる。メーガンは素早く木陰から飛び出し、彼の首を刺した。その一撃は正しく急所を貫き、地面に倒れるよりも早く彼を殺す。

 残る一人へと意識を向けるメーガンであったが、その瞬間、右腕に強い衝撃を受ける。

 反撃を受けて、メーガンは転がるようにして闇の中を退避した。右腕を確かめてみると、何かが突き刺さっている。投擲用の短剣だった。それほど深くは刺さっておらず、骨に達するような傷ではない。が、毒塗りのものであるなら、致命的なものにもなりかねない。素早く短剣を抜き去って、止血しようと考える。

 短剣を確かめたところ、何かが塗られた気配は確かにあった。メーガンは心中に舌打ちをしながら包帯を引っ張り出して肩口のあたりをきつく縛った。血管を締め付けて、毒が身体全体に散ってしまうのを遅らせようと考えたからだ。

 残った一人の盗賊は、剣よりもむしろ投擲を得意としていたのかもしれない。素早く応急処置を終えたメーガンは左手に短剣を構えるが、右手は使えそうにない。もちろん暗殺者のメーガンは利き手でなくとも武器を扱えるように訓練していたが、その実力はやはり利き手での扱いに比べれば落ちる。

 一瞬の隙をついてメーガンに短剣を食らわせた残り一人の盗賊については、それなりの実力があると考えられた。左手に短剣を構えて突撃しても、うまく倒せるとは考えられなかった。これ以上毒の塗られた短剣を受けるわけにはいかない。

 弓を使えば遠距離から倒すことが可能だが、右手が使えない以上、弓を引くことは無理だ。スリングにしても、左手では命中率が格段に低下する。投擲される短剣を超える射程をもつとも思えない。

 なんとか打開策を練らなければならなかったが、メーガンに考える時間はあまり残されていない。遠くに見える商人団の護衛が、徐々に盗賊の一人に追い込まれている様子が見えたからだ。

 レドは緊急を要する怪我人でもいるのか、戦いに加勢してこない。この場はメーガン一人で全ての敵を倒すしかないようだ。もちろん、いざともなれば彼が戦ってくれるに違いないのだが、その場合彼が看ている怪我人が命を落とすことになるかもしれない。

 それに自分は今、多分試されている。メーガンはそう信じた。

 毒の王を護衛するという大役を任せられるような者が、夜盗の一団ごときに負けるようなことがあっていいものか。

 短剣を使えないなら、どうする。

 右手が万全であるなら、投擲される短剣を武器で弾きながら接近して一撃のものとに盗賊を沈められたはずである。しかしそれができない。策を弄するしかなかった。

 メーガンが相手にしている短剣の盗賊は、左手に灯りを構えてメーガンを探していた。暗殺者であるメーガンをそう簡単に発見できるわけがなかったが、このままでは商人団の護衛がやられてしまう。

 意を決して、メーガンは隠れていた茂みから飛び出した。盗賊もそれに気付き、すぐさま短剣を投げつける。

 メーガンは痺れて動かない右手を盾にして、短剣を受けた。そのまま接近をかけるが、盗賊も左手を長剣に持ち変える。接近するメーガンを剣で刺し貫くつもりなのだ。

 このまま突っ込んでは負ける、とメーガンは感じた。そこで両脚を踏み切って、飛び上がる。左手にもった短剣を、口にくわえる。空いた左手で手近に伸びていた木の枝を掴みこみ、ぶらさがった。

 そのような姿勢は、機動性を激しく損なう。手を離して地面に落ちる以外の身動きができないはずである。

 盗賊がメーガンに向けて、短剣を放とうと身構える。しかし、それよりも早くメーガンは矢を放った。

 放たれた矢が、盗賊の右目を貫いた。比較的近距離から放たれた矢をまともにうけた盗賊はその勢いだけで後ろにひっくりかえる。のた打ち回る彼に向けてもう一本矢が放たれ、咽喉を射られた彼は声も出せなくなり、間もなく動かなくなった。

 右手は痺れ、左手は身体を支えるために使っているはずだが、メーガンは弓を引いていた。足でだ。左足の先に固定された弓を、右足で引いていた。

 靴は飛び出す前に脱ぎ捨てている。足を使って弓を射ることは、今思いついたわけではない。手で扱うことに比べれば未熟といえるが、それなりの時間を訓練にあてていた。その結果、メーガンは逆立ちした状態で足を使って、二十歩先にある蝋燭の火を狙い撃つことができる。

 盗賊はこれで、商人団の護衛と戦っている一人だけになった。今にもやられそうになりながらも防戦を続ける商人団の護衛のところへ、メーガンは矢を放とうとしたが、あまりにも遠すぎる。第一、この弓は小さなものであって狙撃に向かず、狙いが定まらない。

 しかし、今からそこまで走っていくような時間はなかった。賭けるしかない。メーガンは痺れていく左手を強く握り締めつつ、慎重に狙いをつけて矢を放つ。

 闇を切り裂いて飛んだ矢は、腰に灯りをぶらさげた男に命中したようだ。二の矢を射る必要はなかった。メーガンはほっと息を吐いて、左手を離す。彼女の身体は重力に引かれて、地面に降りたった。

 靴を履きなおして武器を仕舞い、メーガンは商人団のところへ歩いていく。そこにレドもいるはずだからだ。

 盗賊たちの持っていた灯りを掲げてみると、商人団の護衛の生き残った一人の顔が見えた。無精ひげの目立つ、壮年の男性であった。彼は疲労困憊といった様子であったが、メーガンが近づくと剣を構える。その気迫は凄まじいもので、実力もかなり高いと見受けられる。

 メーガンは弓を見せて、敵ではないと説明した。男性はそれで納得したらしく、加勢してくれたことに礼を言ってくる。

「もう本当にだめかと思っていた。助けてくれたことに感謝する」

「ところで、薬師を見なかったか。私は彼を護衛しているのだが」

 レドの姿が見えないので、メーガンは目の前の男に訊ねる。

「ああ、レドの仲間だったのか。あの人はさっきやってきた。商人たちと一緒に逃げながら、怪我をした人を見てくれているはずだ」

 どうやら以前からレドとは面識があるらしい。彼は剣をおさめて、メーガンを商人たちのいるところへ案内してくれた。護衛たちが盗賊たちを相手にしている間に、商人たちは近くの集落まで逃げ込んだらしい。まさしく、レドとメーガンが当初目的地にしていたところだ。

 そこへ二人で向かう。盗賊や、護衛の仲間たちの死体はそのままそこに放置された。運んでいくほどの余裕はなかったからだ。貴重品と剣だけは回収したが、護衛の仲間だけでも四人分である。

 生き残った護衛の男は、アダークと名乗った。メーガンも名乗り、彼と並んで歩きながら適当に会話をしていく。ただし、自分の経歴とレドが毒の王であるといった重要な情報は伏せた。

「このあたりはあまり治安がよくないとレドは言っていた」

 メーガンは右肩を縛る包帯を気にしながら、アダークを横目で見る。彼は苦々しげに応じた。

「そのとおりだ。だからこそ商人団には贔屓にしてもらっていたんだがな。盗賊たちがあれほどの集団になっていたとは思わなかった。俺たちが護衛しているのを見れば今まで手を出してこなかったからな。犠牲になった奴らには申し訳ないとしかいえん」

「泳がされていたのかもしれないな」

「そうだとしたら俺の認識が甘かったというわけだ。帰り道が怖いな、まああれだけ倒したんだから、しばらくは出てこないと思いたいがね」

「ああ、十人は倒したんだ。これでまだ出てくるようならもうこの道は使えない」

 十人殺しても尚、商人団を襲うほど人材に余裕がある盗賊団があるなら、それは大組織といえた。そうでないことを祈るしかない。

 その後は動物や盗賊に襲われることもなく、メーガンとアダークは無事に集落に入ることができた。


「みんな、盗賊たちはいなくなったぞ。この方が手伝ってくださった、ほとんどの盗賊はこの方が倒してくださったんだ」

 アダークは、集落までたどり着くと、まず商人たちに対してそう宣言した。

 商人団は意外に数が少なく、八名だけである。彼らの宿泊している施設はアダークの案内のおかげで簡単に見つけることができた。

「おお、若いのにすごいな」

 商人団のうち、アダークよりも少し若い男がメーガンを見上げる。

「護衛の人がどんどんやられていくのをみて怖かったが、あれをみんな一人で倒したのか」

「ってことは、俺たちが今生きていられるのはあんたのおかげか!」

「すげえな、どんな鍛え方したんだよ。その傷は名誉の負傷か?」

 一人の言葉をきっかけにして、商人団は次々とメーガンに賞賛の声を送った。しかしながら、メーガンは居心地の悪さを感じていた。

 なんといわれようとも自分はただ人間を殺しただけであり、それを褒められるのはむずがゆい。そうした思いもある。

 しかしそれ以上にメーガンは若い暗殺者であった。彼女のいた暗殺組織は地獄のような環境であり、貶されこそすれ、褒められるようなことなどほとんどなかった。できて当然、できなければ死ね、といった調子であったから、このように多数の人間から賞賛されるのは初めてのことであった。

 したがって、英雄のように当然といった顔でふんぞり返ることも出来ず、大したことではないと謙遜することもできず、ただ俯いて彼らから目をそらすくらいしかやりようがなかった。

「照れてるのか?」

 その様子を見たアダークが余計なことをいうので、メーガンは顔をあげられなくなった。早くこの時間が過ぎ去ればいいのにと思う。

「アダーク、その子は人見知りが激しいんだ。悪いがもう、休ませてやってくれるか」

 そんな声とともに、肩をたたかれる。そちらに目をやると今までどこに隠れていたのか、レドが自分の肩に手を置いていた。

 メーガンは心底ほっとした。それは顔にも態度にもあらわれたようで、アダークや商人団は人見知りが激しいというレドの言葉をあっさりと信じてしまう。

「それはすまないことをしたな。ゆっくり休んでくれ」

「ぼくも休ませてもらっていいか。傷を看てやりたい」

 レドの言葉にアダークは頷いた。

 護衛が減ってしまったことなどへの対策は、彼らの仕事だ。レドが会議に参加する必要などなかった。

 商人団が集まっていた部屋を、メーガンとレドは連れ立って出た。


 既にレドは自分用の部屋をとっていたらしい。案内されて、メーガンは部屋へ入った。

 この宿泊施設の質はよかった。寝台が二つと、いくつかの家具がおいてある。メーガンは寝台に腰掛けて、右腕をレドに見せた。

「毒らしきものが塗られた短剣を食らってしまった」

「わかった」

 レドはメーガンから短剣を受け取った。そこに塗られた薬品は、確かに毒であったが、致死毒ではなさそうだった。彼は短剣についた薬品を嗅いだり、布で拭き取ったりといじくりまわす。

「ただの痺れ薬。奴隷やら囚人やらの拘束にも使ってる、一般にも流通しているものだ。大したものではないな、一晩くらいで効果も抜けるはずだ」

「それは助かった。正直言って気が気じゃなかった」

 右手が痺れて使えなくなったのは、傷だけが原因ではなかったのである。妙に重い痺れに、メーガンは多少不安を抱えていた。

 レドはメーガンの包帯をとって、短剣を受けた傷を簡単に縫合する。

 そうしながら彼は、メーガンに訊ねた。

「ラエニーという暗殺者に心当たりはないか」

「何」

 突然、レドの口から出てきたその暗殺者の名は、メーガンも知っていた。同じ暗殺組織にいた人物だからである。

 ラエニーは暗殺組織の中でも秀でた実力をもっていた男だ。赤い瞳が特徴で、赤眼のラエニーとあだ名されていた。メーガンよりも地位は上で、毒の王暗殺という任務は彼に与えられていてもおかしくなかったくらいだ。実際にはメーガンに毒の王暗殺は任せられたのであるが、それはラエニーが受ける任務の多さと難度の高さゆえに多忙であったためである。

 それでもラエニーの暗殺は一度も失敗したことがなかった。

 彼の技術は特に一撃必殺の信念にあらわされている。彼は敵の前に堂々と姿を見せて名乗りを上げたり、正面から切り込んだりすることを下策と切り捨てていた。暗殺である。誰にも何も悟らせぬままに歩み寄り、殺されたということすら気付かせずにその命を断つ。それが彼の信念であった。

 そのためには情報の収集に時間をかけたり、手間ひまかけて証拠の残らない毒を調合したりすることも厭わなかった。

 事実、世間的には病死とされていても実際にはラエニーの毒針によって衰弱死に追い込まれたという人物は枚挙に暇が無い。このため暗殺組織の幹部から直々に高価な宝石のついた名剣を与えられたらしい。赤眼のラエニーのあだ名にふさわしく、刀身まで赤く染まった名剣をだ。

 この名剣はもともと長剣であったが、ラエニーのためにわざわざ短剣に作り直したとかいう話もある。いずれにしてもこの剣に狙われたものは三日と経たずに死ぬという。

 そのような名声を暗殺組織内ではほしいままにしているラエニーを、メーガンが知らないはずがなかった。彼女は自分が知っているラエニーの恐ろしさをレドに話す。

 メーガンの話を聞き終わったレドは、荷物の中から何かを取り出した。

「この集落に着く少し前に、ぼくを狙ってきた。これはその戦利品になるが」

 レドの手に握られたものを見て、メーガンは目を見開いた。

 それは今まさに話題にした、赤眼のラエニーに与えられた赤い刀身の短剣であったからだ。

「それを見たとき、商人の一人がラエニーの短剣だと言った。君の言うとおり、ラエニーが存在を知られることを恥と思うような暗殺者であるなら、商人の一人がラエニーの名を知っているのはおかしいな」

「つまり、商人団の中にも暗殺者がいる?」

 メーガンは驚愕しながらも、なんとか頭を働かせた。

 あのラエニーの短剣をレドが持っているということは、彼の撃退に成功したということだろう。そう結論するしかない。

 だが、どうやって?

 しかしその驚きに時間をとられている暇はなさそうだ。毒の王を狙う暗殺者たちの暗躍は、まだ終わりそうにない。

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